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五章 修羅の道を往く者

第3話 怪物

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「ふざけんな、てめぇら!! 一体とういうつもりだ!?」

 陽葵たちの体力が尽き、一度撤退した遠征軍。その会議の場で、三谷は桃弥たちに怒鳴りつけた。

「あんだけ偉そうなこと言っといて、後ろで見てるだけか!? 司さんたちがどんだけ苦労したか見てたろうが!? なんで助けに入らなかった!」

 三谷ほどではないが、桃弥たちに対して好意的なものは少なかった。直接戦った陽葵はともかく、桃弥と月那は遠征開始から何もしてないからだ。

「やっぱてめぇは口だけのくそ野郎だ! なんもできないくせに、女子供の背中に隠れて旨い汁だけをすする寄生虫が!」

「落ち着いてください、三谷くん」

「けどよ、司さん!」

「まず彼らの話を聞きましょう。この戦いをみて、何を思ったか」

「……くそ」

 戦闘で疲労している司だが、疲れた体に鞭を打って桃弥たちに尋ねる。

「さて、聞かせてもらいましょう。亘くん、君からみてあの化け物はどうですか?」

 司の問いに、ここまで口を閉ざした桃弥はようやく言葉を発する。

「まあ、はっきり言うとーー勝つだけならクソ余裕だな」

 その発言に、場は一瞬だけ凍る。

「て、てめぇ、またそんな大口ーー」

「待ってください、三谷くん。亘くん、『勝つだけ』というのはどういうことでしょうか?」

 その問いに、桃弥肩をすくめて答える。

「あの化け物の目的がわからんからな。不安要素があるとすればそこだろう」

「目的ですか? あの怪物は何かしらの狙いがあって行動しているということでしょうか?」

「あぁ、お前らは気づいてないだろうが、あの怪物どもはお前らに手加減してたからな」

 桃弥の発言に、一同はどよめく。

 桃弥を敵対視している三谷は再び声を上げようとしたが、司はそれを阻む。

 そしてジェスチャーで桃弥に続きを促す。

「化け物がわざわざ人間に手加減するんだ。理由ぐらい気になるだろ?」

「もしそれが本当なら確かに気がかりですが……どうするつもりですか?」

「どうするもなにもないだろ。やつらの目的は気になるが、結局やり合ってみないことには始まらん」

「ということは、ついに動きますか?」

「あぁ、そのつもりだ」

「分かりました。では、こちらからもサポートの用意をーー」

「いらん。俺と月那だけでやる」

「はい?」

 一瞬、自分の耳を疑った司。

 そんな司を見て桃弥はニヤリと頬を歪める。

「見せてやるよ。格の違いってやつを」

 いざ、討伐へ。

 
 ◆

 30分後、骸骨剣士と女武闘家の前に立つ桃弥と月那。

 陽葵たちが近づいただけで動き出していた二体だが、桃弥たちを前にしてもまるで動こうとはしなかった。

 やがて、武器を振るうだけで当たる距離まで近づく四者。

 直後、まるで示し合わせたかのように、二組に分かれる。

 骸骨剣士と桃弥。女武闘家と月那。

 二組がそれぞれ距離を取り、構える。

「よう、骨野郎。良い刀使ってんな。俺が勝ったらその刀を貰ってくが、文句はないな?」

 言葉など通じるはずもない。そう思いながら声をかけたが、意外にも骸骨剣士は頷いて見せた。

「……まさかとは思うが、言葉が通じてんのか?」

 今度の問いには、骸骨は何も反応を示さない。ただ、刀を構えるだけ。

 まるで『いいからかかってこい』と言っているようだった。

「っけ、骨のくせに生意気な」

 その挑発を受けて、桃弥は両手にナイフを構える。

 刹那ーー骸骨剣士の体が吹き飛んだ。

 ドン!

 コンクリートの壁に叩きつけられた骸骨剣士は、轟音と共に瓦礫の下敷きにとなった。

 だが仮にも危険度赤の怪物。これだけでやられるわけもない、のだがーー
 
『っ!?』

 起き上がった骸骨の眼窩に映ったのは、いつの間に距離を詰めた桃弥と

 ーー無数の透明な羽だった。

「天狗風」

 ドドドドドドドドド!

 機関銃の掃射を思わせるほどの轟音があたりに響く。打ち出された無数の風の刃は、一発一発がビルに風穴を開けられるほどの威力である。

 いかに危険度赤と言えど、無事では済まない。

 巻き上げられる灰塵が徐々に晴れていく。その中から、装束がボロボロに破れた骸骨剣士が姿を現す。

 しかし衣裳こそボロボロだが、骸骨剣士に大きなダメージは見受けられない。

 それどころか、桃弥の攻撃を受けても立ち続けていたのだ。

 そのことに、桃弥は僅かに感心する。

「へぇ、俺の羽をいなしたのか? やるな」

 全てではないが、桃弥の攻撃を一部いなしたのだ。それだけで、相当な技量の剣士だと分かる。

「身体能力は雷鬼以上風鬼以下ってとこか。とはいえ、俺の攻撃をいなせるなら、技の精度は桁違いだな」

 そう分析をしつつ、桃弥は無防備に剣士へ向けて歩き出す。

 その行動に髑髏の剣士は少しばかり戸惑いを見せるが、すぐさま刀を抜き桃弥の首に一撃を見舞う。

 しかしーー
 
「だがなーー」

『っ!?』

 ピタリ。

 その攻撃は、すんでのところで止まる。

 剣士が攻撃をやめたのではない。剣士の攻撃が、桃弥の防御を突破できなかった。それだけのことである。

「はなからお前に勝機はなかったんだよ」

 圧倒的な力の差。

 スピード、力、防御。その全てにおいて、桃弥の方が遥か上。

 そして何より、骸骨剣士では桃弥の風の障壁を突破することはできない。

 僅か一撃で骸骨剣士は悟ってしまった。

 ーーこの男の体に自分の刃が届くことはない

 絶対的防御。圧倒的速度。

 高密度の風を纏っているせいで輪郭が僅かに歪んで見える桃弥。

 瞳なき眼窩で骸骨剣士は桃弥を見つめる。

 目の前のこの男は、怪物以上の怪物なのだと、理解したのである。

 ドカン!

 一方、月那の方も女武闘家と激戦を繰り広げていた。

 とはいえ、こちらも一方的な蹂躙に近い。

 女武闘家は拳から衝撃波のようなものを放っているが、桃弥との戦闘に慣れきっている月那に当たるはずもない。

 逆に、月那の攻撃をいなそうとすると、月読命で先読みされ、カウンターを食らってしまう。

 攻撃が入れば今度は雷牙が猛威を振るう。雷の牙が無情に女武闘家の肉体を切り裂いていく。

 圧倒的。まさに蹂躙という言葉がふさわしいほど圧倒的な力を桃弥と月那は見せつけていた。

 しかしある瞬間、月那の動きが止まる。

 なぜか分からないが、相対する敵が凄く、物凄く悲しそうに見えたからである。

 それは、桃弥も同時に感じ取っていたことであり、その違和感が二人の攻撃の手を止めてしまった。

 そしてーー
 

 ◆

 桃弥たちの戦闘を遠目で見ていた司たちは、驚愕で言葉を発することすらできなかった。

 三谷に関しては、口をあんぐりと開けふさがらない様子。

 そんな中、唯一苦笑いを溢すだけで済んだのが、彗である。

「いやぁ、さすがにここまで遠いと笑えるね」

 その言葉には、悔しさがにじみ出ていた。

「ヒーちゃんは知ってたの? あの二人の実力」

 そう陽葵に尋ねる彗。

 一瞬「ヒーちゃん?」と首を傾げたが、状況的には自分のことだろうと判断した陽葵は、徐に首を振る。

「……強いのは、知ってた。でも、二人の本気は、見たことない」

「だよねぇ。あんだけ強いと本気を出す暇もないんじゃない?」

「……今もたぶん、本気じゃない」

「げ、マジで?」

「……桃弥の強みは機動力。でも今は、ほとんど動いてない」

「あー、言われてみればそうかも……まじかぁ、少しは追いついたって思ったのに。てかあの桃弥さんに、ツッキーは3連勝中なの? やっばいね」

 やたら饒舌に話す彗だが、内心は焦りと諦観で埋め尽くされていた。

 彗だって、この一ヶ月間は死に物狂いで怪物を倒し、力をつけてきた。司相手でも、本気でやれば勝利をもぎ取れると思っている。

 五大勢力のエースを張るほどの実力を手に入れた。生き残っている人類の中では間違いなくトップレベルの実力者だ。

 それでも桃弥に勝てるとは思えなかったが、少しは近づいたと思っていた。

 だが、見せられた現実はあまりにも遠く、理解できない次元にいた。

 ゆえに、焦って諦めかける。

 そんな彗の心境は、陽葵はなんとなく感じ取っていた。

 かつて自身の存在価値を証明しようとしていた自分に似た気配を感じたからだ。

 あの時、月那はどうしたのだろうか。そんなことを思い出しながら、陽葵は彗の手を握る。

「え、ヒーちゃん?」

「……大丈夫。彗もすごく強い。あの二人が特別なだけ」

「え、なに、慰めてくれてるの? あはは、やだなぁ。別にあの二人に張り合おうなんて思ってないーー」

「……違う?」

 お茶らけた態度を取る彗を、陽葵はただ真っすぐ見つめる。

 そんな陽葵の視線を、彗は受け止められなかった。そして、陽葵の言葉を否定することもできなかった。

 ここで否定してしまえば、本当に諦めてしまいそうだったからだ。

「…………」

 だんまりを決め込んだ彗を他所に、陽葵は言葉を続ける。

「……わたしは強くなりたい。月姉を守れるぐらい。彗は、違う?」

 違う。そう口に出そうになるが、なぜかその言葉をぐっと堪えた。

 そして、自分でもよくわからない言葉が紡がれる。

「……違わない。あたしだって、本当はあの二人と肩を並べるぐらい強くなりたい。でもーー」

「……じゃあ、一緒にがんばろ?」

「え、あれを見ても、まだ本気で目指すっていうの?」

「……もちろん。絶望は、憧れをやめる理由にはならない」

「……っ」

 彗は少しだけ、息を飲んだ。

 思えば、自分はなぜ強くなりたいと思ったか。

 生き残りたいから? 身を守りたいから?

 違う。あの日あの瞬間あの場所に現れ、圧倒的な力ですべてをねじ伏せた桃弥に、憧れたからだ。

 だから色珠で能力を選ぶときは真っ先に脚力強化を選択した。弱点を補うように衝撃軽減も取得した。

 自分独自の戦闘スタイルは確立している。それでも、脳内にはあの日の桃弥の姿が鮮明に刻まれている。

 そんな風になりたい、あんなことができるようになりたい。結局人間を突き動かすのは、憧れなのだと、彗はようやく気付く。

「……はぁ~、まさか年下の女の子に諭されるとは。あたしもまだまだだってことかなぁ」

「……まだまだ。だからこそ、伸びしろがある」

「お? いいこと言うじゃん、このこの」

「……彗、くすぐったい」

「一緒に頑張ろうね。ヒーちゃん」

「……うん、負けない」

 こうして、桃弥と月那を追いかける二人の少女の間に、密かに同盟が結ばれたのだった。
 
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