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第38話 ローション
しおりを挟む【勇者パーティー視点】ダンジョン13層にて
アナルがロックワームに剣で連撃を加え核が露出する。アナルは叫ぶ――。
「パンティー様ッ!」
「はぁああああッ!」――ザンッ!!
パンティーが大剣で上段から斬撃を放ち核を破壊。ロックワームは黒い霧になって四散した。
ロックワーム1体を倒すのにかなり手こずった。長い戦闘を終えパンティーとアナルは肩で息をする。
「近くにモンスターの反応はありませんわ。少し休憩をしましょう」
白いドレスのようなローブを着た金色で長い髪の女性、アターシャが冷静な声で二人に言った。
◇
「被害は甚大、これ以上は進めません」
パンティー、アターシャ、アナルが一息ついていると、貴公子団のアレプニヒトが伏して進言した。
アターシャは岩陰で休むパーティーメンバーを冷たい視線で見渡す。40名程のメンバーが皆暗い顔で力無く項垂れている。先の戦闘で負傷した者はポーションで回復をしている。
特にポーターメンバーの被害は甚大だった。
アナルの剣戟で傷を負ったロックワームが大暴れし、周りの岩を弾き飛ばし、撒き散らした。荷物を背負い素早く逃げることのできないポーター数名が飛んできた岩の下敷きになったのだ。一命は取り留めたが、もはや歩くことはできない状態だ。
「アターシャ様の回復魔法で負傷した者の傷を癒してあげてください」
アターシャの加護は【HR大聖女】、回復系の魔法を得意としている。
「できませんわ。万が一、パンティー様がお怪我をされた時の為に私《わたくし》のMPは全て残しておかなければなりませんの」
「……ならばせめて、ポーションではなくローションの使用を許可してください。ポーターメンバーの中に足を骨折した者がいます」
ローションとはヌルヌルした薬である。
「ロ、ローションですか!? 許可できませんわ! ローションは高価な治療薬。冒険者ギルドで雇った者に使用するなど以ての外」
「そんな……、歩けないのですよ」
アレプニヒトは【R鑑定士】という加護を持っている為、メンバー集めを担当している。今回のダンジョン攻略に必要なポーターや特殊な加護持ちを冒険者ギルドでスカウトしたのは彼だ。
彼は冒険者ギルドへ通い今回集まったメンバーと面接で色々な話しをしてスカウトした。故郷や家族の話しをした者もいる。それが今、大怪我負い先へ進めない状況になった。
ポーターメンバーの要望や愚痴は全てアレプニヒトに寄せられる。だから彼は必至だった。
「歩けない者は置いていきます」
「え?」
さも当然のように、アターシャがさらりと口にした言葉をアレプニヒトは直ぐに理解できなかった。
ダンジョン13層に置いていかれたら自力で帰ることはできない。待っているのは”死”だけだ。
「アターシャ!それは彼らに死ねと言っているようなもの。許容できません!」
パンティーはアターシャの意見を否定するが、その表情に余裕はない。先程の戦闘がギリギリの戦いだったからだ。
たかがB級モンスター1体を倒すのに苦戦した。パンティーとアナルは何度も剣を入れたが核の場所がわからず、戦闘が長引いたのだ。
「アターシャ様、ポーターメンバーは我々に不満と不信を抱いております」
ここまでの冒険でポーターの面々は何一つ良い思いをしていない。
ラストアタックはやらせてもらえず経験値は稼げない。大粒の金をドロップするB級以上のモンスターとは戦闘を避け、サーペント等C級やD級モンスターばかり倒しているからパーティーの稼ぎは少ない。
事前に取り決めた分配率で給金を貰った場合、金貨1枚も貰えないのは明らかだった。
「この様な状況で『歩けない者は置いてく』などと言ったら、無傷のメンバーもこれ以上先へは付いてこない……最悪、暴動を起こす可能性もあります」
「方針は変えませんわ。我々貴族の命と平民の命、天秤にかけるまでもなく、どちらが尊いか、貴方も貴族の端くれならわかるでしょう?パンティー様もどうかご理解ください」
「「…………」」
「歩けるのに付いてこないポーターがいたら金貨5枚を徴収してください。契約違反ですわ。それと荷物は貴公子団のメンバーで分担して持つこと。 わかりまね?アレプニヒト」
このアターシャ――――。
アターシャ・ヤリマン公爵令嬢は貴族の中でも別格。圧倒的に高い身分なのだ。更にパーティーの副長も担っている。平民に近い身分である子爵家のアレプニヒトに逆らう余地はなかった。
【パンティー視点】
どうすればいいの……。
アターシャのアクティブスキル〈リバイバル〉は一回で彼女のMPの90パーセントを消費し致命傷をなかったことにする。万が一を考慮するならアターシャのMPは温存しておかなければならない。
せめてローションを使わせてあげたいけど、ここまでの戦闘で貴公子団の前衛がかなり消費している筈だから、帰りを考えるとこれ以上使うことはできない。
彼らを見殺しにする?……それは絶対にできない。
「アターシャ……、ここまでです。引き返しましょう」
「パンティー様、我々は他国の勇者と比べ、かなり遅れを取っております」
アターシャが私を睨んだ。
全世界に確認されているだけで8人の勇者が同時期に誕生した。100年に1人誕生するといわれている勇者が……。
そして国同士が勇者のレベルや討伐成果を競い合っている。
アターシャの話しは続く。
「今回の冒険でも目覚ましい成果を上げられておりませんわ。成果がBモンスターのロックワーム1体では恥ずかしくて公表できません。それでも恥を忍んで引き返すと仰るのですか?私には耐えられませんわ」
「先ほどの戦いで私のレベルは70になりました……」
「既にレベル100を超えている勇者が殆どですわ」
ならどうすればいいのよ!
私は元々、戦いなんて知らない小娘なのよ。
「とにかく、死人を出すことは絶対に許容できません。これ以上先へ進むのは危険です」
「……わかりました。パンティー様がそこまで仰られるのなら……」
アターシャは不貞腐れてしまった。
「アレプニヒトッ!」
「はッ!」
「ポーターの方達をローションで回復させてあげなさい。それと撤退の準備を!」
「かしこまりました。 姫様ありがとうございます!」
アレプニヒトは深く頭を下げるとポーター達の元へ向かった。
今回の冒険でA級モンスターのミスリルゴレームやS級モンスターのオリハルコンゴレームを討伐するという目標自体に無理があったのよ。だから、悔しいけどこれで良かった。
そう思うと心が少し楽になった。
…………ゼツ様。
クスワードに戻ればゼツ様に会えるかもしれない。
それにしても生きていたのなら何故今まで公にしなかったのでしょう? アナル様なら何か知っているかもしれない。
「アナル様、お聞きしたいことが――」
アナル様を見ると、彼女は真剣な顔で周囲に気を配っていた。
「妙ですねぇ。ロックワームは群れで行動します。何故、一体だけでうろついていたのでしょう?」
「群れからはぐれるモンスターもいます。そういった類のものかもしれませんよ」
「だと良いのですが……」
その時――。
ゴゴッ!
ゴゴゴゴッ!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
地下から騒音が鳴った。音はどんどん大きくなり、地面が揺れ始める。
そして揺れは立っていられない程激しくなり――。
「ロックワームだぁあああああああッ!」
ゴッゴッゴッゴッゴッゴッ!
ゴッゴッゴッゴッゴッゴッ!
ゴッゴッゴッゴッゴッゴッ!
大地が陥没する激しい揺れ、そこらじゅうの地面が大きくひび割れ、そこから轟音を立ててロックワームが次々に出てくる。
私達のパーティーは100体くらいのロックワームの群れに囲まれてしまった。
【ゼツ視点】ダンジョン13層にて
「ゼツ君、D級やC級のモンスターとは戦わないの?」
6層からここまで報酬の美味いB級モンスターのロックワームばかり倒してきた。ヤツ等は10から30の群れで行動している。 そして接近しない限り襲ってこない。
発見しら遠方から〈ガンシャ〉で破壊し、核だけになったところを二人がサクサク狩っている。
大量の金塊と経験値を稼げるからこんなに美味いモンスターはいない。
「まぁ時間の無駄だからね。これからも狩る積りはないよ」
「ふーん」
ゴッ!「ふにゃッ」
そんな呑気な話しをしながら歩いているとティッシュが転んで膝を擦り剥いてしまった。
「大丈夫かティッシュ? これを塗って」
僕は荷物から回復薬を取り出しティッシュ渡す。
「こ、これローションだニャン!こんな高い薬、塗れないニャンよ!」
「んー、かさばるからポーションは持ってきてないんだよ。ローションはたくさん持ってきたから使ってくれ」
回復薬はまだ一個も使っていない。念の為、必要以上に持ってきたのに、このままだと大量に余ってしまう。
「この程度の傷じゃ必要にゃいけど、これは貰っておくね」
ティッシュはローションを受け取ると自分のバッグにしまう。
「後で使うのぉ?」
ノエルが尋ねた。
「こんなの舐めとけば治るし、薬は街に帰ったら売るニャン」
「「えええー!」」
その時――。
「きゃっ!」「んニャ!」
地面が激しく揺れ、よろけたノエルとティッシュが僕に掴まった。
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