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第46話 交渉
しおりを挟む【アターシャ視点】
このゼツ・リンダナという男かなり使えますわ。
何としても仲間に引き入れ、今回の遠征を成功させたいですわね。
仲間の女二人がゼツ・リンダナの元へやってきた。
「ゼツ君、そろそろ出発できそう?」
「ゼツ~さっきはありがとう。うざいのに絡まれてたから助かったニャン」
彼はキョロキョロと周りを見てから「ふぅっ」っと息を吐くと不敵に笑う。それから――。
「僕らが助けなければ危なかったわけで、僕がアターシャ様に不敬を働くこともできませんでした。確かにアナルが言う通り別件かもしれませんが、そのような経緯から先程の謝罪一つで、今回は多めに見ていただきたい。
こちらが使ったローションも人命救助故の消費になりますから請求はいたしません。パンティー様、アターシャ様、不快にさせてしまい申し訳ありませんでした」
ゼツ・リンダナは胸に手を当てお辞儀をする。貴族の礼だ。
私《わたくし》はパンティー様へ視線をやった。
姫様は頬を染め、顔を惚けさせ、熱い視線で彼を見つめている。
それではまるで恋する少女ではありませんか。
「では、急ぎます故、これで失礼いたします」
彼はそう言い、もう一度頭を下げると颯爽と身をひるがえし――。
「ノエル、ティッシュ行こう」
「お、お待ちなさいッ!」
柄にもなく私は叫んでしまいました。
今回の遠征で結果を出せなければ、我がヤリマン家は貴族間で笑い者にされる。ここでこの男を行かせるわけにはいきませんわ。
しかしこの男の言い分は通っている。姫様のMPが切れた状況で彼が助けてくれなければ、私達は確実に全滅していました。私が不敬を受けることもなかったでしょう。
「言分はわかりましたわ。それにお前は我がヤリマン公爵家の派閥、リンダナ家の嫡男、ぞんざいに扱うことはいたしません。それを踏まえた上で、お前に命令しますわ。私たちのダンジョン攻略に協力しなさいな」
「いや、それはちょっと……」
凄く嫌そうな顔をしていますわね。そこまで顔に出さなくてもよいのに……。
無理強いをして裏切られても困ります。彼の裏切りは即、死に直結しますわ。
「ならば取引をしませんか?」
「取引、ですか?」
彼は首を傾げる。
「以前、噂を耳に挟んだのですが、お前とお前の父、ポーク・リンダナの間に確執があったとか。そしてお前は冒険者をやっている。何故そのようになさっているのかは、わかりかねますが、何も身分を持たないのは奴隷と同じ。身分制度が整ったこの国で今後、土地や家を買う際に困るのではありませんか?」
少し賭けですが、反応を見てみましょう。
彼は顎に手を当て思考を巡らせているようです。脈がありそうですわ。
「……はい。確かにその通りです」
よっしゃーッ!!
「そこで、この私が父ヤリマン公に口添えをし、お前の身分を保証して差し上げましょう。リンダナ家と絶縁し平民になるも良し、リンダナ家の次期当主になりたいのなら圧力をかけることもできますわ」
「それはありがたい提案です。しかし、ダンジョン攻略の協力とは具体的に何をすればよいのですか?」
「存じているとは思いますが、私たちはロックワーム一体を倒すのにも手こずります。そこで先程見せたように、ロックワームや14層より先にいるロックゴーレムを無力化して欲しいのです」
「なるほど……、そうなると報酬の分配をどうするか、ですよね?」
きましたわね。当然そうなりますわ。
モンスター討伐において分配とは2つ、経験値とドロップ品です。
殆どそちらが倒すわけですから、8割、9割を要求されても文句は言えませんが、そこは権力をチラつかせて、こちらが最低3割は確保したいですわね。
「先ずは経験値ですが、お前の要望から聞きましょう」
「うーん、ノエル、どう? ラストアタック」
「私は十分レベル上がったし、もうラストアタックしなくてもいいわよ。それより早くミスリルを手に入れてゼツ君と宿でゆっくりしたいかな」
パンティー様がノエルとかいう女を滅茶苦茶睨んでいますが――、私はそれを手で制します。姫様のお気持ちは察しますが、話がややこしくなるので今は引っ込んでおいてもらわないと。
「ティッシュは?」
「アッチは一生分レベル上がったし、別にもういいニャン」
さすが平民、立場を弁えていますわね。
さぁ、あとはお前だけですわよ、ゼツ・リンダナ。どうせ8割、9割欲しがるのでしょう?でもそうはさせませんわ!こちらが3割――、これは絶対に譲れません。
「僕がやっても意味ないし、それじゃラストアタックはそちらが全部やってください」
「へ?」
思わず間抜けな声を出してしまいました。
「次はドロップ品ですね」
ゼツ・リンダナは飄々と言う。
「ちょ、ちょっとお待ちなさいな。ラストアタックはそちらが8割ってことですわよね?」
「いや、ちゃんと話を聞いてくださいよ。僕らはラストアタックしないので、そちらで全部やってください」
ええええええええッ!?こ、この人おかしくないですかぁッッ!!?
「あっ正し、20層のミスリル・ゴーレムはA級モンスターで経験値が多いと思いますので、こちらも半分いただきますが良いですか?」
そ、それでも半分なのですね……、
「か、構いませんわ……」
私が驚いている横でパンティー様が申し訳なさそうに、
「あ、あの、ゼツ様、それはいくら何でもゼツ様達に利がないように思えますが……、私たちに気を使っ――んんん、もごもごもご」
私は急いで姫様の口を手で塞ぎ、黙らせました。
信じられないほど良い条件なのに、この男の気が変わったらどうするのですか!?バカなのですか!?
「ではドロップ品の話しに移ってもよいですか?」
「え、ええ、構いませんわ……」
どうせ経験値を全部やるからドロップ品は全部よこせと言うのでしょう。今回も大赤字で、毎回これでは不味いのです。経験値は頂きますが、ドロップ品も最低1割は頂かないと。
「僕らは基本的に折半でやっていますので、それでよいですか?」
「せ、折半ですってッ!そちらが全部取るということですわねッ!?あれ?え?折半って半分ずつってことですわよね?」
「は、はい、そうですが……」
経験値を全部もらって、ドロップ品を半分もらったら、流石にもらいすぎですわよね?こちらは3割でも多いくらいなのに。え、遠慮した方がよいのかしら……。
「アッチは旅道具一式と食料をゼツが用意するからってことで3割になったニャン。ゼツとノエルは折半ニャンね」
平民のしかも獣人に3割!?そしてもう一人の女とは折半……。なんて欲のない方ですの……。
「わ、わかりましたわ。少々腑に落ちませんが、それでよろしくお願いいたしますわ」
【ゼツ視点】
アターシャは渋々といった感じだが納得してくれた。貴族相手に半分は取り過ぎたか?
今回の冒険でノエルもティッシュも十分過ぎるくらい経験値と金を稼いだ。
あっちは40人程のパーティーで、3人しかいない僕らは2割、3割でも別に良かったけど……、まぁこれでいいだろう。
それに勇者パーティーには探知系の加護持ちがいると、出発前アナルが話していた。おそらくあの加護だと思うけど……、それならこいつ等と組むことで逆に収入が増える可能性がある。
まぁそんなこより、身分を保証してもらえるのは大きいな。
実家に死亡扱いされ、中途半端に追放されたせいで、現状僕は奴隷と同じだ。ノエルの夢である家を買うことができない。
しかしヤリマン家が仲介に入り、正式な手続きで絶縁すれば、平民としての身分を得れられる。人頭税を払うことになるが、できることの幅は広がる。
アターシャは号令を飛ばす。
「お前たちッ! そろそろ出発しますわよッ!」
こうして僕たちは勇者パーティーと共に20層を目指すことになった。
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