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胎動・乱世の序章

第4話 亜人の憎悪

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「蹂躙せよ」

 その瞬間、直属騎士団は一斉に駆け出す。

「っは、たかが100人増えたところで何になる! ひねり潰せ!」
「「「っは!」」」

 それに対して敵軍の指揮官は応戦を選ぶ。この後に及んでも、まだ自分の犯した過ちに気づいていない。

「……散開」
「「「っは!」」」

 リンシアの静かな呟きに反応して、皇下直属騎士たちは一斉に散らばる。前線の全ての敵を受け持つべく横に広がる。

 そして散開の命令を出した、リンシアは脇目もふらずに敵指揮官に向かって駆けていた。

 両軍がぶつかり、そしてーー連合の兵士たちは大きく吹き飛ばされた。

「「「っなあ!?」」」
「こ、こいつら! 強いぞ」
「恐れるな! 数で押せばどうってことない!」

 一瞬にして皇下直属騎士団の強さを悟り、恐れ慄く兵士たち。

 後ろに控えていた指揮官の男は戦線を立て直すべく、指揮を続ける。とは言ってものの、何か策らしい策もなく、ただ数で押すことを強調していた。

 確かに、普通の戦争なら数が多い方が圧倒的に有利である。しかし、それは大軍同士の戦いだからだ。十万の兵に100人の強者が戦いを挑んだところで、大した影響はない。

 だが今は3000対100。1人当たり30人倒せば済むこと。当然それも難しいが、皇下直属騎士団はそれを難なくやり遂げる。

 さらにいえばここは市街地。障害物のせいで軍を広げて囲うこともできず、少数であっても易々と突破できない。そんなこんなしているうちに、リンシアたちは勢い付いていく。

「く、くそ! 止まらねえ!」
「何やってんだお前ら! 100人そこらに何を手間取ってやがる」
「し、しかし、司令ーー」
「もういい、俺がやる」

 そういって指揮官の男が前に出ようとする。しかし、すぐにその足は止まる。なぜなら、すでに本陣までリンシアがやってきていたのだ。

 これまでの敵は全て一刀の元に斬り伏せてきたリンシア。疲れた様子をまるで見せず、指揮官の男に眠そうな視線を向ける。

「っち、無能どもが。もう突破されたのか」

 そういって指揮官の男は得物の槍を構える。

「ったく、女相手に情けねー。この俺がーー」

 彼はそれ以上言葉を続けることはなかった。リンシアによって取り押さえられたからだ。

 男が話している間に、凄まじいスピードで駆け寄って大剣を振るう。それだけで、男の槍を真っ二つとなり、しかし男はそれでも反応できない。

 相手の得物を破壊したリンシアは、その勢いのまま体を左にひねり、回し蹴りで男と顔面を狙う。

 次の瞬間、地に伏した相手の男の頭部に足をかけるリンシアの姿があった。蹴り飛ばすのではなく、巻き込むような蹴りだったため、相手は反応する間もなく地面とキスすることになる。

「……制圧完了」
「「「……」」」

 あまりにもあっけない決着に、敵の兵士は呆然とするしかなかった。しかし、彼らが惚けている間にも、リンシアたちは動き続けていた。

「……全員捕縛して。1人も、逃がさない」
「「「っは!」」」

 司令官を失った連合軍はすぐに戦意を喪失し、投降することとなった。


 ◆

「此度はご助力、感謝いたします」

 自身を宰相と名乗った老エルフ、シンラがそういってレオンハルトたちに礼をいう。

 現在、レオンハルトたちは連合軍の制圧を終え、獣王国の王城にきていた。女王カエデが座る玉座のすぐそばに椅子が設けられており、レオンハルトはそこに座っていた。

「気にすることはない」

 女王カエデと並ぶように座るレオンハルト。いつも通りの皇帝の姿に戻っていた。流石に他国で油断した姿は見せられないからだ。

 しかし、そのことが一部の亜人の気に触れる。

「っち、偉そうに」

 小さな声だったためレオンハルトの耳には届かなかったが、声に出さずとも態度には現れてしまう。現在獣王国でレオンハルトたちを歓迎しているのはごく僅か。

 手助けてくれた相手に失礼な態度だろうが、向こうからしたら助けなどなくても勝てたと思っている。それなのに急に現れたが敵を勝手に倒してふんぞりかえっている。彼らが苛立つのは仕方ないことだろう。

 実際レオンハルトの手助けがなかったら完全に王都は陥落していたが、そう言われても彼らは納得しないだろう。

 それはともかく、レオンハルトとシンラの話は進む。

「つきましては、謝礼の方なのですがーー」
「要らぬ」
「はい?」
「謝礼など要らぬといったのだ」
「し、しかしーー」
「その分は西方連合に払ってもらおう」

 そういってレオンハルトは小さく笑みを浮かべる。その笑顔に、長年生きてきたシンラですら固唾を飲むほどのものだった。

 そして、レオンハルトはこの話を終わらせるべく、今最も気になっている事象に触れる。

「それよりも余が気になっているのは、なぜこの地に連合の軍が現れたかだ」

 ピクリ。

 シンラが震えたのを、レオンハルトは見逃さなかった。

 現在の戦の戦場は王都よりも遥か西。別動隊といえど簡単には王都まで来れない。何者かの手引きがあったと考えるのが自然だろう。

 内通か、裏切りか。公にできない何かしらがシンラにはあるとレオンハルトは判断した。しかし、亜人は団結力が強い。人間と通じるならそれ相応な理由があるだろう。

(何かあるな。回りくどく攻めるのもいいが、ここはあえて……)

「シンラとやら」
「っは」
「ちゃちな推理ゲームに付き合ってやるつもりはない。後ろめたいことがあるならこの場で吐け」
「……」

 レオンハルトの言葉を受けて、わずかに視線を下げるシンラ。その瞳は虚空を見つめていた。

「レオはん? 爺やがどないしたん?」
「それは此奴が一番知っているであろう。な? シンラ?」
「……」

 目を瞑り、押し黙るシンラ。しかし、動揺する様子は見られない。むしろ、覚悟が決まった様子ですらある。

「このシンラ、女王陛下に申し上げたい義がございます」
「なんや爺や? 改まって」
「このシンラ、西方連合と通じておりました」
「「「「はあ!?」」」」
「シンラ様!?」
「爺や、何をいうてんーー」
「女王陛下不在の王都に敵を招き入れたのは、このワシだと、そう申したのです」
「爺や……」

 真剣なシンラの視線に、カエデは冗談ではないと悟る。それでも信じ難いのは変わりない。それでも女王として取り乱すわけにはいかない。

「な、なんでそないなことを」

 そう尋ねたカエデの声は震えていた。200年以上前から獣王国を支えてきた重鎮、シンラ。それこそカエデが生まれる前から獣王国の宰相をやっていたほどだ。

 祖父を早くに亡くしたカエデにとっては、本当のお爺ちゃんのような存在。裏切る理由など、あるはずがない。

 そんなカエデの問いに、シンラは真正面から答えるべく徐に口を開いた。

「……このワシ、シンラは昔、教国の奴隷をしておりました」
「「「「「っなぁ!?」」」」」

 一部のエルフの間では知られた話だが、この場の者たちは知らないらしい。

「じゃから、わかるのです。あの国は如何にして、我ら亜人を虐げてきたのか。如何にして、我らの尊厳を踏み躙ってきたのかを」
「せやったらーー」
「奴隷じゃったからこそ、わかるのです! あの国の強さを! あの国の残虐さを! あの国のしつこさを!」

 今までで、一番大きな声を出すシンラ。その目は充血するほど気色ばんでおり、これからの話は彼の魂の叫びだとわかる。

 一度昂った心を落ち着かせようと、シンラは深呼吸する。

「初代国王陛下はワシと同じく奴隷でした。日々馬車馬のようにこき使われ、死する自由すら与えられぬ生活。地の底で天を見上げることしかできぬ生活。しかし、そんな中でも国王陛下は数千の同胞とともに立ち上がったのです。あの方は、我らが希望だったのです」
「「「「……」」」」
「じゃが、教国という国は強すぎたのです。無限に湧く兵士。勇者という絶対的な戦力。勇者がその刃を一振りするだけで、100人ものの同胞が命を落とした」
「「「「……」」」」
「それでもワシらは逃げた。勇者との戦いを避け、時折仲間すら囮にして、逃げたのです。じゃから、教国も痺れを切らしたのでしょう。ワシらを逃すために囮になった同胞を、奴らは餌にしたのです」

 今までの話でも、十分感情が籠っていたが、ここからのシンラからは凄まじい怒りと憎しみの感情が湧き出た。

「公開処刑。それもただの処刑ではない。我らが同胞を生きたまま串刺しにし、さらには火炙りにする。彼らの遺体を野に晒し、嘲笑う! あの畜生どもがぁあ!」
「「「「……」」」」
「そんな彼らを、ワシらは彼らを見捨てた。見捨てたのじゃ! より多くを生かすために、彼らを見捨てた! 悶え苦しむ彼らを、ワシらはただ見ているしかできなんだあ! それが亜人の未来のためだと信じて。それなのに、それなのにじゃあ! この獣王国の地に辿り着いたのは、僅か10人! 数千人もの仲間を犠牲にして生かされたのは、僅か10人! ワシらは、何のために同胞を見殺しにしたのじゃあぁ!」
「「「「……」」」」

 感情の昂ったシンラは、自身の気持ちを抑え込むために、再び深呼吸を繰り返す。

「そんな絶望からでも、陛下だけは諦めなかった。仲間を集め、協力者を集め、わずか一代で獣王国を成した。あの方は偉大じゃった。この獣王国は、王家はワシの何よりの宝じゃ」
「「「「……」」」」
「せやったら爺や、なんでそないなことを?」
「……この戦は勝てませぬ。教国が本腰をあげた以上、ワシらに残された選択肢は、服従か、死かじゃ……獣王国はワシの宝じゃ。じゃが、ふとした瞬間に思い出す。人間の醜さを。同胞の無念を。人間に屈するぐらいなら、ワシは戦って死ぬことを選ぶ!」
「……」
「じゃが陛下! 貴方様は、貴方様だけは、生きねばならんのです! 貴方様さえ生きていれば、獣王国は終わりませぬ! ……王都にいらっしゃったら、陛下はもう逃げることはないじゃろう。じゃから、陛下が戻られる前に王都を陥落させる必要があったのです」
「……教国に勝てへん。でも、皇国の応援があれば勝てるって爺やが言うとったから」
「あれは貴方様を王都から遠ざける方便でございます」
「力技、すぎるやろ……もっと、相談してくれてもええのに……」

 一番信頼していたシンラから裏切られ、意気消沈なカエデ。

 他の亜人のたちもそうするべきか分からず戸惑っている。一部の亜人は怒りを露わにし、一部の亜人は戦意を昂らせる。総じて言えるのは、シンラを責めるものは思いの外少ないということだ。

 単純な亜人たちは、シンラの昔話に心を打たれ、人間への敵意が膨れ上がっていた。

 しかし、今までは亜人同士の話だからと静かにしていたレオンハルトは、ここで口を挟む。

「回りくどいぞシンラ」
「……なんじゃと?」

 レオンハルトの言葉に対し、シンラは睨め付けるような視線を返す。さっきなまでの慇懃な態度はかき消え、その瞳には人間への怒りがこもられていた。

「獣王国が宝? 戦って死ぬことを選ぶ? 笑わせるな。貴様は己がうちに秘めている矛盾に気付いていないようだな」
「どこが矛盾しておるというのだ? 小童が」
「貴様にとって獣王国は大事なのだろ? ならばなりふり構わず周りに助けを求めるべきだ。亡国を許容して何が宝だ」
「人間の貴様に何がわかる! 我ら亜人にとって、屈服は死よりも勝る! 国ごと隷属するというのなら、陛下だけでも生かし再起を図るこそが正道」
「論点をすり替えるな。余が言っているのは周りに助けを求めず、勝手に国と心中しようとしたことだ! つまり、貴様の中には獣王国以上に優先される感情がある」
「……」
「女王を王都から遠ざけたのは何故か。再起のためなどではなかろう? 降伏させぬためだろ? 降伏してしまっては、戦えぬのだから。敵を王都に引き入れたのはなんのためか? 亜人たちの敵愾心を煽るためだろ? 今の若い世代には、貴様の憎しみはわからんからな。つまりだ。貴様は所詮、獣王国を復讐の道具としか考えていないのだ」
「……」

 レオンハルトの言葉に沈黙するシンラ。シンラ派の亜人は怒りを露わにし、それ以外の亜人は驚愕の表情を浮かべシンラを見る。あまりの展開に言葉を失っているようだ。

 シンラの裏切りからの、彼の昔話。人間への敵対心を燃やしているところで、レオンハルトの指摘が入る。人間の言葉など信じたくはないが、シンラの言葉も信じるにははちゃめちゃすぎる。

 そして誰もが注目するシンラが、口を開く。

「そうじゃ……その通りじゃ! ワシは教国が憎い! 人間が憎い!」

 タガが切れたかのように叫び出すシンラ。

「それの何がいけない! ワシは人間を殺したいのじゃ! 虐げられてきた我らの分を、殺された我らが同胞の分まで、ワシがやらねばならんのじゃ! このワシが、このワシがあああーー」
「もう、ええ。爺や、いや、大罪人シンラを外患誘致の罪で投獄する」

 カエデの言葉を機に、側近たちが一斉に動き出した。シンラ派の抵抗はあったものの、無事シンラを捕縛し、投獄した。なんとも言えない重たい空気を漂わせながら。

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