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動乱・生きる理由

SIDE 帝国(アーシャ)

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 アーシャ・ルドマリア。
 ルドマリア帝国の第二王子である。それ以上でも、それ以下でもない。

 腐っても帝国の皇族。恵まれた肉体を持っていたことには変わりないし、実に優秀な男である。

 しかし、それは一般から見ての話。
 皇族内では、ごくごく平凡な男だった。それも、比較対象が大陸最強の父と、大統帝の再来と謳われる兄となってはなおさらだ。

 自分が劣っていると素直に認められれば、彼はもっと違う人生が歩めたのではないだろうか。少なくと、体を乗っ取られるよりかは、幸福な人生を歩めたのだろう。

 そんなアーシャだが、夜深くにとある一室に訪れる。

 キー。

 扉を開くと、そこは恐ろしく広い部屋だった。美しく装飾されており、一見しただけで下々のものが住める場所ではないことがわかる。

 その部屋は、アーシャの父である、皇帝へガンドウルムが眠るための部屋だ。そんな部屋に許可もなく侵入し、ベッドのそばまで近づく。

 そこには、うなされている帝国皇帝の姿があった。

「うぅううぅ、殺す、殺してやる」

 そううなされる帝国皇帝が誰の夢を見ているのかは、いうまでもないだろう。

「哀れですね」

 不意に、アーシャはそうこぼす。しかし、それがまずかった。一瞬後に、一振りの剣がアーシャに襲いかかる。
 アーシャはそれを涼しい顔で受けると、剣を振るった相手はーー

「何をしておる、アーシャよ」
「いえ、近頃父上はよくお眠りになられてないご様子だったので、少しお手伝いしようかと」
「いらん、帰れ」
「まあまあ、そう言わずに」
「ふん、余の首を狙いに来たか。全く、そんな身の程知らずに育てた覚えはないぞ。ユリウスならともかく、お前が余を殺せるか?」
「さあ、それは試してみないとわかりませんよ」
「子といえど、余に楯突くなら殺す」

 その言葉を引き金に、へガンドウルムは剣を振るう。しかし、その全てが受け流される。

「どうしましたか?父上、剣に冴えがありませんよ」
「お、前……お前は、誰だ?」
「アーシャですよ。自分の子供を忘れるなんて薄情な父親」
「ふざけるな。アーシャが余の剣を受けられるはずなかろう!」

 そう会話を交わしている間にも、剣は交わる。本来であれば部屋が大破しても可笑しくないが、アーシャの受け流しが恐ろしく精度が高く、周りに被害を出すことはなかった。

(殺す前にこの体を試してみたかったけど、これじゃあ物差しにもならないな……レオと善戦したとはいえ、所詮は力に振り回されただけの小物か)

「もう、いいや」
「何をーー」

 へガンドウルムはそれ以上言葉を続けることができなかった。その口には、アーシャの剣が突っ込まれ、見事に喉だけを潰した。

 そして、アーシャは目も止まらぬ早技で、へガンドウルムの四肢の腱を切り裂いた。

(ば、馬鹿な! 早すぎる)

 へガンドウルムは崩れ落ちながら、そんなことしか考えることができなかった。

「さて、さっさと継承を済ませるか」
「うっ!!」

 煉獄の炎を身に纏おうとするヘガンドウルムだが、それはうまくいかない。炎は強く揺らめく。

 レオンハルトにやられたトラウマもあるが、それだけではなかった。まるで煉獄そのものが、ヘガンドウルムに逆らっているかのようである。

 へガンドウルムは、動かせない四肢を引きずって、なんとか扉の方へ擦り寄る。その姿はまさに芋虫そのものだった。

 しかし、アーシャはそんなことは気にしない。へガンドウルムの背中を踏ん付けて、その背中を切り裂いた。

「あぁあ゛!」
「ごめんね。君には何の恨みもないけど、継承のために必要なことだから」

 切り裂いた傷口に、アーシャは手を突っ込み、心臓を鷲掴みにする。

 そしてーー心臓を取り出した。

「あ.....あぁあ……」

 その声を最後に、大陸最強はその命を散らす。

 そして、アーシャの手には、未だに鼓動を続ける心臓が握られていた。アーシャはその心臓を高く掲げ、それに合わせて心臓の方へと顔を動かす。

 心臓の下で口を大きく開き、そしてーーそれに握りつぶした。

 溢れんばかりの鮮血はアーシャの口に収まり、そして喉を通り身体中を駆け巡る。

 ドクン!

 胎動を感じたアーシャは大きく目を見開く。
 これで、継承は完了する。この瞬間を持って、煉獄の炎は、アーシャ・ルドマリアのものとなった。

「全く、イカれた一族だ」


 ◆

 帝国には、5つの騎士団が存在する。それぞれの騎士団団長には二つ名が与えられ、その名で騎士団を呼ぶこととなっている。

 現在の騎士団長はそれぞれ心眼しんがん鮮血せんけつ厭世えんせい無頼ぶらい隻腕せきわんの5人である。

 そして、そんな5人が集まり、これからの話をしている。

 まず口を開いたのは騎士団団長筆頭、心眼の異名を持つ男だった。

「陛下が敗北した。じきに継承が行われるだろう。それについて、何か意見があるものいるか?」

 美しい金髪を伸ばし、後ろで一まとめにしている男、心眼。しかし、彼の目は長らく閉じられており、見ることはできない。

 そんな心眼の返事をしたのは、血のような赤髪を伸ばし、騎士とは思えない真っ黒なドレスコードを着ている女性、鮮血である。

「意見も何も、だたの事実じゃないの。そんなくだらない話をするために私たちを集めたの?」
「いや、そうではない。重要なのは、陛下が敗北した点だ。煉獄を持つ陛下を破れるほどの相手。警戒せずにはいられないだろ?」
「でも、そいつ死んだんだろ? 今陛下が首を探せてるらしいけど」

 そこで話にわって入ってきたのは、灰色の髪と灰色の瞳を持ち、無性髭をはやした、いかにもだらしなさそうな男、無頼である。

「さて、それはどうだろう? 陛下に勝るほどの相手。警戒するに越したことはないだろう?」
「そうだけどさー……心眼の旦那よ。生きてるかどうかもわからんやつをどうやって警戒すんだよ」
「それを話し合うために集まったのだろ?」
「話にならないわ。そもそもそっちの二人はなんも話さないじゃない」

 鮮血が言っているのそっちの二人とは、もちろんの残りの騎士団長、厭世と隻腕のことである。
 厭世は薄暗い紫の髪をもつ小柄な女性。しかし、その髪はあまりに長く、その顔をほとんど見ることはできない。

「……死にたい」

 ボソっと、そうこぼす。

「相変わらずのようだな」

 どうやら、厭世が死にたいというのは一度や二度ではないらしい。そして、残された最後の一人、は、

「……どうでもいい……けど」

 ドス黒い殺意が溢れ出る。

「……レオンハルト・ライネルは、が殺す」

 しかし、残りの四人はそんな隻腕の様子を気にする素振りを見せない。

「こっちも相変わらずらしいわよ。人選ミスじゃない? こんな奴らが団長で」
「まあ私も思うところはあるが、実力は確かだ」

 会議が進む中で、とある騎士が扉を叩く。

「し、失礼します!」
「どうした?」
「こ、皇帝陛下が、亡くなられました!」
「「はあ!?」」
「どういうことだ?」

 皆の心のうちを、筆頭騎士団長の心眼が代弁する。そして、慌て蓋めいた騎士は、爆弾発言を投下する。

「アーシャ殿下が皇帝陛下を殺し、煉獄を継承されました!それに合わせて、帝位への即位を宣言!それに対しユリウス殿下が反発!現在二大勢力に分かれ、帝位争いが始まりました」
「「「……」」」

 会議室中に沈黙が流れる。

「……どうやら、我々も態度をはっきりさせる必要があるようだ。騎士団としては、ユリウス殿下をしーー」
「アーシャ殿下につくわ」
「……何?」

 心眼はユリウスにつくと発言しようとしたが、鮮血はそれを遮り、アーシャにつくと宣言。

「どういうつもりだ? 鮮血」
「だって、煉獄を継承したのはアーシャ殿下でしょ? だったらアーシャ殿下につくわ。まだ殺されたくないもの」
「しかし、正当な後継者はユリウス殿下だ。それを曲げては帝国は乱れる」
「もう乱れてるでしょ?」
「……」

 黙り込む心眼。そこで口を開いたのは、無頼だった。

「おれはユリウス殿下につくぜ。アーシャ殿下が煉獄を引き継いだとはいえ、やっぱユリウス殿下の方が遥かに優秀だからな」
「あっそ。そっちの二人は?」

 鮮血に名指しされる厭世と隻腕。しかしーー

「……死にたい」
「どうでもいい」

 返ってきたのはどうでもいい返答だった。

「ったく、こいつらは!」
「皇国、教国が弱まった今だからこそ、一丸にならなければいけないのに……嘆かわしい」

 今、帝国にも波乱が巻き起ころうとしていた。

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