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第50話 飛剣センズリの継承者②
しおりを挟むパンティー様の顔は真剣で、本気なんだってわかった。
「あの、聞いてもいいですか?」
「なんですか?」
彼女は不機嫌な顔で私を睨みながら答える。
「何故、アターシャ様がいるときに言わなかったのですか? 二人で私に迫った方が効果がありそうですけど……」
「見くびらないでください。大勢でなんて、私はそんな卑怯者ではありません」
「王族だから平民の私に命令しているのですか?」
「違います!勘違いしないでッ!私は権力を振りかざす貴族を快く思っていません!幼い頃お会いしたゼツ様も良くない事だと仰っていました!
いけませんか? 私はゼツ様をお慕いしているのです!」
パンティー様の真っ直ぐな声や表情は胸を打たれるものがあった。
なんだ……、悪い人じゃないんだね。
「なら、はっきりお答えします。私もゼツ君が大好きです。だから死んでも絶対に別れません!」
「ぐぬぬぬぬぬ! 私はッ!ゼツ様の元許嫁ですッ! ゼツ様が生きていたのだから、もう一度、婚約を結ぶのは当然ですッ!!」
怒鳴るように言われた。
「ゼツ君はアターシャ様のお父さんから男爵の爵位をもらいたいって言っていました!普通お姫様は、男爵とは結婚しないんじゃないですか!?」
私も言い返す。
昨夜ゼツ君から聞いた話しによると男爵の爵位はお金で買えるらしい。その爵位を持っていると、子供を貴族学院に通わることができたり、商売したくてお店を出すときに有利になるらしく、ヤリマン公に頼んで男爵にしてもらうと彼は言っていた。
パンティー様は「ふっ」と不敵に笑ってから。
「見くびられたものですね。男爵ぅ?望むところですぅううううッ!」
前のめりになり口を尖らせるパンティー様。
「な、なかなか根性ありますね……」
「ふんっ!貴女には負けません!」
「私だって、負けないんだから!」
こうして私達のゼツ君争奪戦が始まった!!
【ゼツ視点】
アナルは無言で剣を僕の目の前に突き出した。
青い刃。薄い片刃の刀身に翼の模様が刻まれたアダマンタイトの剣。
――リンダナ家が宝剣、飛剣センズリである。
「アナル、お前ならその剣を継承できると思っていたよ」
「……あたくしがこの剣を継承した意味を貴方ならお分かりでしょう?」
「……ああ」
飛剣センズリには右翼の翼が刻まれた〈右手〉と、左翼の翼が刻まれた〈左手〉がある。
この二本の剣はリンダナ侯爵家当主が次の当主に爵位を譲る際に、次期当主に〈左手〉を、そして――、8つあるリンダナ公爵家騎士団の中で最強の騎士に〈右手〉を継承する。
つまり僕の弟、ディー・リンダナが侯爵の玉座を譲り受けたことを意味している。
アナルは剣を鞘に納めると、
「〈左手〉は坊ちゃんにこそ相応しい!」
リンダナ家に戻って飛剣センズリの〈左手〉を継承しろと言うのか?
「……もう遅い」
「え?」
「今更、戻れと言われてももう遅い!僕はノエルと冒険者を続ける積りだ。実家に戻る気はない」
「クスクス」
アナルは再び不気味な笑みを浮かべた。
「ことの発端は二年前……、侯爵閣下が我が団の、若い騎士の妻を欲しがったところから始まります。それでいざこざがありましてねぇ。結局女は連れていかれ、……数か月後、孕まされて戻ってきたのす。まだ10代の綺麗な娘でしたねぇ」
「父上ならやりそうだな……」
「以前から侯爵家の悪政に騎士団や民衆の不満は募っておりた。侯爵家を滅ぼすと豪語する者も少なからずいましたねぇ。しかし保守派がクーデターに反対し有事にはならなかった。しかし、その事件が切っ掛けで8つの騎士団はリンダナ家討伐へ舵を切ったのです」
「だが、父上はディーに侯爵を譲ったのだろう?」
「ええ、さらに酷い体たらくぶりですよ。ディー様に抱いた僅かな希望を失い、騎士団はもう止めることができない状態ですねぇ」
「そうか……、そういうとか……、お前が勇者パーティーにいる理由が見えてきたぞ。クーデターを起こせば、お前たち騎士団は王国や他貴族の騎士団に鎮圧されるのが必至、だからそうならない為の人脈づくりか」
「ええ、そうです。ポーク様は勇者パーティー参加に反対されておりました。しかしあたくしが屁理屈で論破し参加した次第です」
アナル達騎士団はパンティーやアターシャといった大物と関係を築き、クーデター後にリンダナ家の騎士団を守る計画を立てていたということだな……。友好関係だけでどうにか出来ることではないが、人脈がないよりはましだろう。
「しかし、事情が変わった。僕が生きていたことによって」
「さすが坊ちゃん、ご明察。気持ち悪い程、頭が回りますねぇ。クスクス」
アナルは楽しそうにクスクスと笑う。
ダンジョンへ出発する時、アナルは僕の耳元で「これからどうされるかは坊ちゃんにお任せします」と言っていた。コイツの考えはよく分からないが、あのセリフは僕が戻るか否かと言っていたんだ。
リンダナ領に戻るなら僕を旗頭にしてクーデターを起こすということか。
「アナル、お前はクーデターに賛成なのか?」
「ええ、賛成です。ポーク・リンダナの首はあたくしが落としますよ」
アナルはいつものように薄く笑みを浮かべているが、その目には覚悟が見て取れた。
「セバスやエヌはどうしている?」
セバスとはリンダナ家の筆頭執事、エヌは僕の3歳下の妹。
「セバスを含め政に携わる方々には情報が漏れないよう統制しております。エヌ様は騎士団の者が家出を装い匿っております」
エヌを生かす理由は、リンダナ領再建時に跡継ぎを産ませる為か……。エヌの夫はアナル達が主導で傀儡を用意するのだろう。
「最後に一つ聞きたい。クチュ先生は何と言っている?」
「クチュ・クチュは革命賛成派の急先鋒ですよ。クスクス。ポーク・リンダナが貴方を処分したことを今でも怒っています。既に民衆を誘導するプロパガンダを用意されておりますねぇ」
クチュとは僕に勉学を教えてくれた先生である。6歳年上でアナル同様、特殊な加護を持ち、人間離れした頭脳を持っている。
「そうか……。クチュ先生がクーデターに参加するなら僕が戻らない場合、クーデターは確実に成されるな」
「……どうされますか?坊っちゃん」
僕はどうすれば……、
考えを巡らせ答えを導き出す。
そして――、
僕は瞳に決意を宿し、アナルの問いに答える。
「アナル、僕は…………
◇
アナルと一緒に野営地に戻ると、ノエルとパンティーの服が着崩れ汚れていた。
よく見るとパンティーの頭にはたん瘤ができていて、ノエルの顔は土で汚れている。
二人ともツンとした顔でそっぽを向て目を合わせない。
「ノエル、何かあったの?」
「別に、何もないわ」
「パンティー様、何かあったのですか? 頭にたん瘤ができていますが……」
「ちょ、ちょっとつまずいて転んだだけです!」
癇癪気味に言われた。
僕がきょとんとしていると――、
「ゼツぅ~~」
怯えた顔でティッシュが僕を呼んだ。
ティッシュが僕の耳元で囁く、
「アッチが目を覚ましたら、二人が取っ組み合いの喧嘩をしてたニャン。ちょっと恐かったニャン」
い、いったい、何が起きたんだ!?
その後、アターシャが帰ってきて僕たち6人は就寝した。
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