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学園・出逢いは唐突に

プロローグ

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 前書き

 二章開始!
 少し暗い話から始めます……


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「ねー、見て。この花、すっごく綺麗ぃ……ねー、この花の名前、知ってる?」
「知るわけないだろう」
「あはは、だよねー。だと思った……この花はね、杜若カキツバタっていうの。花言葉はね、『幸せは必ず訪れる』。素敵だと思わない?」
「……別に」
「もう! またそういうこと言って! いつまでもそうしてると、幸せが逃げてくよ!」
「幸せは必ず訪れるんじゃなかったのか?」
「そういうんじゃないの! もう……ねー、。アレクにとって、幸せって何?」
「……お前の幸せ」
「あら、嬉しいことをいうんじゃない。でも、だぁーめ。それじゃー私が死んじゃったら、アレク幸せになれないじゃん」
「……死なせない」
「でも死ぬ時は死ぬ。人間は脆いから」
「……死なせない。絶対に死なせない。約束だ」
「うふふ……ねー、アレク。いつか自分の幸せを見つけてくれる? 約束だよ」
「……約束する。だから、それまで、死ぬなよ……クラウディア、俺を、一人にしないでくれ」
「あはは、しおらしくなっちゃって。アレクらしくないよ。ほら、笑って笑って」
「……やめろ」
「あはは、やめないもん!」





「は? 今何つった?」
「クラウディア王妃殿下が亡くなられました」
「は?」
「……クラウディア王妃殿下がーー」
「もういい……分かった」
「!!」

 陸跡魔闘術ーー威跡・覇

 常人ならショック死してもおかしくない覇気だが、目の前の男、軍の参謀たるこの人物は耐えて見せた。覚悟していたとはいえ、これはこたえるな、などと考えながら。

「引き続き報告します」
「もういい、喋るな」
「いいえ、報告しなければならないことは山ほどあります」
「聞きたくない。黙れ」
「いいえ、聞いてもらいます」
「……」

 男は言葉の代わりに、一層強く増す威圧を返した。

「聞いてください。陛下には、その義務があります。逃げないでいただきたい……逃げるな! アレク!!」
「っ!!」

 男は自らの武器である偃月刀を高く掲げる。そしてーー

 ーー地面に全力で叩きつけた。

 言葉にするとそれだけ。だが男がそれをすると、半径50メートル圏内の大地が全て陥没した。

 参謀の男はこの事態を予測していたかのように、予め部下達を避難させていた。

 男は地面に偃月刀を突き立て、両腕を組み、目を瞑る。

「言え」
「……それでこそ陛下です」

 参謀の男曰く、今戦っている敵国が密かに戦力を迂回させ、少数精鋭で王城に乗り込んだという。

 その際、王妃であるクラウディアを人質に取ろうとした。実際人質となったクライディア王妃は軟禁状態にされていた。

 ただ、それだけならまだ良かった。しかし、悲劇はここからはじまる。

 クラウディア王妃は美しかったのだ。それこそ、形容し難いほどに美しかった。地上でこれ良い美しいものはいるだろうか、そう思わせる美しさだった。

 その麗しい容姿が、見張りの兵士を狂わせる。軟禁された王妃と部屋へ押し入る兵士。
 しかし、この時点ですでに、クラウディア王妃は亡くなっていた。

 毒である。

 クラウディア王妃は自らの口に毒を含ませていた。自分がアレクの1番の弱点であることは自覚していた。だからこそ、人質にされるよりは潔く死を選ぼう、そう思っていた。

 およそ、王妃がする覚悟ではない。これぐらいの覚悟がなければ、大帝の妻など務まらないのかもしれない。

 だが、いざその時がやってくると、死を選ぶことをためらった。脳内をよぎるのは、アレクともに過ごした日々。その思い出が、クラウディアを思いとどめさせた。

 それでも、死という崖の崖っぷちに立っていたことは間違いない。その最後の一歩を踏み出させたのが、その兵士であった。

 クラウディアの死に気づいた兵士は大いに慌てた。そこへ運悪く、いつもより早くやってくる交代の見張り。その兵士は即刻処刑されたが、全ては後の祭り。

 クラウディア王妃が亡くなったことに気づいた留守の兵士たちは、たちまち敵兵を捕縛。そして、その連絡は王のもとに届けられる。


 ◆

 クラウディア王妃の遺体はベッドに寝かされていた。そのそばで、1人の男は涙を流していた。この光景が続くこと、三日。それでも止まることを知らない涙を止める方法を知るものはいるだろうか。

 本人は、その方法を知っていた。知っていて、それを今実行しようとしていた。

 クラウディア王妃のそばに寝そべって、自らの喉もとに短剣を突きつける。あとはこのままグサリといけば、涙も止まるだろう。

 さー、いざ。

 そう思ったが、首元に違和感を感じる。いつもの枕ではありえない感触。その理由を、おそらく男は察した。

 枕をめくると、そこには一通の手紙が。


ーーーーー

 愛しています。これまでも、これからも、来世までも、ずっとずっと。

 でも、ごめんなさい。約束を破ってしまって。私、悪い女だね。

 それでも、私との約束は守って欲しい。どうか、自分の幸せを探して。

 それが見つかるまでは、そうだなぁ。大陸統一でも目指してみる? アレクなら案外簡単に出来ちゃいそうで怖いなぁ。

 もし、もしもだげど。貴方が本気で愛せると思う人が現れたら、逃さないで、掴み取って。

 それで貴方が幸せになれたら、私のことは綺麗さっぱり忘れて、って言ったら逆に忘れられないかな?

 ごめんなさい。でも、なんて言ったら分からなくって、でも何かは言わなきゃいけなくって、何言ってるんだろう、私。

 とにかく言いたいことは、生きて、幸せになって。約束してほしい。

 いつまでもいつまでも貴方を愛しています。

ーーーーー

 宛名も何も書いていないその手紙が、男の最後ぼ防波堤を切り崩した。

 悲鳴のような慟哭が部屋中に、王都中に響き渡っていた。

 その悲鳴は声にすら、なっていなかったという。にもかかわらず、その日の夜、国民皆おぞましい泣き声で目を覚ました。

ーーなぜ

ーーなぜ、俺は涙を流している

ーーなぜ、お前が死んで俺がまだ生きてる

ーー王になったことが間違いだったのか? こうすればお前を守れると思っていた

ーーでも違った

ーーなぜ、お前が謝る

ーー約束を破ったのは俺だ。お前はなぜ俺を責めない。なぜ謝る

ーーお前が俺を責めてくれたら、どれほど良かったか

ーー俺は間違っていたのか

ーーああ、間違っていたとも。お前を守れなかったのだから

ーー本気で愛せる人を、俺は掴みとれなかった

ーーそうの結果が全て

ーー後悔

ーーこれが、後悔

ーー俺はきっと、正しくなんてない。全て間違っている

ーーならば、間違えた分の罰はしっかり受けねば

ーーそうだ、逃げてはいけない

ーーすまない

ーー俺、死を言い訳にした

ーー死ぬことで楽になろうとした

ーーすまない

ーー幸せになることは約束できない

ーーすまない、クラウディア

ーー俺、苦しもうと思う

ーーだがせめて、生きることは約束しよう

ーーああ、今度こそ、守るよ

ーーあとは、そうだ。大陸統一だったな。しっかりやっておくよ

ーーだがその前に、やらねばならないことがある


 慟哭の鬼の涙はすでに乾ききっていた。

 ならば、涙の代わりに血を流そう。

 そうでもしなければ壊れそうな気がしたからだ。もうすでに壊れているかもしれないが。

 その夜、鬼の絶叫を聞き、窓を開けて外を覗いた人たちがいた。
 
 彼らは目にしたのは、まさに鬼。

 涙の代わりに血を流し、声にならない悲鳴を上げ、深紅の馬にまたがり、街道を進む。月明かりすあら、不気味に赤く光っていたという。

 その狂鬼が彼らの王だと、その瞬間誰も認識できなかった。

 次の日の朝、王の失踪が報ぜられる。


 ◆


 1週間後、てんやわんやしていた王都に一報が入る。敵国の貴族が次々と降伏を願っているのだという。

 その原因は三日前にある。

 その日、都市が一つ、消えた。敵国の王都である。王都に住う王族も、貴族も、全て消えた、というより燃え尽きた。物理的に。

 上手く逃げおおせた人はこう言う。

 ーーあれは地獄だ、地獄の獄卒が煉獄の業火を引き連れて地上に出たのだ

 参謀の男は思う。ああ、彼の怒りを受け止めることはできなかったのか、と。

 都市丸ごと焼くほどの大魔法。誰がやったのか、と聞くものはまずいない。


 ◆


(クラウディア……許してくれなんて言えない……許してほしいとも思わない……それはきっと甘えだ……だが、せめて、償いはさせてほしい。それぐらいの権利は、俺にもある、のかな……ないかもしれないな……それもまた、甘えなのかもしれない……でも今更、それもどうでもいいのかもしれない……俺は、苦しむよ……お前の分の幸せを奪った俺の、俺だけの……権利なんかじゃない、義務なんだ……それでも、まだ甘えているのかな……そうだな、俺はどこまでも甘えていたのだ……もう俺に、甘える資格などないというのに……すまない。だが、これぐらいは許してほしい)

 王妃クラウディアの墓の前で、王は立ち尽くしていた。その墓には、一輪の、紫の花が飾られていた。

 花の名は杜若。花言葉は『幸せは必ず訪れる』。

(クラウディア……俺は……余は……)

 大帝の歩みは、ここから始まる。

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