不死鳥の箱庭~無能だと追放されたが運命の不死鳥と契約して全てをやり直す~

鴉真似≪アマネ≫

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第一章 不死鳥契約

1話 雛教育

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 幼鳳宮。不死鳥契約前の雛鳥が住まう宮殿。
 アンブロシアの血脈を守護するための宮殿。

 それは、雲を突き抜けるほどの高峰の頂に鎮座していた。

 雛鳥が住まう場所といえど、アンブロシア家の一部に違いはない。荘厳さはそこらの王宮を遥かに凌ぐ。

 計三階からなるその宮殿は、金と赤を基調として作られている。それでいて華やか過ぎず、天上の雲も相まって、太陽のような神聖さを醸し出している。

 そんな幼鳳宮には今、2人の雛鳥が住んでいた。

 アンブロシア家七男ーーディアーク・アンブロシア

 アンブロシア家八男ーーリオン・アンブロシア

 七男は今年で六つになる。
 アンブロシアの不死鳥契約までおよそ二年。
 幼少期の早期教育もじきに終わる頃。

 しかしーー

「ディアーク坊ちゃまは今日もお休みですか?」
「申し訳ございません。どうも体調がすぐれないご様子で」
「……はぁ、わかりました。坊ちゃまには大事になさってください、とお伝えください」
「承知いたしました」

 アンブロシア家教務担当ーーロルフ・アイヒベルク。

 口元ひげまで真っ白の染まった、モノクルをつけた老紳士。
 その真っ赤な眼光は鋭く、一睨みされるだけで並の子供は泣き叫ぶことだろう。

 ロルフがアンブロシア家の雛鳥教育を務めて早32年。

 当時はまだ序列一位だった現当主・リカードの長男が生まれてすぐに、教育担当に抜擢された男である。

 ロルフは現当主・リカードの眷族であり、その生涯をアンブロシアに捧げた男。

 故に知っている。

 不死鳥の血を引く者は並大抵な病気にはかからないということを。

(はぁ、また仮病ですか。この1カ月間、一度も講義をお受けになられないとは)

 ここまでくると、侍女も最早隠す気はないのだろう。
 やたらめんどくさそうに病欠を知らせてくる。

(このままでは、アンブロシアでは生きていけませんぞ)

「はぁ……強力な不死鳥様と契約できることを願うばかりですな。まあ、双子のお二方と比べればまだお可愛い方ですがーー」

 コンコンコン。

「おや?」

 ディアークの休みを受け、授業のかたずけを行なっている最中に、ノックが入る。

「どうぞ、お入りください」

 来客の心当たりはないが、ロルフはひとまず入室の許可を出す。

 コンコンコン。

 しかしそれでも、ノックが止まることはなかった。
 聞こえなかったのかと思い、もう一度声をかけるが、それでもノックが続いた。

 仕方ないので、ロルフは自ら扉まで出向く。

「どちら様でしょう?」

 そう言って、ロルフは扉を開く。しかしその扉の先には、誰もいなかった。

「はて、これは一体?」

 一瞬侵入者かと思ったが、ここはアンブロシア。そんな命知らずはいるはずもない。

 だとしたら誰かのいたずらだが、この幼鳳宮にいる子供は二人だけ。

(ディアーク坊ちゃまはお休みになられていますし、もう一人の坊ちゃまはまだーー)

「ここだ、ここ」

 ロルフがフリーズしていると、下の方から可愛らしい声が響いた。

 声に従ってロルフは視線を下へ向ける。
 するとそこには、第二夫人を思わせる美しい銀髪と透き通った水面のような瞳をした少年がいた。

 いや、少年というにはあまりにも幼い。
 ようやく立ち上がって歩けるようになった年齢だろう。
 だが、身から溢れる気迫だけで、アンブロシアの血を引く者だとわかる。

「幼鳳宮にしてはドアノブの位置が高すぎ。明日までに取り替えておくように」

 その言葉と共に少年はーーリオンは入室する。

 幼さの残る声と会話内容のギャップに、ロルフは呆気に取られてるが、すぐに我に返り頭を垂れる。

「お初にお目にかかります、リオン坊ちゃま。アンブロシア家教務ロルフ・アイヒベルクでございます」
「リオン・アンブロシア。今日からよろしく頼む」
「…………」

 リオンのよろしくという言葉に、ロルフはひどく困惑する。
 何をよろしくされることがあるのか、と。
 
 そのせいで一瞬生まれる沈黙を見て、リオンは首を傾げる。

「ん? 母上から何も聞いてないのか?」
「……恐れながら」
「はあ、全く。あの人は相変わらずだな。講義に出ろといったのに教務殿に連絡していないとは」
「講義、でございますか?」
「母上に今日から雛教育に参加するようにと」

 とても幼児とは思えないリオンの言動に、ロルフはまるで鳳族と会話しているかのような錯覚を覚える。

 三歳の子供相手に、ロルフは冷や汗を一滴。

「しかし、困ったなぁ。教務殿にも予定があるだろうに」
「っ!! 恐れながら申し上げます。本日予定されていたディアーク坊ちゃまの授業は中止となりました故、今からの講義には何の支障もございません」
「ん? そうか? では、今日はそれで頼む。明日には正式な通達がいくだろう」
「っは」

 紆余曲折あって、リオンの雛教育が始まった。

 同時に教務ロルフは直感する。アンブロシアにーー

 ーーとんでもない化け物が生まれたのだと。

 
 ◆

 リオンとロルフが出会って2ヶ月が経過した。

(ありえない……)

 教務ロルフは何度目かも分からない驚嘆を心中に吐き出す。

(ワタシの見立てが、まだまだ甘かったようです)

 リオンの雛教育が始まって2ヶ月。
 その間、ディアークはやはり一度も顔を出していない。

 しかし、それでもロルフは大忙しだった。

「ロルフ先生。この『ブレイスガルド式封印術』、『マグリアン結界』と何が違うんだ? 術式効果は同じだと思うんだが」

「良い着眼点ですな、リオン坊ちゃま。結論から申し上げますと、2つの術式効果に違いはありません。しかし、封印術と結界術は表裏の関係にあります。結界術は身を守るために外界の影響を遮断するものですが、封印術は内部の影響を封じ込めるものです。元は『マグリアン結界』が先に開発されましたが、ブレイスガルドによってーー」

 饒舌に解説をするロルフだが、内心では舌を巻いていた。

(雛教育を始めて2ヶ月でここまで来ますか。このままではディアーク坊ちゃまを追い越してしまうかもしれませんな)

 いや、既に並んでいるかもしれない。

 ディアークとリオンの歳の差は3歳。リオンが一年早く教育を始めたとしても、たった2ヶ月で1年分の課程を修了したことになる。

 前日に教えた部分の復習は完璧に済ませ。それどころか、リオンはさらに先へと予習を進めてしまっている。

 リオンの学習速度に合わせ、ロルフは何度も授業計画を更新してきたが、それでもまだまだ、リオンの方が先を行く。

(このままでは、半年で雛教育が終わってしまいますぞ!)

 歴代でこれほどの天才はいただろうか。少なくとも、ロルフは知らない。

 かつての教え子の中で、最も才能を見せたアンブロシアの長女でさえ雛教育には1年を要したのだ。

(まさに麒麟児……恐ろしや)

 授業進度を再度見直す必要がある。そうロルフが思っていると突然、ノックもなく扉は開かれる。

「ったく、何でドアノブがこんなに低いんだよ」
「坊っちゃまが成長された証拠ではありませんか」
「あ、やっぱり? でも、これは低すぎ。明日までに変えといて」
「仰せのままに」

 扉から入室したのは一組の男女。

 一人は金の髪をした子供で、歳はリオンより少し上だろうか。
 もう一人は侍女のような恰好で少年の三歩後ろを歩いている。

 この幼鳳宮にいる子供は二人だけ。

 つまり、この子供こそがーー

「体調の方はもうよろしいのですか? ディアーク坊ちゃま」
「ま、まあね。まだちょっとだるいけど、さすがにそろそろ授業に出ないと。母さんにも怒られたし」

 最後の一言はボソッと言ったため、ロルフの耳には届いていなかった。

「てか、そのちんちくりん誰?」

 ディアークが室内を見渡すと、すぐさまリオンが目に入る。疑問に思うのも仕方ないだろう。

 ロルフはどう紹介するか一瞬迷うと、すぐさまリオンは立ち上がる。

「お初にお目にかかります、兄上。アンブロシア家八男、リオン・アンブロシアです」
「あー、そういえばジゼルから聞いた気がする。オレの弟だっけ?」
「はい、以後よろしくお願いいたしーー」
「妾の子ってやつ? いぼきょうだい?って言うんでしょ」

 ディアークの言葉に、リオンの動きはピタリと止まる。
 同時に、室内に緊張が走る。
 
 リオンが何かを口にする前に、ロルフは一歩前に出る。

「ディアーク坊ちゃま、ヨーラン様は正式なアンブロシアの奥方です。決して妾ではございません。どうか撤回を」
「だってせいさい?ってのは母上でしょ? 母上が言ってたし」
「坊ちゃま、第二夫人への侮辱は当主様への侮辱、ひいてはアンブロシアに対する侮辱に繋がりかねません。坊ちゃまといえど厳罰は避けられません。どうか撤回を」
「えぇ、なんでよ。オレ、事実を言っただけじゃん?」
!!」

 状況の深刻さを理解できないディアークを、ロルフは言葉に魔力を込めて叱咤する。

 まだ第一位階にも満たない子供が、ロルフの言霊を受けて無事であるはずもない。
 すぐさまよろめき、片膝をつく。

「な、なに、これ!?」

 初めての現象に、ディアークは混乱する。そんなディアークを庇うように、専属侍女のジゼルが一歩前へ出る。

「ロルフ殿。何の真似ですか?」
「ジゼル嬢、ディアーク坊ちゃまの教育はワタシに一任されております。貴女が出る幕ではありません。下がりなさい」
「ですが、言霊を使うのはやりすぎでは?」
「これも教育の範疇です。もう一度言います。
「では、わたくしももう一度言います。教育係如きが坊ちゃまに、?」

 強者同士が魔力をぶつけあって、威嚇し合う。
 魔力の波動が室内を打ち付け、本棚が軋む音が鳴り響く。
 魔導の心得がないディアークは、今にも意識が飛びそうなほどの力が部屋を駆け巡る。

 まさに一触即発。

 しかし、それを止める少年が1人。

「ロルフ先生、私は構わない」

 当事者のリオンである。

「子供のたわごとに、いちいち目くじらを立てることはないでしょう」
「リオン坊ちゃま……」
「だが、ロルフ先生。今後は指導を徹底するように。ここが幼鳳宮だからよかったものの、父上の前で同じ発言をすればただでは済まないはず。兄上も、ロルフ先生も」
「……肝に銘じます。リオン坊ちゃまの寛大なお心に感謝を」

 リオンの仲裁のおかげで、部屋を漂う魔力は一気に薄れ、過呼吸気味だったディアークを大きく息を吸い込む。

 ロルフが一歩下がることで、次女のジゼルもディアークの後ろまで移動する。

 そんな室内を一瞥し、リオンはディアークに一礼する。

「兄上、本日は折り合いが悪いようなので、私はこれにて失礼します」
「え、ぁ」

 未だにロルフとジゼルの圧に押されたディアークは返事を返すことはできなかったが、リオンはお構いなしに退室する。

 残されるのは、ロルフ、ジゼル、そしてディアークのみ。

(ワタシとジゼル嬢の言霊を完全に受け切った上で、あれほど冷静な対応をされるとは……麒麟児という称号すらも不釣り合いのように思えますな)

 リオンの対応に圧倒されながら、ロルフは内心驚嘆する。

(しかし、困りましたなぁ)

 ディアークが授業に出席するようになると、リオンの授業についても色々と考えなければならない。

 授業の進度は同じといえど、今日の悶着を見て二人に机を並べてもらおうとは、ロルフも考えていなかった。

(仕方ありません。に任せよう)

 こうして、リオンとディアークは初対面を果たしたのだった。

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