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胎動・乱世の序章

第3話 西へ

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 王の道。

 レオンハルトが国土建築院に命じて、作らせた国道である。

 その名の通り王が通ることを想定しているため、横幅は広くまた一切の窪みは存在しない。王が快適に旅ができる道なのである。

 もちろん皇帝以外の貴族や平民も利用することができる。なんせ、建築以来皇帝がこの道を進んだことはないのだから。

 しかしこの日ーー

「こ、皇家の印だ」

 王の道の中央を堂々と進む一団。その中央にある巨大な馬と、その馬が引く馬車には皇家を表す印があった。初めての出来事であるため、すれ違う者は皆どうするべきかわからず、ただ道を開けることしかできなかった。

 その行動は大正解といえる。なぜならその馬車には、レオンハル帝が乗っているのだから。

「えらい大きい馬車やな」
「余が乗る馬車だからな」
「……レオ、そのキャラ、疲れないの?」

 今、この馬車の中にはレオンハルトと護衛のリンシア、カエデとその従者しかいない。だからわざわざ気張る必要がない、とリンシアは言いたかったのだ。

「そうだな。多少長旅にもなるだろうし、今から気張る必要もないな」

 そう言ってレオンハルトは僅かに姿勢を崩す。ただそれだけだが、強大な皇帝という印象は一気に薄れていった。ただの青年に見えるというわけではないが、威圧的な態度はだいぶ収まった。

 それを見たカエデとその従者は目を丸くする。

「……これが本当のレオ」

 驚く2人に解説するかのようにリンシアが言い放つ。

「いつもあんな感じなわけないだろ。言葉数も増やせないし、姿勢を微動だにすることもできない。不便この上ない」
「……じゃあ、しなければいい」
「そうもいかないさ。皇帝だからな」

 皇帝としての威厳を保つために、レオンハルトはあえて尊大な態度を取っていた。

「びっくりや。キャラつくっとったんか」
「まあな。そういうカエデ殿は意識されてないので?」
「ここはうちらしかおらんし、カエデでええよ。うーん。うちは、特に気にせえへんかなぁ。まあ、うちの場合ちょっと特殊やから」
「そうか」

 特殊と聞いてもあえて何も突っ込まないレオンハルト。いつもながら、他人と深い関係を作ろうとしない。あえて他の人の心のうちへと踏み込まないのは、レオンハルトの優しさと言えるだろう。

「そういや、うちはカエデでええっていうたけど、うちはあんたのことどう呼んだらええの?」
「レオンハルトで構わない」
「……ちょっと長いねん」
「っふ。なら好きな呼び方でいいさ」
「ほな、レオはんと呼ばしてもらうで」
「ああ、それでいい」

 レオンハルトたちが乗っている馬車を引いているのはバトルホース。スピードは本来の馬とは比べ物にもならないが、それでも獣王国まで10日以上かかる。

 その旅を快適なものにするためにも、レオンハルトは友好的な態度を取っていた。そうやってレオンハルトとカエデの会話が一旦途切れると、従者である獣人がレオンハルトに話を切り出す。

「その、レオンハルト陛下」
「ん?」
「謁見の際は大変失礼いたしました!」
「ああ、あれか。あのやりとりは全てなかったことにした。気にすることはない」

 レオンハルトがこう言ったものの、従者はやはりもぞもぞとしていた。今になって大国の皇帝に喧嘩を売ってしまったことを後悔しているのだろう。

 しかし、レオンハルトは本当に気にするそぶりを見せない。そんなレオンハルトを訝しげに見つめるカエデ。

「えらいスッキリしたお人やな。普通口では気にしいひん言うても、態度には出るもんやで」
「そうか ?気にしないものは気にしないのだから仕方ない」
「変わったお人や」
「カエデに言われるとは心外だな。初対面で身を差し出す方が変わってるだろ?」
「ほえ?」

 レオンハルトのまさかの発言にカエデは一瞬ポカーンとする。そしてみるみると顔を赤らめていく。

「か、からかわんといて!」
「ふふ」
「わ、笑わんといて!」

 どうやらカエデは思った以上に面白いらしい。そうレオンハルトは思った。

 ◆

 レオンハルトたちが皇都を出て10日以上が経ち、獣王国の王都が目に入ってきた頃。

「陛下! 王都が燃えてます!」

 そう、獣王国の王都に火の手が上がっていた。

「レオはん!」
「わかっている。急ぐぞ」
「「「「っは!」」」」

 今回はあくまで視察であるため、皇帝直属騎士団を100名程度しか連れてきていないが、それでも最精鋭だ。レオンハルトの命令を受けて、一斉に進軍速度をあげた。

 進軍速度は上がったものの、カエデの顔は晴れない。視線を斜め下に向けながら、手を握りしめて震えていた。

「落ち着け。まだ小規模なボヤ騒ぎ程度だ。陥落したわけではない」
「……せやな」

 気休め程度でしかない。それでも、レオンハルトが言うとなぜか説得力がある。そうやってカエデを落ち着かせつつ、レオンハルトたちは凄まじいいスピードで進軍していった。

 ◆

 レオンハルトたちは、獣王国王都の東門から王都へと入った。

 途中で止める者もいたが、カエデが出ることで問題なく素通りできた。そしてその間に手に入った情報によると、王都の西門が連合の精鋭部隊3000によって破られ、現在市街地で交戦しているらしい。

 一般市民は西側から避難しているため、戦っているのは主に戦士たちだが、本来ならば戦場は王都よりもさらに西にあるため、ほとんどの兵力は出払っていた。

 亜人の方が戦闘力に優れているが、相手も精鋭。一筋縄ではいかない上に、数も多い。しかたがって防戦を強いられるのは必然。

「くそ! こいつら、わらわらと」
「押し込め! これ以上入りこませるな!」

「亜人どもをぶっ殺せ!」
「進め進めえ! この勢いで王城も落とすぞ!」

 双方の勢力が入り乱れる市街地。戦いによって建造物がどんどん壊れていく。そして、その戦線の後方には、この国の支配者階層たちがいた。

「まずいな。このままでは王都を守りきれん」
「民の避難を急ぎましょう」
「くそ! 何でこんなことに」
「女王陛下がいないのが唯一の救いじゃ」
「急いで亡命の手筈を」

 そんなやりとりをしている上層部。しかし、そこへ聴き慣れた声が割り込む。

「爺や!」

 カエデたちが今、戦場に到着した。

「へ、陛下! なぜこちらに!? 皇国へ行かれたのでは?」
「今帰ったんや」
「いけませぬ! 今すぐお逃げくだされ! 敵がすぐそこまで来ておるのですよ!」
「そないなわけにはいかへん。うちは女王や」
「陛下! 聞き分けてくだされ」
「まあ、落ち着け。状況は概ね把握した」

 争う2人を見かねたレオンハルトが、話に割り込む。

「其方らは?」
「レオはんや、一緒に来てもろうた」
「ラインクール皇国皇帝、レオンハルト・ラインクールだ」
「なぁ!? 皇国、皇帝!」

 そう驚いたのは、カエデに爺やと呼ばれていたエルフの老人である。

「お、お初にお目にかかります。獣王国宰相シンラでございます」
「挨拶は後でいい。まずは敵を退かねば」
「は、は。その通りでございますが……」

 ちらっとレオンハルトの後ろへ視線をやるシンラ。人数の少なさを懸念しているのだろう。その心配がわかったのか、レオンハルトはーー

「案ずることはない。この戦力で十分だ」

 そう言ってレオンハルトは獣人たちを押しのけて前線へと進む。それに合わせて直属騎士団も進んでいく。亜人の戦士たちの波を割るように進むレオンハルトたち。

「なぁ! 人間!?」
「なぜこんなところに?」
「くそ! 後ろに回り込んでいたのか!」

 当然亜人たちは戸惑う。この戦場にいる全ての人間は敵であるため、後ろから急に現れた人間に警戒心を抱くのも当然だろう。

 今にも襲い掛かろうとする亜人たち。敵意は増す一方。しかし、

「心配あらへん。味方や」

 静かだが、よく通る声でカエデはそういった。ここまでただの不思議ちゃんだったが、民や臣下の前では立派な女王様だ。それを横目でちらっと見たレオンハルトは小さく笑みを浮かべ、そのまま前進する。

「女王陛下だ!」
「女王陛下が戻られたぞ!」
「女王陛下をお守りしろ!」

 女王が戻ったというだけで、亜人たちの士気は高まった。背後に守るべきものがいるとき、亜人は人間以上に力を発揮する。

 女王の言葉もあり、レオンハルトたちは亜人の海を難なく進む。そして、やがて最前線に到着する。

 最前線で戦う兵士や戦士を一瞥したレオンハルトはーー

「双方刃を納めよ!」

 その声と共に、一瞬だけ戦うものたちの手は止まり、レオンハルトの方をみる。しかし、すぐに興味が失せたかのように戦闘を再開しようとするが、1人の直属騎士が大声を上げる。

「無礼者が! この方を誰と心得る! ラインクール皇国国主、レオンハルト陛下であらせられるぞ!」
「「「……は?」」」

 あえて自分からではなく、騎士に名乗らせる。これも皇帝としての格を引き上げるためだ。

「刃を納めよ。余の言葉が聞けぬか?」

 有無言わさぬ迫力で迫られた両軍。流石に皇国皇帝がいると聞いては、例え嘘でも戦うことを躊躇う。万が一にも本当だったら、皇国という強大な国を相手取ることになるのだから。

 そんな風に前線の兵士たちが戸惑っていると、連合の最後尾から声が響く。

「バァァァァカ! 皇帝がこんなとこにいるわけねぇえだろ! ハッタリだ! 進め!」

 西方連合の指揮官がそんなことをほざく。よく見ると、金髪で小麦色の肌をした大柄な男がそこに立っていた。

「余を偽物と申すか、このうつけが」
「本物だろうと関係ねー! ここで叩き潰せば一緒のこと」

 その言葉にレオンハルトは小さくほくそ笑む。

「余を前にその物言い。傲慢だな」

 その言葉に、後ろに控えていた直属騎士団は一斉に前へ出る。リンシアを先頭にどんどん前へと進む。

「蹂躙せよ」

 レオンハルトのその言葉と同時に、戦の火蓋は切られた。

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