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三章 狂う五輪の歯車
第3話 原初戦・轟鬼・起
しおりを挟む月那が犀を引き付けている間に、桃弥あるのものの準備をしていた。
黒い長ケースから取り出されたのはーー対物ライフルである。
区役所で手に入れた地図が示した銃器入手場所で見つかった、桃弥の切り札。
弾数はそれほど多くないが、強敵を仕留める分には十分であろう。
「さてと、まずは素でどれぐらい効くかだな」
弾を装填し、構えて、撃つ。
バン!
銃口から硝煙が立ちのぼり、弾丸は犀の胴体に命中する。もっともあれほどの巨体ならば、外す方が難しいが。
『ブオオン? ブオオオオオオオオ!!』
弾は命中したものの、犀にはさほどダメージはない様子。というより、全くダメを受けていないようだった。
蚊に刺されたか? とでも言いたげに一瞬首を傾げるも、すぐに月那への攻撃に戻る。
「おいおい、さすがに硬すぎるぞ。装甲戦車でもあれよりは柔いだろ」
とはいえ、桃弥もこれで倒しきれるとは思っていない。この程度で倒せるなら、人類はここまで追い込まれていないのだから。
「しゃあない。ちょっと早いが、本命と行くか」
先ほど同様、弾を装填、銃を構え、撃つ。
ブン!!
先ほどと同じ動作。
しかし、発射後の音が明らかに異なっていた。風を切り裂くような音と共に弾丸は犀の左前足に命中しーーその血肉を抉り取る。
『ブオ!? ブオオオオオン!?』
突然の痛みに犀は戸惑い、絶叫を上げる。
「ふぅ。効いてはいるが、にしても硬すぎるだろ。この前試した時は、ビル3つはぶち抜いたぞ」
桃弥がやったことシンプル。弾丸に風を纏わせただけ。
しかしその威力は絶大だった。
風に推された弾丸は加速する。風を纏った弾丸は渦巻く。風を帯びた弾丸はすべてを切り裂いた。
桃弥たちが苦戦を強いられた嵐鬼の能力は、四角犀にもしっかり通用している。実際、前足を抉り取られた犀は絶叫を上げている。
しかし、その結果に桃弥は不満げであった。
「弾は……貫通してはない、か。全く、とんでもないな」
ここへ来る前に様々のもの貫通実験を行ったのだが、その全てを貫通している。それこそ、鉄筋コンクリートで固められた高層ビルさえも打ち抜いている。
だが、そんな攻撃でも犀にはかすり傷を負わせる程度。
「何十発もぶち込めば倒せるだろうが、さすがに残弾が心もとないな……実験はこんなもんでいいだろう」
次で仕留める。そう宣言し、桃弥は動き出す。
そして、犀も狂乱状態から回復し、自身にダメージを与えた桃弥へ向き直る。
『ブオオオオオオオオ!!』
雄たけびを上げながら突進してくる。
しかしーー
「んな直線的な突進、当たる訳ないだろ」
桃弥は難なく回避する。
そして勢い余った犀は再び民家に突入し、建材の下敷きとなる。
そんな犀の巨体を蹴り、天上へ上る桃弥。ライフルを構え、逆さまに落下する。
身を抑える建材を振り払うように犀は身を震わせるが、瞼を開くとーーそこには黒筒があった。
「さすがに目ん玉ぶち抜きゃ死ぬだろ」
ブン!!
瞬きする時間すら与えず、至近距離で風を纏ったライフル弾を眼球に受ける。
弾丸によって犀の眼球は貫通され、纏った風は犀の脳を破壊する。
絶叫を上げる暇すらなく、巨大な四角犀は灰になった崩れ落ちる。
しかし、桃弥は弾丸の貫き具合を見て、思わず冷や汗をかく。
「こいつ、さては眼球も防弾仕様か? とんでもないバケモンだな」
普通の対物ライフルを目に受けても生き延びかねないその強靭な肉体に、桃弥は身震いをせずにはいられなかった。
一方そんな桃弥を他所に、月那は犀の落とす色珠を漁り始めていた。
大量の灰が風と共にばらまかれているため視界は悪いが、桃弥は聴力強化で周囲の安全を確認していた。
数分後。
「あ、桃弥さん、ありました。やっぱり赤です」
「そうか……てことはこいつは風鬼と同格ってことになるが」
「さすがに風鬼の方が強かったですよ」
「そりゃそうだ。ただ、タフネスだけなら風鬼以上だな」
戦利品を漁りつつ、2人は今後の作戦について話し合う。
「これからどうしますか?」
「今日はとりあえず撤退だな。明日から今日と同じことを繰り返す。外側から徐々に数を減らしてくぞ」
「そんなに上手くいきますかね。敵もさすがに対策するのでは?」
敵の対策を警戒する月那。しかし、桃弥はどこか余裕を見せていた。
「いや、それはない。というより、大した対策なんてできないからな」
「そうなんですか?」
「あぁ、こいつらは大群で進行しているから、統率されているように見えるかもしれないが、実態はただの寄せ集めだ。昨日確かめたんだが、情報網も確立してなかったしな」
昨日の畜生道由来の鷹による襲撃で、桃弥は敵の情報伝達機能が低いことを悟った。
「そもそもこんなでか物、簡単に御せる訳がないからない」
「それは……確かにそうですね」
機能桃弥が敵情視察で見たのは、暴れ回る犀。その犀によって、一部の獣と餓鬼が潰されているのを見たのだ。
それだけで、敵の統率力の無さが露呈する。
「とはいえだ。これだけの軍勢が集まってんなら、それなりのからくりがある。だから、明日からは多財餓鬼を狙うぞ」
「多財餓鬼、ですか?」
「あぁ、あの軍団のからくりは恐らくこうだ」
木の枝を拾い地面にいくつかの丸を描き始める桃弥。そして、それらの丸が全て一つの大きな丸に集約するように線を引く。
「大将の鬼が多財餓鬼たちを武力で支配。そして、その多財餓鬼がさらに無財や少財を指揮する。それがこの軍団の根幹だ」
さらに、桃弥は描かれた丸の傍に無数の点を打ち始める。
「多財に指揮された餓鬼どもが散らばり、進軍。そしてこれは昨日気づいたことだが、餓鬼道と畜生道やつらは化け物同士では争わない」
地面に描かれた図に同じ方向への矢印を書き足す。
「それを利用して、残りの畜生道の獣たちを一方向に駆り立てる。つまり、実質統率されているのは餓鬼どもだけだ。追い込み漁みたいなもんだな。漁といえるかどうか怪しいが」
「へぇ、賢いですね、敵の大将も」
「あぁ、だが致命的な弱点がある」
「あ、それなら私もわかります。統率された餓鬼を失えば、軍団としての指向性を失いますもんね」
「その通りだ。だから多財餓鬼さえ消えれば、相手は完全な烏合の衆と化す。狩り放題のエサ場になるってわけだ」
「……化け物をエサ呼ばわりするのは、この世で桃弥さんぐらいだと思いますが」
桃弥の発言に僅かなため息を漏らすものの、月那どこかウキウキした様子。
「さて、能力強化祭りだ。ここで一気にカンストさせるぞ」
「桃弥さん、悪い顔しています」
月那はそういうが、強化する能力に思いを馳せる桃弥の耳に届くはずもなかった。
今この瞬間、怪物の大群は狩る側から狩られる側へ回ったのである。
◆
桃弥たちによる初めての襲撃から1週間。
繰り返される攻撃に、轟鬼は堪忍袋の緒が完全に切れていた。
『だぁ、クソ!! 鬱陶しい! いったい誰だ、誰が僕の邪魔をしている!』
獅子の背でじたばたするその姿は子供のそれにしか見えないが、これでも原初の名を冠する鬼だ。一挙手一投足が人間を死に至らしめるほどの力を持っている。
『うざったい羽虫ども、よくも僕の軍団を!!』
轟鬼が怒るのも無理はない。なんせ、桃弥たちの一週間にわたる襲撃で、轟鬼の軍隊は半数以下まで減らされていたのだから。
『指令の伝達が遅い。全然僕の方に情報が回ってこないじゃない……一体何が起こってる』
有財餓鬼をどんどん仕留められているせいか、伝令を任されている餓鬼どもの動きが鈍かった。
しかし、それでも届かないわけではない。
『グギ、がギガギ!!』
『っ!! オッケー、わかった』
慌てて走り寄ってくる餓鬼がある方向を指さす。その先には、大きな砂煙が立ちのぼっている。
『よし、今日こそ薄汚い羽虫どもを八つ裂きにしてやる!』
獅子に鞭を打ち、砂煙の方へ向かわせる。
『急げぇ! また逃げられるぞ!』
この一週間。幾度となく襲撃の迎撃に向かっている轟鬼だが、敵の足取りは一向につかめずにいた。
桃弥たちは轟鬼との決戦を避けていたため、無理もないことだが。
しかし、その日は違った。
『っ!? 見つけた!!』
倒れ伏せている手下どもの中心に、一人の女が立っていた。
部下たちはことごとく灰と化しているが、轟鬼はまるで気にする素振りを見せない。
ニヤリと頬を歪ませ、犬歯をむき出しにする。
背中の金棒を握りしめるとーーパチッ、と電流が流れる。
『ぶっ殺す!』
大獅子から飛び降り、女へ向かって突進する。女の方も鉈を構えて応戦しようとする。
しかし、その次の瞬間ーー
ブン!!
『……は?』
ーー大獅子の頭が弾けたのだった。
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