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1.美しい歌声
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凪いだ日本海はどこまでも澄んで、水面に満天の空を映し出している。
浜辺に木船を泊めた民雄は、幼馴染の耕太郎と魚の入ったびくを運び出すと、浜からほど近くにある二人の住処へと歩き出した。
びくの中にはカサゴやヒラメ、スズキなんかの魚が五、六匹入っている。今日は大漁だった。
「スズキはでかいから今晩の晩飯にするとして、残った魚は捌いて干物にでもするだ」
民雄が言うと、耕太郎は悩ましげに顎を掴んで言った。
「魚が捕れるのはありがたいことだべ。だども……」
「だども?」
「そろそろ、魚ばかりも飽きてきたべな!」
あっけらかんと言う耕太郎に、民雄は肩を揺らして笑った。
「ハハハッ、それもそうだ! んだば、こんど隣村に行って、肉と野菜でも交換しに行くだ」
「そうだ、それが良いべ!」
──幼い頃から同じ漁村で育った二人は、流行り病で両親を亡くした。
それから十年以上、民雄は耕太郎と共に海に出て食料を調達し、時には漁で捕れたものを隣村へ売ることで日々を暮らしている。
「しかし、今日はえらく月がデカいな……」
水平線に浮かぶ巨大な満月を見て、民雄は感嘆の声を上げた。耕太郎は綺麗なものが好きだから、きっとあの月を見たら驚くだろう。
そう思ったのに、隣にいるはずの耕太郎から返答がない。
「こりゃあ、でけぇキンタマだべ」なんて軽口でも言いそうなものなのに、おかしいなと思って振り返ると、そこには誰もいなかった。
もう一度、海があった方を振り向いた。
いつのまにか、波も海に浮かんだ月も消えている。
漁で疲れて頭がおかしくなったのかと思ったが、どうにもそうじゃない気がした。
担いでいたびくも、いつの間にやら無くなっている。
周囲が異様なほど暗い。浜辺の白さも霞んで、うっすらと遠くに波の音が聞こえた。
民雄が途方に暮れていると。ふと、遠くに微かな明かりがあることに気づいた。
「助かった! これは、神様のお導きだぁ……」
不安な顔をパッと輝かせながら、民雄は明るい方へとずんずん歩いていった。黄色い光は近づくほどに大きくなっていく。
光の正体が分かって、思わず足を止めた。遠くに見えていたのは『月』だった。
さっきまで水平線の向こうにあったはずの大きな月が、今は真正面に見えるごつごつした岩の影から覗いている。
何かがおかしいと思い、民雄はぴたりと立ち止まった。
このまま先へ進んでいいものか。他に道しるべが無いとはいえ、これは妖が化かしているのではないか。
立ち往生する民雄の耳に、女性の美しい歌声が聞こえてきた。
浜辺に木船を泊めた民雄は、幼馴染の耕太郎と魚の入ったびくを運び出すと、浜からほど近くにある二人の住処へと歩き出した。
びくの中にはカサゴやヒラメ、スズキなんかの魚が五、六匹入っている。今日は大漁だった。
「スズキはでかいから今晩の晩飯にするとして、残った魚は捌いて干物にでもするだ」
民雄が言うと、耕太郎は悩ましげに顎を掴んで言った。
「魚が捕れるのはありがたいことだべ。だども……」
「だども?」
「そろそろ、魚ばかりも飽きてきたべな!」
あっけらかんと言う耕太郎に、民雄は肩を揺らして笑った。
「ハハハッ、それもそうだ! んだば、こんど隣村に行って、肉と野菜でも交換しに行くだ」
「そうだ、それが良いべ!」
──幼い頃から同じ漁村で育った二人は、流行り病で両親を亡くした。
それから十年以上、民雄は耕太郎と共に海に出て食料を調達し、時には漁で捕れたものを隣村へ売ることで日々を暮らしている。
「しかし、今日はえらく月がデカいな……」
水平線に浮かぶ巨大な満月を見て、民雄は感嘆の声を上げた。耕太郎は綺麗なものが好きだから、きっとあの月を見たら驚くだろう。
そう思ったのに、隣にいるはずの耕太郎から返答がない。
「こりゃあ、でけぇキンタマだべ」なんて軽口でも言いそうなものなのに、おかしいなと思って振り返ると、そこには誰もいなかった。
もう一度、海があった方を振り向いた。
いつのまにか、波も海に浮かんだ月も消えている。
漁で疲れて頭がおかしくなったのかと思ったが、どうにもそうじゃない気がした。
担いでいたびくも、いつの間にやら無くなっている。
周囲が異様なほど暗い。浜辺の白さも霞んで、うっすらと遠くに波の音が聞こえた。
民雄が途方に暮れていると。ふと、遠くに微かな明かりがあることに気づいた。
「助かった! これは、神様のお導きだぁ……」
不安な顔をパッと輝かせながら、民雄は明るい方へとずんずん歩いていった。黄色い光は近づくほどに大きくなっていく。
光の正体が分かって、思わず足を止めた。遠くに見えていたのは『月』だった。
さっきまで水平線の向こうにあったはずの大きな月が、今は真正面に見えるごつごつした岩の影から覗いている。
何かがおかしいと思い、民雄はぴたりと立ち止まった。
このまま先へ進んでいいものか。他に道しるべが無いとはいえ、これは妖が化かしているのではないか。
立ち往生する民雄の耳に、女性の美しい歌声が聞こえてきた。
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