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13 現実を突き付ける

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 破いた婚姻届けの代わりに用意しおいた書類をテーブルに置く。俺達の関係を完全に終わらせる書類だ。


 金の相談かと思ったが、まさか再構築希望とは……、あんな酷いことをしておいて、よくそんなことが言える。神経の図太さに逆に関心してしまう。
 まぁ結局は俺の経済力が目的なんだろうけど。

 優香は悔しそうに刻まれた婚姻届を見た後、代わりにテーブルに置かれたA4用紙1枚に目をやり問う。

「これは?」

 wordで小さな文字がつらつら書かれていて、用紙の一番下には署名欄があり、俺の名前とその右横に実印が押してある。

「今日はこれに名前を書いてもらいたくて来た。内容を確認してもらってもいいが、優香に拒否権はないから」

 そう、拒否権はない。何故なら断られたら俺はマジで訴訟を起こすからだ。この歳で遺産相続から始まり離婚騒動。弁護士さんに相談するのは得意なんだよ!
 裁判になれば負けることはない。そうなれば強制署名ってわけだ。

 優香は用紙を手に取って文章を読む。その顔は徐々に青褪め、眉間に皺が寄る。

「な、なによこれ!一生、涼と連絡できないってことでしょ!」
 と癇癪かんしゃく気味になる。

「連絡だけじゃない。俺の視界に入ることを禁止しているから、YouTubeにコメントするのも駄目だし、故意的に俺の生活圏に来るのも駄目だ」

「はぁ!?ありえない!なんでよ?私のこと好きだっよね!?」

 確かに好きだった。特に胸が……。いつも胸ばかり見てたよ。
 だが今はその胸さえ気持ち悪いと思っている。

「全く好きじゃないよ。寧ろ気持ち悪くて嫌悪感しかない」

「そんな言い方しなくても……酷いよ」

 ならどんな言い方があるんだよ。

「君が酷いことをしたからこんなことになったんだろ?とにかくこれに署名してくれ。そしたら俺と彼女は帰るから」

「嫌よ!絶対にしない。私はまだ涼のこと好きなんだから!」

 婚姻届を出したってことは俺も再構築に同意すると思ってたんだろう。とんだ勘違い女だ。
 それが逆に絶縁を迫られた……。直ぐには受け入れられないかもしれない。少し面倒臭いがしょうがない。

「署名しないってことでいいのか?」

「当然でしょ!こんなの書いたらもう涼に会えなくなるじゃない!」

「だからこれを持って来たんだけど……、まぁいいか。なら俺達はこれで帰るよ。後日弁護士から内容証明が届いて裁判になるからその積りで。裁判費用、弁護士費用も当然請求するから。たぶん30万はいかないと思う」

 そう言いながら用紙を回収し立ち上がると優香に服を掴まれた。

「意味わかんない!どういうことよッ!」
 と涙目で怒鳴られた。

 やれやれ、そんなことも説明しなきゃいけないのか。

「はぁー、あのさ。俺を精神的に傷付けて、離婚が成立して慰謝料まで払ったよね?その件に附随して俺にはこの書類に署名してもらう権利があり、優香は署名しなければならい義務があるんだよ」

「でも何で私がお金払うことになるのよ?」

「うーん、例えば家の庭に毎日ゴミを捨てるヤツがいて、やめるよう注意してもやめないから、裁判して強制的に捨てられないようにしたとするよね。で、こっちが裁判費用出すのっておかしくない?ゴミ捨てられた被害者なのに。それと同じことだよ」

「嫌よ……。書きたくない……」

 優香は腑に落ちない顔をしているが……。説得して駄目なら脅したり、殴って書かせるなんてことはできない。それこそ違法行為でこっちが犯罪者になってしまう。

「俺が頼んで書いてくれないなら、こっちは訴えるしか方法がないんだよ。とにかくそう言うことだから。それじゃ俺は帰るよ」

「桜沢さん」

 台所にいた元お義母さんが俺の前来て俯く。

「す、少しだけ待ってください」

「えっと、もう話すことはないんですけど――」

「少しだけでいいんです」

 俺の顔は見ずそう言ってリビングの隣にある和室のふすまを開けて中へ消えていった。
 襖の奥から話し声が聞こえる。男性の声だ。元お義父さんが中にいるのか……。初めから出てくればよかったに。

 少しして、元お義母さんとお義父さんと綾が和室から出てきた。綾はお義母さんに抱っこされている。

「おら……あなた……」

「ああ……、桜沢さんお久しぶりです」

「お久しぶりです」

 お義父さんが頭を下げ、俺も礼をした。

「話は聞きました。本当にうちの娘が申し訳ありません……、でもこの子だけは気に掛けてやってくれませんか……」

 と綾に目を配る。綾……少し大きくなったか?あまり変わらないような?前より痩せた……?

「気に掛けるとは?」

「情けないが、私と妻の稼ぎだけだと生活が苦しいのです……」

 お義父さんは昔、事業に失敗して持ち家を売り払い、この古い賃貸マンションへ移り住んだ。今は警備会社で働き、当時の借金を返している。お義母さんはコンビニでパートしていた筈。二人の給料を合わせて月35万くらいだろうか……。家賃が9万って言ってたから26万から光熱費や食費、借金返済をしていたら確かにカツカツではあるな……。
 因みに俺が買った新築に一緒に住む話もあったが優香が拒否してそうならなかった。今思えば間男を家に呼べなくなるから嫌がったのかもしれない。

「余計なことかもしれませんが、優香も働けばかなり楽になるのでは?」

 そう言うと、お義母さんが答える。

「娘は、孫の世話があるって、片時も孫から離れなくて……、ずっと自分の部屋に籠ちゃって、私達も仕事や家事で忙しいから娘に任せっきりで……」

 1歳半なら保育園に預けることもできる。保育所探しとかしているのだろうか?
 続けてお義母さんが。

「養育費を入れてもらうことはできないかしら……」

「それはできないです。綾は俺の娘じゃないですし……優香の浮気相手、托間さんに認知させて、あの人からもらうのが筋ですよ」

 するとお義父さんが。

「そんな薄情なこと言わないでください。孫の出産に立ち会って一緒に育てたんでしょう」

「……逆ですよ」

「どういうことですか?」

「綾が生まれる前からずっと楽しみにしていて、元気に生まれてきてくれて大喜びして、夢中になって育てました。生まれる前から綾の為に色々な物を買って、生まれた後も…………。全部騙されたんですよ。俺が使った時間と金、返してくださいよ。俺が養育費払うんじゃなくて、逆に娘さんが俺から騙し取った物を返すべきでしょ?違いますか?」

「……」

 そう言うと、二人は黙ってしまった。優香も何も言わない。

 こんな話をするなら来なければよかった……。お金はかかるけど初めから弁護士さんに全部頼めばもっとスマートに決着した筈だ。

「俺はそう思っていますから……、マーイ帰ろ」

 とマーイを見ると彼女は綾を見詰めていた。そして綾に向かって人差し指を立て呟く。

「ベトウユッフ」



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