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帝位・勇気を紡ぐ者

第11話 夜空に咲く花

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 シュヴァルツァー邸を抜け出したレオンハルトとシオン。深夜で人気がないことを利用して、一気に郊外までやってきた。

 あらかじめ用意していたテントに到着すると、レオンハルトは、

「今夜はここで夜を過ごすぞ。見張りは俺がやる」
「……」

 俯きながら、シオンは首を僅かに縦に振る。サクヤの死がよっぽどこたえているのだろう。まだ15歳の少女には重い現実なのかもしれない。

 ケアが必要かもしれない。そうレオンハルトは思った。とはいえ、こういった時の慰めの仕方をレオンハルトは知らない。だから、自分が思う最善の方法をとる。

 レオンハルトは、シオンの手をひき、地面に腰をおろす。

「れ、レオンハルト、何を?」
「……俺が物心がついた時には、すでに母上は亡くなっていた。だから、母上の記憶はまるでない」
「……」

 満天の星空を眺めながら、レオンハルトはおもむろに話し出す。

「だから、俺に母上の話を聞かせてくれないか? どんな人だったのかを」
「……」

 レオンハルトの横顔に目を向けていたシオンだったが、レオンハルトの真似をして星空を眺めた。改めて、体育座りに座り直し、語り出した。

「叔母上は、綺麗な人だった。右目の下には黒子があったな。今思えば、レオンハルトと似ているのかもしれない。雰囲気も、どことなくレオンハルトに似ている……叔母上は、優しい人だった。私がおねだりするときも、嫌な顔一つせずに、付き合ってくれた。6歳の時、私が近所の子供にいじめられた時も、ぐす、私をかばって、ぐす、くれてーーー」

 それからシオンは泣きながら、延々とサクヤとの思い出を語った。レオンハルトは、それに静かに耳を傾けていた。オリービアの時と同じである。

 感情を溜め込むのは良くない、とレオンハルトは思っている。悲しいなら涙を流せばいい。抑え込むことはない。1000年前の自分が実証したことだ。

 シオンの感情を全て吐き出させ、それを全て受け止める。それがレオンハルトにできる唯一のケアである。

 やがて、思い出を語りおえたシオンは、レオンハルトの肩に頭を乗せながら、すやすやと寝息を立て始めた。

 これで大丈夫だ、とはまでいえないが、少しはよくなったのだろう。

「シオンさん、寝ましたか?」

 突然、そんな声がレオンハルトの耳に届く。聞きなれた声だがーー

「相変わらずお前の気配だけは読めんな、シリア」
「それが取り柄ですので」

 レオンハルトの影から音もなく現れたのは、シリアである。

「オルアの命令か?」
「はい。流石に護衛も付けずに遠出させるのは危険だと」
「俺に護衛が必要だと?」
「万が一がございますので」
「……理はそちらにあるな」

 流石に万が一すらないとは、レオンハルトもいえない。何事にも、絶対というものはないのだから。

 シオンが寝ている反対側に腰をかけるシリア。

「夜はまだまだ長いですし、少しお話ししませんか?」
「いいぞ。シオンを起こさない程度なら」
「では、私からレオンハルト様に一つ質問を……シュヴァルツァー公爵にされていたあの質問は、どういう意図で?」
「どの質問だ?」
「勇者のギフトが遺伝するかどうか、という質問です」
「ああ、あれか」

 星空から視線を落とし、どこか遠くを見つめるレオンハルト。その先にあるのは、帝国。

「あの戦で一度だけ、未来を見た」


ーーーーーー

 レオンハルトと帝国皇帝へガンドウルムとの一騎討ちの結果、レオンハルトが勝利した。レオンハルトの黒月が、へガンドウルムの腹部を貫いていた。

 本来ならば致命傷だが、煉獄の炎を持つへガンドウルム相手じゃあ心許ない。しっかりと、トドメを刺す必要がある。

 レオンハルトは、へガンドウルムの腹部から黒月を引き抜き、

『今、楽にしてやろう』

 その瞬間、レオンハルトの目に未来が浮かぶ。

 目を見開くレオンハルト。そして、同時に全身の魔力を脳へと回した。理由なんてない。強いていうなら、本能がそうさせていた。

 未来を見つめるレオンハルトは、体硬直してしまっていた。故に、フレデリックの剣を交わすことができなった。

 心臓を貫かれたレオンハルト。心臓が機能しなければ、人は死ぬ。しかし、レオンハルトは全身の魔力を脳に回したおかげで、脳死だけは免れた。

 脳のみが生きているため、厳密にいえば植物状態だが、この世界の人間にはそれを見分ける手段はない。そして、レオンハルトは死んだと判断された。

 その後、レオンハルトは脳内に残った魔力で周囲から魔力をかき集め、肉体を再生させ、復活を果たしたのだった。

ーーーーー

「……レオンハルト様には、未来が見えるのですか?」
「いや、見えたのはあの一回だけだ。だが、ただの幻覚とも思えん。母上のギフトが遺伝したことを疑ったが、どうやらハズレらしい」
「……僭越ながら、一つよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「お母上は、レオンハルト様を守るために、そのギフトを使ったのではないでしょうか?」

 レオンハルトは僅かに目を見開く。口を閉し、シリアに続きを促した。

「お母上は、レオンハルト様が窮地に陥った時に、自身のギフトが発動するように仕込んでいた、という可能性はありませんか?」
「……」

 沈黙するレオンハルト。可能性はある。なんせ、勇者のギフトには不明な点が多い。所持者の死後発動するような使い方もできるかもしれない。

 それに、シュナイダーの魔法のように死後に発動させる事ができるものもある。

「……すごいな、シリアは」
「えへへ、レオンハルト様に褒められちゃった」
「ふふ」

 褒められただけで随分と大袈裟だなと思うレオンハルトだが、悪い気はしない。喜ぶシリアの顔を眺めつつ、

「いずれにしても、母上には感謝せねばな」

 そう言葉を発し、天空を眺めた。そして、

「ほう? 流れ星か?」

 一筋の流れ星が、通り過ぎる。満天の星空と相まって、まるで夜空に咲く一輪の花のようである。


 ◆

 その後、レオンハルトはシオンをテントに寝かし、自身もテントの入り口に腰をかける。見張りをしつつ、睡眠をとる。シリアもいるため、よほど事がない限り危険はないだろう。

 そうして、レオンハルトは眠りにつく。

 屋外で、しかも座ったままの姿勢なのに、何故か深い眠りに着くことができた。これほど安らかなに眠ることができたのはいつぶりだろうか。

 朝日が登る。しかし、レオンハルトはテントの影にいるため、睡眠を妨げられることはなかった。

 やがて、日が高くの登り、レオンハルトの横顔朝日が差す。時間で言えば午前の8時ごろ。

 朝日によって目を覚ますレオンハルトだが、

「お目覚めか? 兄上」
「ああ、今起きた」

 そこには、焚き火をしながら食材を鍋に入れて、何かしら料理を作ってくれているシオンの姿があった。

 レオンハルトといえど、寝起きで直ぐに頭が回るわけではない。だが、常人よりも遥かに寝覚めがいいレオンハルトは、直ぐに違和感に気づく。

「……ん? 兄上?」
「む? 兄上は兄上だろ? 血は繋がっているし、兄上の方が年上だし」
「……」

 違和感に気づいたからといって、直ぐに理解できるわけではない。突然妹ができたのだ。戸惑うなという方が無理である。そして、レオンハルトがなんとか絞り出した言葉が、

「兄上っていうのは勘弁してくれ」
「な、なぜだ!?」

 今度はシオンの方が逆に戸惑った。

(男というのは皆妹キャラに憧れるものだと、叔母上は言っていたのだが……こちらの世界では通用せぬのか、くぅ)

「だ、ダメ、か?」

 絞り出したのはその一言。しかし、破壊力は絶大。シオンの端麗な容姿に加えて、上目遣いで発せられる『ダメ?』に、否と言える男はどれほどいるのだろうか。

 しかし、それはレオンハルトの目には違うものに見えた。

(なるほど……気が強そうに見えても、まだ15になったばかりの少女だ。こんな見知らぬ世界に放り込まれて、不安にならないはずがない。親族を求めるのも自然な流れか)

「いや、少し驚いただけだ。別に兄上で構わんぞ」
「ほ、ほんとか!?」

 さっきまで泣きそうな表情をしていたのに、今では一気に喜色満面になっている。心境の変化がダイレクトに顔に出ているのだろう。

「少し待ってくれ、兄上。もうすぐ出来るぞ」
「ああ、ありがとう。焦る必要はないぞ」

 実は、レオンハルトは料理もある程度できる。道中の料理も全てレオンハルトがこなしており、シオンの料理を口にするのはこれが初めてである。

 そんなこんな言っているうちに、料理が出来上がる。

「む? この食材は?」
「兄上が寝ている間に、市場で買ってきたのだ!」
「……あまり無茶はせんでくれ」

 シオンの無鉄砲さに、苦笑いを禁じ得ないレオンハルト。しかし、しっかりとお礼をいい、料理をいただく。

 そしてーー

「……美味いな」
「よ、よかったぁ~多少材料が違ったから心配したが、うまくいって何よりだ」
「ああ、美味いな。これはなんという料理だ?」
「すき焼きという、私の故郷の伝統料理だ……叔母上が一番好きだった料理でもある」
「……そうか、有り難くいただくよ」
「うむ、どんどん食べてくれ!」

 お袋の味、というわけではないが、レオンハルトにとってはそれで十分だった。

(男を捕まえるならまずは胃袋からって叔母上が言っていたのだ!)

 やがて料理は完食され、レオンハルトとシオンは朝日に照らされながら帰路についた。


 ◆


 死屍累々。その言葉がぴったりなほどの平原。

 戦争。その言葉でしか形容できない状況。

「ば、馬鹿な……あり得、ない」

 そう呟き、倒れる赤髪の大男。

 その男を倒した者は、不気味な笑みを浮かべていた。

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