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帝位・勇気を紡ぐ者

第2話 始動

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「俺はーー皇帝になる」

 そうレオンハルトは宣言する。しかし、その発言に対して動揺するものはいなかった。皆も、当たり前と言わんばかりの様子だった。

 そして、ドバイラス伯爵、ローハム女伯爵、前アルハジオン子爵、テルメア子爵たちは顔を合わせ、一斉に膝を突き、頭を下げた。

「「「っは!」」」

 突然の行動に、取り残されたものたちは呆然とする。

「……まだ、宣言しただけだが」
「どうせすぐ皇帝になるんだ。今のうちにごますっとかねーと」

 とはドバイラス伯爵の言。

「言ったろ? 呼び名なんてすぐに変わるって。よろしく頼むよ、皇帝陛下」

 とはローカム女伯爵の言。

「引退した身ではございますが、アルハジオン家を代表し、レオンハルト様にとこしえの忠誠を」

 とは前アルハジオン子爵の言。

「テルメア家当主、ガレリオ・テルメア、御身の前に」

 とはテルメア子爵の言である。

 それらを見たレオンハルトはため息をこぼす。

「はぁ、まったく、気が早いことだ」

 そう言いつつも、どこか嬉しそうなレオンハルト。やはりいつの時代も、人に信じてもらえるのは気分がいいらしい。オリービア、シリア、リンシアもどこら誇らしげだ。

「そうと決まれば、あとは進むだけだ。各地へ使節団を送ることが決定しているが、貴公らには各自の領地に戻って、準備を進めて欲しい。俺の勘では、一戦ひといくさは避けられないらしい。場合によっては、もっと多くの血が流れるかもしれん。それでも、ついてきてくれるか」
「「「御心のままに!」」」
「うむ、よろしく頼む」

 そう言って、四人の貴族は退室する。残されたのは、レオンハルトとオリービア、シリア、リンシア、そして、カーティアである。

 この場にいるものの中でカーティアだけは、ずっとそわそわしていた。

 場違い感がすごいと言うのもあるが、レオンハルトの過去を知ってしまったと言うのも大きい。謝ったとはいえ、かつて貶した相手だ。そんな相手が今や皇帝になると宣言した。そわそわするなと言うのは無理がある。

「さて、カーティア」
「な、なに?」
「……そう緊張するな。やりにくくてしょうがない」
「だって、皇帝になるって言うしぃ、昔色々あったらしいしぃ」
「まだ皇帝になってないし、昔は所詮昔だ」
「でもぉ……」
「はぁ……別にとって食ったりしないぞ」
「……」
「……はぁ、お前、ディールと仲良いらしいな。奴からよくお前の話を聞くよ」
「!!」
「だから安心しろ。友人の恋人をどうこうするほど、俺は冷血じゃない」
「こ、恋人じゃないわよ! ……まだ」
「ふむ。まだ、か。これから恋人になる予定があるらしい。どう思う? オルア?」
「うーん。若いっていいよねー」
「お、皇女殿下!」

 こうしてワイワイやっているうちに、カーティアの緊張もほぐれていった。レオンハルトのいじりに、オリービアが乗っかり、シリアは微笑む。時折リンシアが天然爆弾を投下していく。こうして、レオンハルトの計画通り、場は和んで行った。

「さて、話を戻すぞ」
「何が、さて、なのよ」
「現在中立派の貴族たちの数はそれほど多くない。皆辺境貴族だ。そのほとんどは俺に協力してくれるだろう。だが、中には難色を示す人もいるだろう。その筆頭は、誰だと思う?」
「……うちのパパ? あー、なるほど、だから」
「そうだ。カーティアの実家、ティルミス侯爵家の説得が鍵となるだろう。名門ティルミス家がこちらにつけば、中立派の取り込みは容易となる。さらに、一部の貴族の寝返りも期待できる。協力してくれるか?」
「しょうがないわね。そこまで言うなら協力してあげない事もないわ」
「よし、決定だ。ティルミス侯爵領に向かうぞ」

 こうして、レオンハルトは徐々に動き出していた。





 レオンハルトが皇帝になると宣言して、約1ヶ月か経過し、皇国全土にオリービア皇女の帝位争いへの参戦が知らされていた。当然関係各所は驚き、戸惑った。

 そして、その宣言をした当人といえば、現在馬車に乗りながら、ぼんやりと外を眺めていた。

「ねーねー、レオくん」
「なんだ?」
「急いでるんでしょ? だったら、馬車じゃなくて、普通に馬に乗った方が早く着くんじゃない?」
「これでも急いでる方だ。それに、カーティアはバトルホースには乗れないから、結果的に馬車の方が早くつく」
「あ、そっか」
「ごめんなさい」
「何、気にする事じゃない。熟練の騎士だろうと、バルトホースを乗りこなすのに一苦労するからな」

 現在、馬車にはレオンハルト、オリービア、カーティアの3人が乗っている。関係者への根回し、情報の収集と情報操作。降りかかる無数の仕事を1ヶ月間で終わらせたレオンハルトたちは、満を辞して、カーティアの実家であるティルミス領へと向かっていた。

「カーティア、侯爵とはどんな人物だ?」
「何よ、藪から棒に」
「何、これから交渉をする相手だ。知っておいて損はないさ」
「うーん……厳しい人だと思う。自分にも、周りにも。ただ……」
「ただ?」




「ぬうおおおおおお、なんたることだ! 娘が、ワシの可愛い娘がああ、男を連れ帰ってきてしまったあああ! やはり皇都は魔境だ! ああ、神よ、なぜワシにこのような試練を!」

「ちょっと、親バカなんだよね」
「ちょっと?」
「……ちょっと」

 レオンハルトたち一団がティルミス侯爵邸に到着するや否や、駆け出したこの男は、なんとティルミス侯爵家当主ご本人である。

 カーティアを迎えるために、当主本人がやってくる時点で相当なものだが、そのそばにいるレオンハルトを見るや否や、地団駄を踏んで泣きじゃくっていた。とても他人には見せられない姿だ。

「パパ。ただいま」
「お? おお、よくぞ帰った、ティアよ。皇都は今荒れておると聞く。無事でなりよりだ。本来ならば盛大なお帰りパーティーを催すところだが、パパは一つ、どうしても聞かねばならんことがある。其奴は、ティアのなんだ? 男か、男なのか?」
「違うわ」
「やはり男かああああ!?」
「あ、聞いてないわね」

 一人で発狂を繰り返す侯爵を、ティアは冷めた目で見ていた。

「話を聞かないのは親譲か?」
「うっさいわね」

 そんな会話をするレオンハルトとカーティア。そばでひとりでに暴れる侯爵を見かねたのか、レオンハルトは自ら話しかける。

「侯爵閣下。お初にーー」
「ふんぬ!」

 レオンハルトが自己紹介をしようとするが、その前に拳骨が飛んでくる。大きな拳が、レオンハルトの左頬を目掛けて、見事なカーブを描きながら迫ってくる。

 しかし、レオンハルトは動じる事なく、右手をかざす。瞬間、拳とレオンハルトの手のひらが接触する。

 バシン。

 軽快な音とともに、侯爵の拳はいとも簡単に止められる。

「ちょっとパパ! いきなり何すんのよ!」
「ワシは認めんぞ! まだ15そこらの娘が、男を連れて帰るなど!」
「だから違うってば! いいから手を引いて! レオンハルトだからよかったものの、普通の人だったら大怪我しててもおかしくないわよ」
「ふん、ワシを誰だと思っておる。流石に彼我の戦力差がわからぬほど愚かではない。一目見た瞬間、気づいたぞ。此奴は化け物だと」
「じゃあ、なんで殴ったんですか?」

 レオンハルトは呆れ顔でそういう。

「それとこれとは別じゃあ! 男にはなあ、譲れない時があるのだあ!」
「はぁ」

 このままでは埒が明かない。どうしたものかと考えるレオンハルトだが、侯爵の後ろに、音もなく一人の女性が姿を現した。

「何をなさってるんですか? あ・な・た?」

 それに対する返事はない。なぜなら、侯爵はすでに気を失っているからである。現れた女性、ティルミス侯爵夫人によって昏倒させられていたのだ。

「ティア。お帰りなさい」
「うん、ただいま。ママ」
「さあさあ、お客人たちもどうぞ中へ。うちの主人が失礼を働いた分、しっかりももてなしますので」
「お、おう。お気遣い、有難う存じます」
「お邪魔しまーす」

 実力はレオンハルトの方が上のはずだが、思わず押されてしまった。そして、こんな状況でもまるで動じることのないオリービアを見て、密かにため息をこぼすのだった。

(はあ~、ディールを連れてこなくってよかった)

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