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転生・蘇る大帝

第12話 登城

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 レオンハルトは皇都へとやってきた。つい3ヶ月ほど前に離れたばかりだが、こうも懐かしくなるものなのだな、とレオンハルトは安い感想を漏らす。

 この場でこれほどまでに落ち着いていられるとは、大物と言わざるを得ないだろう。なんせ、彼らは今皇城に登城していた。

 一般庶民は一生来ることのない場であり、誰しもが緊張で身を震わせる状況である。それを証明するかのように、後ろの2人は顔に緊張の色を浮かべていた。

「レオンハルト様は落ち着いておられますね」
「本当ですよ。なんでそんなに堂々といられるんですか。俺なんてさっきから目眩がしてならないのに」
「別に、緊張していないわけではない。多分」

 レオンハルトの後ろに付き従うは従者のセバスチャンと騎士団長のマルクス。2人ともレオンハルトと共にくるように命じられている。

 そんなこんなで話をしているうちに、謁見の間に到着した。

「陛下の御前ですので、くれぐれも失礼のないように」
「了解だ」

 レオンハルトの返事と共に、案内人が謁見の間の扉を開く。

 長く続く赤い絨毯、整然と並べられた柱。煌びやかな金色で縁取られ、一見して高貴さが伝わってくる。

 少し進んだところに、絨毯を挟み、向かい合うように貴族たちが並び立っていた。その中にはレオンハルトの父であるラインハルトの姿もあった。

 数段高く作られた中央の玉座に、皇帝が座っていた。そのそばには宰相、そして近衛騎士団長が立っていた。

 貴族たちの視線を一身に受けながら、皇帝の前まで進んだレオンハルトは、たちまち膝をつき、頭を下げる。

「レオンハルト・シュヴァルツァー、召喚に従い参上いたしました」
「遠路遥々ご苦労であった。面をあげよ。」
「はっ」

 顔を上げたのはレオンハルトだけ。後ろの2人は首を垂れたまま。

「本日そなたを呼び寄せたのは他でもない、帝国侵攻を退けた功を労うためである。よくやってくれた。あそこを突破されては皇国も危うかったであろう」
「もったいなきお言葉」

 淡々とやりとりをする皇帝とレオンハルトのそばで、貴族たちがどよめく。
 
 上位の貴族たち、つまり公爵家や侯爵家のものは知らされているが、その他の貴族たちにとっては寝耳に水。

「帝国の侵攻だと!?」
「そんなばかな!」
「なぜ軍家の儂がそれをしらん!」
「それよりも、今陛下は退けたとおっしゃならかったか?」

 ざわつく貴族たちに、皇帝のそばに立っている近衛騎士団長が、

「静粛にされよ! 陛下の御前であるぞ!」

 場は鎮まるが、貴族たちの心は穏やかではない。

「では、改めてそなたの功績を読み上げる。宰相よ」
「はっ。レオンハルト・シュヴァルツァーは北の国境の異変をいち早く察し、それに対応。ライネル領軍を指揮し、帝国軍およそ1万を見事退け、その際帝国将軍ケッツェル、並びに副官数名の首級を上げる」

 静まった貴族たちは再びざわつく。

「い、1万!?」
「そんなはずはない! それほどの大軍を国軍の支援なしで退けるなど」
「帝国将軍の首級!? あの子供が!落ちこぼれと悪名高いあの豚公子が!?」

 これにはさすがの近衛騎士団長も動揺したのか、貴族たちを嗜めることをしない。その代わりは、宰相が務めることとなる。

「静かに! 静かにせんか! ……全く、いい年した大人が情けない……」
「まあ、卿らの気持ちもわからんでもないが」

 宰相が嗜み、皇帝が共感を示す。飴と鞭というものだろう。

「ごっほん! では、改めて。レオンハルト・シュヴァルツァーよ、これらの報告は事実か?」
「概ね事実であります」
「ほう? その概ねというのは?」
「敵将ケッツェルを討ち取ったことは間違いありません。しかし、その副官は討ち取ったかどうかは定かではありません。私の魔法に巻き込まれたため、状況的に討ち取ったと判断した次第でございます」
「ふむ」

 聞きたいのはそれではない、といった感じの皇帝。

 そんな細かい報告ではなく、事実そのものを否定して欲しかったが、それは叶わない。

「そうであっても功績は功績だ。褒美をやらねばな。そなたには金貨5000枚、そして金十字勲章を授けよう」
「はっ! ありがたき幸せ」

 ラインクール皇国には9種類の勲章がある。一番下が星勲章ほしくんしょう、その次が十字勲章じゅうじくんしょう、そして一番上が翼勲章よくくんしょうである。

 それぞれが、上から金銀銅とクラス分けされている。

 つまり、レオンハルトがもらう勲章は上から4番目の勲章となる。

 ちなみに、ここ数年で翼勲章を叙されたものはいない。

「さらに、その武勇を見込んでライネル領を正式に任せよう。この場にて、辺境伯の位を叙する! 今後、ライネル伯と名乗るように!」
「っ!!」

 そして、皇帝がさりげなく爆弾を投下する。

 これには流石にレオンハルトも動揺を隠せずにいた。

 レオンハルトですらそうなのだから、後ろの2人は思わず顔を上げてしまい、あんぐりと口を開いたまま固まってしまった。

 そして、それは貴族たちもまた同じ。初めは皇帝のいうことを理解できなかった。理解したものたちは、自分の耳を疑った。それもそのはず。

 ただでさえ叙爵されることはこの上なく困難であり、多大な功績を上げても、爵位をもらえるものは少ない。
 もらえたとしても、男爵位からである。準男爵位からのものも少なくない。それをいきなり伯爵とするのだ。

 しかも、レオンハルトはまだ10歳。叙爵には若すぎる年であり、そもそもレオンハルトは公爵家の人間である。
 ラインハルトを含む四大公爵家の当主ですら、平静さを失っていた。他の貴族なら、尚更だろう。

「ラインハルトよ、これよりライネル領はレオンハルトの領地となる。良いな」
「は、はぁ~……陛下の御心のままに」
「お、お待ちください! 陛下! いくらなんでも、いきなり伯爵というのはやりすぎでございます!」
「アグリル子爵か……そなた、なぜやりすぎだと?」
「当然でございます! もとより叙爵というのは気安く行うべきことではありません! たった一度の戦勝では釣り合いませぬ! ましては伯爵など」
「しかし、ライネル領が帝国の手に落ちては、どこまで攻め込まれたかわからん。それを阻止した功績は大きいぞ?」
「そんなことはございません! たとえライネル領が落ちようとも、我がアグリル領は必ずや帝国軍を止めて見せます! こんな小僧にできることが、儂にできぬはずはございません。それに……」

 アグリル子爵がレオンハルトの方をチラ見する。その視線には侮蔑や嘲弄が含まれていた。

「それに、このものは皇国でも有名な落ちこぼれ! 豚公子などという別名を陛下も耳にしたことがございましょう。この豚のような体! 公爵家のものでありながら、クレリア子爵家の嫡男に決闘で敗北した男! まさに、貴族の面汚し! 同じ貴族として恥ずかしく思うほどでございます。これに負けたとなれば帝国軍も大したことはありません! 報告も虚偽のものに違いありません。このようなものが戦争に勝てるはずがございませんからなぁ。大方嫡子から外されたのをよく思わず、功績を出せばまた皇都に舞い戻れると考えたのでしょう。実に浅はか! このようなものは、叙爵どころか、死刑に処するのが皇国のためというのもの。そもそもーー」

 アクセルを踏み切って、止まることを知らないアグリル子爵。しかし、貴族の中ではそれを責めるものはいない。

 多くのものは同じ思いであり、僅かながらアグリル子爵の物言いを不快に感じたものやレオンハルトに同情を示したものも、ここで割り込もうとはしない。そして、なぜかそれを見守る皇帝と宰相。

 そんな中、1人の男の堪忍袋が大爆発していた。

「貴様ぁ! 貴様ごときがレオンハルト様を馬鹿にするなぁ!」

 マルクスである。戦場で一番近くでレオンハルトの戦いっぷりを、領民のために我が身を削る姿を見てきたマルクスは、すでにレオンハルトのことを心の底から尊敬していた。

「はっ、図星を疲れて逆ギレとは。これだから辺境の田舎者は。全く礼儀がなっておらん」
「このぉ……っ!」

 マルクスの動きがピタリと止まる。以前も感じたこの気配。あの時よりも遥かに薄く、僅かしか感じ取れないが、それでも世界そのものを思わせる気配を忘れるはずがない。

 陸跡魔闘術ーー威跡いせきはたがしら

「マルクス、控えよ。陛下の御前であるぞ」
「は、はっ! 大変申し訳ございませんでした。お許しください」

 マルクスは改めて頭をさげ、同時に冷や汗が吹き出る。しかし、この冷や汗は皇帝を恐れてのものではない。

「良い。主を思うことは良いことだ。今後も精進せよ」
「はっ。陛下のご恩情に感謝いたします」
「アグリル子爵もその辺にしておけ」
「は、はっ。失礼いたしました」

 アグリル子爵も謎の威圧感を感じ、戸惑っていた。

 離れていたはずの貴族たちの中にも、それを感じ取ったものは狐につままれたような顔をしている。だが、誰もレオンハルトから発せられたものとは考えない。

 しかし、皇帝と宰相は違う。

(なるほど、これは本物だな)
(ですなぁ。子供ながらすごい覇気じゃったわい)

 密かにアイコンタクトを交わした2人。そして、皇帝が再び口を開く。

「うむ。しかし、アグリル子爵のいうことも一理ある。初めから伯爵では他のものに示しがつかん。ライネル領の規模を考えると……子爵が妥当であろう。それで良いな、アグリル子爵よ」
「み、御心のままに」
「そなたも良いな、レオンハルト・ライネル子爵よ」
「はっ! 微力ながら陛下のご期待に添えるよう精進いたします」
「うむ! では此度の謁見はこれまで」
「ライネル子爵よ、速やかに退席されよ」
「はっ!」

 退室の許可を得たレオンハルトたちは、その場を後にする。行きの時に通った廊下を戻りながら、レオンハルトは思考の海に沈んでいた。

(やけにあっさり引き下がったところを見ると、最初から子爵ぐらいに落ち着かせようとしたのだろう。まあ、ライネル領を見ても、とても伯爵領とは言えんしな。しかし、それだけではない。あのアグリル子爵とかいう貴族を当て馬に使ったな。わざとこちらを怒らせて、様子伺っていた。なぜ? ああ、なるほど。皇帝も報告を信じ切っていたわけではないか。それを確かめるためにわざわざ……いや、まだあるな。ここで俺を叙爵することで、公爵家の嫡男に返り咲く可能性がゼロになったわけだ。元々戻るつもりなどないが、側から見たら違っていただろう。さらに、爵位を与えることで辺境に押し込む。500の兵で帝国を退けたんだ。それが事実だと確認できれば放っておくはずがない。帝国への防波堤として飼い殺す気か。なかなかにえぐいな。一石三鳥というわけか。いい策だ。考えたのは皇帝じゃない。あの宰相か)

 レオンハルトが宰相の策に感心していると、先ほどの衝撃から抜けたセバスチャンがーー

「……レオンハルト様、いかがなさいますか?」
「ん? 随分と抽象的な質問だな。どうするとは?」
「そう……ですね。失礼しました……私も聞きたいことがはっきりしたわけではありません……まだよく状況が整理できていないようです」
「そうか。まあ、やることは変わらんだろ。領主代理から領主になっただけだ」
「しかし、それでは公爵家に戻れません」
「元々戻る気などない……そういえば、セバスチャン。お前こそ、どうするのだ?」
「……どうとは? 随分と抽象的な質問をなさいますね」
「あはは、これは一本取られたか。なに、お前のこれからのことだ。俺についてくるか、公爵家に戻るか」
「……レオンハルト様さえよろしければ、お側に置いていただきたく存じます」
「ほう? 随分とあっさりだな。いいのか? 慣れ親しんだ公爵家を離れて、わざわざ辺境の小領主につくと?」
「はい、もとよりそのつもりでしたから。理由は聞かないでくださいね」
「ふふ、そう言われると聞きたくなってしまうではないか。理由はなんだ?」
「全く、この方は……理由なんてありませんよ。強いていうなら、勘ですね」
「勘か。これ以上ない理由だな。はっはっは」

 この日、レオンハルト・シュヴァルツァーはレオンハルト・ライネルとなった。

 齢僅か10歳。

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