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学園・出逢いは唐突に

第12話 強者

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(これは、予想以上に厳しい戦いになりそうです)

 心の中でアリスは強がっているが、実際厳しいどころの騒ぎではない。

 レオンハルトが言ったことが本当なら、こちらの手の内は知られているとと思った方がいいだろう。

 しかし、こちらはレオンハルトの底を全く見抜けていない。この事実がアリスの心をえぐる。

(強い……だが、わたしも引くわけには行きません!)

「今度はこちらから行くぞ」
「っ!!」

 陸跡魔闘術ーー歩跡・凩

 レオンハルトの姿が、掻き消える。

(どこへ!?)

 アリスは大いに驚いていた。あれほどの大きな武器を持っていながら、自分を凌駕するスピード。瞬間、アリスは背後に悪寒を感じる。

 間一髪のところで魔法を発動させる。先ほど投げた短剣に付着した残りの魔力を頼りに、無理やりその場から離れる。

「ほう、避けたか。便利なものだな、双換魔法は」
「……」

 アリスには、レオンハルトに言葉を返す余裕はなかった。止まることを知らない冷や汗、激しい動悸、目の前が揺らぐような頼りなさを覚えていた。

(あの場にいたら、わたし、死んでいた?)

 無論レオンハルトにアリスを殺す気などさらさらないが、一気に強者から弱者への転落がアリスにそう錯覚させている。

 この状態では戦うことすらままならないだろう。

 それでも、アリスが降参しないのはひとえに意地によるものだろう。皇女を危険に晒すわけにはいかない、その一心でアリスは今立ち続けている。

 揺らぐ足下に目を向けるアリス。情けない、と自嘲し、再び視線をレオンハルトのいる方向へ向けた時、すでに黒月を構えたレオンハルトは目の前にやってきていた。

(や、やばい! 避けなきゃ!)

 しかし、そんなアリスの思いとは裏腹に、彼女の足はびくともしない。それどころか、足が震え続ける。ついに最後の意地も砕かれ、彼女は立ち続ける力を失う。そのまま膝がおれ、地面へと座り込む。

 そんなアリスの顔のそばに黒月が通り過ぎ、そのまま訓練場の床に石突きの方から突き刺さる。それと同時に、おびただしい轟音をたてながら、床がレオンハルトとアリスを中心に陥没する。

「っあ」
「俺の勝ち、でいいよな」
「……う」
「う?」
「うわああぁあぁあん!」
「え?」

 余程怖かったのだろう。急に大きな声で、子供のように泣き出すアリス。

 それに戸惑うレオンハルト。そしてーー

「あぁあ、レオ君女の子泣かしちゃった~。いーけないんだぁ、いけないんだぁ」
「……茶化さないでくれ」
「うふふ、わかったよ……よしよし、いい子いい子」
「お、おりびあしゃま~」

 子供のように泣き喚くメイド、それをなだめる皇女、あたふたした黒髪の青年。なんとも奇妙な図がそこにあった。





 しばらくすると泣き止んだアリスだが、その顔は真っ赤に染まっていた。オリービアも相変わらずよしよししているので、レオンハルトが話を切り出すしかなかった。

「……すまない、少しやり過ぎてしまった。つい昔のことを思い出してな。本当にすまなかった! この通りだ!」
「……忘れて」
「はい?」
「今日のことは忘れてください! いいですか! ぜったい、ぜぇぇったい、誰にも言わないでください! いいですね! 誰かに言いふらしたら、なますにしますからね!」
「あ、ああ。それはもちろん。でも……」
「でも、なんですか!」
「いいえ、なんでもありません」
「よろしい」

 レオンハルトは何か言おうとするが、アリスのあまりの剣幕に思わず丁寧語になってしまう。

 それをそばで見ていたオリービアはーー

「うふふ、二人ともすっかり仲直りね」
「仲直りなんでしておりません! そもそも直す仲がありません!」
「それはそうと、レオ君ってとんでもなく強いよね。まさか、アリスがここまで手も足も出ないなんて」
「……」

 アリスが押し黙る。何か言おうとはしたが、今の状況でできる言い訳などない、と諦めた。

「腕にはそこそこ自信があるからな」
「ふぅん、まだ一年なのにやるねぇ。でも……」

 そう言ってオリービアがあたりを見渡す。レオンハルトが動跡・轟で作ったクレーター、そして何よりレオンハルトの最後に一撃で陥没した訓練場の中心へ目をやる。

「これはやりすぎだね」
「面目ない……」
「どうしようかなあ。この惨状」
「それなら大丈夫だ」
「大丈夫?」
「ああ、修理業者がすぐそこにいるからな」

 レオンハルトの言葉に呼応するように、1人の男が姿を現す。

「あはは、その呼び方は酷いんじゃないかなぁ。一応僕、教師だし」
「教師の仕事は覗きとは知らなかったな」
「流行に乗れてないねぇ。それに全然驚いてくれないし」

 そう言ってレオンハルトの背後から姿を現したのは、シュナイダーである。

「シュナイダー先生!?」
「麗剣シュナイダー!?」
「ごきげんよう、オリービア皇女殿下、アリス嬢。こんなところで会うなんて奇遇だね。ほらぁ、レオくん。これが正しい反応だよ。レオくんも二人を見習ったら?」
「そう思うならもう少し気配を隠すんだな。バレバレだぞ」
「これは手厳しい、あっは」
「そんなことより、訓練場をさっさと直せ」
「僕の扱い、ひどくない? 一応頼まれる側だよ、僕」
「今まで授業で協力してやっただろ。その分しっかり働いてもらわねば」
「抜け目無いねー。仕方ない、今回はサービスだよ」

 シュナイダーは前回同様手を叩く。

 すると、これまた前回同様空間が歪み、気付いたら訓練場が元通りに戻っていた。

「はい、いっちょあがり!」
「……すごい」

 アリスが感想をもらす。オリービアも内心同じ気持ちである。

 一方レオンハルトは、今の現象からシュナイダーの魔法を推測していた。

(空間か、時間に働きかけるタイプか……いずれにせよ、属性魔法では無いのは確かだな)

「僕の魔法が気になるかい?」
「まあな……教えてくれるのか?」
「うーん、やだ」
「一応聞いておこう。理由は?」
「今から戦う相手に手の内は知られたく無いからね」
「……ほう?」
「今から戦う相手に手の内は知られたく無いからね」
「誰も聞こえなかったなんて言ってない……目的はなんだ?」
「それ自分で考えな」
「……」

 レオンハルトはため息をつく。

(はあ~……全くこの教師は……生徒に戦いを挑む教師がどこにいる)

「ここにいるよ」
「心を読むな、まったく……だがまあ、悪くはない」
「でしょう?」

 なぜかレオンハルトとシュナイダーは通じ合っていた。

 二人とも、戦闘狂気質ある。強い相手が目の前にいる、それだけで戦いたくなってしまうのだ。

 しかし、そこで慌てたのはオリービアだった。

「ちょっと、シュナイダー先生!? 何を考えてるんですか!? 護国の三騎士である貴方が、一生徒のレオ君に勝負を挑むなんて。レオ君も! なんでやる気満々なの!」
「いやぁ~、それを言われると耳が痛いね」
「なんでって……そこ敵がいるから?」
「意味不明!」

 オリービアの言葉はまったく二人の心に響かなかった。

「レオンハルト様、考え直してください。相手は護国の三騎士ですよ。いくら貴方が強くても、万が一という場合があります。不本意ながら、あなたに何かあるとオリービア様が悲しまれます。オリービア様を悲しませないでください」
「……」

 その言葉は少しだけ、レオンハルトの心に響いた。オリービアを悲しませてはいけない、そんな義務感が湧き上がった。

 そのそばでシュナイダーはーー

「何々、アリス嬢はレオくんのことが心配なの?」
「そ、そんなことは……」
「レオくんばっかで僕の心配はしてくれないのかい?」
「……え?」
「僕だってレオくんと戦ったら万が一があっちゃうかもよ」
「そんなはずは……貴方は護国の三騎士なんですよ。学生に負けるなど、ありえません」
「まだ彼のことをただの学生だと思うのかい? 学園を首席で卒業したアリス嬢が、今更ただの学生に負けると?」
「それは……」
「とはいえ、彼の強さを測りかねてるのもわかるよ。でも、僕の見立てじゃあ、彼、うちの元帥より強いよ」
「「はい?」」

 オリービアとアリスの声が重なる。シュナイダーが何を言ってるのかわからないという感じである。

 それもそのはず。シュナイダーは、レオンハルトが護国の三騎士の一人である豪剣・セベリスより強いと言っているのだ。

 護国の三騎士の中で、明確な力の序列は存在しない。

 それでも、なんとなく序列を付けるとしたら、普通の人間は、アーク、セベリス、シュナイダーと答えるだろう。

 レオンハルトがセベリスより強い、ということはシュナイダーはレオンハルトの方が格上だと認めた、とオリービアたちは思っている。

 でも、実際はそうではない。剣術なら確かにアーク、セベリスはシュナイダーの上をいく。

 だが、こと戦闘においては、シュナイダーは他の二人に引けを取らない。いや、むしろ上回っているといえる。

 つまり今、レオンハルトたちの前にいるこの男こそがーー

 ーー皇国最強である。

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