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動乱・生きる理由
第10話 予覚
しおりを挟む「ーーこうして帝国軍右翼を誘い出し、別動隊がそこを叩きます。退路を断てれば完璧ですが、出来なくても構いません。その隙に中央が反撃に出て、敵軍右翼よ孤立させます。右翼さえ壊滅させれば、あとは掃討戦です」
天幕の中で、参謀らしき男が作戦の説明を行っていた。広い天幕には軍を指揮する立場の者たちが集められており、その中にレオンハルトの姿もあった。
「以上です。質問はございますか?」
次々と飛び出る質問に参謀の男が答え、そうして議論は広げられていく。最終的には、作戦のいくつかの点が修正され、軍の方針が決定した。
そこで、総大将のハリス侯爵は締め括るために言葉を発する。
「久方ぶりの大きな戦。敵は忌まわしき帝国。敗北は許さん!必ず勝利をおさめよ!!良いな皆の衆!」
「「「おおう!」」」
熱気に包まれる天幕の中で、ただ一人の男が冷静のままだった。その冷静さはここでは際立って見えたのだろう。ハリス侯爵は不愉快そうに話しかける。
「ライネル子爵よ。そなたはなぜ声を上げぬのだ。ワシに不満でもあるというのか?」
「いえ、そのようなことは。ただ、少々気になることが」
「何だ? 気になることとは?」
「本当にこの作戦で良いのでしょうか?」
「なに?」
ハリス侯爵の声は冷えていく。作戦にケチをつけられたと思ったのだろう。実際ケチをつけているのだが。
「どこが不満というのだ? 戯言だったら承知せんぞ?」
「……帝国軍の動きが不自然です」
「どこが不自然だというのだ?」
「あまりに遅すぎます。国境を超えてからの動きが。国境を越えるまではこちらが察することもできないほどの速さで進軍していたのにも関わらず」
「……ふむ」
「本来ならば、この地にすでに帝国軍が到着してもおかしくありません。いえ、むしろ到着してない方がおかしいというべきでしょう。攻める側の最大の利点はタイミングを自ら選べること。相手に準備をさせる間も無く押し切る速さが利点です。その利を捨ててまでゆっくり動かなければならない理由があるはずです。そこもわからずに作戦を立てるのはリスクが高すぎるかと」
「……一理あるな」
しかしーー
「そんなもの、帝国の犬どもが怖気ついたからに決まっておろうが!我が皇国の威光に恐れ慄いたのだろう」
ハリス侯爵が考え込む前に声を上げたのは、アグリル子爵である。かつて、レオンハルトの叙爵式にケチをつけたあのアグリル子爵。
「ハリス侯! このような無能の言葉に耳を貸す必要はありませんぞ! かの者は姑息な手で爵位を手に入れた小物。ハリス候が気にかけるほどのものではありませぬ。帝国の犬どもは、このわしが必ず蹴散らしてくれようぞ」
「……シュヴァルツァー閣下とマーサラ候の意見が聞きたい」
ハリス侯爵はすかさず二人の副大将に意見を求める。
「気にはなるといえば、気になるが……」
「言われてみれば、という感じですね。まあ、考えすぎだと思いますが」
二人の副大将の返事は曖昧なものだった。決断するのは総大将ということだ。
「……作戦の変更はない。このまま遂行する! 各々準備を進めるように!」
「「「っは!!」」」
こうして、軍議は幕を閉じた。
◆
天幕を出たレオンハルトは、すぐさまシリアを呼び寄せた。
「シリア、『朧月夜』をひとり、東に送れ」
「東ですか? かしこまりました」
シリアが去っていくと、ドバイラスがやってきた。
「どうしたってんだ? なんかあんのか?」
「さあー」
「さあーってお前」
「確証も何もないからな。ただの俺の勘だ」
「……お前の勘は当たるからなぁ~。ちなみにどんな?」
「今回は本当にわからん。そこかしこに地雷が埋まってる気分だ。苛烈な戦が待っているだろう」
「っは、穏やかな戦争なんてあんのか?」
「それもそうだな……気をつけろよ、ドバイラス。お前でも危ない」
「おうおう、そりゃ怖い。さっさと準備するとしようかね」
そういってドバイラスが去っていく。これで終わりかと思いきや、予想だにしない来客がやってきた。
ハリス侯爵である。
「小僧」
「これはこれはハリス候」
礼をとるレオンハルトを、ハリス候は制する。
「先程は見事であった。実はワシも同じ考えだ」
「ほう? では、なぜ作戦変更されなかったのですか?」
「……此度の戦には、内通者が紛れ込んでおる。それを炙り出すための戦争でもあるのだ」
「なるほど……でしたら、それを私に話してもいいのですか? 私が内通者だったらーー」
「あそこであれを言い出せるお主なら、内通者はないと踏んだ。そもそも、あの練度の兵を抱えた内通者なら、どんな作戦も無意味だろう。内側でひと突きされたらあっという間に壊滅するわい」
「……光栄です」
「この軍には内通者の容疑がかかった将軍が全て集まっておる。それを見極めるのはワシの役目だ。お主は背中に気をつけることだ」
「ご忠告、痛み入ります」
「うむ」
そういって、ハリス侯爵は去っていった。
これで終わりだろうと思ったレオンハルトは、自らの天幕にある椅子に腰をかけ、紅茶を一口啜ると、今度は新たな訪問者たちがやってきた。今日はよく人に訪ねられる日だ。
「よう、レオ」
「お邪魔します」
「邪魔するわ」
「お? いいもん飲んでんな。一口くれよ」
「……」
騒々しい声を響かせならが、5人の少年少女が天幕に入ってくる。ディール、フレデリック、エルサ、バース、カーティアである。
「なぜお前たちが、ここにいる……」
(前にも、こんなやりとりがあったな)
「親父に無理矢理」
「僕も、父が副大将だからね。手がいくらあっても足りないよ」
「私は別に……」
「おれも父上の都合だな」
「……いちゃ悪い?」
顔を赤らめたエルサとカーティアを見れば、なぜ来たのか一目瞭然だろう。バースとディールのために戦場までついてくる少女たちの逞しさたるや。
「まあ、いい。個人的な事情は俺がどうこういうことではない」
「さっすがレオ、話がわかる。そんじゃー邪魔してくぜー」
「……いや待て、お前ら。なぜ俺の天幕に集う」
別の場所に集まればいいだろう、そう言いたげなレオンハルト。しかしーー
「だって司令官クラスじゃないと天幕もらえないだろ?」
「うん。それに、レオの天幕は広いしね」
「サボりにはもってこいだぜ」
男子3人が悪びれもなくそう言い放つ。
「はあ~」
ため息しか出ない、レオンハルトであった。
◆
夜が更けていき、誰もが寝静まったであろう時間帯。レオンハルトも熟睡していた。しかし、その安眠を脅かすものがいた。漆黒の装束を纏い、銀色の髪と深紅の瞳をした女性である。
彼女は、レオンハルトお抱えの隠密部隊、「朧月夜」の一人である。
「レオンハルト様」
「……帰ったか」
「はい、調査結果を報告いたします」
「ああ、頼む」
そういって上体を起こし、体を女性の方に向ける。そこへ、音も立てずにシリアが現れ、ともに報告を聞く。
◆
報告を受けたシリアは驚きのあまり、口があんぐりとあき、声すら出なかった。様々な訓練を積んだ彼女がここまで驚くのは珍しいだろう。それだけ報告の内容が衝撃的なものだったということだ。
「ご苦労。下がっていいぞ」
「っは」
そういって女性は音も立てず消えていく。まるで朧のように。
「シリア」
「っは、はい!」
「手紙を書く。ライネル領にいるマルクスと、皇都のスラム街、そして皇帝陛下宛だ。手配を頼む」
「は、はい! ただいま!」
シリアが忙しなく動くそばで、レオンハルトはこれからの展望について考えていた。
(勘が当たったというべきか、当たってしまったというべきか……いずれにせよ、ただでは終わらんな、これは)
再び、不安を予覚する。
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