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転生・蘇る大帝

第1話 厳しい現状

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 大きな屋敷に、大きな庭、そして大きな裏山。何もかもが普通のものよりも大きなそれらは、ただそこに存在していた。それもそのはず。

 そこはラインクール皇国・四大公爵家が一つシュヴァルツァー公爵家が所有している別邸である。元々公爵家が避暑のために作られたその屋敷であるが、今はほとんど使われていない。

 その屋敷の一室に一人の少年がいた。黒髪に黒目で、歳は10歳ほどである。しかし、その体つきはとても10歳のそれではなかった。形容するなら、豚、その一言に限る。

 少年の名はレオンハルト・シュヴァルツァー。シュヴァルツァー公爵家の嫡男である。今はまだ。

 先日の決闘に敗北したことにより、謹慎を父に言い渡されている。

「……クレリア子爵家か」

 彼が敗北した相手の家である。その嫡男であるオスカー・クレリアに決闘を挑まれ、敗れた。決闘の原因はレオンハルトの婚約者であるレスティナ・アイストスに関わるものであった。

 レスティナはアイストス伯爵家の令嬢であり、レオンハルトの婚約者であり、さらにオスカーの幼なじみでもある。

 レオンハルトとレスティナの婚約は両家の間で決められていたが、レスティナはオスカーに恋心を寄せていた。諦めるしかないと思っていたレスティナだが、せめて学生時代だけでもと思い、オスカーとの関係を断ちきれずにいた。

 学園では常に行動を共にしており、親密な関係であることを周りにひけらかしていた。レスティナのささやかな抵抗だったかもしれない。しかし、それが悲劇を招くこととなる。

 オスカーとレスティナの関係が学園中に広まり、ついにレオンハルトの耳に入る。レオンハルトはオスカーに婚約者を取られた、と。激怒したレオンハルトは公爵家の権力を駆使し、二人にありとあらゆる嫌がらせを行った。

 それに耐えきれず、オスカーはレオンハルトに怒りを向ける。その結果が決闘であり、レオンハルトの敗北である。

 子供の可愛らしい嫉妬が、貴族の権力と絡み、最悪の結果を生んだ。

 公爵家が子爵家に敗北した。貴族社会であってはいけないことであり、そのためレオンハルトはこうして謹慎している。

「にしてもひどいなぁ、俺の嫌われようは」

 ただの敗北であれば、あれほど大勢の人に罵倒されることはなかったであろう。しかし、レオンハルトは嫌われていた。とてつもなく。

 かつて神童とまで呼ばれたいたレオンハルトであったが、ある事をきっかけに剣を置くこととなる。その後も鍛錬をさぼり続け、今の体型に至った。さらに、その憂さ晴らしかのように公爵家の権力を振りかざし、横暴に振る舞っていた。

 学園に入学してわずか1ヶ月。授業をさぼり、教師を脅し、同級生に無理やり迫る。公爵家のドラ息子、ついたあだ名が「豚公子」。

 対して、対戦相手のオスカーは容姿端麗、品行方正、大統帝の再来と言われるほどの武勇。クラスメイトにも慕われ、学園の中心となりつつある男である。

 その鮮明なまでの対比の結果が、レオンハルトへの暴言である。

「はぁー……色々と調べては見たが、まだまだわからないことが多い。とりあえず、この先の目標を決めないとだな。……まあ、目標も何もまずは痩せないとだな」

 レオンハルトはダイエットを決意していた。





 同時刻、ラインクール皇国皇都にて。一際大きな屋敷の一室に二人の男がレオンハルトのことで頭を抱えていた。

「まったくなにをやっているのだ! あの馬鹿息子は!」
「お気を鎮めてくだされ。ラインハルト様」
「これが落ち着いていられるか!」

 威厳ある声で怒鳴っているのは、シュヴァルツァー家当主ラインハルト・シュヴァルツァーその人である。

 それを宥めている人物はいかにもという服を纏った老執事である。長年シュヴァルツァー家に支えてきた、家令のセシルスである。


「お気を鎮めてくだされ。まずはレオンハルト様の処遇について考えなければなりません。陛下からの召喚の前に」
「……で、あるな。すまん、時間がないのに取り乱した」
「いえ……」
「しかし、どうする。子爵家の者と決闘した挙句敗北したとあっては公爵家の面子は丸潰れ。もうレオンハルトを嫡男としてはおけんだろう」
「そうなりますなー。廃嫡せねばなりません。しかし、その後はどうなさるおつもりで?」
「そこが問題だ。まさか我が子を内法で処分するわけにもいかん。追放するにしても……レオンハルトは一人で生きていけると思うか?」
「まず無理でしょう。処刑とさして変わりません」
「……で、あるか。いや、私も同意見だ。どうしたものか」


 二人がレオンハルトの処遇について頭を悩ませていた。公爵家の面に泥を塗ったとは言えは、やはり我が子が可愛いのだ。ただ一言追放と言えば良いが、そうもいかない。


「……ラインハルト様。一つよろしいでしょうか」
「なんだ。言ってみよ」
「レオンハルト様をライネルの領主代理として送り出してはいかがでしょう」
「ライネル領だと? 北の国境だぞ。そんなところに……いや、だからこそか」
「はい。罰として辺境に送った、となれば文句をいう貴族もおりません。さらに、レオンハルト様が辺境の厳しさを知り、鍛え直していただければ一石二鳥というものでございます」
「しかし、辺境だぞ。レオンハルトは大丈夫か?」
「それについては考えがございます」
「なんだ、勿体ぶらずに言え」
「はい、我が息子を同行させたく思います」
「……セバスチャンか」
「はい。あれは親の贔屓目に見ても優秀でございます。必ずやレオンハルト様のお役に立てましょう」
「……それしかないか。よし、レオンハルトを廃嫡し、ライネル領の領主代理として送りだし、これを罰とする」

 レオンハルトの預かり知らないところで、彼の処分が決まっていた。




 ダイエットを決意したレオンハルトであるが、その道のりは困難なものであった。

 たるみきった体が激しい運動に耐え消えれるはずもなく、彼は地に伏せていた。

「っはぁっはぁっはぁ……う、嘘だろ、なんというだらしない体。このままでは無理だ。まずは軽い運動からだな」

 そう言ってレオンハルトはランニングを開始した。しかし、それはとてもランニングと呼べるものではなかった。せいぜいジョギング程度の速さである。

 これでいいと、レオンハルトは考えていた。止まる事なく常に動き続けることが大事なのだ。動き続けることができるギリギリの速さを維持しながら、レオンハルトは走り続けた。

 その様子を見た侍女たちはーー

「なにあれ?  豚が走ってるんだけど」
「あれじゃない? ほら、決闘に負けたっていう」
「ああ、あれね。なるほど、痩せれば勝てるとか思ったのね」
「思い上がりね。あれがオスカー様に勝てるはずもないのに」
「どうせすぐ諦めるのがおちよ」

 レオンハルトの悪口を言っていた。本人たちは気づかれないように、と思っていたがレオンハルトには筒抜けである。それを気にすることもなく、レオンハルトは走り続けた。

 そうしているうちに、午前が過ぎ昼食の時間がやってくると、一人の侍女が嫌そうな表情を隠しもせずにレオンハルトに近づいた。

「レオンハルト様、お食事の時間です」
「...っはぁっはぁっはぁ……分かった、すぐに向かおう。その前に着替えを用意しといてくれ」
「かしこまりました」

 そう言って侍女が去っていくと、他の侍女がまたこそこそ話をはじめる。

「意外と根性があるのかしら?」
「偶然よ、偶然。すぐに諦めるに決まってるわ」
「しぃ! こっちくるわよ」
「「やば」」

 聞こえても、聞こえないフリをする。レオンハルトはこれが自分の行いに対する罰だと受け入れていた。
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