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第一章 不死鳥契約
7話 家族
しおりを挟むロルフがリカードに報告をすると同時に、別の場所でも同じ話題で花を咲かせていた。
ーー月ノ都
アンブロシア家の女性のみが立ち入りが許されている女の園。普段は最上級の幻術がかけられており、月が出る夜にのみ姿を現す幻の都。
その都に、奥方の宮殿があった。
「お呼びでしょうか、ヨーラン様」
第二夫人ヨーラン。穏やかな金色な瞳とリオンに似た銀色の髪をなびかせた彼女はまるで月の支配者のよう。
そのヨーランの前に、リオンの専属侍女アイリスが跪く。
「忙しいのにごめんなさい、アイリス。幼鳳宮が騒がしかったものだから、あの子が心配で。話、聞かせてくれる?」
「っは」
ヨーランはおっとりた口調で話しているが、これでもれっきとしたアンブロシア家の夫人。人間が至れる最上位の強さ、第九位階の剣士である。
こうして話している間でも、溢れる剣気だけで弱者を気絶させるほど。
そんなヨーランにアイリスはリオンの近況を報告するが、序列戦や爆発の話は伏せられていた。
リオンはディアークたちにその場の一切を伏せることを約束したため、アイリスもそれを無暗に口にすることはできなかったのだ。
「以上がリオン坊ちゃまの近頃のご様子です」
「ふーん……あのアイヒベルクの才女を、ね。それに魔力運用学初級だなんて、すごいじゃない。さすがうちの子ね」
「はい、リオン坊ちゃまは天才で天使です。ヨーラン様によく似ておられますです」
「まあ、嬉しいことを言うのね。刃幕の騎士から見てもそうなのかしら?」
「勿論です!! 坊ちゃまは既にオーラの原型を習得されていますし、幼いながらも既に剣に興味がおありのようです。前日も訓練室に赴かれて剣を振るおうとしておりましたが、剣を持つだけで精一杯でしたです。その時は何やら拗ねたご様子で帰られましたが、そのお姿がなんとも愛くるしく、思わず見とれてしまいましたです。端麗なご容姿も相まってーー」
「あらあら、随分とあの子のことが気に入ったのね」
「も、申し訳ありませんです。出過ぎた真似を」
「いいのいいの。ワタシもあの子の話が聞けて嬉しいわ。ところでーー」
ーーアイリス?
「っ!?」
空気が重くのしかかる。
「ワタシに隠し事かしら?」
ヨーランが身に纏う剣気が、一気に攻撃的な気配を放つ。
その場にいるだけで、全身を串刺しにされているような錯覚襲われる。
「申し訳、ありません。剣術の件は成果も上がっておりません故、報告を怠っておりました」
「ううん、その件じゃないわ、アイリス。貴女も分かってるでしょ?」
ーー幼鳳宮での爆発
アイリスはリオンの魔法の暴走と報告したが、それをヨーランが信じるはずもない。
才能あぶれる子を産み続けたヨーランだ。
子供たちがこのような嫌がらせに会うのも一度や二度ではない。
それこそ長女のイリアの時は、三男と四男の双子からさらにひどい嫌がらせを受けていた。
ヨーランの勘が告げている。これは決して魔法の暴走なのではない。
「…………」
強烈なプレッシャーに晒されながらも、アイリスは沈黙を貫いていた。
「ワタシに、言えないのかしら?」
「……もうし、わけ、ありません」
「そう? 誰の命令? それは言っても構わないよね。どうせ調べたらすぐにわかるもの」
「……リオン坊ちゃま、です」
「あら、そうなの?」
ヨーランのプレッシャーが僅かに緩む。
「あの子がワタシに内緒にって言ったの?」
「……事実の一切を伏せるように、とだけ」
「…………はあ」
大きなため息とともに、ヨーランは剣気を納める。
プレッシャーから解放されたアイリスの額からは、滝のような汗が噴き出る。
「もうあの子ったら、ワタシには言ってもいいじゃない。怒って損しちゃった。ごめんなさいね、アイリス」
「い、いえ」
ぷくっと頬を膨らし拗ねるヨーラン。それに対し、アイリスは返答するのやっとであるほど消耗していた。
そこには圧倒的な力の差が読み取れる。
ぷんぷんと怒るヨーランだが、それは拗ねるだけである。
しかし、その拗ねているだけの剣気でも今のアイリスには毒なのである。
それを分かっているのか、一人の人物がヨーラン宥める。
「そう言ってやるな、母上。あいつも必死なんだろう」
「うぅ、イリアまでぇ」
この部屋にいるもう一人の人物、アンブロシア家長女ーーイリア・アンブロシアである。
「それに、母上はリオンが生まれてから数えるほどしか会っていないのだろ? 特別扱いしろという方が無理がある」
「うぅ、ワタシだって色々頑張ったのよ~。アイリスを付けたり、イザベラを牽制したり、貴女にこうして来てもらったのだって」
「そういえば、アイリス嬢は母上が拾って来たんだったな」
「そうなの。それなのにアイリスったらワタシに隠し事するから、思わず怒っちゃった」
「いいことじゃないか? 母上に逆らってまでリオンの命令を守ったのだ。見上げた忠誠心だ。リオンのいい味方にだろう」
「それはそうだけどぉ……」
娘相手に愚痴ったり宥められたりするヨーラン。先ほどの剣気からは想像できないほど子供っぽい一面を見せていた。
アイリスもそんなヨーランを見るのが初めてで、思わず呆然としてしまう。
「だがな、アイリス嬢。時には融通を利かすことも覚えろ。その程度の指示で母上の不興を買う必要はない。下手したら殺されていたぞ」
「っは、ご指導感謝いたします」
「うむ。生きていてこその忠誠だ。それを忘れるな。お前が思っている以上に、リオンはお前を大事にしているからな」
「っは……坊ちゃまが、私を大事に」
イリアにしかられながらも、アイリスどこか嬉しそうだった。
そもそも、リオンの指示でアイリスが黙秘しているのであれば、ヨーランもあれほど怒ることはなかった。
アイリスの背後に誰か、具体的には第一夫人のイザベラがいると思ったからである。
アイリスは国を追われ放浪しているところをヨーランに拾われた身。
実力もあり信頼もできるため、リオンの専属侍女にした。
しかし、幼鳳宮の件を意図的に隠したため第一夫人イザベラに寝返ったのかと思い、ヨーランは怒りを露にしたのだ
「まあ、あの子が元気ならそれで文句はないわ。はぁ……」
それでも、どこか寂しそうなヨーラン。
「イリア、あの子のこと守ってあげてね」
「母上、それはできない。リオンに継承権がある以上、私の庇護は受けられないのだ」
「それは分かってるわ。リオンだって、あれだけの才能なら継承権を放棄するはずないもの。でも、少しでいいから気にかけてやってほしいの……ロメドの時みたいに、後悔したくないから」
「母上……」
どこか悲しいような、寂しいような表情を見せるヨーラン。それにつられるように、イリアも目を伏せる。
アンブロシア家五男ーーロメド・アンブロシア
槍の不死鳥の契約者であり、ヨーランの四番目の子供。そんな彼は、既にこの世にいない。
「はあ、わかったよ、母上。家憲に触れない範囲内で様子を見よう」
「それでいいわ。ありがとう、イリア。貴女も気を付けるのよ。この前のあれでイザベラとウィルヘルムは相当貴女を嫌ってるはず」
「っは、あの引きこもりは私をどうこうすることはできないさ。どちらかといえば、ヨルクの方が厄介だ」
「あなたが強いのは知ってるわ。それでも、心配なものは心配なのよ」
その後も、ヨーランとイリアは他愛ない会話を続け、夜が更けていった。
このアンブロシア家らしからぬ会話。家族を想うような会話。
それは、第一運命線を知るリオンすら知らない真実である。
◆
かつて世界が進むはずだった第一の未来線。リオンが契約の儀が終わった三日後のこと。
『アイリス。リオンの追放が正式に決まったわ』
『そ、そんな!? 早すぎです! まだ契約が失敗したとは決まってないのに』
『そうね。でも、ワタシこれで良かったと思ってるの』
『え? ヨ、ヨーラン様、それはどういう……』
『契約できなかったならこの家での居場所はないわ。だったら、家を出たほうがましよ。継承権がないなら、イザベラたちもリオンを狙ったりはしないはず』
『ですが、坊ちゃままだ8歳です。それなのにーー』
『アイリス、そこで相談なんだけど……あの子のこと、お願いできるかしら?』
『っ!?』
『強制ではないし、すぐに返事しなくてもいいわ。アンブロシアから出ることになるし、じっくり考えて決めてーー』
『いえ、行きますです!!』
『え? いいの?』
『はい、もとよりヨーラン様に拾っていただいた身。坊ちゃまをお守りできれば本望です。坊ちゃまのことは、お任せくださいです』
これが、リオンも知らないアイリスの真実であり、今後一生知ることのない秘密なのである。
――――――――
後書き『アイリスの口調の謎』
◆
第一運命線
「ヨーラン様。リオン坊ちゃまが懐いてくれません。どうしたらいいんでしょう?」
「うーん、とりあえず語尾に『です』ってつけたら?」
「なぜです!?」
◆
第二運命線
リオン(アイリスの口調に違和感があるんだよな。なぜだろう?)
「ヨーラン様。私、リオン坊ちゃまに避けられてる気がしますぅ。嫌われてたらどうしましょう……」
「とりあえず語尾に『です』ってつけたら?」
「なぜです!?」
翌日。
「リオン坊ちゃま。おはようございますです」
(それだ!!)
歴史は繰り返すのだ。
◆
最後まで読んでいただきありがとうございます。
明日からは一日一話更新となります。
いよいよ小競り合いも終わり、本格的な修行パートに入ります!!
『面白かった』『続きが読みたい』と少しでも思っていただけた方は是非、お気に入り登録をしてお待ちください!!
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