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序章 始まりの教え子
狂人
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ルルーが先に戻っていると聞いたレイヤは、足早に宿に向かった。しかし、女将の話では、ルルーはまだ帰ってきていないらしい。
どこかで道草を食っているのかもしれないと、レイヤは少しだけ待つことにした。
しかし、心のざわめきは消えない。
(やはり、おかしい)
鼓動がどんどん速くなり、レイヤの体を打ち付ける。
居ても立っても居られなず、レイヤは再びギルドへ戻ることにした。ギルドを去って30分後、レイヤは再びギルドへ足を踏み入れた。
彼の異変に真っ先に気づいたのは、アクアだった。
「レイヤさん? お戻りになられたのでは?」
心を落ち着かせるべく、レイヤは深呼吸を繰り返す。そして、確かな足取りでカウンターへ向かう。
「どうなさいましたか? 顔色が優れませんが」
「失礼、宿に戻ったらルルーがいなかったもので」
「本当ですか? ……イレインさんに聞いてみます」
「わたしがなんだって?」
アクアが話を聞きに行く前に、イレインの方から近寄ってくる。
「ルルーが宿に戻っていません。本当にルルーは帰るといったのですか?」
「なに? わたしを疑ってるの?」
「そうは言っていません。ただ、確認をーー」
「それを疑ってるっていうのよ。水属性のくせに生意気ね」
やけに過剰反応するイレインでは話にならない。そう判断したレイヤは辺りへ視線を彷徨わせる。
「どなたか、ルルーを見かけた方はいませんか? 銀色の髪をしたエルフの子なんですが」
声を大にして、あたりの冒険者に問いかけるレイヤ。しかし、帰ってきたのは侮蔑の視線だけ。
レイヤの疑問に答える者は誰もいない。
「ちょっと、わたしを無視するわけ? 見たも何も、帰っちゃったもんはしょうがないでしょう。何をそんなに動揺してるの?」
レイヤは既に、いつもの冷静さを失いかけている。言葉はいつも通りだが、明らかに視線が空を彷徨い、呼吸のリズムが早い。
「もしかして、逃げられちゃったんじゃないの? あんたが無能だから」
「イレインさん、口が過ぎます。それに、レイヤさんは断じて無能ではありません」
「アクアさん、自分の担当冒険者を上げたいのはわかるけど、さすがにこれは擁護しきれないでしょ。現に女に逃げられてるわけだし」
「違います! ルルナールさんがレイヤさんから離れるはずありません」
「わからないでしょ、そんなこと」
イレインとアクアの口論は激しさを増すばかり。しかし、そこで一人の冒険者が割り込む。
「ルルナールなら、少し前にギルドを出たとこを見たぞ」
Bランク冒険者のアレクである。
「小さい女の子を連れてたはずだ。あれはギルドの依頼じゃないのか? 受付嬢に片っ端から聞いてけばわかると思うぞ」
「ありがとうございます、アレクさん」
アレクのおかげで、レイヤは少しだけ冷静になれた。そして、改めてカウンターの方をみる。すると、ほとんどすべての受付嬢がイレインへ目を向けた。
それを見て、イレインは小さく舌打ちを溢す。
「ッチ……あー、そういえば、迷子の依頼を受けてもらった気がする」
「イレインさん、そういう大事なことは先に言ってください。レイヤさん、ルルナールさんは迷子の依頼だそうです。じきに戻ってくるかと」
「じきに、とは?」
「それは……」
「アレクさん、ルルーを最後に見たのはいつ頃ですか?」
改めて、アレクの方を向くレイヤ。
「1時間20分ほど前だな」
まるで計っていたかのような正確の時間がアレクの口から飛び出る。
「迷子の依頼はそれほど時間のかかるものですか?」
「いえ、通常は1時間以内に終わるはずです」
つまり、通常通りなら、ルルーは既に帰ってきているはず。
「では、イレインさんにお聞きします。なぜ、依頼の件を隠したんですか?」
「隠してないよ。忘れてただけ」
「冒険者ギルドの受付嬢は、依頼も覚えられないボンクラだと?」
「なにその言い方。ムカつくんだけど。わたしたちは日々何十件依頼を捌いてるの、わかる? 迷子の依頼なんていちいち覚えてられないわけ」
「非合理的な回答ですね」
「いちいち癪に障るわね。何様のつもり? 最底辺の水属性が、粋がるのもいい加減しな」
いちいち感情を持ち込むイレインに構うことをやめ、レイヤは情報を分析する。
ーールルーが依頼を受けたのは1時間20分前。片道30分だとしても既に戻っているはず。
ーーイレインはあえて情報を隠した。なんのために?
ーー何かのトラブルに巻き込まれたとして、ルルーなら対処可能か?
ーールルーなら大抵の問題は解決できるはず
ーー今ここにいないということは、自力で解決できない可能性が大
ーーイレインが依頼を秘匿したのは間違いなく悪意から
ーーならば、ルルーの身に危険が迫っていると考えるのが自然
ーー自力で対処できないほどの危険が、ルルーに迫っている?
ーー死哭会?
一つの結論が導かれる。同時に、レイヤの心臓は強く鼓動する。前世の記憶が、湯水のごとく溢れ出る。過去、二度経験した不吉な兆候。
ーーまただ、また
ーー頭が、ズキズキする
ーー寒い、体が動かない
ーー灯が、消える
ーー暗い、いやだ。いやだ、いやだ、暗いのは、もういやだ
ーー失いたくない、無くしたくない、やめろ。やめろ、やめろ、やめろ、やめろ
ーー俺の光だ、俺だけの宝なんだ
ーー誰にもあげない、誰にも渡さない、俺のだ、俺の
「レイヤさん?」
「レイヤ?」
辛うじて片手だけカウンター上に乗せながら、レイヤは地に膝をつく。
素早く繰り返される呼吸。
空気を吸い込むたびに甲高い音が響く。
全身の震えが止まらない。
「そんな落ち込むことじゃないわ。イケメンだって振られることぐらいあるでしょ? ねー、みんな」
そして、イレインはすかさず周囲の冒険者を煽る。
「がっはっは、間違いねー」
「やっぱ男は甲斐性だよな、おれみたいな」
「馬鹿、おめーは年がら年中飲んだくれてるだけだろ」
「イケメンの失恋シーンとは、こりゃ見ものだ。酒のつまみにちょうどいい」
「女に振られからって周りにあたるなよ、情けねー」
「寄生野郎の転落か。これほど気持ちいもんはねーな」
口々に騒ぎ出す冒険者たち。
アクアとアレクは心配そうにレイヤを見つめるが、今のレイヤに言葉は届かない。
ただ、音だけは鼓膜を打ち付ける。
その雑音は、どうしようもなくレイヤを苛立たせる。
ーーうるさい
ーーうるさい
ーーうるさい
「吠えるな、犬畜生ども」
「っ!!」
最初に異変に気づいたのは、一番近くにいたアレクだった。本能が、今までにないほどの警鐘をならす。それに従い、アレクは一目散にギルドの出口を目掛けて走り出す。
直後。
ーー氷霜ノ絨毯
ギルド内は、氷地獄と化した。
「「「え?」」」
辺り一面が、見事に氷漬けにされる。
一部の冒険者は足まで凍らされたが、幸い死者はいない。しかし、激痛であることに変わりなはい。冒険者たちは、転げまわりたいほど痛いが、生憎周囲の冷たさで声が出ない。
おかげで、静かな空間が出来上がった。
魔法をぶっ放したおかげか、周囲の冷気のおかげか、レイヤは少し冷静になる。
徐に立ち上がり、そして、カウンターを殴りつける。
トン!
凍らされたことで脆くなったカウンターは、ボロボロに崩れ去る。
「っひ!?」
レイヤとの間にあった唯一の壁が取り除かれたイレイン、恐怖のあまり尻餅をつく。可能な限りレイヤから離れようと後ずさるが、生憎氷のせいで上手く移動できない。
そんな彼女に近づき、前髪を掴み上げる。
「お前の目的はどうでもいい。早くルルーの行先を言え」
「っぁ、うっぇ」
今までのレイヤからは想像できないほの乱暴の口調。
よく見ると、レイヤの体から冷気が漂ってより、レイヤ自身の皮膚にも霜ができるほどだ。そんな状態で近づかれると、ただでさえ恐怖で震えが止まらないのに、余計舌が回らなくなってしまう。
「俺には時間がない、わかるな? あまり時間をかけさせるな」
レイヤの手を伝って、霜がイレインの前髪を奔る。あと一歩、イレインの皮膚へ届く直前。
「そこまで」
二階へつながる階段の方から、一人の男が降りてくる。女性のように長くしなやかな長髪。レイヤにも勝る美形。そして、髪から垣間見える長い右耳。
「ぎ、ギルドマスター」
彼は、この冒険者ギルドダラム支部の最高責任者、ギルドマスター、エリオット・アークライト。見てわかる通り、エルフである。
「ギルドマスター、これはーー」
「いい、状況は把握してる。凄い騒ぎだったからね。僕の部屋まで届いたよ」
アクアは弁解しようと言葉を発するが、エリオットは静かに制する。
「た、助けて! ギルマス!」
先ほどまでの震えはどこへやら、イレインは声を振り絞って叫ぶ。
「もちろんさ、イレインさん。職員の身の安全を保障するのが僕の仕事だからね」
エリオットの発言に、イレインは明らかにホッとする。
しかし、次の言葉で彼女は絶望する。
「ですので、依頼の件については洗いざらい話してください。そうすれば、解放されるでしょう」
「ぎ、ギルマス、何を?」
「彼が知りたい情報を渡せば解放される。そう言ったはずだよ」
「な、わたしは、全て正直に話しています! この男が言いがかりをーー」
「依頼がどうこうという風に聞こえたが、僕の元には迷子の依頼要請は届いていない。それも含めて、全て話したと?」
「わ、忘れてただです」
「それはそれで問題だよ。ギルドを通さずに個人で依頼を出したことになるからね」
「う、うぅ」
万策尽きた、と項垂れるイレイン。
「まあ、正直に言うと、僕じゃあ、そこの怪物を止められる気がまるでしないんだよね」
「……え?」
「だから、素直に話すことをお勧めすることしかできないんだ。分かってくれるかな?」
その言葉は、今口を閉ざしている冒険者にも衝撃を与えた。
冒険者ギルドのギルドマスターと言えば、元Aランク冒険者しか務めることができない超エリート。引退したとはいえ、そこらのBランク冒険者よりもはるかに強い。
そのギルドマスターが、勝てる気がしないと公言するほどの相手。考えただけで悪寒がする。
「わ、わたしは」
震える唇で、イレインは語り始める。
「本当に何も知らないんだもん! ただ、変な男に女の子を使って依頼を出して、銀髪のエルフを呼び出して、それで、それで、アクアに一泡吹かせられるって、思って、こんな大事になるって思わなかったんだもん!」
子供のように騒ぎ出すイレイン。それをみるレイヤの視線は、どんどん冷たくなったいく。
「それが全て?」
「う、うん」
「この状況で彼女が嘘をつくとも思えないし、事実とみていいでしょう。どうだろうか、ここは僕に免じて、彼女を離してくれないかい? 君のバディーは、ギルドが総力を尽くして必ず探し出すと約束しよう」
今、手に握られている生物にまるで存在価値を感じないレイヤだが、エリオットの言葉を受けて手を離す。
「感謝するよ」
これで、エリオットもそっと胸をなでおろす。しかし、レイヤの危険な雰囲気が消えたわけではない。まさに、破裂寸前の爆弾のよう。
誰も触れようとしない中、アレクだけはレイヤに話しかける。
「落ち着け、レイヤ。大丈夫だ。妹にルルナールの後を追わせてある。行先ぐらいは分かるはずだ」
アレクの言葉に、冒険者は皆思う。早く言えよ、と。
「兄……」
噂をすればなんとやら。アレクの妹、クレアはギルドへ戻ってきた。ギルドの惨状に驚きはしたものの、それ以上の反応はなかった。
「戻ったかって、おい! なんだその怪我は!」
クレアの防具は所々破れており、その奥に滲む血がよく目立つ。
「平気、かすり傷、でも、やばい」
そしてクレアは、この場にいる人間が最も聞きたくない言葉を放つ。
「ルルナールが、攫われた」
空気が、再び氷つく。
どこかで道草を食っているのかもしれないと、レイヤは少しだけ待つことにした。
しかし、心のざわめきは消えない。
(やはり、おかしい)
鼓動がどんどん速くなり、レイヤの体を打ち付ける。
居ても立っても居られなず、レイヤは再びギルドへ戻ることにした。ギルドを去って30分後、レイヤは再びギルドへ足を踏み入れた。
彼の異変に真っ先に気づいたのは、アクアだった。
「レイヤさん? お戻りになられたのでは?」
心を落ち着かせるべく、レイヤは深呼吸を繰り返す。そして、確かな足取りでカウンターへ向かう。
「どうなさいましたか? 顔色が優れませんが」
「失礼、宿に戻ったらルルーがいなかったもので」
「本当ですか? ……イレインさんに聞いてみます」
「わたしがなんだって?」
アクアが話を聞きに行く前に、イレインの方から近寄ってくる。
「ルルーが宿に戻っていません。本当にルルーは帰るといったのですか?」
「なに? わたしを疑ってるの?」
「そうは言っていません。ただ、確認をーー」
「それを疑ってるっていうのよ。水属性のくせに生意気ね」
やけに過剰反応するイレインでは話にならない。そう判断したレイヤは辺りへ視線を彷徨わせる。
「どなたか、ルルーを見かけた方はいませんか? 銀色の髪をしたエルフの子なんですが」
声を大にして、あたりの冒険者に問いかけるレイヤ。しかし、帰ってきたのは侮蔑の視線だけ。
レイヤの疑問に答える者は誰もいない。
「ちょっと、わたしを無視するわけ? 見たも何も、帰っちゃったもんはしょうがないでしょう。何をそんなに動揺してるの?」
レイヤは既に、いつもの冷静さを失いかけている。言葉はいつも通りだが、明らかに視線が空を彷徨い、呼吸のリズムが早い。
「もしかして、逃げられちゃったんじゃないの? あんたが無能だから」
「イレインさん、口が過ぎます。それに、レイヤさんは断じて無能ではありません」
「アクアさん、自分の担当冒険者を上げたいのはわかるけど、さすがにこれは擁護しきれないでしょ。現に女に逃げられてるわけだし」
「違います! ルルナールさんがレイヤさんから離れるはずありません」
「わからないでしょ、そんなこと」
イレインとアクアの口論は激しさを増すばかり。しかし、そこで一人の冒険者が割り込む。
「ルルナールなら、少し前にギルドを出たとこを見たぞ」
Bランク冒険者のアレクである。
「小さい女の子を連れてたはずだ。あれはギルドの依頼じゃないのか? 受付嬢に片っ端から聞いてけばわかると思うぞ」
「ありがとうございます、アレクさん」
アレクのおかげで、レイヤは少しだけ冷静になれた。そして、改めてカウンターの方をみる。すると、ほとんどすべての受付嬢がイレインへ目を向けた。
それを見て、イレインは小さく舌打ちを溢す。
「ッチ……あー、そういえば、迷子の依頼を受けてもらった気がする」
「イレインさん、そういう大事なことは先に言ってください。レイヤさん、ルルナールさんは迷子の依頼だそうです。じきに戻ってくるかと」
「じきに、とは?」
「それは……」
「アレクさん、ルルーを最後に見たのはいつ頃ですか?」
改めて、アレクの方を向くレイヤ。
「1時間20分ほど前だな」
まるで計っていたかのような正確の時間がアレクの口から飛び出る。
「迷子の依頼はそれほど時間のかかるものですか?」
「いえ、通常は1時間以内に終わるはずです」
つまり、通常通りなら、ルルーは既に帰ってきているはず。
「では、イレインさんにお聞きします。なぜ、依頼の件を隠したんですか?」
「隠してないよ。忘れてただけ」
「冒険者ギルドの受付嬢は、依頼も覚えられないボンクラだと?」
「なにその言い方。ムカつくんだけど。わたしたちは日々何十件依頼を捌いてるの、わかる? 迷子の依頼なんていちいち覚えてられないわけ」
「非合理的な回答ですね」
「いちいち癪に障るわね。何様のつもり? 最底辺の水属性が、粋がるのもいい加減しな」
いちいち感情を持ち込むイレインに構うことをやめ、レイヤは情報を分析する。
ーールルーが依頼を受けたのは1時間20分前。片道30分だとしても既に戻っているはず。
ーーイレインはあえて情報を隠した。なんのために?
ーー何かのトラブルに巻き込まれたとして、ルルーなら対処可能か?
ーールルーなら大抵の問題は解決できるはず
ーー今ここにいないということは、自力で解決できない可能性が大
ーーイレインが依頼を秘匿したのは間違いなく悪意から
ーーならば、ルルーの身に危険が迫っていると考えるのが自然
ーー自力で対処できないほどの危険が、ルルーに迫っている?
ーー死哭会?
一つの結論が導かれる。同時に、レイヤの心臓は強く鼓動する。前世の記憶が、湯水のごとく溢れ出る。過去、二度経験した不吉な兆候。
ーーまただ、また
ーー頭が、ズキズキする
ーー寒い、体が動かない
ーー灯が、消える
ーー暗い、いやだ。いやだ、いやだ、暗いのは、もういやだ
ーー失いたくない、無くしたくない、やめろ。やめろ、やめろ、やめろ、やめろ
ーー俺の光だ、俺だけの宝なんだ
ーー誰にもあげない、誰にも渡さない、俺のだ、俺の
「レイヤさん?」
「レイヤ?」
辛うじて片手だけカウンター上に乗せながら、レイヤは地に膝をつく。
素早く繰り返される呼吸。
空気を吸い込むたびに甲高い音が響く。
全身の震えが止まらない。
「そんな落ち込むことじゃないわ。イケメンだって振られることぐらいあるでしょ? ねー、みんな」
そして、イレインはすかさず周囲の冒険者を煽る。
「がっはっは、間違いねー」
「やっぱ男は甲斐性だよな、おれみたいな」
「馬鹿、おめーは年がら年中飲んだくれてるだけだろ」
「イケメンの失恋シーンとは、こりゃ見ものだ。酒のつまみにちょうどいい」
「女に振られからって周りにあたるなよ、情けねー」
「寄生野郎の転落か。これほど気持ちいもんはねーな」
口々に騒ぎ出す冒険者たち。
アクアとアレクは心配そうにレイヤを見つめるが、今のレイヤに言葉は届かない。
ただ、音だけは鼓膜を打ち付ける。
その雑音は、どうしようもなくレイヤを苛立たせる。
ーーうるさい
ーーうるさい
ーーうるさい
「吠えるな、犬畜生ども」
「っ!!」
最初に異変に気づいたのは、一番近くにいたアレクだった。本能が、今までにないほどの警鐘をならす。それに従い、アレクは一目散にギルドの出口を目掛けて走り出す。
直後。
ーー氷霜ノ絨毯
ギルド内は、氷地獄と化した。
「「「え?」」」
辺り一面が、見事に氷漬けにされる。
一部の冒険者は足まで凍らされたが、幸い死者はいない。しかし、激痛であることに変わりなはい。冒険者たちは、転げまわりたいほど痛いが、生憎周囲の冷たさで声が出ない。
おかげで、静かな空間が出来上がった。
魔法をぶっ放したおかげか、周囲の冷気のおかげか、レイヤは少し冷静になる。
徐に立ち上がり、そして、カウンターを殴りつける。
トン!
凍らされたことで脆くなったカウンターは、ボロボロに崩れ去る。
「っひ!?」
レイヤとの間にあった唯一の壁が取り除かれたイレイン、恐怖のあまり尻餅をつく。可能な限りレイヤから離れようと後ずさるが、生憎氷のせいで上手く移動できない。
そんな彼女に近づき、前髪を掴み上げる。
「お前の目的はどうでもいい。早くルルーの行先を言え」
「っぁ、うっぇ」
今までのレイヤからは想像できないほの乱暴の口調。
よく見ると、レイヤの体から冷気が漂ってより、レイヤ自身の皮膚にも霜ができるほどだ。そんな状態で近づかれると、ただでさえ恐怖で震えが止まらないのに、余計舌が回らなくなってしまう。
「俺には時間がない、わかるな? あまり時間をかけさせるな」
レイヤの手を伝って、霜がイレインの前髪を奔る。あと一歩、イレインの皮膚へ届く直前。
「そこまで」
二階へつながる階段の方から、一人の男が降りてくる。女性のように長くしなやかな長髪。レイヤにも勝る美形。そして、髪から垣間見える長い右耳。
「ぎ、ギルドマスター」
彼は、この冒険者ギルドダラム支部の最高責任者、ギルドマスター、エリオット・アークライト。見てわかる通り、エルフである。
「ギルドマスター、これはーー」
「いい、状況は把握してる。凄い騒ぎだったからね。僕の部屋まで届いたよ」
アクアは弁解しようと言葉を発するが、エリオットは静かに制する。
「た、助けて! ギルマス!」
先ほどまでの震えはどこへやら、イレインは声を振り絞って叫ぶ。
「もちろんさ、イレインさん。職員の身の安全を保障するのが僕の仕事だからね」
エリオットの発言に、イレインは明らかにホッとする。
しかし、次の言葉で彼女は絶望する。
「ですので、依頼の件については洗いざらい話してください。そうすれば、解放されるでしょう」
「ぎ、ギルマス、何を?」
「彼が知りたい情報を渡せば解放される。そう言ったはずだよ」
「な、わたしは、全て正直に話しています! この男が言いがかりをーー」
「依頼がどうこうという風に聞こえたが、僕の元には迷子の依頼要請は届いていない。それも含めて、全て話したと?」
「わ、忘れてただです」
「それはそれで問題だよ。ギルドを通さずに個人で依頼を出したことになるからね」
「う、うぅ」
万策尽きた、と項垂れるイレイン。
「まあ、正直に言うと、僕じゃあ、そこの怪物を止められる気がまるでしないんだよね」
「……え?」
「だから、素直に話すことをお勧めすることしかできないんだ。分かってくれるかな?」
その言葉は、今口を閉ざしている冒険者にも衝撃を与えた。
冒険者ギルドのギルドマスターと言えば、元Aランク冒険者しか務めることができない超エリート。引退したとはいえ、そこらのBランク冒険者よりもはるかに強い。
そのギルドマスターが、勝てる気がしないと公言するほどの相手。考えただけで悪寒がする。
「わ、わたしは」
震える唇で、イレインは語り始める。
「本当に何も知らないんだもん! ただ、変な男に女の子を使って依頼を出して、銀髪のエルフを呼び出して、それで、それで、アクアに一泡吹かせられるって、思って、こんな大事になるって思わなかったんだもん!」
子供のように騒ぎ出すイレイン。それをみるレイヤの視線は、どんどん冷たくなったいく。
「それが全て?」
「う、うん」
「この状況で彼女が嘘をつくとも思えないし、事実とみていいでしょう。どうだろうか、ここは僕に免じて、彼女を離してくれないかい? 君のバディーは、ギルドが総力を尽くして必ず探し出すと約束しよう」
今、手に握られている生物にまるで存在価値を感じないレイヤだが、エリオットの言葉を受けて手を離す。
「感謝するよ」
これで、エリオットもそっと胸をなでおろす。しかし、レイヤの危険な雰囲気が消えたわけではない。まさに、破裂寸前の爆弾のよう。
誰も触れようとしない中、アレクだけはレイヤに話しかける。
「落ち着け、レイヤ。大丈夫だ。妹にルルナールの後を追わせてある。行先ぐらいは分かるはずだ」
アレクの言葉に、冒険者は皆思う。早く言えよ、と。
「兄……」
噂をすればなんとやら。アレクの妹、クレアはギルドへ戻ってきた。ギルドの惨状に驚きはしたものの、それ以上の反応はなかった。
「戻ったかって、おい! なんだその怪我は!」
クレアの防具は所々破れており、その奥に滲む血がよく目立つ。
「平気、かすり傷、でも、やばい」
そしてクレアは、この場にいる人間が最も聞きたくない言葉を放つ。
「ルルナールが、攫われた」
空気が、再び氷つく。
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但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
異世界転生!俺はここで生きていく
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俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。
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今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。
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意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった!
魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。
俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。
それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ!
小説家になろうでも投稿しています。
メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。
宜しくお願いします。
異世界妖魔大戦〜転生者は戦争に備え改革を実行し、戦勝の為に身を投ずる〜
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死んだはずの僕が蘇ったのは異世界。しかもソーシャルゲームのように武器を召喚し激レア武器を持つ強者に軍戦略が依存している世界だった。
前世、高槻亮(たかつきあきら)は21世紀を生きた日本陸軍特殊部隊の軍人だった。しかし彼の率いる部隊は不測の事態で全滅してしまい、自身も命を失ってしまう。
しかし、目を覚ますとそこは地球とは違う世界だった。
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彼は軍人貴族の長男アカツキ・ノースロードという、二十二歳にも関わらず十代前半程度でしかも女性と見間違えられるような外見の青年として生きていくこととなる。運命のイタズラか、二度目の人生も軍人だったのだ。
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しかし、戦術レベルなら単独で戦況をひっくり返せる武器がソーシャルゲームのガチャのように出現するのはどういうことなのか。確率もゲームなら運営に批判殺到の超低出現確率。当然ガチャには石が必要で、最上位のレア武器を手に入れられるのはほんのひと握りだけ。しかし、相応しい威力を持つからかどの国も慢心が酷かった。彼の所属するアルネシア連合王国も他国よりはマシとは言え安全保障は召喚武器に依存していた。
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これは、前世も今世も軍人である一人の男と世界を描いた物語。
【イラスト:伊於さん(Twitter:@io_xxxx)】
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