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8話目 認めたくない願望

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「プロレスごっこ、してて。……それで、組み伏せられて」

 話し始めた藤村の口調は、まるで少年に戻ったかのようにあどけなかった。

「うん」

 カイトの相槌に、藤村はまた次の言葉を繋げる。

「『負けた奴には罰だ』って、ズボンを脱がされて。『ぼく』はイヤだって言ったけど、お父さんに抑えつけられて、両足を開かれて……」

 それはちょうど今、藤村が台に拘束されているのと同じ格好だった。

「指が、何度も何度も入ってきて……ぼくは、黙ってみてるしかなくて。お父さんはそんなぼくのことを、ニヤニヤ笑って見下ろしてた……」

「指が何度も入ってくるって、こんな感じ?」

 入っていた中指がずるずると引き抜かれる感触に、藤村の体は小刻みに痙攣する。
 
 しかし体の感覚と記憶が一致せず、その違和感にフルフルと首を振った。

「違っ、……確か親指で、ぼく……小さいからうまく入らなくて、それで……」

「なるほど。じゃあ、こんな感じかな」

「ひゃぁっ……」

 お尻の入口を、太い何かがチュコチュコと出入りしている。

 入る深さも、太さも、ピストンのタイミングさえもが、父親にされたこととそっくりだ。

「あっ、ぁっ……お父さんッ……それ、それがいい、もっと……!」

 カイトは一言もしゃべっていない。

 しかし藤村の脳内では、記憶の中の父親が、幼い自分に向かって絶えず卑猥なことを話し続けていた。

『遊作、お前才能あるぜ?六歳でこんだけよがれるんなら、将来とんだ淫乱になれるなぁ。なんなら、これから毎日仕込んでやろうか』

「うんっ、うん……お父さんもこれ、好き?」

『あーぁ、大好きさ。大好きだぜぇ、ゆうさくぅ』

「お父さんが好きなら、ぼく、仕込んで……ぼく、お父さんの奥さんになる、からぁ……」

『そりゃあいいや。ならまずは、俺のポコチン入るくらい、尻穴デカくならねぇとな。今日はしょうがねぇから、指を俺だと思ってイケや』

「なる……大きくなる、からぁ……お父さん、なんかぼく、変だよ……あっ、あぁっ……」

『それがイクってやつだ。そのまま体の力抜いてろ、じきにヨくなるから』

「イッちゃう……ぼく、お父さんの指でイッちゃう……キモチい……アッ、アァッ……!!」

 ──本当は、こんな会話していない。

 父親に脱がされて、尻穴をいじられ始めてすぐ、母親が忘れ物をして帰ってきたからだ。

 だから後半の、幼い自分がイクまでの会話はすべて捏造だ。

 (俺は父親に、こんな願望を抱いていたのか……──)。

「うわぁああああああああ!!!!!!」

 色んな感情が入り乱れて、藤村は叫ばずにはいられなかった。

 何度も、何度も叫んだ。胸の奥から、これまで抑え込んでいたものが一気に噴き出したみたいになって、それが全部叫び声になった。

「俺はッ、俺は父親とあんなことを……汚い、気持ち悪い、穢れてる!!俺は、俺は……!!!」

 ガシャンという音とともに拘束が外れ、気づけばカイトに抱き起されていた。

 惨めだが、慰められるのかと思った。しかしカイトが耳元で呟く言葉は、藤村の予想をはるかに超えていた。

「ボクも『そっち』、いってもいいかな」

「……え」

 カイトの左手には、一本の注射器が握られていた。

 色に見覚えがある。前に使った薬が入っていたのと、同じ注射器だった。

 キャップを外し、カイトは針を自分の首へ突き立てて、親指でゆっくりと中の液体を押し出していった。

 全部注射し終えて針を抜くと、カイトの体からガクンと力が抜けた。

 抱きしめられていたのはずの藤村が、今度はカイトを支える番になった。

「おい……お前、どうしたんだよ。なあ、カイト……」

 ゆっくりと顔を上げたカイトの瞳は、どこか焦点が合わずにトロンとして、虚ろだった。

『なあに、トシツグさん』

 藤村のことをトシツグと呼びながら、カイトが台に乗り上げてくる。

『ボクね、トシツグさんのこと、だぁいすき。だからいっぱい、きもちよくしてあげるね?』

「ちょっと待て。俺はトシツグとかいう奴じゃない。人違いだ」

『ふふっ。トシツグさんったら、そんな嘘言わないでよ。……あ、今日はここ、元気だね。食べてもいい?』

「だから、俺はトシツグじゃないって、うぐっ……」

 否応なしに、カイトは藤村の股間へ顔をうずめてくる。

 温かい。口の粘膜が半勃ちのチンコに絡みついて、奥にある体液を搾り取ろうと吸い上げてくる。

「あぁっ……あッ、カイト……」

『トシツグさん、きもちよくなれてえらいね。ボクがもっと、トシツグさんのこと、よしよししてあげるから』

 カイトの目には藤村じゃない、知らない誰かが映っている。
 
 (別に、気持ちよければいい。誰が相手でも、なんでもいいはずだっただろ。)

 己に言い聞かせるのとは裏腹に、藤村の心には胸糞悪いような、頭を掻きむしりたくなるような感覚がじわじわと広がっていった。

『あ、トシツグさんのチンコ、またおっきくなった!……えへへ。ボクのこと、ちょっとは好きになってくれたのかな。ボク、うれしいや』

「……ふざけんじゃねぇ」

『ごめんッ、トシツグさん!ボクまた、怒らせるようなことしちゃった?ボクがんばって、トシツグさんの理想のお嫁さんになるから……』

「俺を見ろ、カイトッ!!!」

 薄い肩をがっちりと掴んで、藤村はカイトの体を激しく揺さぶった。

「目を覚ませよカイト!!お前の目の前にいるのは俺、藤村遊作だろうが!!ほかの男の名前連呼してんじゃねぇよ!!お前は、俺のことが好きなんじゃねぇのかよ!!?」

 今にもぶつかりそうな距離で、じっとカイトの目を覗き込んだ。

 薄茶色の虹彩がゆらゆらとゆれて、ぴたりと止まる。

「……ユーサク、さん?」

「カイト!お前、俺が分かるんだな?」

 どことなく嬉しそうな藤村の顎を掴み、カイトは意地悪くにっこりと笑った。

「ようやくボクを見てくれたね、ユーサクさん」

 チュ、と唇へ濡れた感触が当たる。それがキスだと理解したとき、藤村はすべてを悟った。

「てめぇっ……この野郎、演技してやがったな!?」

 唇を手の甲で抑え、咄嗟に後ずさる。

「だってユーサクさん、全然ボクのこと見てくれないんだもん。ずっと『お父さん』ばっかりでさ」

「だからって、んなこと……」

「好きな人に自分を見てもらえない気持ち、少しは体験できた?」

「うぐぐぎぎ……」

 それを言われると、もう何も言い返せない。

 催眠状態にかこつけて、仮にも自分を好きだと言う相手の前で、他の男(父親)とスケベな妄想をしていたのだ。

 下半身に任せて誰彼構わず食い荒らす自分がクズである自覚はあるが、クズだって罪悪感がないわけじゃない。

「じゃあ、さっきの注射器は?」

「ただのビタミン剤~」

「おまっ、姑息な手ぇ使いやがって…!」

「でも、これで両想いだね」

「はぁ?何言ってんだ。俺はお前のこと、肉棒としか思ってねぇし」

「ボクのこと、受け入れてくれる気になったんだ?」

「あっ……」

 失言だと気づいたときには、もう遅い。

「ちょっ、待てタンマ。今のなし!!」

「ダーメ。……もう、逃がさない」

 にんまりと笑って、今度はカイトに瞳を覗き込まれる。

 形勢逆転。二度目のキスは、触れ合うだけでは終わらせてくれなかった。
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