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動乱・生きる理由

第9話 凶獣

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 ライネル領より遥か東側の国境付近の平野にて、仰々しい一団が陣を張っていた。戦前であることが容易にわかるほど、緊迫した空気が漂っていた。ラインクール皇国の軍である。

 帝国軍3万の侵攻に備え、皇国はこの地に3万5000の兵を集めるように動いた。内訳は、皇国正規軍2万に加えて、貴族軍1万5000である。

 軍の総大将は、正規軍将軍であるハリス侯爵。その副将はフレデリックの父親であるマーサラ侯爵。また、貴族軍代表は四大公爵家の一角であるシュヴァルツァー公爵である。

 現在その地で、全軍の集結するまで待機していた。といっても、未だ到着していないのはたった一人の部隊である。

「全く! 若造目が! このワシを待たせるとはいい度胸じゃないか」
「まあまあ、ハリス候。彼も学園から辺境に帰って色々忙しかったのでしょう。まだ予定の時間でもありませんしね」
「ふん! そもそも学生風情がなんの役に立つ。奴らがいなくとも勝利するのは我々だ! そうだろうマーサラ侯」
「ははは……」

 白髪を靡かせた傷だらけの大男、ハリス侯爵の愚痴を笑って誤魔化すマーサラ侯爵。気まずいのだろう。そこへ一人の男が話しかける。

「いやはや、愚息が申し訳ないね。ハリス侯、マーサラ侯」

「「閣下!」」

 貴族軍代表であり、この皇国軍の副大将でもあるシュヴァルツァー公爵である。

 ちなみに、なぜ公爵なのに総大将ではないかと言うと、軍を動かすときの総大将は必ず皇国軍の将軍位についているものでなければならないからだ。

 シュヴァルツァー公爵は皇国軍に所属しておらず、この戦争には私兵とともに参加する故、総大将にはなれない。代わりに貴族軍代表兼副大将をやっているわけだ。

「いえ、閣下が気にするようなことではありません」
「そういってもらえると助かる……だがまあ」

 シュヴァルツァー公爵の視線は、遠方からやってきた一団に向けられていた。

 その数およそ1000。銀の地に赤い模様が施された鎧、白銀の剣には藍色の紋様が施されていた。馬はその銀色と対比を成すかのような、漆黒の毛並みを纏っており、その目は魔獣であることを示す真紅であった。

 他とは一際異なる風貌を漂わせた一団。その先頭には、赤黒い鎧を纏い、巨大で漆黒な偃月刀を持った青年がいた。

「来たようだね」
「……ふん」

 シュヴァルツァー公爵の言葉に、ハリス侯爵はそっぽを向く。

「全軍が集結し次第軍議を行う!」

 しかし、仕事はちゃんとこなすようだ。






 レオンハルトたちが到着すると、すぐさま不躾な視線を浴びせられる。

「あれが噂の豚軍か」
「豚公子の軍で豚軍とか、名付けたやつセンスねー」
「うるせー!」
「見た目だけ綺麗に取り繕ってたって、弱兵なのがバレバレだ」
「全くだ。鎧と武器が新品じゃないか。実戦の経験がないのが目に見えてる」
「役立たずの亜人に加えて女までいるじゃねーか。人手不足でもそりゃねーだろ」
「いいじゃねーか。亜人でも女は女だ。夜はたっぷり楽しませてもらおうぜ」
「お? あの子かわいいね」

 侮蔑、色欲、怒りなどなどの感情が込められた視線を浴びるレオンハルト一行。レオンハルト自身は別にどうと言うことはないし、その他の騎士たちもこれといって感情をあらわにするようなことはなかった。

 とはいえ、この視線はいただけない。女性たちに向けられた視線が特に不愉快だ。ここらで一つ思い知らせてやろう、そう思ったレオンハルトだがーー

「おうおうおう、随分といい御身分じゃねーか! レオンハルトよ。遅刻か?」

 ハリス侯爵のにも負けない剛面の大男が、怒鳴り声かと思われるほどの大音量でレオンハルトに話しかける。背中にはその巨体以上に大きなナタが背負われていた。

「おい、あれって」
「ああ、間違いない。ドバイラス辺境伯だ」
「凶獣のドバイラスだと!? いたのか!」
「あいつ死んだな」

 そう周りが騒つく。凶獣のドバイラスといえば、実力は護国の三騎士クラスと言われるほどの実力者。だが、そのあまりの凶暴さに、皇帝ですら手を焼いているという。

 一説によると、ある戦場で敵兵を一人残らずにしたという。その上全ての敵を上から一刀両断したため、熟練の騎士ですら、その戦場では嘔吐せずにはいられなかったらしい。

 そんな凶獣のドバイラスに目をつけられたレオンハルトはといえば、

「いや、時間通りだ。それよりその無駄にでかい声は何とかならんのか。耳障りだ」
「「「!!」」」

 周りに動揺が広がる。

「おい! あいつ死にてーのか!?」
「馬鹿だ。完全に馬鹿だ」
「死ぬなら一人で死ね! 俺らを巻き込むな!」

 散々な言いようであるが、レオンハルトは気にしない。話題の中心にあるもう一人の人物といえば、

「かぁっかぁっかぁ! そりゃ無理な相談だ! なんせ俺の二つしかねー取り柄の一つだからな」
「それは取り柄じゃない。そもそも貴様に取り柄があったのか?」
「手厳しいね。さすが『戦場を駆る黒曜の戮者』は言うことが違う!」
「そのダサい名でよぶな。そもそもあれは貴様が名付けたのだろうが」
「おう! いいネーミングセンスだろ? 俺様のもう一つの取り柄だ!」
「やはり貴様には取り柄などなかったな」

 しかし、当のドバイラスは気にする様子を見せず、それどころか歓談を開始してしまった。これには周りも戸惑いを禁じ得ない。

「おい、あいつら仲良さそうだぞ?」
「いやいや、豚と凶獣だぞ? 餌と捕食者がどう仲良くなるってんだよ」

 そんな周りに戸惑いには目もくれず、ドバイラスは話を続ける。

「にしても、またお前と肩を並べる日が来るとはな。オレは嬉しいぜ」
「ああ。性格はともかく、実力は確かだからな。頼りにしてるぞ」

 実を言うと、レオンハルトが13歳になった年に、ドバイラス領で一度超大型なスタンピートが起こったことがある。複数のダンジョンが溢れ、それに加えて魔の大森林も同時にスタンピートを起こし、空前絶後の大スタンピートが発生した。

 その時に、ドバイラスは近隣の領主たちに増援を求め、そこにレオンハルトも呼ばれていた。

 持ち前の速さを活かしたレオンハルトは、真っ先にドバイラス領に単身で乗り込んだ。乗り込んだ時点で、ドバイラス領兵はすでに壊滅状態であり、領主のドバイラス以外は全員戦闘不能になっていた。

 そこにレオンハルトが参戦し、徹夜の戦闘を経て、たった二人でさせた。とはいえ、極大魔法すら使用した二人にとって本当にギリギリの戦いであった。

「……お前との殺戮の日々は楽しかった」
「そんなのない。適当こくな」
「オレたちは互いに背中を合わせ、戦場をかけた」
「聞けし」
「お前のあの残虐非道な戦いっぷりは見事だった」
「おい、語弊があるぞ。俺はーー」
「敵対したものに容赦なく斬りかかり、命乞いをものともしなかった」
「獣に背を見せればやられるのはこっちだ」
「敵の股にも容赦なく斬りかかり、あれはオレもどうかと思った」
「余裕がないときは急所を狙う。常識だろ?」

 二人はスタンピートの話をしているが、とてもそうとは聞こえない。知らない人が聞いたら、その人を人とも思わない言動に恐れ慄くだろう。

 現にどんどん不穏になっていくドバイラスとレオンハルトの会話を聞いた周りの兵士は、冷や汗が止まらない。特に最後ら辺はずっと股間を抑えながら震えていた。

 そして、いつの間にかレオンハルトたちに視線を向けるものはいなかった。というより、あからさまに視線を逸らすようになった。

「おーい、ドバイラス。軍議の招集だ。早く来い!」
「おお! 今行く。では、またなレオンハルト」
「ああ……感謝する」
「気にすんな。中央のボンボンどもは知らんが、北の辺境貴族はみんなお前の味方だ」

 そういってドバイラスは去っていった。粗野に見えて、こう言う細かい気配りができるのは、一種と取り柄なのではないだろうか、とレオンハルトは思ったのだった。

 ただし、その日を境に、レオンハルトの二つ名が一つ増えることとなる。

 股間クラッシャー、と。

(あの野郎……)

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