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 声は月明かりの方向からするようだった。暗闇に目を凝らしてみると、岩礁に一人の人影が見える。


 歌を聞いているうちに、民雄はその人影を間近で見たいと思った。


 ふらふらと近づいていって、歌っている人物を岩陰からそっと覗く。彼女の横顔をちらりと見ただけで、民雄は思わず目を大きく見開いた。


「はぁ……あんなべっぴんさん、見たことねぇや」


 まるで、天女のようだと民雄は思った。


 絹糸のようににさらさらした髪が月に照らされ、黄金色に輝いている。肌は真珠のように白く、歌を紡ぐ唇はサンゴのように赤く艶やかだ。


 年齢は……民雄と同い年くらいだろうか。


 純白の着物を着た胸は衣服越しでも分かるほどに程よく膨らみ、彼女が大人の女性であることを物語っていた。


「だども……なしてあの女子は、こんなところで歌ってるだ?」


 疑問を抱きながらもしばらく見惚れていると、ふと歌うのを止めた女子が民雄の方を見た。


 咄嗟に隠れようとしたが、一度目が合ってしまうと逸らすのがもったいなく思えてきて、吸い寄せられるようにして民雄はふらふらと少女のもとへ歩いていった。


「なぁ……お前さん、どうしてこんな夜中に歌ってるだ。女子一人でこんな場所にいたら危ないべ?」


 生まれてこの方、女性というものを碌に知らない民雄は、男の欲よりも彼女に対する心配が先に立った。


 栗色髪の少女はくすくすと笑いかけると、民雄の手を取って岩礁の真ん中へと誘う。


 黒い崖の切り立った場所にある岩の足場は、まるで昔、隣村で見た芝居小屋の舞台のようだと民雄は思った。


 舞台に立つ役者のように堂々とした出で立ちで、少女は民雄の手を握りながら、またさっきと同じ美しい歌を響かせ始めた。


「あぁ……きれいな歌声だぁ……」


 指を絡めてくる少女の肌の感触が、すべすべと冷たくて心地いい。

 
 繋いだ手から、声の振動が直接体へ伝わってくる。

 
 音の波が手から体に伝播する度、民雄は目を蕩けさせ、ふぅと呆けた声を漏らした。
 

 そろそろ緊張で手汗が気になってきた頃。


「っ、……!?」 


 一度手を解こうとした民雄は、自分の体が動かせないことに気付いた。


 かろうじて動く眼球で少女を見る。民雄の視線に気づいた彼女は整った眉尻を下げ、申し訳なさそうな顔で民雄を岩盤に押し倒した。
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