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序章 始まりの教え子

勇士

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 ヒュン!

 ルルーの姿を視界にとらえた瞬間、レイヤは敵であろう男に攻撃を仕掛ける。しかし、その攻撃に、複数の死体が割り込む。

「溟海の賢者か? 俺の部下たちはどうした?」
「さあ、迷子なのでは?」
「ほざけ……全員倒してきたか。腐っても賢者だな」

 こうして会話をしている最中でも、レイヤを囲む包囲網は着実に出来上がっていく。無数の操り人形が、レイヤの逃げ道を塞ぐように迫ってくる。

「御託はいいので、かかってきてください。教え子が待ってますので」
「勝てる気でいるのか? 『溟海』ごときが」

 その言葉が、開戦の合図となった。

 複数の操り人形が一斉にレイヤに襲い掛かる。
 対するレイヤは、水の弾で眉間を打ち抜く。しかし、それでも、人形たちは止まらない。

「無駄だ。そいつらの脳はもう死んでるからな」
「なるほど。止めるためには、四肢を捥ぐしかありませんね」
「その通りだ。首を刎ねてもそいつらは止まらんぞ」
「ご親切にどうも」

 眉間を打ち抜いても止まらないなら、四肢を破壊するしかない。そう判断したレイヤは、水の弾を人形の関節へと打ち込む。すると、人形たちは次々と崩れていく。

 しかし、肝心の黒髪の男、月野太市はレイヤの視界から消えていた。次の瞬間、崩れる人形の背後から、月野が現れる。

 二人の距離は、僅か数メートル。間合いにレイヤを捉えた月野は、右ストレートを放つ。

(もらった!)
 
 完全にとらえた、そう思った瞬間、凄まじい悪寒が月野を襲う。

(っな!?)

 月野は拳を引き戻し、防御態勢を取る。同時に、上体を斜め下の方へと傾かせる。これらは、完全に反射によって行われたもの。月野も自身の行動に驚くほどである。

 しかし、結果その行動は大正解だったといえる。

「今のを避けますか。思いのほかやりますね」

 ーー鮮血と共に、月野の左腕が宙を舞う

 あと一瞬回避が遅れていたら、飛んでたいのは腕ではなく首となっていただろう。

「いってぇな、畜生! はぁ、はぁ、はぁ、くそが。どうなってんだ」

 素早いバックステップで、レイヤの間合いから出る月野。さらに、いくつもの人形を盾にして、奥へと隠れる。

 しかし、レイヤの猛攻は止まらない。水の弾で、人形たちは次々と倒されていく。バタバタ倒される人形たちに、月野は危機感を覚えた。

(クソ、まずいまずいまずい! 完全に油断した。溟海が何であんなに強いんだ)

 腕の止血をしながら、月野は脳を回転させる。

(切り札を使うか? でも、万が一回収できなかった場合、俺は、俺は……いや、四の五の言ってる場合じゃない! 今は、生き残ることが最優先だ)

 口で右手の手袋の先っぽを噛みながら、それを乱暴に脱ぎ捨てる。そこから現れたのは、髑髏の形をした聖紋。

「英霊召喚」

 月野がそう呟くと、彼の右手の聖紋が青く光る。
 その青い光は、やがて聖紋から離れ、人の形を作る。

「よし、そいつを殺せ! アルターー」

 時間が、止まる。そう勘違いするほど、凄まじい怒りの気配があたりを支配する。

「っ!?」

 レイヤでさえ、その気配に一瞬たじろぐ。そして、初めての防御態勢を取る。

 一閃。

「え?」

 月野が命令を終える前に、彼の首は地に落ちていた。そして、レイヤ以外の死体たちも皆、胴体が真っ二つに切り裂かれていた。

「下郎が、人の魂を弄ぶな」

 青い光の中から現れたのは、青い髪を靡かせた青年。右目の下には黒子が付いており、美形であることは間違いない。
 
 体にはわずかな青い光が残り、どこか神聖さを醸し出している。しかし、その肌は青白く、とても生きた人間には見えない。

「ほう、今のを受けきるか?」
「ギリギリでしたけどね。いやはや、恐ろしい技ですね」
「それは傷の一つでも負ってからいうものだ。説得力に欠ける」
「傷を負ってしまってはギリギリとは言いませんよ。無傷だからこそのギリギリです」
「なるほど、口も回ると」

 互いに面識はないが、何故か気が合いそうな気がした。しかし、青白く光る男の体は、彼の意志に反して臨戦態勢を取る。

「名も知らぬ強者よ、疾くと去れ。我の体は未だ、あの男の命令に縛られたままだ」
「闇魔法ですか。まさか死後でも影響を及ぼすとは」
「分かっているなら、去れ。魔法の強制がどこまでかは分からんが、先ほどの攻撃が全力だと思うな。お主でも危険だ」
「それは乗れない相談です。教え子がすぐそこにいますので」
「……そうか、導き手であったか。名も知らぬ強者よ。相すまぬ!」

 大地を切り裂くように、男は突進する。

 カキン!
 
 二人はすれ違いざま、剣を交わす。交わる剣風だけで、周囲の木々は破壊されていく。
 しかしーー

「なに?」

 男の頬に薄っすら、赤い線が浮かび上がる。対するレイヤも、頬に僅かなかすり傷が付く。

「今のも受けきるか……」
「今回は無傷ではないので、ギリギリアウト、といったところでしょうが」
「……名も知らぬ強者よ、我が名は。お主の名は?」
「私はレイヤと申します。しかし……アルタロス、ですか」

 レイヤにとっては馴染み深い、むしろ馴染み深すぎる名である。

「まさか、と言葉を交わす日がくるとは」

 水の勇士・アルタロス。勇士伝に記される6人の勇士のうちの一人であり、まごうことなき英雄である。聖女マリアとの恋模様が取り上げられることが多いが、本人の実力は勇士の中でもトップクラス。

「水の勇士? 我のことか?」
「ええ、貴方はご存じないでしょうが、あなた方の旅は書物として残されています。私の愛読書の一つです」
「ほう、それはなんとも興味深い話だが……」

 自身の体へ目を向けるアルタロス。月野からの命令を抑えるために、全身の震えを止められずにいた。

「そろそろ限界のようだ。すまぬ」
「構いませんよ。貴方を倒した後に、じっくり話ましょう」
「ふん、生意気な若造が」

 今、新旧水属性最強がぶつかる。


 ◆

「蒼玉」

 アルタロスがそう呟いた途端、周囲にが浮かぶ。
 それらは、一斉にレイヤへと襲い掛かる。

 しかし、レイヤも負けじと水の弾を生み出し、相殺していく。
 
「なに?」
「なるほど。この技、蒼玉という名前でしたか。良いことを聞きました」
「お主、我の技を真似たのか?」
「お借りしています」
「っぷ、はっはっはっは。つくづく生意気な若造だな」

 大笑いするアルタロス。しかし、攻撃の手は緩めない。
 
「「蒼玉」」

 全く同じ技のぶつかり合い。技量は全く同じといえる。

「では、これはどうだ! 蒼龍!」

 大量の水が集い、龍を形作る。

「行け!」

 水龍の攻撃に合わせ、アルタロスも突進を仕掛ける。

「氷霜ノ絨毯」

 対するレイヤは、氷で対抗する。一瞬にして、水龍は凍らされ、バラバラに砕け散る。

 しかし、アルタロス本人はそれで止まるはずがない。むしろ、速度は一層速くなる。アルタロスの疾走で、辺りに衝撃波が走る。砕けた氷の破片が舞い散りながら、その合間を縫ってアルタロスは進む。

 カキン!
 
 再び刃が交される。
 
 今回、軍配はアルタロスのほうに上がった。レイヤの腹部は、アルタロスによって切り裂かれる。傷は浅いが、確実にダメージは負っている。

「なるほど、その技は『勇士伝』にはありませんでしたね」
「魔力消費量が多いからな。あまり使う機会がなかった。お主こそ、氷とはこれまた面妖な」

 両者一歩も譲らない。戦況は再び動き出す。

「では、こちらもお借りしましょう。『蒼龍』」
「……そうすぐ真似られると、少し傷つくぞ。『蒼龍』」

 再び青き龍が天を駆けていく。レイヤとアルタロスは、それぞれの龍首に乗って宙を舞っていた。空中で乱雑な軌道を描きながら、二人は打ち合う。

 キン! キン! キン!

「わははは、いつぶりであろうか、これほどの戦いは!」

 いつの間にか、月野の命令も忘れ、アルタロスは純粋にレイヤとの戦いを楽しんでいた。それはすなわち、アルタロスも全力である。

「次で決める! 行くぞ、レイヤよ! 『泉流星いずみりゅうせい』」

 アルタロスを乗せた龍が、さらに高く登っていく。
 
 そして、次の瞬間、アルタロスははじけ飛ぶ。代わりに現れたのは、無数の水の槍。それらは、無情にレイヤに降り注ぐ。

「これは……さすがにまずいですね」

 レイヤは龍を操り、回避を試みるが、如何せん数が多すぎる。レイヤの龍は、次々と降ってくる槍に貫かれ、とうとう原型を保つことすらできなくなった。

 足場を失ったレイヤは、重力に従い落下する。

「まだ、終わりではないぞ!」

 しかし、アルタロスは追撃を緩めない。降ってくる槍と共に、アルタロス自身も空から落ちてゆく。空中で上段に構えたアルタロスは、レイヤ目掛けて一直線に刃を振るう。

「はぁ、仕方ありませんね」

 ーー■■流抜刀術・無式・『崩刃』

「っなぁ!?」

 アルタロスが、初めて驚きを露わにする。

 トン! トン、トン!

 複数の着地音と共に、レイヤたちは再び地面に足が付く。

 土煙が晴れると、そこにはを手に持ったレイヤとーー

 ーー首と体が分かれたアルタロスの姿があった

「なんと……我が、何も見えぬとは」
「落ち込むことではありませんよ。正直にいうと、私も見えていませんので」

 ◆◆◆

 ■■流抜刀術・無式・『崩刃』

 レイヤが修めた流派のうち、たった一つの技であり、奥義である。これを修めたものは晴れて免許皆伝、ではなく破門となる。

 技の術理は、教える本人も修めた本人もよくわかっていない。

 ただ、気が狂うほど刀を振るう。その行きつく先が、無式・『崩刃』。
 
 振るう本人ですら認知できないほどの速度で振り抜く。圧倒的速さをもとに犠牲となったのは、刀の寿命である。

 ただ一振り。それだけで、刃こぼれ必至。
 レイヤや師範レベルともなると、一振りで刀身ごと消し飛ばしてしまう。ゆえに、『刃を崩す』ことから『崩刃』を名付けられた。

 一撃必殺。
 しかし、刀鍛冶たちにはひどく嫌われた技である。

 ◆◆◆

 
「……恐ろしい技だな」
「ええ、全くです。ところで、首だけになってもまだ話せるんですね。やはり四肢をバラバラにしないといけないのでしょうか?」
「さらっと恐ろしいことを言うな。大丈夫だ。もうあの体は動かん」
「ほう。どういう理屈でしょうか? 先ほどの方々は、脳を打ち抜かれても動き続けていましたが」
「なに、あれらが動いていたのは、あの男が直接操っていたからにすぎん。我のように、自分の体を操っているわけではない」

 アルタロスの言葉を証明するかのように、彼の胴体は動き出すことはなかった。それどころか、青い光を放ちながら、薄っすらと消え始める。

「どうやら時間のようだな。レイヤよ、最後に一つ問いたい」
「なんでしょうか?」
「お主の言う我らの旅は、一体どう伝わっているのだ?」
「そうですね……6人の勇士と聖女マリアが、世界を滅ぼす魔王へと立ち向かう英雄伝説、と言えばよろしいでしょうか」
「なんと……魔王というのは、恐らく奴のことだろうが……聖女マリアというのは、一体誰のことだ?」
「ん? ご存じないので? 一時、あなたとは恋仲だったはずですが?」
「いや、我に恋人などは……まさか」

 アルタロスは僅かに驚く。
 
「レイヤ、その魔王の名は伝わっているか?」
「魔王の名はディオーナですが……」
「ディオーナだと……そうか、そうだったのか。全く、そうならそうと、言ってくれればよかったのに。いや、我にも落ち度はあったか」
「アルタロスさん、一体どういうことでしょうか?」
「……あぁ、レイヤよ。其方らが言う勇士は6人ではない、だ」
「なんと」

 勇士伝の主人公は6人の勇士。
 火の勇士、水の勇士、風の勇士、土の勇士、光の勇士、闇の勇士。

 各属性から一人だけ選ばれる、精鋭たち。現代風に言い換えれば、賢者である。しかし、ここで隠された7人目の勇士の存在が明らかとなった。
 
「そして、魔王もまたーー」

 言葉の途中で、アルタロスの体は完全に消滅してしまう。ちょうど、一番いいところで。

「……はぁ」

 気になる話ではあるが、今はそれもどうでもいい。ルルーを助けるのが先決である。

「お帰りなさいルルー、探しましたよ。さあ、帰りましょう」

 ルルーの縄をほどくべく、祭壇の中央へ進むレイヤ。しかし、祭壇に足を踏み入れた途端、すさまじい魔力が噴き出る。

「っ!? この魔力は?」

 それらの魔力は、黒い霧へと変化し、月を覆い隠そうとする。黒い魔力はやがてピークに達し、月を完全に飲み込む。
 
 しかし、次の瞬間ーー

 その霧すらも消し飛ばすほどの力があたりを支配する。レイヤすらも、それに抗うことができず、吹き飛ばされてしまう。

「はぁ、はぁ……一体、何が?」

 霧が晴れ、その中央にはルルーが立っていた。しかし、その様子は明らかにいつもとは異なる。

 目は精気がなく、虚空を見つめていた。
 
 そして何より、その体に走る黒い模様。全身を這うように渦巻、首元から左顎にかけて、狼のような印が薄っすら光る。

 これは間違いなくーー狼の聖紋

 賢者にしか現れないと言われる、力の象徴。

「全く、手間のかかる教え子ですね」

 どうやら、一筋縄ではいかないらしい。
 
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