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学園・出逢いは唐突に

SIDE 皇国皇帝(憂鬱)

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 皇国の皇城たる一室、俗にいう執務室で皇国のツートップが集まっていた。時は夜、国民の多くが就寝しており、城の中でさえ、寝ずの番の騎士以外は皆眠りについていた。

 こんな時間までなにをしているのか、というと、当然人に聞かれていはまずい話をするためである。

「手がかりなしか」
「ええ、全くもってしっぽが掴めませんなぁ。やりおる。5年もたっておるのに、気が長い事ですなぁ」

 5年前の帝国の侵攻によって明るみになった裏切り者、または内通者の存在。しかし、それが誰かまでは特定できずにいたのだ。

「どこまで洗った?」
「おおよそ洗いましたぞ。残っておるのは、アグリル子爵家、メーライド伯爵家、ローカム伯爵家、マーサラ侯爵家、ティルミス侯爵家ぐらいですな」
「……大物ばかりではないか」

 レオンハルトのクラスメイトであるエルサの実家がローカム伯爵家。そして、同じくクラスメイトであるフレデリックの実家がマーサラ侯爵家。合格発表の当日にレオンハルトに突っかかってきたカーティアの実家がティルミス侯爵家である。

 なんの因果か、その多くがレオンハルトのそばに集まっている。

「……もしかしなくても、これの中に内通者がいるのか」
「……その件なんですが、どうも妙でして」
「妙、とな?」
「この中に内通者がいない可能性もございます」
「いない? ……軍部に内通者がいないということか? では5年前の事件をどう説明する?」
「……」
「……言ってくれ」
「……非常に申し上げにくいのじゃが、軍部を動かせるのは軍家だけではございません。個人でも同等の役割を果たせるものがおります」
「おい、それって」
「護国の三騎士でございます」
「馬鹿な!?」

 皇国の最高戦力が内通者、と言われたら皇帝も落ち着いてはいられない。珍しく取り乱したご様子。

「あくまで可能性じゃ」
「可能性であろうとこれは看過できる問題ではない!」
「とはいえ、我らが打てる手などありませぬ。護国の三騎士を処分しては国が揺らぎますぞ」
「……」
「……」

 長い沈黙が訪れる。皇帝は頭を抱え、机に伏した。とても他人には見せられない姿だが、この部屋には宰相しかいないから問題はなかった。

 先に沈黙を破ったのは皇帝だった。

「……容疑者は?」
「確定ではございませぬが、消去法で行きますと……シュナイダーですな」
「……理由を聞こうか」
「アークはわしが貧民街で拾ってきた捨て子じゃ。拾ってきた頃は、1歳にも満たさなかったほどの赤子じゃったから、彼奴が間者という可能性は低かろう。セベリスも、代々皇国に仕えてきた騎士の家系じゃ。彼奴の祖父の代からわしは知っておる。なんなら彼奴が赤子の頃に一度抱いておるのじゃ。アークほどではないが可能性は低かろう」
「……だからシュナイダーか」
「ですな。彼奴だけが平民上がりですし。身元は特定できておるが、そのぐらいの工作は造作もなかろう……とはいえ、まだ確定事項ではありませぬ。どうぞご放念ください」
「……ここまで言われて、放念などできるか」
「おや? 陛下はこの老骨の戯言にも耳を傾けてる余裕がお有りとは、わし感激じゃ。つきましては、こちらの仕事もお願いしたいのじゃが」
「……勘弁してくれ」

 ここぞとばかりに宰相は皇帝を責め立てる。これぐらいしか、彼にとっての娯楽はないのだから当然かもしれないが。

「さて、陛下よ。戦争が近づいて参りました。そろそろ皇太子の任命をなさらねばなりませんぞ」
「わかってる……しかしなぁ、どうしたものか」
「困り果てたご様子ですなぁ」
「困り果ててるのだ、まったく。なぜ、あやつらはこの国のことが考えられんのか。内輪で揉める場合ではなかろうに」
「それが皇族、ひいては貴族のさだめでございますゆえ」
「……」

 現在の皇帝には、4人の子供たちがいる。

 第一皇子クリストファー、第二皇子レギウス、第一皇女ケイシリア、第二皇女オリービア。このうち、次期皇帝の座で争っているのはなんと、オリービアを除いた皇子皇女全員である。

 第一皇子クリストファー。優秀であり、聡明でもある。順当に行けば彼が次期皇帝となるはずである。しかし彼は正妻、つまり皇后の子ではなく、第二王妃の子である。そのことが彼の足枷となっていた。

 さらに、彼は生まれつき病弱ゆえに武術を嗜まない。本来ならそれでも問題はないはず。なんせ現皇帝がそうなのだから。

 しかし、それは比べる相手がいない場合の話である。第二皇子レギウス。正妻たる皇后の子であり、生まれつき剣の才に恵まれていた。このまま鍛え続ければ護国の三騎士にもかなうのではないか、とまで言われている。

 武がなくとも問題はないが、武があることに越したことはない、というのが皇国の考え方である。特に軍家ではそれが色濃く反映されている。

 そして、この二人と争うのが第一皇女ケイシリア。彼女自身はそれほど優秀というわけではない。無論無能というわけではないが、クリストファー、レギウスと比べるとどうしても見劣りしてしまう。

 しかし、彼女を皇帝に推すものたちは存在する。国を思う優しい心を評価したそうだ。そして、その勢力たるや、3人の帝位候補者の中で最大である。

 それもそのはず。なんせ、彼女は四大公爵家のうち二家から支援を受けているのだ。その家こそが、西の雄リングヒル公爵家、そしてレオンハルトの実家でもあるシュヴァルツァー公爵家である。

 特にシュヴァルツァー公爵家は、嫡男であるテオハルトがケイシリア皇女と婚約まで結んでいる。ケイシリアが皇帝となれば、テオハルトもその夫、そして側近として腕を振るえる。シュヴァルツァー家の更なる発展を遂げること間違いなし。

「今、世継ぎを決めてしまっては国が割れかねない。まだ、決断することはできん」
「御三方ともに引くきがないからのう……これもやむなしか」
「全く、少しはオリービアを見習って欲しいものだ」
「オリービア皇女は皇族の中でも特に異質じゃからのう。皇女でありながら剣を求める。皇女でありながら強さを求める。それ以外には目も向けずにひたすら鍛錬を積み重ねるのみ。歴代でもこれほどの皇女がおりましょうか」
「……オリービアが参戦すれば丸く収まると思うか?」
「無理でございましょう。確かに、素質だけを見ればピカイチじゃ。他の3人とは比べ物にならん。手本があるのではないかと疑うほどじゃ。しかし、今更オリービア皇女を推すものもおりますまい。四大公爵家が意思表明をした以上、他の貴族もおいそれと鞍替えできませぬ」
「……全く」
「いっそう帝国との戦争を利用しても良いかもしれませんなぁ。一番の戦功をあげた者がが次期皇帝、とか」
「そうしたらレギウスが勝つであろう?」
「いいえ、そうとも限りませんぞ」
「どういう意味だ?」

 ここで宰相が顔を歪ませ、実に愉快気に笑った。その顔には一切の邪気が感じられず、こうしてみると孫思いの優しいお爺さんにしか見えない。

「オリービア皇女について、気になる知らせがございます」
「お前はいつもそうやって勿体ぶるな」
「たまには年寄りの長話に付き合ってもばちは当たりませんぞ」
「たまにではなく、いつもだろうが」
「ごっほん、続けるぞい。オリービア皇女は先日、街へお忍びで出かけたそうじゃ」
「あの娘ならそれぐらいやるだろ? 別に珍しくもない」
「それが、そのお忍びにとある人物が一緒におりまして。あ、ちなみに男じゃぞ」
「なに?……つまり、どういうことだ?」
「平たくいうと、デート、ですな」
「……そのものを今すぐ連れてこい。斬首を下賜してやろう」
「まあまあ、そう怒ることでもありませんぞ。いずれ嫁に出す娘じゃ」
「だからと言ってどこの馬の骨とも知れぬ男とデートさせていいはずがないだろう!?」
「その男は陛下もよくご存知ですぞ」
「ここで勿体ぶるな……さっさと言え」
「……ほっほっほ。レオンハルトの小僧じゃ。陛下がオリービア皇女の降嫁候補としておったのじゃろう?」
「なに? ……どういう繋がりだ?」
「はて、そこまでは。まあ、大凡の検討は付きますがな」
「……学園か」
「でしょうなぁ。二人は学園で偶然出会い、そして惹かれあった、と。なかなかロマンチックですなぁ。これが運命というやつかのう」
「……」

 皇帝は思考のために、会話をやめる。そして考える。どうするのが最善か。そして出した結論が、

「放置だな」
「おや? よろしいので? ここで二人がくっつけば、次の戦で一等功間違いなしじゃ。それなら、帝位の話も現実味が帯びてくるのじゃろ?」
「そうかもしれんが、オリービアは帝位には興味がない。ならば無理しても結果はついてこん。あの子に関しては、自然なままに任せた方が良い気がするしな」
「……陛下がそういうのなら……わしはてっきり娘を外にやらんためかと思っておったぞ。この後に及んで尻込みしたか、と。いやあ、よかったよかった。陛下なりのお考えがあっての発言じゃったか。これはこれは、早とちりしてしまってお恥ずかしい。穴があったら潜りたいのじゃ」
「……」

 宰相の言ったことが、全て的外れというわけではない。

 むしろ一番真相に近い。それをわかっていながら、これ見よがしに騒ぎ立てる宰相には、皇帝もなんとも言えない顔をしていた。

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