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学園・出逢いは唐突に

第14話 麗剣

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 レオンハルトの突然な敗北宣言に、シュナイダーは戸惑う。

「……いいのかい、それで? ていうか、なんで?」

 転がり込んだ勝利に、シュナイダーは喜びよりも困惑が勝っていた。

「あー、構わない。最後の魔法、あれは体の外へ放った攻撃性の魔法だ。ルール違反で俺の負け。それでいい」
「……いうほど攻撃的でもないじゃない?」
「この足を見ても同じことが言えるのか?」
「……うわぉ」

 レオンハルトの右足は、完全に折れていた。それどころか、肉が僅かに潰れているようにも見えた。

 咄嗟の判断たったため、魔法の範囲をコントロールしきれなかった。そのせいで、超重力はレオンハルトの身にも働き、体の一部を潰しかけた。

 シュナイダーが同じ空間いたら、同じく体の一部が潰れていただろう。

 これは、十分攻撃性が高い魔法と言える。

「俺をここまで追い込んだのだ。誇っていいぞ」
「……なんか、あんま勝った気がしないだけど。あと、レオ君偉そう。僕、これでも、護国の三騎士」

 なんだかスッキリしない終わり方に、シュナイダーはぼそぼそと愚痴を溢す。

 しかし、ひとまず決着がついたことは間違いない。そこで、すかさずオリービアが駆けつける。

「レオ君! ひどい怪我! 早く治してもらって!」
「いや、俺よりもシュナイダーの方が重傷だ」
「ん? あー、僕はいいよ。ほら」

 そう言ったシュナイダーの体には傷どころか、戦いの粉塵すら一つついていなかった。まるでかのように。

「なるほど、便利な魔法だな」
「そうでもないよ。色々制約があるし」

 二人はナチュラルに会話を始めたが、そのへ保健の先生がやってくる。親睦会の時にシュナイダーが引っ張ってきた金髪美人である。

「全く……あんたはどうしてこうも問題ばっか起こすのよ」
「僕の魅力に、トラブルちゃんがメロメロなんじゃない?」
「必死に口説いてるの間違いじゃないの?」
「細かいことは気にしないでよろしい」
「……レオンハルト君。肩と足の傷見せて。治すから」
「あ、はい。お願いします」

 そう言ってレオンハルトはシュナイダーに目を向ける。

「シュナイダー」
「ないだい?」
「お前の魔法。今度こそ教えてもらおうか」
「レオ君ならもう見当がついてるんじゃない?」
「……時間を書き換える魔法か」
「うーん、ほぼ正解。どっちかというと、時間を記憶する魔法かな? 時憶魔法って僕が勝手に呼んでるだけど」
「制約があると言っていたな。どんな制約だ?」
「教えると思う?」
「大体の見当はついてる。答え合わせぐらいさせてくれ」
「全く、レオ君はわがままさんなんだから」

 やれやれ、と首を振り、わざとらしく両手を上げるシュナイダー。
 その仕草に、レオンハルトは無性にイラっとしてしまう。

「この魔法はね、僕自身と無機物限定で、ある特定の時間帯を魔法で記憶し、記憶した時間帯に戻すことができるんだよ。ただ、現在から離れれば離れるほど、戻すことが困難だし、記憶してる間はずっと魔力を消費する。あと、無機物の場合は手を叩くことがトリガーになってるんだよ」
「応用が効く魔法だな。他の時間系魔法よりも魔力消費が少ないだろ? それ」
「それはそう。時間を止めたり、巻き戻したりするよりかは魔力消費が少ない。なんせ、大まかな時間の流れには逆らっていないのだからね」

 時間を止める、もしくは巻き戻す場合はいわば世界の時間軸を歪めるようなもの。それに魔力を消費していたら、いくらあっても魔力が足りない。

 しかし、シュナイダーの魔法はある時点の物体の状態を記憶し、現在を上書きするだけ。言うなればバックアップを作る魔法である。そのため、魔力はそれほど消費が多くない。

 わかりやすく例えるなら、川がいいだろう。川を流れる水を逆流させたり、止めたりするよりも、川の水を掬って、それをまた川に戻す労力の方が少ないに決まってる。

「そう言えば、レオ君の魔法はなんだい? こっちは皆目見当がつかないよ」
「教えると思うか?」
「えー、こっちは教えたのに。ずるいぞ!」
「はぁ、全く、わがままな奴だな」

 今度はレオンハルトが同じことをやり返す。例にもれず、シュナイダーの方もイラっとしてしまう。

「重力魔法だ。重力を増幅させたり、逆に弱くすることもできる」
「なるほど。そっちの方が応用が効くんじゃないか? 羨ましいよ」
「まあな」

 ここで一旦戦闘の振り返りが終わる。それとほぼ同時にレオンハルトの治癒が終わる。静まりかえった訓練場内に保健の先生、ミリア先生の声が響く。

「これで治療完了っと。流れた血は戻らないからしばらくは安静するように」
「了解です。ありがとうございました」

 治療が終わると、シュナイダーは一瞬にして真剣な表情へと変化する。そして、レオンハルトに向き直る。

「レオくん。ちょっとこっちにおいで」
「なんだ、急に?」
「いいから」

 いつになく真剣なシュナイダーに、レオンハルトも従わずにはいられなかった。二人で訓練場の中心を離れ、端の方へと進む。


 ◆


「レオくん……君、本当にあれで全力?」
「なんだ? 藪から棒に」
「いやぁ、どうも君からは真剣みを感じないんだよね」
「……お前は、俺が真剣勝負で手を抜くと思ってるのか」

 いきなり険悪な雰囲気になる二人。

「いんや、そうはいってない。君は本気だったと思うよ。でも、真剣じゃなかった」
「なんだそれ? どこが違う?」
「……レオ君、君は強いよ。でも、真剣さがまるで伝わってこない。真剣に生きようとする意志が」

 続くシュナイダーの言葉に、レオンハルトは僅かに驚く。

「君はその年で、のかい? だとしたら勿体ないよ」
「……何を根拠に」

 シュナイダーの言葉は、的確にレオンハルトを突き刺す。
 確かに、今のレオンハルトには生きる理由がない。

 今も昔も、レオンハルトがーーいや、アレクサンダリアが生きているのは彼女のため。
 彼女との約束を違えないためだけに、彼は生きている。

「剣を交えて、よくわかった……君の強さの奥には、信念がない」
「……」
「みんな真剣なのさ。生きるのにね。リンシアも、ディールも、エルサも、バースも」
「……」
「真剣に生きないと見落としちゃう景色だってあるよ……空っぽの強さじゃあ、張りぼての強さじゃあ、失うばかりだよ」

 最後の言葉だけ、妙に実感がこもっている。そうレオンハルトは感じた。

ーー信念、信念か

ーー俺にだって信念はあった

ーーでも、なんの役にも立たなかった

ーーだから、真剣に生きる理由は、俺にはない

 レオンハルトは、深くため息を溢す。そして、天を仰ぎ見ながら、問う。

ーーなぁ、クラウディア

ーーあの約束、まだ続いているのか?

『生きて、幸せになって。約束してほしい』

ーー結局俺は、生きることしかできなかった

ーーこれは、約束を違えたことになるのか?

 そう思った途端、目頭が熱くなった。だが、涙は流れない。代わりに、彼女のうるさい声が聞こえた気がした。

ーーあー、うるさい、うるさい

ーーわかった。真剣に生きてみるよ

ーーちょうど今、その理由ができかけたところだ

 少し離れた場所で、レオンハルトたちを不安げに見つめる少女。
 彼女だけは、オリービアだけは守ってやらねばならない。そんな気がした。

「……まさか、あんたから諭されるとはな。シュナイダー……感謝するよ」
「……あはは、その言い方は傷つくんだけどなぁ」
「傷つくようなメンタルを持ってた方が驚きだ」

 ここでシュナイダーの話は終わる。そう二人は認識し、再び訓練場の中心へと戻る。

 しかし、実はシュナイダーの内心はひやひやしていた。

(あっぶない! まじで危ない! 危うく予定がパーになるところだった!)

 実はシュナイダーは、レオンハルトと会った瞬間から、彼に生きる気力がないことを察していた。そして、それは過去の自分と重なるものがあった。だから、放っておくことができず、今回の勝負を仕掛けたのだ。

 先生らしく説教したのも、どうにか彼に生きがいを見つけてほしいから。しかし、勝負に勝たなければ、その予定はすべて無に帰してしまう。

(あんだけ強かったら、別に僕が介入しなくてもよかったかも? まあ、いっか。どうせ、は別にあるし)

 これから起こることを思い描きながら、シュナイダーは小さくほくそ笑む。しかし、それ気づく者は誰もいなかった。

 ◆

 二人は会話を終わらせ、オリービアたちの元へ戻る。

「どんな話だったの? 顔色悪いよ。大丈夫?」
「ああ、問題ない」
「問題があるようにしか見えないだけど……」

 そんな二人の会話へシュナイダーが乱入する。

「そうそう、レオくん! 罰ゲーム、ちゃんと覚えてる?」
「……そういえばあったな、そんなもの」
「僕が勝ったわけだし、レオくんには言うことなんでも一つ聞いてもらうよ」
「約束は約束だ。しっかり守るよ」
「それじゃー僕のお願いを発表します! ドキドキ、ワクワク!」
「早くしろ」
「もう、ノリ悪いねぇ……ごっほん。では、レオくんにやってもらうのは! 明日1日、オリービア皇女とデート! パチパチパチ」
「「「……は?」」」




「どうしてこんなことになるんですか!?」
「シー、静かに。バレちゃうよ」

 街角のワンシンに映るのはシュナイダーとアリスの二人である。大きな声を上げるアリスをシュナイダーは嗜める。なんせ二人は今、絶賛尾行中なのだ。

「しかし! オリービア様が護衛もつれずに街中で男とデートなんて! 陛下にバレたらどうするのですか!?」
「大丈夫大丈夫、ちゃんとバレないようにしてるから。まあ、バレたらバレたで、陛下は許してくれると思うよ。それに護衛ならいるでしょ? ほら、ここに」
「……護国の三騎士が護衛ならこれほど頼もしいことはない、だと言うのに、あなただとどうしようもなく不安になってしまうのは何故でしょう」
「お? レオくんたち、レストランに入ったよ」
「聞いてないし」

 今の二人の格好はまさに不審者。二人はお揃いのロングコートをきており、シュナイダーはサングラスと黒のパナマハットまで被っている。

 全身黒ずくめと言ういかにも不審者じみた二人だが、それでもシュナイダーが素顔で歩くよりは目立たないでしょう。

 さて、レオンハルトたちに続いて入店しようとした瞬間。

「こらぁ! さっさと運ばんか! この無能が」

 道路一面を響く怒鳴り声。それを向けられた相手は、なんと年端もいかぬ少女だった。ただし頭には独特なケモ耳が生えていた。

「てめー! いくらしたと思ってんだ! しっかり役立ちやがれ!」

(亜人の少女、ですか。そんな小さな子供に手をあげるなんて、みっともない。醜悪至極)

 少女に殴る蹴るなどの暴行を仕掛ける男に、アリスは遠慮なく侮蔑の視線を浴びせる。

 しかし、そう思っているのはアリスだけであり、街行く人たちは日常茶飯事かのように振る舞っている。実際、日常茶飯事なのだろう。

 今まさに止めに入ろうとした瞬間。背中に悪寒が走る。

 シュナイダーは明らかな怒気を孕んだ顔で男を見据える。彼がここまで怒りを顕にしたのは、アリスにとっては初めてのことだった。

「しゅ、シュナイダー様?」
「ちょっと、ここで待っててくれないか? 少し、野暮用ができたようだ」

 そう言ってシュナイダーは男の方へ、いや少女の方へと近寄る。そして、少女の元へ辿り着き、片膝を立てる。

「おらおらおら! しっかり立ちやがれ!」
「ちょっといいかい?」
「あぁ? なんだてめー」
「君、大丈夫かい? ほら、回復のポーションだよ。飲みなさい」
「おい! 何を勝手にーー」
「奴隷の扱いは奴隷法できちんと定められているはずだよ。亜人だからと言ってそれを犯して言いはずがない。違うかい?」

 少女がポーションを飲んだのを確認したシュナイダーは、男の方を睨み付ける。

 サングラスが僅かに下にずれて、シュナイダーのアメジストの瞳が露わになる。

「はっ。何を言い出すかと思えば……亜人は所詮畜生! 奴隷ですらねーんだよ! 家畜をどう扱おうが俺の勝手だろうが」
「……皇国法に抵触する発言、奴隷法を破る数々の行動。彼女に謝罪し、騎士団本部へ出頭しなさい」
「はっ。あんなハリボテな法で捕まるかよ! 実際それで捕まった奴なんてほとんどいねんだからよ!」
「おい! なんだこの騒ぎは!」

 たまたま、見回りの騎士が二人騒ぎを聞きつけて近寄ってくる。

 男が見回りの騎士を見た瞬間、ニヤリと頬を歪ませたのをシュナイダーは見落とさなかった。

「おう、よくきてくれた。騎士さんよ、そこの男が言いがかりつけてきた困ってたんだよ。なんとかしてくれよ」
「君、それは本当か?」
「僕は今気が立ってるんだ。口の利き方に気をつけなさい」
「なっ! なんだその言い方は! 騎士に向かってーー」
「ば、ばか!」

 聞き取りを行ってる騎士の頭を押さえつけながら、もう一人の騎士も頭を下げる。

「し、失礼しました! シュナイダー師団長!」
「「師団長!?」」

 頭を押さえつけられた騎士も、少女を殴っていた男も驚きの声をあげる。

「そこの彼が奴隷の少女に暴行を加えていた。証人は僕がなろう。少女を保護し、その者を連行しなさい」
「し、しかし、奴隷に関する取り扱いは原則に所有者にあります。どう扱おうが問題はないはずです」
「その原則は公序良俗に反しないがぎり、と但書がつく。僕は、暴行を加えていたと言ったはずだよ」
「ですが、人間ならいざ知らず、亜人に暴力を振るうことが公序良俗に反するようなことはーー」
「亜人だろうが、この国の国民であることに変わりない。違うかい?」
「し、しかし」
「それとも何かい? 君はその男に袖の下でも渡されたのかい?」
「め、滅相もございません!」
「それは騎士団本部で弁解しなさい。そこの君、彼も連行しなさい。僕もあとで本部に顔を出そう」
「え? あ、は、はい! 了解しました」
「おい!」

 頭を下げさせた方の騎士が、もう一人の騎士もろとも男を連行して去っていった。それを見届けたシュナイダーはアリスのもとへ帰る。

「アリス嬢、お待たせ~。デートの続きと行こうか」
「あ、はい」
(デート? あれ? 今日はオリービア様の護衛できたはずでは?)

 いつの間にかシュナイダーのペースに巻き込まれたアリスだが、シュナイダーとのデートを続けるのだった。
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