クリスの物語

daichoro

文字の大きさ
上 下
165 / 227
第三章 悪魔の儀式

第51話 紗奈の能力

しおりを挟む
『まさか、俺より先に見つけられる奴がいたとはな』



 暗がりの中、ゆっくりと通路を下りてくる人影があった。その人影の首には、大蛇が巻きついていた。

 ネブラリウムでクレアと言い合いになり、ひとりで先に出て行ってしまった男、ユーゲンだった。



『こいつの目があっても、転移装置がいかれちまっていたから少々手こずったぜ』



 橋を渡ってステージに立つと、ユーゲンは親指で大蛇を示した。大蛇の額の目が、赤い光を発していた。

 大蛇の目がルーベラピスの役割を果たす、ということのようだ。予期せぬ男の出現に、一同黙り込んだ。



『おっと。それよりお前らおかしなのを連れてるな』

 仁王立ちをして腕組みをしたユーゲンは、クリスたちを見てせせら笑った。



 おかしなのってなんだろうか?クリスと紗奈、優里の三人は顔を見合わせ、うしろを振り返った。

 すると、うしろに立つエランドラとパオリーナが険しい表情でユーゲンをにらみつけていた。



『そうかそうか』

 にやりと笑って、納得するようにユーゲンはうなずいた。



『闇の勢力ってのは、こざかしい真似をするな。だが、残念ながら真実を見抜くツェリンの千里眼はごまかせないぜ』

 一人ひとりの顔を見回しながら、ユーゲンは言った。



『ん?』

 田川先生を見て、ユーゲンが首を傾げた。



『あんたは何だ?一体、どういうことだ?』

 スタンと田川先生の顔を交互に見て、ユーゲンは困惑するような表情を浮かべた。

 すると次の瞬間、突然大蛇の頭が宙を舞った。あっと口を開いて驚愕するユーゲンの傍らで、剣を片手に構えるスタンの姿があった。

 切断された大蛇の胴体からは、血が滴っている。



『貴様・・・』

 ユーゲンがスタンに殴りかかった。

 スタンは飛び上がって後方宙返りをすると、着地と同時に地面を蹴ってユーゲンの胸に剣を突き立てた。



 スタンが剣を引き抜くと、ユーゲンは膝から崩れ落ちた。地面に突っ伏したユーゲンは、ビクビクと痙攣していた。

 一瞬の出来事だった。衝撃的な光景を前に、クリスは体が固まった。

 そして気づいた時には、首元にスタンの剣が突きつけられていた。



「上村君、あなたを殺したくはないわ。黙ってわたしの言うことを聞いて」

 田川先生が無表情に言った。その状況で、クリスはようやく気づいた。やはり、田川先生は闇の勢力だったのだ。



「あなたたちも妙な考えは起こさないことね。スタンの剣は、鋼鉄のドラゴンも容易に突き通すわ。つまり、上村君のピューラは意味をなさないのよ」

 紗奈と優里に視線を向けて、先生は警告した。その状況を、エランドラとパオリーナが冷ややかな表情で見つめている。

 ふたりのその冷酷な態度がクリスには理解できなかった。ふたりに一体何があったのか分からぬまま、クリスはスタンに促されて台座へと向かった。



 先生がウェントゥスの封印を解こうとしなかったことも、これで納得がいった。先生は選ばれし者でもなんでもないのだ。

 だから先生は封印を解くことができない。そしてこのスタンが守護ドラゴンというのも嘘だし、地のクリスタルエレメント“テラ”を先生が入手したというのも嘘っぱちだったということだ。



 スタンに剣を突き付けられたままゆっくりと台座へ向かっていると、ベベが勢いよくスタンに飛びかかった。



『ベベ!』

 振り返ったときには、遅かった。

 スタンの剣が一閃すると、血しぶきが舞った。転げ落ちたベベの胴体はぱっくりと割け、血が流れ出ていた。ベベが首をもたげてクリスを見た。



『クリス、ごめん・・・』と言って、ベベは頭を横たえた。苦しそうに全身で息をしている。



「ベベ!」

 駆け寄ろうとしたクリスの首に剣を突き立て、スタンが制した。クリスは怒りで我を忘れた。

 突き立てられた剣をミラコルンで払って、うしろに飛んでから拳を構えた。



「オンドーヴァルナーシム」



 クリスが唱える前に、ミラコルン発動のカンターメルがどこかから響いた。

 それと同時に、白い光の龍が上からスタンめがけて飛びかかった。スタンは後方に飛び上がってそれをよけた。すると、そのうしろにいたパオリーナが光の龍に飲み込まれた。



「うぎゃあああああ」



 龍に飲まれたパオリーナは2本の角を生やした男へとみるみる内に姿を変え、やがて塵となって消えてしまった。



『そのエランドラも偽物だよ』



 クレアの叫ぶ声がした。振り返った優里に向かって、偽エランドラが炎の玉を放った。

 危ない────

 優里が体をのけぞらせると、ラマルが立ちはだかって水壁を作った。



『クリスー!ミラコルン!』

 クレアに命じられるまま、すかさずクリスはミラコルンを発動させた。



「オンドーヴァルナ―シム」



 金色に輝く龍が、クリスのミラコルンから放たれた。偽エランドラはよける間もなく光の龍に飲み込まれると、みるみる内に悪魔に姿を変えて塵へと化した。



『スタン!』

 田川先生が、突然走り出してスタンを呼んだ。スタンも走り出した。走りながら、スタンはドラゴンへと姿を変えた。背中に角を何本も生やし、大きな牙を持つ漆黒のドラゴンだった。

 田川先生がジャンプすると、ドラゴンに変身したスタンは先生を乗せてまっすぐ上に飛んだ。



「ラージュボンバーダ」



 上の通路にいたラーナミルが、逃げる先生に向かって杖を構えた。

 杖から放たれた大きな光の玉が、先生に襲いかかった。



「アバーグラ」



 ドラゴンの背に乗る先生がそう言って剣を振ると、ラーナミルの放った光の玉が跳ね返された。

 跳ね返された玉をラーナミルがよけると、玉はラーナミルのうしろにある転移装置をすり抜けた。そしてどこか遠くの方で爆発音が轟いた。



 田川先生を乗せたドラゴンは猛スピードで上空へと飛翔すると、やがてその姿も見えなくなってしまった。



 クリスはベベの元へ駆け寄った。ベベはぐったりと横たわっていた。

 クリスが頭を撫でると、かすかに目を開けた。溢れ出す涙が止まらなかった。



「べべ、お願いだから死なないで」

 紗奈も泣きながらしゃがんでベベの頭を撫でた。

 すると、紗奈の手が仄かに光り始めた。ベベが体をびくんと震わせた。紗奈はびっくりしてベベから手を離した。



『サナ、そのままベベの体に触れておきなさい』

 橋を渡ってきたエランドラが言った。エランドラのうしろには、パオリーナもいる。

 このふたりは、どうやら本物のようだ。紗奈はエランドラにうなずき返して、もう一度、今度は両手で包むようにベベに手を触れた。



 仄かな白い光が、再びベベを包み込んだ。そして、ベベの傷口がキラキラと光り出した。

 流れ出していた血が止まり、みるみる傷口が塞がっていった。傷が完全に消えると、ベベを包んでいた光も徐々に収縮していった。

 そして光が収まるのと同時に、ベベがむくりと起き上がった。



『あれ?ぼく、大丈夫みたいだ』

 ベベが尻尾を振って、くるりと回った。驚きながらも、クリスはベベを抱え上げてぎゅっと抱きしめた。

 その後、紗奈もベベを抱きしめた。それから、涙を拭ってエランドラを振り返った。



『キュアドラゴンね。病や傷を治癒することのできる能力があるのよ』

 エランドラはそう言って紗奈に微笑みかけた。



『それがわたしのピューラの特性ですか?』

『どうやら、そのようね。わたしも目にするのは初めてだけれど』

 紗奈は、クリスの方を振り返った。驚きながらも、嬉しさを噛み殺しているような表情を浮かべていた。



「すごいよ、紗奈ちゃん!ありがとう!」

 クリスが礼を言うと、紗奈は「えへへ」と照れるように笑った。

 それから、気づいたように地面に倒れるユーゲンのそばへ駆け寄った。そしてうつ伏せになったその体にそっと手を触れた。ところが、ユーゲンの体は何も反応を示さなかった。



『いくらなんでも死人を蘇えらせることはできないわ』と、エランドラは残念そうに首を振った。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

想像力豊かな俺が最強!?

鯨猫
ファンタジー
今日、とある少年が死んだ。 しかも、神の手違いで死んでしまったのだった! 少年は『チート』を授かって異世界に転生するハメに。 しかもそのチート内容が『イメージを具現化させる』こと!? 「何これチートってレベルじゃないだろ!?」 これは想像力豊かなチート少年が異世界で生活していく話…ではなく。 チート少年がチートを使わず生活していくお話である。

グーダラ王子の勘違い救国記~好き勝手にやっていたら世界を救っていたそうです~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
ある日、ティルナグ王国の自堕落王子として有名なエルクは国王である父から辺境へ追放を言い渡される。 その後、準備もせずに木の上で昼寝をしていると、あやまって木から落ちてしまう。 そして目を覚ますと……前世の記憶を蘇らせていた。 これは自堕落に過ごしていた第二王子が、記憶を甦らせたことによって、様々な勘違いをされていく物語である。 その勘違いは種族間の蟠りを消していき、人々を幸せにしていくのだった。

司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。  ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。

召喚勇者の餌として転生させられました

猫野美羽
ファンタジー
学生時代最後のゴールデンウィークを楽しむため、伊達冬馬(21)は高校生の従弟たち三人とキャンプ場へ向かっていた。 途中の山道で唐突に眩い光に包まれ、運転していた車が制御を失い、そのまま崖の下に転落して、冬馬は死んでしまう。 だが、魂のみの存在となった冬馬は異世界に転生させられることに。 「俺が死んだのはアイツらを勇者召喚した結果の巻き添えだった?」 しかも、冬馬の死を知った従弟や従妹たちが立腹し、勇者として働くことを拒否しているらしい。 「勇者を働かせるための餌として、俺を異世界に転生させるだと? ふざけんな!」 異世界の事情を聞き出して、あまりの不穏さと不便な生活状況を知り、ごねる冬馬に異世界の創造神は様々なスキルや特典を与えてくれた。 日本と同程度は難しいが、努力すれば快適に暮らせるだけのスキルを貰う。 「召喚魔法? いや、これネット通販だろ」 発動条件の等価交換は、大森林の素材をポイントに換えて異世界から物を召喚するーーいや、だからコレはネット通販! 日本製の便利な品物を通販で購入するため、冬馬はせっせと採取や狩猟に励む。 便利な魔法やスキルを駆使して、大森林と呼ばれる魔境暮らしを送ることになった冬馬がゆるいサバイバルありのスローライフを楽しむ、異世界転生ファンタジー。 ※カクヨムにも掲載中です

【完結】転生したら侯爵令嬢だった~メイベル・ラッシュはかたじけない~

おてんば松尾
恋愛
侯爵令嬢のメイベル・ラッシュは、跡継ぎとして幼少期から厳しい教育を受けて育てられた。 婚約者のレイン・ウィスパーは伯爵家の次男騎士科にいる同級生だ。見目麗しく、学業の成績も良いことから、メイベルの婚約者となる。 しかし、妹のサーシャとレインは互いに愛し合っているようだった。 二人が会っているところを何度もメイベルは見かけていた。 彼は婚約者として自分を大切にしてくれているが、それ以上に妹との仲が良い。 恋人同士のように振舞う彼らとの関係にメイベルは悩まされていた。 ある日、メイベルは窓から落ちる事故に遭い、自分の中の過去の記憶がよみがえった。 それは、この世界ではない別の世界に生きていた時の記憶だった。

ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~

楠富 つかさ
ファンタジー
 地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。  そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。  できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!! 第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
 初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎  って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!  何故こうなった…  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  そして死亡する原因には不可解な点が…  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

捨てられた第四王女は母国には戻らない

風見ゆうみ
恋愛
フラル王国には一人の王子と四人の王女がいた。第四王女は王家にとって災厄か幸運のどちらかだと古くから伝えられていた。 災厄とみなされた第四王女のミーリルは、七歳の時に国境近くの森の中で置き去りにされてしまう。 何とか隣国にたどり着き、警備兵によって保護されたミーリルは、彼女の境遇を気の毒に思ったジャルヌ辺境伯家に、ミリルとして迎え入れられる。 そんな中、ミーリルを捨てた王家には不幸なことばかり起こるようになる。ミーリルが幸運をもたらす娘だったと気づいた王家は、秘密裏にミーリルを捜し始めるが見つけることはできなかった。 それから八年後、フラル王国の第三王女がジャルヌ辺境伯家の嫡男のリディアスに、ミーリルの婚約者である公爵令息が第三王女に恋をする。 リディアスに大事にされているミーリルを憎く思った第三王女は、実の妹とは知らずにミーリルに接触しようとするのだが……。

処理中です...