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12 もう遅い

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 家に帰ってから遠藤さんに電話をかけ、物件購入の旨を伝えると凄く喜んでいるのが電話越しに伝わってきた。書類のやり取りは郵送でも良いと言われたが、埼玉に寄る用事もあるので直接行くこと伝えた。
 それから優香にLINEを送り日程を調整する。

【来週の月曜日、そっちに行くけど会う?】

 1時間くらい経って忘れた頃に返事が来た。

【うん、会おうよ。久しぶりだから緊張するけど凄く楽しみ♡】

 ああそうだな。俺も緊張するけど楽しみだよ。……君と完全にお別れできるのがね。
 それから俺達は時間等を決めた。俺が優香の家へ行くことになった。


 夜、ぐっすり眠るマーイの横で考え事をする。

 何故優香と結婚したんだろう。見た目はドストライクだったし付き合っているときは、そんな悪いヤツではなかった。ただ自分では何もしないくせに文句ばかり言う女で、結婚式や旅行、家の購入と俺が色々調べ提案すると必ず文句を言ってたな。あと自分のことは棚に上げて人のせいにしたり悪口をよく言うヤツだった。

 人の悪いところなんて見てもきりがないから良いところを探すよう父親から言われて育った。それは正しいのかもしれないが、悪意や人を簡単に裏切れる人間と接する場合、間違った考えなのかもしれない。
 それでも、できることなら人のいいところばかり探す人生を送りたい。

 まぁいいや。全ては今更……。

 俺は寝返りマーイの寝顔を見てから頭を撫でる。

 マーイ、君は一体何者なんだろう。歳は?親はどんな人?兄弟はいる?どんな場所で育った?日本に来た目的は?日本語ができないし、いずれいなくなると思っていたから詮索しなかったけど、最近彼女の出自が気になってしまう。あと半年くらい一緒にいられれば、もっと日本語を覚えて色々聞けるかもしれない。出来ればこのまま一緒に……。
 いや、期待するのは止めよう。いずれ出ていくだろうし……。

 俺は一人、あの土地で歳を取るまで農家を続ける。老後の老人ホーム代だけは積立するか。70歳まで続けたとして、あと46年と少し。長いな……。
 毎日土弄りして鶏の世話をする。犬やヤギ、ポニーを飼ってもいい。週一で海へ釣に行って釣った魚を食べる。早乙女さんも言ってたし罠猟資格を取ってもいい……。
 家族がいないのは寂しいが、自分がやりたかったことはできる。幸せなじゃないか……。







 月曜日、昼間遠藤さんと会った後、優香と待ち合わせの時間少し前に彼女の実家マンション近くのコインパーキングに車を停めた。
 時刻は13:50――。
 マーイに福島で待ってるよう言ったのに一緒に行きたがって付いてきてしまった。助手席に座る彼女は髪をサイドポニーにして、ゆったりした白いセーターのカーディガン姿だ。控え目に言ってかなり可愛い。昼間カフェで遠藤さんと話しているときや街を歩いているときに周りから凄く注目されていた。

【駐車場に着いたからこれから行く】

【え!うそ!もう少し待って、今外で準備出来たら連絡する】

 車の中でLINEを送ったらそう返事が来た。

「これから人と会ってくるから1時間くらいここで待ってられる?」

「リョウ、一人行く? マーイ、1時間待つ」

「そうそう。車の中、マーイ一人で待つ。1時間」

「うん」

「大丈夫?」

「うん。マーイできる!」
 微笑み頷く。

 こっちの用件だけ言って、さっさと終わらせて帰ろう。簡単なことだ。
 書類にサイン、拒否されたら訴訟する。公正証書にするには印鑑証明が必要だけど事前に言ってないから、印鑑カードだけ借りて話が終わったら市役所へ俺が取りに行く。その為にわざわざ優香の家で会うことにした。外で会うと実印を持ってこない可能性があるからな。

 コンコン コンコン

 車の窓ガラスをノックする音。振り向くと優香がいた。
 俺は運転席のドアを開ける。

「涼の車が見えたから、……あれ?隣り彼女さん?」

 優香が車の中を覗き込みながら言う。

「ん……まぁそんなとこ。彼女はここで待ってるから」

「そんな……悪いよ。一緒に来てもらおう」

「いや、いいよ。込み入った話になるかもしれないし」

 すると優香が運転席にグイっと体を入れる。優香の胸が顔に押し当てられた。
 なんだろう。こいつに触れると凄く不快な気分になる。

「彼女さん、一緒に行きましょうよ。って目が青い。髪も……外国人?」

「そうだよ。つか退いてくれない?」

「ほら、一緒に行きましょ?」
 と俺に胸を押し当てながらマーイに声を掛ける優香。

「リョウ、マーイ一緒に行く?」

「いか――」

「涼も全然大丈夫だからね!ほら、行こっ!」

 今「いかない」と言おうとしたのに強引に話を遮られた。何なんだよコイツ。マーイを連れて行って何がしたいんだ?
 まぁいいか、マーイは俺と優香の会話なんて聞いても半分もわからない。それに俺がバツイチなのを隠す積りもない。それより早く終わらせて帰りたい。

「マーイ、一緒に行こう」

「うん、マーイ行く」



 俺達は優香のマンションに向かって三人並んで歩く。俺が真ん中。

「涼ってこういう子、好みだっけ?背が高い子が好きって言ってたよね?顔もキリっとした感じが好きだったし、それに年下は興味ないって……」

 何が言いたい?失礼なヤツだな。マーイが本当の彼女だったらそういう言葉で傷付くぞ。
 優香は身長170㎝キリリとした鋭い顔をしている。対してマーイは身長150㎝くらい、おっとりした優しい顔をしている。

「好みが変わったんだよ。今はマーイみたいな子が好き。つかこの子が好き」

 そう言ってマーイの手を握った。

「マーイもリョウ好き!」

 マーイも俺の手を握り返し微笑む。すると優香が動揺しだした。

「ふ……ふーん、そ…そうなんだ……、えっ、別れて、ま、まだ半年しか経ってないのに。涼薄情、……前は私のこと大好きだったのに。よく愛してるって言ってくれたよね?」

「ああ、結婚したばかりの頃は言ってたな。それからセックスレスになって言わなくなったけど……。つか、結婚式の前日に托間とやったんだよね?ほんと気持ち悪いな」

 俺のガチ「愛してる」発言を返してくれ!マジでムカつくわコイツ! 

 しかしさっきから動揺して何がしたいんだ。意図がわからない。今日は金の相談をされると思っていたが違うのか?

 そんな感じでぎこちない会話が続き俺達は優香の実家にお邪魔した。


 リビングに通されテーブル椅子に座ると元お義母さんがお茶を出してくれた。俺は軽く挨拶をする。
 優香はテーブルを挟んで反対の席に座るのかと思ったら椅子を持ってきて俺の隣に座り、肩をぴったりくっ付けてくる。

 いや、マジで何がしたいんだ?

「離れてくれ、無理だ」

 俺は優香の肩を手で押す。
 コイツに触られると嫌悪感が半端ない。触れている部分が気色悪くてしょうがない。

 すると優香は振り払おうとする俺の手を握る。しおらしい表情で俺を見詰めてくる。ここでようやく俺は優香の顔をはっきりと見た。

 濃い化粧、汚い眉毛、隠しきれない皺、太って顔が丸くなったのに面窶おもやつれしているように見える。優香ってこんなに不細工だっけ?

「私托間に騙されたの……。涼と別れてからたくさん考えた。涼と出会った日のこと、一緒に旅行いった時のこと、結婚式のこととか……、それでね、わかったの……、本当に私が好きなのは涼だけだって……、愛してる。今でも凄く愛してる……、これからの人生、全て涼の為に生きたい。涼の子供も産みたい」

 騙されたねぇー。よくそんなことが言えるな。俺をずっと騙してたのは君だろう。

 旅行だって文句ばかり言ってたよね?結婚式だって当時俺は20歳で親戚だけでこぢんまりやりたかったのに、君のごり押しで盛大に披露宴をやって、卒アルからアポ取って友達呼べって言われて、当時皆学生で金なんかないのに来てくれて、「ご祝儀が少ない」「お前の友達は常識がない」って散々バカにしてた。自分の友達なんて当日ドタキャン者3名も出たの棚に上げて……。

 愛してる?笑わせんな。腹痛いよwついこの前長谷川とやったくせに、どの口が言ってんだ?

 俺が黙っていると優香は手を握ったまま体の向きを変え俺に胸を押し当てる。優香はGカップでかなり威圧感がある。昔はいいと思ったけど今はそれが恐い。

「今なら毎晩だって涼と仲良ししたい。今夜でもいいよ~」

「今夜?綾はどうするんだ?」

「綾なんか一人で寝れるから大丈夫だよぉ~、じゃぁ今夜しよ」

 はぁ?1歳半の子供が一人で寝れるわけないだろ?

「……それでね今日、涼が来ると思って市役所で貰ってきたの」

 そう言って俺の手を離すと優香はピンク色の線で桝が引かれた用紙をテーブルに置く。そこには婚姻届と書かれていて〈妻になる人〉の欄は優香の名前で埋まっていた。

 ここで優香がマーイを睨む。

「あっ、貴女もう帰っていいわよ。それとこれからは私の夫に近付かないでくだい」
 と自分でマーイを呼んどいて意味不明な発言をする。

「マーイ、帰るの?」

 状況が飲み込めていないマーイはきょとんと首を傾げる。それを無視して優香の話しは続く。

「涼、私達、寄りを戻そ。私涼の為なら何でもする。涼の言うこと全部聞く。たくさん、たくさん考えて私には涼しかいないってわかったから。ね?涼」

 この時、俺はかなり頭にきていた。俺がキレたのはマーイに対しての発言と綾に対しての無責任さだ。

 俺は婚姻届を手に取る。

「涼……嬉しい」

「マーイ、一緒に帰るから、まだ帰らなくていいぞ」

 ビリッ ビリビリビリッ ビリビリビリッ ビリビリビリッ ビリビリビリッ

 俺は婚姻届を粉々に破いてやった。

「ど、どうして!?酷いよ!何でそんなことするの!?」

 あり得ないという顔をする優香に俺は呟く。

「もう……遅い」

「えっ?」

「今更寄りを戻そうって言われてももう遅い!」





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