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胎動・乱世の序章
第17話 勇者の申し入れ
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崩れ行く城壁を見つめていたのは何も三国連軍だけではない。レオンハルトたちもまたそれを見つめていた。その城壁の後方にある新たな城壁の上で。
「陛下のおっしゃる通りになりましたね」
レオンハルトの側に立つバルフェウス公爵がそう言う。
「さすがは勇者だ。なかなかの威力だな」
「ここまで読んでおられたのですか?」
「いずれ崩れると思っただけだ。あの大砲という武器のせいで、想定よりもだいぶ早かったがな。建築が間に合ってよかった」
敵の大砲という武器のせいで、相当早い段階で城壁の限界が来ていた。だから、フミカゲが侵入してきたときは簡単に返したのだ。なんとしても、勇者に魔法を打たせるために。
レオンハルトは勇者なら城壁を崩すだけの力はあると踏んでいた。だからこそ、一つ目の城壁には扉すらつけなかったのだ。
そして、敵が手をこまねいている間に、兵の半分ほどと国土建築院のドワーフたちに二つ目の城壁を建てさせていた。
敵にとってはまさに絶望だろう。そして、それだけではないのだ。
一度起こったことは二度起こる。人は自然とそう考えるだろう。つまり、この二つ目の城壁を崩しても、三つ目が待っているのではないか。そう勘繰るに違いない。士気の低下は免れないだろう。
大砲という武器を全て引き出したことも大きい。これで、敵が城壁を崩すには勇者の魔法に頼るしかなくなる。勇者の魔法のスパンを考えると、すぐに二発目がくるとは考えにくい。
大砲の増援を待つか。それとも勇者の魔法の再発動を待つか。いずれにしても、時間はかかる。敵にとっては土地勘もないこの地に長居はしたくないだろう。
この戦の勝利は手堅い。
「兵たちを休ませろ。敵はしばらく来ない。あの瓦礫の山を動かすので精一杯だからな」
「っは!」
切り札を尽く吐き出した敵を背に、レオンハルトも休息を取るのだった。
◆
「くそお! 奴らはどこまで姑息なんだ!」
例の如く周りに当たり散らかしていたケイスケ。本来止める役であるリューシスやレイカたちも、この結果は流石にこたえたのか、意気消沈である。
その結果、癇癪を起こすケイスケを止めるものはいなかった。
「……我々の負け、でしょうね」
リューシスはそう呟くと、癇癪を起こすケイスケも思わず手が止まる。
「今、なんて言った?」
「我々は負けた。そう言ったのですよ」
「なぜだ!? まだこちらの方が兵力は上だ。多少姑息な手を使われたところで、負けるわけないだろ!?」
「兵の士気を見てください」
テントの外へ目をやるリューシス。そこには、将たち同様に意気消沈な兵士たちの姿があった。前線で戦ってきた分、彼らの方がショックは大きいのだろう。
今まで命懸けでやってきたことの全てが無意味だった。そう言われたようなものだ。死んでいった仲間も報われないだろう。
「それがどうした!? 数で押せばーー」
「数頼りの戦争など、愚の骨頂! 相手はあのレオンハルト帝なのですよ! いい加減現実を見てください」
「!?」
今まで丁寧な態度をとってきたリューシスが大声をあげたことで、ケイスケも思わず気圧される。
「兵の士気は最悪。現地調達できなかった分、食料も不足気味だ。さらに強大な敵が、高く聳える城壁の上で我々を待ち構えている。将として兵を預かっている以上、彼らの命を無駄に散らす訳にはいかない!」
「「「「「……」」」」」
リューシスが言っていることはもっともである。現に、ほとんどのメンバーが納得していた。ただ一人、ケイスケ以外は。
「だ、だめだ! 勇者である俺が負けるはずがない! 負けるわけにはいかない!」
「どんな人間だろうと負けはあります! かのレオンハルト帝もへガンドウルム帝も三年前の戦で敗北を期したというのです!」
「あんな芥と一緒にするなあ! 俺は勇者だぞ! 国を救う英雄だぞ! どんなに窮地に追い込まれようと、最後は必ず勝利を収めるのが勇者だろうがああ!」
「現実を見ろ! 軍を預かる総大将がわがままをいってどうする!」
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だーー」
駄々をこねるケイスケの顔面を目掛けて拳が飛んでくる。ガリムだ。
「ぶっは」
「「ケイスケ(くん)!」」
「いい加減にしやがれ! 駄々をこねたって勝てねーもんは勝てねーんだよ! 無駄な戦いに俺らを巻き込むんじゃねー。それとも何か? てめー1人で敵を全滅させてくるってのか?」
「ちょっと、そんな言い方することないんじゃない!」
「手を出さなくてもよかったのではないですか?」
「っち、甘ったれたくそガキどもが」
俯いているケイスケを庇うように立ちはだかるレイカとハルカ。こんな醜態を見せたケイスケでも、二人にとっては大事な友人なのだろう。
そのことに不満そうなガリム。流石にやりすぎだと判断したリューシスが止めに入ろうとした瞬間。
「は、ははは」
「ケイスケ?」
「そうだ。そいつのいう通りだ。まだ、挽回の手はある」
何か閃いたのか、ケイスケは笑みを浮かべる。殴られたことが気にならないぐらい、ケイスケにとっては天啓だったのかもしれない。
だが、その脳内で何を考えているのかを知る者はいなかった。
◆
城壁が崩れて三日が立つ。その間、攻城戦は全く起こらなかった。敵が瓦礫の撤去に苦心しているというのももちろんあるが、やはり心が折れたというのがでかい。
このまま撤退するのではないかというほどの士気の低さ。攻城戦が再開されるのは随分後になるだろう。そうレオンハルトは踏んでいた。
しかし、現在城壁の前には大勢の兵士たちが集まっている。矢の届かない範囲とはいえ、こちらに近づいてきていたのだ。
その中から一人の男が前へ出る。矢の届く範囲まで来てしまったが、レオンハルトは攻撃の合図を出さなかった。何か狙いがあるだろうと考えたからだ。
すると、声が届く距離まで近づくと、その男は立ち止まり、大きく息を吸い込んだ。
「俺は! 勇者ケイスケである!」
ケイスケが大きな声でそう叫ぶ。
「勇者?」
「あれがか?」
「一人で何しにきたんだ」
城壁の上の兵士たちは勇者の出現に戸惑っていた。しかし、それに構わずケイスケは言葉を続ける。
「皇国の皇帝よ! 貴様に一騎打ちを申し込む! よもや逃げるとは言わないだろうな!」
そうケイスケは嘯いたのだ。
「陛下に一騎打ちだと?」
「生意気な! 何様のつもりだ!?」
そんな兵士たちの反応を横目に、レオンハルトはただただ呆れ果てていた。
「傲慢だな……シオン、あれは馬鹿なのか?」
「……元の世界じゃあ優等生だったと聞いている。だが、これは流石に…….」
「時代錯誤にも程がある。なぜ余が一騎打ちを受けてやると思ったのだ?」
皇帝との一騎打ち。帝国の皇帝が好んでやっていたことだが、本来ならば格というものを考えなければならない。勇者如きが、皇帝に一騎打ちを仕掛けるなど、あってはならないことだ。
皇帝の相手は最低でも国主でなければならない。
さらに優勢であるレオンハルトたちが、劣勢な勇者たちの一騎打ちを受け入れる必要はどこにもない。総じていえば、この提案は馬鹿げているという他ない。
「さっさと排除しろ」
そうレオンハルトが命令を下そうとするが。
「あの! 兄上」
「どうした?」
「その一騎打ち、私に受けさせてはくれないか?」
「シオンが? なぜだ?」
シオンが突然そう申し出る。それを訝しげに思うレオンハルと。
「責任を感じる必要はないぞ」
「いや、そうではない。ただの、私の我が儘だ」
「我が儘、か」
シオンの瞳を見つめるレオンハルト。確かに、その瞳には覚悟が宿っていた。
本人は責任は感じていないと言っているが、彼女ほど責任感のある女性が責任を感じないはずがない。レオンハルトはそのことに気付いていた。しかし、指摘するべきではないとも考えた。
「思えばお前が我が儘を言ったのは初めてだったな。いいだろ、行って来い」
「ありがとう。行ってくる」
レオンハルトの許しを得たことだ、シオンは振り返る。今回の城壁はちゃんと関塞として使う予定なので、大きな門が三つほど設けられている。
その中央の門から出陣するために、シオンは階段を降る。一段一段踏みしめるように。しかし、その途中で足を止める。シオンがこれから進む階段に二つの人影があったからだ。
「シリア、リンシア」
「一緒に行きましょう、シオンさん。」
「……一人は、危ない」
「……」
妃仲間からのささやかな応援。彼女たちがいるだけで、なぜか安心感が湧き出る。
「ああ、ありがとう」
「どういたしまして」
こうしてシオン、シリア、リンシアの3人は、決戦の場へ向かうために門を潜るのだった。
「陛下のおっしゃる通りになりましたね」
レオンハルトの側に立つバルフェウス公爵がそう言う。
「さすがは勇者だ。なかなかの威力だな」
「ここまで読んでおられたのですか?」
「いずれ崩れると思っただけだ。あの大砲という武器のせいで、想定よりもだいぶ早かったがな。建築が間に合ってよかった」
敵の大砲という武器のせいで、相当早い段階で城壁の限界が来ていた。だから、フミカゲが侵入してきたときは簡単に返したのだ。なんとしても、勇者に魔法を打たせるために。
レオンハルトは勇者なら城壁を崩すだけの力はあると踏んでいた。だからこそ、一つ目の城壁には扉すらつけなかったのだ。
そして、敵が手をこまねいている間に、兵の半分ほどと国土建築院のドワーフたちに二つ目の城壁を建てさせていた。
敵にとってはまさに絶望だろう。そして、それだけではないのだ。
一度起こったことは二度起こる。人は自然とそう考えるだろう。つまり、この二つ目の城壁を崩しても、三つ目が待っているのではないか。そう勘繰るに違いない。士気の低下は免れないだろう。
大砲という武器を全て引き出したことも大きい。これで、敵が城壁を崩すには勇者の魔法に頼るしかなくなる。勇者の魔法のスパンを考えると、すぐに二発目がくるとは考えにくい。
大砲の増援を待つか。それとも勇者の魔法の再発動を待つか。いずれにしても、時間はかかる。敵にとっては土地勘もないこの地に長居はしたくないだろう。
この戦の勝利は手堅い。
「兵たちを休ませろ。敵はしばらく来ない。あの瓦礫の山を動かすので精一杯だからな」
「っは!」
切り札を尽く吐き出した敵を背に、レオンハルトも休息を取るのだった。
◆
「くそお! 奴らはどこまで姑息なんだ!」
例の如く周りに当たり散らかしていたケイスケ。本来止める役であるリューシスやレイカたちも、この結果は流石にこたえたのか、意気消沈である。
その結果、癇癪を起こすケイスケを止めるものはいなかった。
「……我々の負け、でしょうね」
リューシスはそう呟くと、癇癪を起こすケイスケも思わず手が止まる。
「今、なんて言った?」
「我々は負けた。そう言ったのですよ」
「なぜだ!? まだこちらの方が兵力は上だ。多少姑息な手を使われたところで、負けるわけないだろ!?」
「兵の士気を見てください」
テントの外へ目をやるリューシス。そこには、将たち同様に意気消沈な兵士たちの姿があった。前線で戦ってきた分、彼らの方がショックは大きいのだろう。
今まで命懸けでやってきたことの全てが無意味だった。そう言われたようなものだ。死んでいった仲間も報われないだろう。
「それがどうした!? 数で押せばーー」
「数頼りの戦争など、愚の骨頂! 相手はあのレオンハルト帝なのですよ! いい加減現実を見てください」
「!?」
今まで丁寧な態度をとってきたリューシスが大声をあげたことで、ケイスケも思わず気圧される。
「兵の士気は最悪。現地調達できなかった分、食料も不足気味だ。さらに強大な敵が、高く聳える城壁の上で我々を待ち構えている。将として兵を預かっている以上、彼らの命を無駄に散らす訳にはいかない!」
「「「「「……」」」」」
リューシスが言っていることはもっともである。現に、ほとんどのメンバーが納得していた。ただ一人、ケイスケ以外は。
「だ、だめだ! 勇者である俺が負けるはずがない! 負けるわけにはいかない!」
「どんな人間だろうと負けはあります! かのレオンハルト帝もへガンドウルム帝も三年前の戦で敗北を期したというのです!」
「あんな芥と一緒にするなあ! 俺は勇者だぞ! 国を救う英雄だぞ! どんなに窮地に追い込まれようと、最後は必ず勝利を収めるのが勇者だろうがああ!」
「現実を見ろ! 軍を預かる総大将がわがままをいってどうする!」
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だーー」
駄々をこねるケイスケの顔面を目掛けて拳が飛んでくる。ガリムだ。
「ぶっは」
「「ケイスケ(くん)!」」
「いい加減にしやがれ! 駄々をこねたって勝てねーもんは勝てねーんだよ! 無駄な戦いに俺らを巻き込むんじゃねー。それとも何か? てめー1人で敵を全滅させてくるってのか?」
「ちょっと、そんな言い方することないんじゃない!」
「手を出さなくてもよかったのではないですか?」
「っち、甘ったれたくそガキどもが」
俯いているケイスケを庇うように立ちはだかるレイカとハルカ。こんな醜態を見せたケイスケでも、二人にとっては大事な友人なのだろう。
そのことに不満そうなガリム。流石にやりすぎだと判断したリューシスが止めに入ろうとした瞬間。
「は、ははは」
「ケイスケ?」
「そうだ。そいつのいう通りだ。まだ、挽回の手はある」
何か閃いたのか、ケイスケは笑みを浮かべる。殴られたことが気にならないぐらい、ケイスケにとっては天啓だったのかもしれない。
だが、その脳内で何を考えているのかを知る者はいなかった。
◆
城壁が崩れて三日が立つ。その間、攻城戦は全く起こらなかった。敵が瓦礫の撤去に苦心しているというのももちろんあるが、やはり心が折れたというのがでかい。
このまま撤退するのではないかというほどの士気の低さ。攻城戦が再開されるのは随分後になるだろう。そうレオンハルトは踏んでいた。
しかし、現在城壁の前には大勢の兵士たちが集まっている。矢の届かない範囲とはいえ、こちらに近づいてきていたのだ。
その中から一人の男が前へ出る。矢の届く範囲まで来てしまったが、レオンハルトは攻撃の合図を出さなかった。何か狙いがあるだろうと考えたからだ。
すると、声が届く距離まで近づくと、その男は立ち止まり、大きく息を吸い込んだ。
「俺は! 勇者ケイスケである!」
ケイスケが大きな声でそう叫ぶ。
「勇者?」
「あれがか?」
「一人で何しにきたんだ」
城壁の上の兵士たちは勇者の出現に戸惑っていた。しかし、それに構わずケイスケは言葉を続ける。
「皇国の皇帝よ! 貴様に一騎打ちを申し込む! よもや逃げるとは言わないだろうな!」
そうケイスケは嘯いたのだ。
「陛下に一騎打ちだと?」
「生意気な! 何様のつもりだ!?」
そんな兵士たちの反応を横目に、レオンハルトはただただ呆れ果てていた。
「傲慢だな……シオン、あれは馬鹿なのか?」
「……元の世界じゃあ優等生だったと聞いている。だが、これは流石に…….」
「時代錯誤にも程がある。なぜ余が一騎打ちを受けてやると思ったのだ?」
皇帝との一騎打ち。帝国の皇帝が好んでやっていたことだが、本来ならば格というものを考えなければならない。勇者如きが、皇帝に一騎打ちを仕掛けるなど、あってはならないことだ。
皇帝の相手は最低でも国主でなければならない。
さらに優勢であるレオンハルトたちが、劣勢な勇者たちの一騎打ちを受け入れる必要はどこにもない。総じていえば、この提案は馬鹿げているという他ない。
「さっさと排除しろ」
そうレオンハルトが命令を下そうとするが。
「あの! 兄上」
「どうした?」
「その一騎打ち、私に受けさせてはくれないか?」
「シオンが? なぜだ?」
シオンが突然そう申し出る。それを訝しげに思うレオンハルと。
「責任を感じる必要はないぞ」
「いや、そうではない。ただの、私の我が儘だ」
「我が儘、か」
シオンの瞳を見つめるレオンハルト。確かに、その瞳には覚悟が宿っていた。
本人は責任は感じていないと言っているが、彼女ほど責任感のある女性が責任を感じないはずがない。レオンハルトはそのことに気付いていた。しかし、指摘するべきではないとも考えた。
「思えばお前が我が儘を言ったのは初めてだったな。いいだろ、行って来い」
「ありがとう。行ってくる」
レオンハルトの許しを得たことだ、シオンは振り返る。今回の城壁はちゃんと関塞として使う予定なので、大きな門が三つほど設けられている。
その中央の門から出陣するために、シオンは階段を降る。一段一段踏みしめるように。しかし、その途中で足を止める。シオンがこれから進む階段に二つの人影があったからだ。
「シリア、リンシア」
「一緒に行きましょう、シオンさん。」
「……一人は、危ない」
「……」
妃仲間からのささやかな応援。彼女たちがいるだけで、なぜか安心感が湧き出る。
「ああ、ありがとう」
「どういたしまして」
こうしてシオン、シリア、リンシアの3人は、決戦の場へ向かうために門を潜るのだった。
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