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学園・出逢いは唐突に

第9話 教育者

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 シュナイダーが去り、訓練場に取り残された生徒たち。入学初日から色々なことが起こりすぎて、いまひとつ衝撃が抜けきれていなかったのだ。

 そんな中で、レオンハルトとリンシアだけは普通に話していた。

「そういえば、リンシアはなぜここにいるんだ?」
「……学園に通う」
「……それもそうだな。でも、傭兵稼業はいいのか?」
「.....うん、爺の遺言。学園に行きなさいって」
「そうか……すまない」
「……気にしない。天寿は全うした」
「そう……というか3年前、なぜリンシアたちは俺を狙ったんだ? あまり敵意は感じなかったが……」
「……噂。国境近くに、強い人がいるって」
「それだけ?」
「……うん、爺、そういうの、好きだから」
「あはは、確かにそんな感じがするな。でも、それをいうならリンシアもだろ?」
「……否定は、しない」

 そんな風に雑談していると、ディールら四人が神妙な顔で近づいてくる。そのうち、エルサとバースはなんとなく気まずそうだ。

「よう、二人とも。怪我はないか?」
「ああ、魔力で体を守ってるから早々怪我はしない」
「……右に同じ」
「そ、そうか。てか魔力で体を守るって何?」
「そのまんまだ。シュナイダーが教師ならいずれ習うかもな。その時は気張れよ」
「お、おう?」

 質問したディールだが、レオンハルトの言葉をいまいち理解できていないようだ。フレデリックもレオンハルトの言葉を飲み込もうと必死だ。そこにレオンハルトたちの強さの秘密があると思っているから。

 黙ってしまったディールとフレデリックを他所に、エルサが口を開く。

「あ、あのぉ……ちょっといいかしら」
「ああ、構わないぞ」
「あ、その、ご、ごめんなさい! 証拠もなしに貴方を裏口入学って決めつけちゃって! あと、頑張らずに入学したとか言っちゃってたし。本当にごめんなさい」
「オ、オレからも謝らせてほしい! 本当にすまなかった! 噂を鵜呑みにして、あんたを馬鹿にした。許されないことだけど、それでもすまなかった!」
「ああ、俺は別に気にしない」

「「え?」」

「こういった噂は信じたくなるものだからな。仕方ないさ。だが、今度からは気をつけるように。貴族界隈での噂は学院ほどあまくはないぞ。無闇やたらに信用してしまう大火傷するかもしれん。お前たちも、いずれ貴族となるのだ。今のうちに人を見る目を養っておくといいだろう。っといかんな、説教っぽくなってしまったか」
「「……」」
「ん? どうした?」
「……ゆ、許してくれるのか?」
「気にしていないと言っただろ。気にしてないことをどう許すというのだ」
「……そ、そうだよね」

 途端二人はすごく恥ずかしくなってしまった。謝る前よりもさらに顔を赤くして、下を向いてしまった。

 目の前にいるのは、とても同年代とは思えないほど立派な青年だ。その彼を無闇矢鱈に疑い、暴言を吐いてしまった。にもかかわらず、相手は気にしないと言っている。そのことが彼らになんとも言えない羞恥を与えていた。

 ある意味、これが1番の罰なのかもしれない。

「でもまあ、昔の俺の噂は事実だ。それを否定するつもりはない」
「……む、昔の噂っていうと……ぶ、豚公子の?」
「ああ。あの頃の俺もとんがっていたからな、色々悪さをしてしまった。あっ、でも女関係の噂は嘘だからな」
「そ、そうなんだ」

 そんなと言われても困るという感じの2人。そこで助け舟を出したのはディールとフレデリックだ。

「そう言えばお前ら、自己紹介まだじゃね?」
「僕たちも自己紹介はまだだったね」
「そういえばそうだったな。まあ、俺の場合は自己紹介する必要すらなかったがな」
「そうだったわね。じゃー改めて。ごっほん。エルサ・ローカムよ。入試は8位。実家は伯爵家。よろしくね」
「オレはバース・テルメア。入試9位。うちは子爵家だ。よろしくな」
「次はおれだな。ディール・アルハジオン、入試17位、実家は子爵家だ。よろしく」
「僕はフレデリック・マーサラ。入試1位。実家は侯爵家だよ。よろしくね」
「へー、あのマーサラ家のね。しっかし、入試1位って」
「凄すぎて嫌味にもかんじねー」
「あはは、嫌味じゃないからね」
「「い、イケメンだ」」

 さて、いよいよレオンハルトの番が回ってくる。

「レオンハルト・ライネルだ。入試20位。子爵。長いようだったらレオでも構わん。よろしく」
「……リンシア、3位、平民」
「おう、よろしくな、二人とも」

 レオンハルトが自己紹介を終えるが、その自己紹介にエルサが引っかかる。

「ちょっと待ちなさいよ……レオンハルト、あんた今、子爵って言ったわよね」
「それがどうかしたのか? 実家が子爵ってことだろ?」
「いや、子爵だ。ライネル家当主、レオンハルト・ライネルだ」
「え?」
「「「えええぇ!」」」

 リンシアを除く四人は酷く驚く。

 それもそのはず。この場にいる人間は貴族家の嫡男はいても、貴族はいないのだ。つまり、レオンハルトはこの中で一際身分が高いということ。

「あ、身分とかは気にするな。同じ学院の生徒だからな」
「いやいやいや! なんで成人前に当主になれるんだよ!」
「世襲ではなく、叙爵だからな」
「じょ!?」
「でも、陛下の勅命で、高等部を卒業しないと当主になれないんじゃないの?」
「ああ、だからこうして学院に通っている」
「……そういえば、五年前に未成年で叙爵された人がいるって、聞いたことあるような……」

 さすがは侯爵家のフレデリック。1人で答えにたどり着いた。

「五年前って、10歳そこらじゃないのよ!?」
「その歳で叙爵とか、バケモンかよ……」
「化物というのは言い過ぎではないか?」
「……実際そう」
「リンシア、君まで……」
「あははは」

 こうして、波乱の1年A組親睦会が終わりを告げた。奇しくも、シュナイダーの狙い通り、みんな少しずつ仲良くなっていたのだった。




 懇親会というなの大乱闘を終えた翌日。生

 徒たちにとっては激動の一日だったが、それでも授業はやってくる。午前中の雑学を終わらせたA組は、昨日と同じく訓練場に集合していた。

 整列した生徒たちの前に立つのは、シュナイダー、レオンハルト、リンシアの3人である。

 教師のシュナイダーはともかく、なぜレオンハルトとリンシアまで前に立っているのかというと、シュナイダーたっての希望である。どうやら今日はあれをやるらしい。

「は~いみんな注目! 授業を始める。さて、まずはみんなにやってもらいたい事がある。これができれば、間違いなく強くなれるよ。それは何か! ディール君! 答えてみたまえ」
「お、おれ?……えーと、筋トレとか?」

 実にディールらしい脳筋さ。

「残念! 惜しい、実に惜しい。確かに筋トレも大事だ。でも、それよりももっと重要な事がある! それこそ僕たち護国の三騎士がみーんなやってる事だ。さー、フレデリック君、何かわかるかな?」
「……魔力を纏う」
「大正解! そっ、魔力で体を覆う。もっといえば魔力を身体中に巡らせる。そうすることで、筋トレだけでは出せない強さが出るんだ。この2人みたいに」
「「「……ごっく」」」

 生徒たちは皆息を飲む。昨日の2人の強さが目に焼きついた生徒たちは、その強さの一端を知りたがっていた。

「というわけで、今からみんなには魔力回路を開通してもらう。これが超痛いんだよねぇ。嫌な人は言ってね。本当に痛いから。冗談じゃないよ、本当に冗談じゃないから」

 この人がいうと冗談にしか聞こえないが、痛いのは本当だろう。

 なんせ、隣に立つレオンハルトとリンシアが僅かながらも顔を歪めている。いつもクールな2人がこんな表情を見せるほど痛いのか、と生徒たちは思う。

「まあ、それを言われたぐらいじゃーやめないよね。知ってた、あっは……でもまあ、始まったら脱落者も出るだろう……半分残ればいい方かな」

 シュナイダーが恐ろしいことを呟く。それを聞いた生徒たちは、一層気を引き締める。

「そんじゃー始めよっか。2人とも手伝って」
「何をすればいいんだ?」
「みんなの体に魔力を流せばいいよ。その時、自分の魔力じゃなくて、相手の魔力を操ってね。でないと反発しちゃうから」
「……さらっと難しいことを言う」
「でも、できるんでしょ」
「まあな」
「よし、じゃーいくよう。レオくんと僕は男の子。リンシアは女の子をお願い」
「「了解」」

 訓練場に行列が三つできる。レオンハルトとシュナイダーの下には男子、リンシアの下には女子が集まる。一部の女子はシュナイダーの列に行こうとしたが、それを他の女子が阻む。

 レオンハルトは列の先頭の男子生徒を横に寝かせ、その腹部に手を当てる。

「では行くぞ」
「ああ、頼む」

 腹部に手を当てながらレオンハルトは彼の魔力を操作する。少しずつ、全身に巡らされている魔力回路に魔力を流す。

しかしーー

「いーたたたたた! ストップ! ストーーップ!」
「……なんだ?」
「はぁ、はぁ、はぁ……なんだじゃねーよ! それを言いたいのはこっちだ! くそいてーやねーか、これ」
「シュナイダーが言っただろ? 痛いって」
「つってもこれはねーだろ! 死ぬかと思ったわ!」
「そう言われても……」

 そんなこと言われても困る。なぜなら、その隣ではーー

「ぐああああぁぁ、むりむりむり! ギブ! ギブ!」
「はい、じゃー次の人」
「……」

 隣の列で、シュナイダーの指導を受けていた生徒も似たような反応を示す。無理と言っている人を無理やりやらせることなく、シュナイダーはすぐさま次の生徒の施術に入る。

 それをみた他の男子生徒も流石に絶句した。

「どうする? 続けるか?」
「……これ、どれぐらい続けなきゃいけない?」
「自力で流してるわけではないからはっきりは言えないが、1ヶ月以上は必要だろう。それでも最低限だ。魔力をスムーズに流せるようになるまでは1年以上かかるだろう。それまではこの痛みは続くぞ」
「……俺には無理だ」
「そうか」

 そう言ってその男子生徒は列から離れる。そして、次の男子生徒は怯えながら前へ出る。前の生徒を倣って横になる。

「よ、よろしくお願いします」
「ああ、では始めるぞ」
「いやああぁぁぁ! 無理! 無理だ! やめてくれ!」

 この調子でどんどん進み、そして次々と生徒たちは脱落していく。

 最終的に残ったのは、シュナイダーの予想を遥かに下回り、たったの4人である。その4人とは、ディール、フレデリック、バース、そしてエルサである。

 彼ら四人は他のクラスメイトと違い、レオンハルトに瞬殺されるのではなく、しっかり戦った。

 そして、自分の力が全く通用しかなった悔しさと、レオンハルトの力に対する憧れが彼らに痛みを耐えさせたのだった。

「4人かぁ。思ったよりも大分少ないねぇ」
「仕方ないだろう。あれは誰でも耐えられる痛みではない。根性、そして才能が必要だ」
「レオくんにしては優しい評価じゃないか」
「あの痛みを経験した身だからな。あと、元々そんなに辛口な評価はしてない……しっかりフォローしとけよ」

 生徒たちは、耐え切った4人も含めて、訓練場の隅で小さくなっていた。

 痛みに対する恐怖、自分の不甲斐なさに対する怒り、将来への不安、などなど感情が彼らをそうさせている。

「もちろんさ。先生だからね」

 そう言ってシュナイダーは生徒たちの方へと向かう。珍しく真剣そうだ。

 パンパン手を叩きながら、いつもの陽気な声で、

「ハイハイ! そう下ばっか向かないの! 暗くなってても始まらないよ。痛かったのはわかるけどね。でもね、あれができないからって強くなれないわけじゃない。強くなる方法は一つじゃないんだよ。十人十色。いい言葉だよね。みんなそれぞれの色を持ってるんだ。胸張っていこうよ。そもそも、あれを耐えられる人の方が少ないんだ。別に君たちが弱いわけじゃないよ。むしろ、この痛みを経験したからこその強みがあるんだ。この痛みより痛いことの方が少ないんだからね。それに、だ! 君たちは前途ある若人だ。今できない、イコール一生できないじゃぁない!僕も昔は耐えられなかったからねぇ。はい! 上を向いた向いた! みろ! 空はこんなに青いじゃないか! 青春してこうぜ!」

 蹲っていた生徒たちの目に次第に力が入る。まだ完全に戻ったわけではないが、これなら大丈夫だろう。そうレオンハルトは思っていた。

(思ったより少ないけど、これはこれでいい経験になった。これを乗り越えれば、彼らもきっと強くなれるよ。あはは、楽しみだぁ)

 ちなみに、シュナイダ―が「昔は耐えられなかった」というのは8才の頃の話だが、それは言わない方が生徒たちのためだろう。

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