上 下
12 / 15

12話目 避難と被弾

しおりを挟む
 非常事態の気配に、藤村は薬の効果を跳ね除けて意識を覚醒させた。

「…カイト」

「ユーサクさん、ボクのそばを離れないで」

 カイトの声にも緊張が滲んでいる。何事かと様子を窺っていると、バーン、バーンと、数発の銃声が鳴り響いた。

 カードキーをかざさないと開かないはずの扉が、床にバタンと倒れてただの白い板と化す。

 強引に押し入ってきた連中は、こわもての中年を筆頭とした、どうみても堅気ではない男たちだった。

「海斗ぉ、会いたかったぜ」

 黒のスーツに赤いヒョウ柄(ダサい)を合わせた中年男が、ゆっくりと両腕を広げてカイトに近づいていく。

 別の男が拘束台の横に立ち、藤村の頭に銃を突きつける。どうやら人質のつもりのようだ。

「何の用ですか、佐島さん」

「そんなに堅くなるなよ。同じ釜の飯食った仲だろ?淋しいじゃねぇか。…なぁ、こいつらも、お前に会いたくてうずうずしてたんだぜ。まさかこんな大層なところに、身を隠してたとはなぁ」

 動けることがバレないよう、藤村は視線だけで周囲の様子を窺った。

 佐島と呼ばれた男の背後には十人ほど、男たちがそれぞれに武器を持って構えている。その中には灰崎の姿もあった。

 藤村は灰崎に向かって、まるで薬が効いて呂律が回らないふりをした。

「灰崎…一体、どういうことだよ……捜査官じゃ、なかったのか?」

「昨日会った時、藤村さんの耳に盗聴器を仕込ませてもらいました」

 昨日、触れられた時のことを思い出す。そっと耳をまさぐってみるが、どこにあるのか分からない。

「助かりましたよ、こんな隙だらけの時間があったなんて」

「なんでこんなこと…お前らの目的は、一体何なんだ」

「そこにおる白瓜海斗はな、元々うちの組におった男のせがれだ。両親を自らの手で殺し、孤児になったところを引き取ってやった恩も忘れて、組のもん何人か殺して疾走しおった。そこの佐倉井……いや、絹川と一緒になぁ!」

 下っ端二人に両脇から抱え上げられ、ボロボロになった絹川が姿を現した。顔は腫れ、白衣も破けて所々に血が滲んでいる。

「カイト、藤村さんっ…逃げてください!」

「逃がすわけないだろうが」

 不敵な笑みを浮かべる佐島の横で、灰崎がカイトに昏い殺意を向けている。

「白瓜、お前は僕の恋人を殺した。……許さない」

 だが、拳銃を持つ灰崎の手は震えていた。

「お前の恋人って、どんなのだっけ。顔覚えてないから分かんない」

 藤村はこれまでのカイトとの記憶を思い返した。

 自分の執着している相手以外には、とことん無頓着なのだろう。

 料理が上手かったり、名前を呼んだだけで喜んだり。

 藤村の前で見せた無邪気なあの笑顔も、間違いなくカイトであるはずだ。

 だがこれまでだって、カイトの見せる一面はそれだけじゃなかった。

 感情が消えたみたいになって、何度か狂気じみた視線を向けられたこともある。

 興味のない他人のことは覚えられないと言っていたし、藤村を匿った男に暴力を振るったとも聞いた。

 最初に夕食を振る舞われた時、カイトが自分で自分の頬を殴ったのは、己に異常性がある自覚があったからではないか。

 きっとカイトはあいつなりに、自分の中にある冷酷な一面を出さないようにしていたんだろう。

『だって、好きだから勃起するんでしょ。ボク、興味ない相手だったら絶対こうならないから』

 そう話すカイトの表情はどこか悲しげで、半ば諦めているようにも見えた。
 
 恐らくだが…カイトは、人間に対する好き嫌いを自分で決められない。

 性器が反応するかどうかで、相手への好感度が決まる。

 (たまたまその下半身センサーに引っかかったのが俺だっただけで、別にカイトが俺のどこを好きになったとか、そういうことじゃないのかもしれない)。

 藤村も同じだった。女なら、勃起すれば誰でもよかった。相手のことが好きなんじゃなくて、ただ重ねた体の温もりに慰められたかっただけだった。

 けどカイトに会ってから、色々と変わった。

 カイトに執着されて、心の蓋をを無理やり暴かれて、かき混ぜられて、上書きされて。そうしてできた心の隙間に、カイトが住み込んだ。

 結果…なんとなく、藤村は救われた気がしていた。

 今更、きっかけなんかはどうでもいい。ただし人が忘れてたトラウマをほじくり返して、好き勝手した責任は取ってもらう。

 藤村はちらりと視線を動かし、頭に突きつけられた銃口と角度を観察した。

 (六発撃てる短銃。この角度なら……!)

 相手は人質が薬で弱ってると思って油断してる。だからあのタイミングで押し入ってきたに違いない。

 チャンスは今しかない。

「カイト!伏せろ!!」

 もうその必要が無くなってはいるが、今回拘束されていなくて助かった。

 突きつけられた銃をはたき落とし、藤村は素早く起き上がって床へ降り立った。

 少々立ちくらみがしたが、今はそんなことに構っている暇はない。

 近場のトレイにあった注射器を、佐島とかいう男のひたいへ向かって、ダーツみたいに投げつけた。

 しかし間一髪のところで躱されてしまい、外れた注射器が下っ端たちの方へ飛ぶ。

 「うおっ!」と声が上がり、一瞬だが出口を塞ぐ人だかりに穴ができた。

「走るぞ!!」

 藤村の声で二人同時に駆け出し、カイトがすれ違いざまに絹川を担ぎ上げていく。

 まだ薬が効いて全力では走れないが、カイトが空いた手で藤村の手を引いた。

「で、どこへ向かえばいい!?」

「駐車場は、張られています。それ以外の場所から、とにかく施設外へ出なければ袋のネズミです」

 口の端が切れて少々痛々しい絹川が、廊下の先を右に指さした。

「この先を右に曲がって、二つ目の扉をしばらく行くと非常用のシェルターがあります。シェルターの鍵は管制室からでないと開けられません。あ、ここで下ろして」

 すぐそばの壁に、カモフラージュされた小さな隠し扉があった。暗証番号を押してそこに入ると、絹川がサムズアップして笑って見せる。

「二人は早く行って。すぐに追手が来ます」

「あぁ。頼んだぜ絹川」

「絹川、死んだら怒るから」

 後ろ髪を引かれる思いはある。だが今は奴を信じるしかない。

 カイトに腕を引かれ、右に曲がった二つ目の扉をカイトがカードキーで開けた。

 振り向くと、佐島たちが何か喚きながら追いかけてくるのが見えた。

「あそこ。一つだけシェルターが開いてる」

 カイトが指さす先には、オレンジ色に塗装された小屋規模のシェルターが何個も設置されていた。

 その中の一つが、分厚い金属扉を開けて待ち構えている。

「待て海斗!!逃がさんぞぉ!!」

 背後から銃声が聞こえる。外へ出ると地面に芝生が敷かれていて、足がもつれてうまく走れない。 

「危ない!!」

 肩に焼けるような痛みが走った。バランスを崩して世界が角度を変える。

 だが倒れる衝撃はなかった。地面にぶつかる寸前で、カイトが藤村の体を横抱きにしたからだ。

 一瞬速度が落ちる。そこを狙われた。

「お前だけは…殺す」

 灰崎だろう。唸るような声がしたかと思うと、カイトの表情が険しくなった。藤村の顔に生ぬるい雨が降る。

 幸い心臓は避けたが、確実に肺がある位置だ。

「カイト、お前……ッ!」

「大丈夫っ…あと、少しだから」

 それでも止まらず走り続けるカイトに、藤村は無力な自分を恨んだ。
 
 強く噛み締めた唇から、じわりと鉄の味が滲む。

 なんとかシェルターに駆け込むと、扉は待ち構えていたかのように閉まり始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

被虐趣味のオメガはドSなアルファ様にいじめられたい。

かとらり。
BL
 セシリオ・ド・ジューンはこの国で一番尊いとされる公爵家の末っ子だ。  オメガなのもあり、蝶よ花よと育てられ、何不自由なく育ったセシリオには悩みがあった。  それは……重度の被虐趣味だ。  虐げられたい、手ひどく抱かれたい…そう思うのに、自分の身分が高いのといつのまにかついてしまった高潔なイメージのせいで、被虐心を満たすことができない。  だれか、だれか僕を虐げてくれるドSはいないの…?  そう悩んでいたある日、セシリオは学舎の隅で見つけてしまった。  ご主人様と呼ぶべき、最高のドSを…

ガテンの処理事情

BL
高校中退で鳶の道に進まざるを得なかった近藤翔は先輩に揉まれながらものしあがり部下を5人抱える親方になった。 ある日までは部下からも信頼される家族から頼られる男だと信じていた。

兄弟がイケメンな件について。

どらやき
BL
平凡な俺とは違い、周りからの視線を集めまくる兄弟達。 「関わりたくないな」なんて、俺が一方的に思っても"一緒に居る"という選択肢しかない。 イケメン兄弟達に俺は今日も翻弄されます。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

処理中です...