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15 【閑話】優香と綾のその後
しおりを挟むパーキングに停めた車に着くと、俺は抱っこしていた綾を後部座席のチャイルドシートに乗せる。
マーイの不思議な力のお陰で綾の外傷が消えたことは、この子の体を隅々まで観察して何度も確認した。でも念の為、明日病院に連れて行こうと思う。
マーイも後部座席に乗り込んだ。
俺は運転席に座り、車を発進させる前に、振り返って身を乗り出し、後部座席の綾の頭を撫でる。それまでしかめっ面で硬い表情をしていた俺の顔がだらしなく緩む。
「綾たぁ~~~ん、パパでちゅよ~、綾たん可愛いでちゅね~、パパのこと覚えてたかな~、半年も経っちゃったから忘れちゃったかなぁ~、ほ~ら、パパでちゅよ~、パパ~、パパ~」
「あっ あっ ぱぱ ぱぱ」
綾も嬉しそうにしている。
「いや~、綾たん、ほんと可愛い~、べろべろちゅーしたくなっちゃいまちゅねぇ~」
「……リョウ、いつも、違う」
横を見るときょとん顔で首を傾げるマーイがいた。
「おほん、これが日本の父親の正しい子供との接し方なんだ。それじゃ、福島に帰ろうか」
「うん、帰ろぉー!お腹すいた!」
「ははは、そうだな。帰り、何か食べていくか」
「ラーメン!」
「ダメだ。お子様ランチがあるファミレスに行く」
「う~~、ラーメン食べたい……」
「マーイ」
「ん? なぁーに?」
「綾、治してくれて、ありがとう」
「うん。マーイできる!」
俺とマーイは微笑み合う。
◇
10時頃、福島の祖父母宅に帰った俺は爺ちゃん婆ちゃんに事情を説明した。
もはや赤の他人である優香の子供を引取るなんて、絶対に反対されると思ったが、二人とも凄く喜んで受け入れてくれた。
帰り道ベビーショップに寄って買った離乳食を婆ちゃんとマーイはさっきまで車で眠っていた綾に楽しそうに与えている。結局、綾が寝たから夕飯は食べずに帰ってきた。
深夜だというのにソワソワした寡黙な爺ちゃんが、柄にもなく「ベロベロバ~」とか言いながら変なポーズを取る。
寝支度を終えるとマーイと綾は同じ布団で直に眠ってしまった。
俺はそんな二人を眺めた後、隣に敷いた布団に横になり、昔スマホに録音した音声データを再生する。
【「綾へ、4月10日桜沢涼22歳。
綾のパパです。これから生まれてくる綾にメッセージを残したくて音声を記録しています。
ここは家の近所の公園で、桜の花は結構散ってきたけど、まだ少し残ってて、春風が花びらを巻き上げています。
で、俺が綾に残すメッセージは綾の名前についてです。
綾とは着物を折り重ねた色とりどりの美しさを意味していて、深みのある美しい女性に育って欲しいという意味が込められています。
それと……綾って漢字はリョウとも読むんだけど……。
パパのお父さん、えっとつまり、綾のお爺ちゃんは少し前に亡くなってて。男手一つでパパを大切に育ててくれた人でした。
パパは父さんにとても感謝しています。父さんの息子に生まれ本当に幸せでした。
だから綾にも同じように思って欲しくて、パパは父さんのように、いや、父さん以上に綾を大切に育てたいと思っています。だからリョウとも読める綾という字を選びました。
パパが付けた名前です。ちょっと意味不明ですけど以上です。綾、元気に生まれてきてね。一緒にたくさん楽しい思いをしようね」
「話し長いよ」】
最後に優香の声が入っていた。
俺は父から大切にされて育った。同様に綾を大切に育てたいって思ったんだよな。
邪魔者はいなくなった。
これからは子育ても楽しもう。綾と一緒に色んなことができる。夢が膨らむな……。
☆☆☆おまけ☆☆☆
《幾島優香の後日談》
その後、優香は暫く長谷川のセフレになりバイトをしながら生計を立てるが、長谷川に好きな女ができて捨てられる。
それから出所した托間と付き合い1年後、33歳で托間と再婚した。
20歳の頃から付き合っていた托間を優香は本気で好きで結婚生活は当初上手く行っていた。
しかし托間には借金が多く、ギャンブルを辞めるよう言っても全く聞いてもらえない。更に托間の元嫁に滞納していた養育費や慰謝料の件で銀行や車を差し押さえられたりと金銭的に厳しい生活が続く。
托間の勧めで風俗店で働くようになり、生活が安定しだすと托間は仕事を辞めてしまった。
借金返済をしながらそんな生活続け、36歳で托間の子を妊娠するが、風俗店で働いていたこともあり、托間からおろすよう強く言われ中絶した。
それから少しして托間の浮気が発覚。
この時、優香は初めて涼の気持ちがわかった。
仕事をせず、貴方の子供だと言っても信じてもらえず中絶、生活が苦しいのにギャンブルを止めない托間に優香は愛想を尽かし、二人は離婚する。優香は37歳になっていた。
親に勘当されていて実家に帰れない優香は埼玉の田舎にアパート借りて一人暮らしを始める。派遣社員として工場で働き、托間の元嫁へ慰謝料を払いながら生計を立てる。以降生涯、異性と付き合うことはなく一人で人生をおくった。
◇◇◇
優香と綾が別れて約20年の月日が流れた――。優香49歳、綾21歳。
涼の牧場は一般公開されていて、お客さんが雛や鶏を見学したり、卵やお菓子を買うことができるようになっていた。
8月のよく晴れた暑い日、大学の夏休み実家に帰省していた綾は若かりし頃の母親より一周り大きくたわわに育った胸を揺らしながら、牧場の仕事を手伝っていた。
この日来た、背の高い中年女性客が綾を見て大粒の涙を溢し泣き崩れる。
この時涼は別の仕事で牧場にはいなかった。
綾は他のスタッフと協力して、女性をひさしのあるベンチに座らせ介抱する。
暫く泣いていた女性は顔を上げると、赤く腫れた目で綾を見つめて言った。
「お父さんには優しくしてもらった?」
自分の出自を知る綾はこの質問で、女性の素性を何となく察したが、詮索はしなかった。
綾は屈託のない笑顔で答える。
「はい!いつも凄く優しくしてくれます。たぶん私は……世界で一番幸せな子供だと思います」
それを聞いて女性はまた声を上げて泣いた。
卵を買った女性は帰り際、見送る綾に言った。
「あなたのお父さんに伝えてください……。全部私が間違っていました。本当にごめんなさい……って」
「わかりました」
二人は笑顔で別れる。
その夜、父に今日の出来事を伝えると父は笑いながら答えた。
「お父さんも世界一幸せなお父さんだからもう気にしてないのにな」
父もそれ以上、女性のことを話さない。だから綾も聞くことはしなかった。
それから父が小声で「ざまぁ~」と言っているように聞こえたが気のせいだろう。
綾が作った夕食を何度も「メシウマ!」と言いながら機嫌良さそうに食べていた。
綾は機嫌の良い父に、久しぶりに一緒にお風呂に入ろうと誘ってみたが流石にそれは断られた。
その後、その女性――、幾島優香がどうなったのかは誰にもわからない。
慰謝料返済が終わり20年以上続けているゲームで廃課金者になったとかなんとか……。
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