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転生・蘇る大帝

第8話 深淵の底には

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 ラインクール皇国北の砦より、2日ほど離れた場所。
 この場所は元々大森林だったという。広い道路が一本、大きかった大森林を両断するかのようにそこにあった。ラインクール皇国が北征のために開拓した道だそうだ。

 しかし、その道は今逆に皇国を危機に晒している。
 なぜなら今、その上を歩くのはのは皇国軍ではなく、帝国軍なのだから。

「全軍止まれ! 夜営の準備を進めろ!」
「「はっ!」」

 暗くなる前に陣を張ろうと帝国軍が進行を止める。それを指示したのは金髪碧眼の美青年。名はケッツェル。この遠征軍の総司令官である。

 いち早く張られた総司令官の天幕にて、ケッツェルは自分の副官たちを集めていた。

「まもなく皇国の砦に到着するが、何か異変はないか?」
「問題ありませんよ、ケッツェル様。皇国のアホどもは気づく気配がありません」
「むしろここまで大掛かりなことをして、気づかれた方が問題だがな」
「間違いないっす。なんせ皇国にいる間者を何人も使い潰してるっすからね。これで失敗したら顔向けできないっす」
「それもあるが……上はどうもらしいぞ」
「ほう? ケッツェル様にも知らされていないので?」
「ああ、ただ噂ぐらいは知ってる。なんでも、皇国の将軍クラスにうちの人間が紛れ込んでるらしい」
「うひょ~マジっすか。皇国の将軍といえば軍人の鬼門じゃないっすか。そんなとこに潜り込むなんざ、何もんなんすか?」
「さあな、そこまでは私も知らんよ」
「というよりそんな大事なこと俺たちに話して良かったんですか?」
「問題ないだろう。皇国の将軍も1人ではない。こんなことで身バレすることもないだろう。それに私はお前たちを信用している。」

「「「ケッツェル様!」」」

 副官たちが感無量といった感じで目をウルウルさせているが、ケッツェル本人は大したことをいった自覚はない。自分が噂程度とはいえ知っている情報など、上がわざと流しているに決まってるからだ。

 このことで皇国が混乱すればいいぐらいに思っているだけだった。

「そういえば、知ってるっすか?ライネル領にきた新しい領主のこと」
「噂の豚公子のことか?」
「そうっす。そいつ、戦場に出てくるっすかね? お飾りとはいえ、領主の首とったらお手柄っすからね」
「ないだろう。豚というぐらいだ。戦える体はしてないだろう」
「私も同意見だ。首を取れるとしたらライネル領制圧後だろう」
「そうなったら人質じゃないっすか~。やっぱそう簡単には手柄は転がってないっすよね」

 戦争とは無関係な話になって来たので、ケッツェルはパンと手を叩き、

「この話はここまでだ。引き続き警戒を頼む」
「「「っは!」」」

 副官たちが退出するのを見届けたケッツェルは椅子に深く座り直し、飲み物を口に運んだ。

「にしても暑いな。秋も中旬になってきた頃なのに」

 1人でそんなことを呟いたのだった。


 ◆

 朝日が昇る少し前。帝国軍の陣地で明らかな異変が起こっていた。未だ闇に包まれているの陣地だが、揺らめく篝火は明らかに勢いを弱めていた。

「なんか暗くないか?」
「篝火の火が弱まってるのか?」
「それもあるけどよ、なんか周りが見えにくくないか?」
「霧? 霧が出てるのか?」
「マジかよ、こんな時に。お天道様勘弁してくれよ」
「言われてみれば、さっきから少し寒い気がするな」

 そんな会話を続ける不寝番の兵士たち。会話が進むと共に、霧もまた濃くなっていく。遠くはほとんど見えず、近くにいる仲間の顔ですら見えないほどになっていた。

「おいおい、流石にこれはやばいんじゃないか?」
「とは言え、俺たちにどうこっ……」
「ん?どうした?……おっ……い……」

 沈黙がその場を支配した。

 瞬く間に死体と化した帝国兵。
 首のない死体が二つ出来上がったところで、やっと下手人の姿が見えてきた。

 黒い鎧を身に付けた少年。それが下手人の正体である。

「こいつらを連れていけ。手筈通りに頼むぞ」
「「っは!(小声)」」

 少年の後ろから、これまた黒ずくめの男が2人。帝国兵の死体を音と立てないように運び、森の中へ戻っていく。

「次いくか……」

 その呟きと共に、少年は姿を消した。


 ◆

 帝国軍総司令官ケッツェルの朝は早い、が流石に日が昇る前に起きほどではない。
 そんな彼が何故か目を覚していた。

(静かだな……静かすぎるほどに)

 普段なら快眠していたであろう静けさも、戦場ではただただ不気味だなだけであった。
 その不気味さがケッツェルの意識を徐々に覚醒させる。とは言え、流石に寝起きでは頭が回らない。

 しかし、そのケッツェルの眠気を一気に吹き飛ばす出来事が起こる。

 大地が、震えた。

 そう感じてしまうほどの地揺れにケッツェルは思わず動揺する。

「な、なんだ?」

 急いで剣だけを持って天幕を出ると、蔓延る濃霧にひどく驚く。そこへ副官の1人が駆けよる。

「一体何が起こっている!? この揺れはなんだ!」
「こ、皇国兵っす!皇国兵がせめてきたっす!」
「なんだと!?」

 そんなはずはない、その思いだけがケッツェルの脳内を支配していた。
 
 今回の作戦はこうではない。

 皇国側に気づかれることなく、砦を落とし、ライネル領を制圧する。あわよくば皇国内部に攻め込む。
 その先遣隊として遣わされたのがこの1万という軍勢。皇国にバレずに動かせる最大兵力と上層部が判断した。

 これが作戦の概要である。そのためにありとあらゆる手段を尽くして情報を封殺してきた。そのはずだった。

 だが、その先遣隊が皇国軍に攻められている。なぜバレた? 行軍は計画通り進んだはず。にもかかわらずなぜ?

 動揺するケッツェルに、部下である副官が提言する。

「とりあえず、ここから退避するっす! もうすぐ敵がやってくるっす!」
「そんなばかな! ここは軍の中枢だぞ! そう易々と突破されるはず……危ない!!」

 そういってケッツェルは副官を突き飛ばし、流れるように剣を抜く。

 一瞬後、2人がいた場所に黒いな何かが振り下ろされる。副官は突き飛ばされたため、その黒い何かを1人で受け止めるケッツェル。

(重っ!)

 足場が陥没するほどの衝撃を受けたケッツェルだが、曲がりなりにも帝国軍総司令官。これだけで折れるようなことはなかった。

「ケッツェル様!」
「来るな! 逃げろ! お前のかなう相手ではない!」

 剣を抜き、こちらに駆け寄ってくる副官を制止して、下がらせる。
 相手の技量を感じ取り、部下を無駄死にさせるわけにはいかないという思いもあるが、ここで自分がやられても、軍を立て直せるように副官だけでも逃そうとしたのである。

 それがわからない副官でもない。溢れ出ようとする涙を抑えて、自分の部隊のもとへと向かう。

「クソォ! すぐ部下を連れてくるっすからね!」

(それでいい……さてっと)

「はあぁ!!」

 未だに自分にのし掛かる武器を払い退けて、反撃に出ようとするケッツェルだが、

「ほう? 受け止めたか。さては、お前が敵の総大将だな」

(子供!?)

 敵の幼い声を聞いて思わず動きが止まる。そして近づくことで初めて敵の風貌がはっきりと見えた。

 黒い鎧に黒い偃月刀、黒髪に黒目。その大きな偃月刀とは相応しくない小さな体。これまた体格に相応しくない大きな軍馬に跨がりこちらを見下ろしてくる。

「ん? 返事がないな。まあ、いいか。その首、もらい受ける!」

 その声と共に少年がケッツェルに攻撃を仕掛けた。先ほど同様上段からその大きな偃月刀を振り下ろす。

 先ほどは不意をつれたケッツェルだが、その瞳から迷いが消え、少年の攻撃を難なく受け流す。

 それでも少年は攻撃の手を緩めない。とても少年とは思えない力と速さで大刀を振り回す少年。馬上ということもあって、少年の一撃一撃には確かな重みがあった。

 一撃でも受ければ致命傷待ったなしの緊張感の中、ケッツェルに逆に余裕が生まれていた。

(力や速度は大したものだが、捌けないほどではない。すぐにやられるようなことはないだろう。このまま時間を稼げば増援がくるはず)

 そのまま時間稼ぎに徹しよう、とケッツェルが決意した瞬間の出来事だった。

 パリン!

「んな! ばかな!」

 まだ数合打ち合っただけにもかかわらず、ケッツェルの剣はーー

 ーー真っ二つに折れてしまった。

 その隙を見逃すはずもなく、少年はケッツェルの一撃を浴びせる。

「っがっは!」

 左肩から右の横腹まで切り裂かれたケッツェル。間違いなく致命傷。

 それでも少年は手を緩めることなく、トドメとばかりに返刀でケッツェルの首を狙う。

 その時、ケッツェルと少年の目が合う。

 どこまでも黒いその瞳を、ケッツェルは見通すことができなかった。

 恐怖を感じた。死の恐怖よりも、その瞳の方が怖かった。
 まるで深淵を覗いた、覗いてしまったかのような、自分の存在そのものが否定されたのような悪寒が全身を走った。

「っは、バケモノめっ」

 これが彼の最後の言葉となった。

 若き将軍ケッツェルの生涯これにて幕引き。

 次期元帥候補とまで言われた若者にしては、あまりにあっさりとしたラストであった。

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