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動乱・生きる理由

第11話 東

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 広大な平野。飛び交う怒号。耳をつく衝突音。憤怒、怨嗟、呪言を全て飲み込んだこの世の地獄。すなわち、戦場である。

「撃ててえええええ!!」

 司令官の指示で、魔法が打ち込まれる。轟音が響き渡り、一瞬遅れて怒号が放たれる。それが繰り返される。これが戦場である。

 現在、帝国軍と皇国軍が衝突しており、戦局は過激化していく。おしているのは、帝国軍。皇国軍中央が押され気味であり、左翼に関しては完全に押し込まれていた。

 だが、ここまでは作戦通り。

「今だああ! 突撃いいいい!」

 どことなく現れた奇襲部隊。その中核を担うのは、ドバイラス伯爵である。凶獣とまで呼ばれた彼は、まさに獣顔負けのスピードと速させ攻撃を繰り返す。ナタを振るうたびに首が飛んでいく。

 ドバイラス伯爵の猛攻により、敵右翼の退路が絶たれた。

 タイミングを見計らったかのように、皇国軍中央が息を吹き替えし、帝国を押し返していく。

 その中に、レオンハルトの姿もあった。

「第2射準備! 第1射、撃てえええ!」
「第3射準備! 第2射撃てえええ!」

 他の魔法部隊の3倍の速さとそれ以上の威力で放たれる魔法矢。敵だけでなく味方すらも恐れ慄かされる。

「あいつら、バケモンかよ」
「俺、手出さなくてよかったって心底思ってる」
「そりゃお前だって股間が惜しいだろ」
「女がなんでここまでやれる!! どうなってんだ?!」
「かっけええ!」

 魔弓騎士の殲滅力は一際輝いていた。こういう大規模戦闘の花形だからな。

 しかし、魔弓騎士ばかりが評価されて、魔戦騎士たちも気が気ではない。

 だからだろうか、溜まりに溜まったフラストレーションを放つかの如く、戦場を駆ける。そして、いつの間にか、魔戦騎士が突撃する場所には敵がいなくなっていた。

(ここまでは予定通り……だが)

「「「なあ!?」」

 皇国軍右翼に、突如矢と魔法の雨が降り注ぐ。

「があああ! な、なんだ!?」
「いてー、いてーよ」
「何が起こってんだ!! クソが!」

 皇国軍右翼が甚大のダメージを受けた。ありえない方向からの攻撃。だからこそ、兵士たちも油断していたのだろう。

 東から、砂塵が舞う。その砂塵が晴れた先に現れたのはーー


 ーーの旗を掲げた軍である。


「な、なな、なんで」
「おい! なんで教国軍がいやがるんだ!」
「知るか!! とにかく避けろ。またくるぞ!」

 皇国の優勢が崩れた瞬間だった。


 ◆


 そのころの総大将のハリス候爵は、ちょうど報告を受けているところである。

「ひ、東より、神聖アルテミス教国軍が出現! その数、およそ1万! うち、神聖騎士団員500!」
「ばかな!」

 参謀の男は慌てる。それもそのはず。作戦を立てたのは自分だから、これを想定するのも自分の仕事。総大将が全ての責任を負うといっても、自分の責は免れない。

「は、反撃を! すぐさま反撃を」
「いや、退却だ」
「そ、総大将?」
「全軍に通達せよ。我々の負けだ。敗走するぞ」
「「「なあ!?」」」

 あっさりと負けを認めるハリス侯爵を、兵士たちはありえないものを見るような目で見ていた。この戦での敗北は何を意味するのかがわかっているからだ。

 ここまで攻め込まれた上でに、帝国と教国が手を組んだとなれば一大事。

 このまま下がれば、皇国は三大強国から外れるだろう。そう思うと、兵士たちはなかなか動けなかった。

「早うせんか! 今にも兵が死んでいるのだぞ!」
「「「っは、は!」」」

(死ぬなよ、小僧)

 こうして、戦場にドラの音が鳴り響く。敗戦を告げる音である。


 ◆


「いやあ、うまく行きましたねー先輩。やっぱ皇国はアホばっかですよぉ」
「……そうだな」
「帝国と組むとか馬鹿じゃないのって思ってたけど、案外悪くないですね。少なくとも皇国の猿どもよりはよっぽどマシですぅ」
「……そうだな」
「先輩、どうしましたぁ? さっきから『そうだな』しか言ってませんよぉ」
「……皇国の動きがおかしい」
「おかしいってなんですかぁ? ミアにはアホがタップダンスを踊ってるようにしか見えませんが」

 ミアと名乗るピンク色の髪をツインテールにした少女は、白地に蒼の刺繍が施されたマントを纏っていた。

 これは教国の最高戦力、神聖騎士団の一員であることを示す。

 つまり、この少女は若くして神聖騎士団の一員であるということになる。しかも、ただの団員ではなく部隊長クラスである。

 その少女が先輩と呼んでいたのは、ミアと同じマントを羽織り、白手袋をつけ、眼鏡をかけたいかにもインテリそうな男。

 男の名はモーリアム。この教国軍の総大将を担うものである。

「撤退が早すぎる」
「意気地なしだからでしょ」
「それでは説明がつかん。皇国の将軍は猛者ばかりだ。この局面での敗北が何を意味しているのか、わからないはずがない」
「じゃあ、なんです?」
「さー、そこまでは私もわからーー」
「「っ!!」」

 二人の会話を遮るかのように、矢が飛んでくる。魔法の矢である。矢が教国軍の中央に命中し、爆発する。爆風があたりに撒き散らされる。

「撃てぇえええ!!」

 こちらに突進してくる一団がいた。その先頭には、赤黒い鎧を纏った青年。歳のわりに、妙に貫禄を感じさせる青年である。

「へー、ちょっとタイプかも」
「全軍臨戦体制を取れ!! 敵襲に備えよ」


 ◆


 レオンハルトたちが、教国軍と接触する1刻ほど前のこと。

 撤退命令を受けて、中央軍が撤退を余儀なくされ、レオンハルトたちも退却をしている最中だった。そこへ、ある伝令兵がやってきた。

「ライネル子爵に伝令です! 殿としてこの場に留まり、教国軍を足止めしせよ!」

 無茶な命令である。1000人の部隊で万の大軍を足止めするなど、死ねと言っているようなもの。

 しかしーー

「承知した」

 レオンハルトはあっさり承諾した。とはいえ、これは決して計画のうちではない。

(この場での殿。ハリス候の命令ではないな。明らかに使い潰す気だ……誰かは知らんが、どうも俺が邪魔らしい)

「どうなさいますか、レオンハルト様」

 シリアがそうレオンハルトに尋ねる。

「……何、罠なら食い破るまで」
「お供します。どこまでも」

 そう言って笑みを浮かべるシリア。

 こうして、レオンハルトたちは教国に対して、突撃を仕掛けるのだった。


 ◆


 接敵する前に、できるだけ数を減らしたい。そう思ったレオンハルトは、魔弓騎士たちに魔法を撃たせる。

 それが功を奏したのか、敵はかなり混乱しているようだ。足止めとして十分役に立っているのだろう。

 だが、その中でとある一団が抜き出る。戸惑うことなく、こちらに真っ直ぐに向かってくる一団の人数は、およそ500。

「神聖騎士団か」
「大した練度ですね」
「ああ、シリアは回りこめ。お前なら気づかれずに突破できるはずだ」
「しかしーー」
「こっちは問題ない。リンシアもいる」
「……かしこまりました」

 そう言ってシリアは馬と共に姿を消した。

「総員戦闘準備! 倒すことに拘るな! 俺たちの役割や足止めだ。いくぞ!!」
「「「おう!」」」

 こうして、神聖騎士団とライネル領兵の衝突が始まった。

 とは言ったものの、ライネル領側は戦う意思が薄く、ヒットアンドアウェイで神聖騎士をその場に止める。おかげで死者はおろか、怪我人すら出ていなかった。

 戦う気のないライネル領兵を見た神聖騎士たちはだんだんイラついていく。

「どういうつもりですぅ? 戦わなければ勝てませんよぉ」

 ミアがレオンハルトにそう尋ねる。

「勝てずとも良い。俺たちの役割は足止めだからな」
「そんなこと言ったって、本隊が追いついたら足止めもクソもありませんよぉ。みんな仲良くお陀仏ですぅ」
「さて、それはどうかな?」
「ムー。何よ、偉そうに。大体ーー」

 ドン!

 ミアの言葉を遮るかのように、大地が揺れた。それも、一回じゃない。

 ドドドドドドド!

「何? なんなのよもう!」
「言っただろ?俺たちの役目は足止めだって。あんたら神聖騎士団の足止めをな」

 教国がやってきた東側。そのさらに東から、馬が地を駆ける地響きが鳴り響く。その先にいたのは、大軍。皇国の旗を掲げたおよそ10000の大軍がやってきていた。

 しかもーー

「オラオラオラオラオラ! 教国ってのは腰抜けばっかか? もっと掛かってこいよ、玉無しどもがぁ!」

 先頭を駆けるのは赤髪を靡かせ、双剣を縦横無尽に振り回すガタイのいい男。

「せ、セベリスだ! 護国の三騎士が現れたぞ!!」

 護国の三騎士ーー皇国軍元帥・剛剣のセベリス、参戦。

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