クリスの物語

daichoro

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第二章 クリスタルエレメント

第62話 英雄

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 体に力がみなぎってくるのを感じ、クリスは目を覚ました。

 暗く狭い空間の中だった。閉じ込められたのかと思い焦って体を起こすと、それに合わせて覆っていたカバーが自動で開いた。



 クリスが横になっていたのは、体力回復装置“マルゲリウム”の中だった。どうやらその中で寝かせられていたようだ。どれほど眠っていたのか分からないが、たしかにすっかり体力を回復している。



 クリスは周囲を見回した。壁も床も天井もすべて白で統一され、大きな窓からは日が差し込み部屋の中はとても明るい。部屋には他にラプーモやポルタール、大きなベッドにソファもある。まるでラグジュアリーホテルのスイートルームのようだった。クリス以外に、部屋には誰もいない。



 外がやけに騒がしい。外の様子を見ようとしてクリスがマルゲリウムから降りると、部屋のドアが開いた。そして海底人と思しき、すらりとした背の高い女性が入ってきた。



『ご気分はいかがですか?』

 一礼してから、女性がクリスに微笑みかけた。

『あ、はい。気分はいいです』

 状況が飲み込めずに戸惑いながらも、クリスは頭を下げた。



『あの、ここはどこですか?』

 部屋の中を見回して、クリスは尋ねた。

『こちらはポセイドーンです』

 微笑みを浮かべたまま女性は答えた。



『皆様がお待ちです。こちらへどうぞ』

 出口を示すと、女性が先導して部屋を出た。クリスは黙って後に続いた。そしてエレベーターに乗って別の階へと案内された。

 降り立った階には、幅が広く長い廊下が続いていた。



 女性の後に従って廊下を突き進むと、突き当りに巨大で重厚な扉が構えていた。

 先導していた女性が扉の前で脇へよけ、クリスに向かって深々と頭を下げた。すると、その重厚な扉が音もなく自動で開いた。



 扉の向こうでは、椅子やソファに腰かける紗奈やクレアたちの姿があった。入ってきたクリスに気づくと、皆が駆け寄った。真っ先に飛んできたベベをクリスは抱きとめた。



「大丈夫?」

 今にも泣き出しそうな表情で、心配そうに紗奈が声をかけた。

『マルゲリウムでこれだけ寝たから大丈夫でしょ』

 隣ですまし顔のクレアが言った。クレアは顔や体の傷跡がすっかりなくなり、元気そうだった。



 エランドラやラマル、マーティスにアルメイオンと、全員無事に揃っていた。一同を見回して、クリスは笑顔でうなずき返した。それから、はっと思い出したように尋ねた。



『アクアはどうなったの?』

 すると、全員うしろを振り返った。皆の見つめる先には、ガイオンがいた。

 玉座に腰かけたガイオンの手には、アクアが握られている。



 それを目にしたクリスは、一抹の不安を覚えた。なぜガイオンがアクアを手にしているのか。奪われてしまったのだろうか?

 そんなクリスの思いを悟ったように、ガイオンが立ち上がった。



『クリス。ご苦労だった』

 クリスの元へ歩み寄ると、ガイオンが言った。それから片膝をつき、アクアを差し出した。



『君の勇敢さには恐れ入ったよ』

 抱いていたベベを放して差し出されたアクアを両手で受け取ってから、クリスは怪訝な表情で隣に立つクレアの方を振り向いた。

 クレアは肩をすくめた。



『ごめんなさい。すべてわたしがいけないの』

 アルメイオンが一歩進み出て謝った。そして一部始終を説明した。



 アルメイオンの話によると、グレンにそそのかされてアルメイオンはずっと選ばれし者をグレンに引き合わせる手引きをしてきたそうだ。

 ボラルク同様アルメイオンはグレンの思想に惹かれ、グレンを支持してきた。しかし、いつからかグレンは闇の勢力に取り込まれていたというわけだ。

 知らなかったとはいえ、間接的にも闇の勢力の手助けをしていたことをアルメイオンは恥じた。



『父が闇の勢力に引き込まれている可能性があるから用心した方がいいと言われ、それを信じて自分の父親まで疑っていたのだから救いようがないわよね』

 アルメイオンは肩を落として、再度謝った。



 そしてクリスを引き合わせたところ、クリスが真の選ばれし者であることをグレンは悟った。

 そのため用済みとなったアルメイオンは、オケアノース王宮の地下牢獄へ囚われてしまった。



 ところが運よく王宮を訪れたエランドラがアルメイオンの助けを求める声をキャッチすることができたために、無事救出された。

『本当に皆さまのおかげです』と言って、アルメイオンは恐縮するように頭を下げた。



『こいつのせいで、色々迷惑をかけてすまなかったな』

 アルメイオンの頭に手を載せ、ガイオンが謝った。クリスは笑顔で首を振った。

 とにかく無事にミッションを達成できたと思うと、自然と笑みがこぼれた。

 それから改めて全員の顔を見回して、もうひとつ気づいたことがあった。



『そういえば、ローワンさんは?』

『ああ。あの人なら地底都市に強制送還されて、銀河連邦からの判決待ちだよ』

 うつむくマーティスを尻目に、クレアが答えた。



『どういうこと?』

『あの人はね、グレンと一緒に闇の勢力に加担していたんだよ。それで海賊を使ってクリスを襲わせたってわけ』

 まるで最初からすべてを知っていたかのような口ぶりで、クレアが話した。



『それで、当初は一からすべて海賊の仕業と見せかけてアクアを奪ってしまおうとしていたのだけれど、その計画が失敗してしまった。だからアルメイオンをクリスのもとに向かわせ、グレン自ら動いたというわけ。

 そしてマーティスがローワンのことを中央部に報告し中央部で調べたところ、グレンの一連の計画に関与していたことが認められてそれで強制送還されるに至ったということだよ』



 話を聞き終え、クリスは『そっか』とうなずいた。クレアのうしろでマーティスは申し訳なさそうにうつむいたままだったが、知らなかったわけだから仕方のないことだ。



『何にしてもクリスのピューラがアクアドラゴンとアースドラゴンの加護を受けていて、銃に撃たれても海底に落ちても死ななかったのは本当に幸運だったよね』と、クレアが声を弾ませた。



『でもやっぱりそれが“選ばれし者”としての運命だったというわけだよね。まぁそれもあって、グレンもクリスが真の選ばれし者だという確信を得たみたいだけどね』

 そう言って、クレアは肩をすくめた。

 その場にいる全員が、功績を讃えるようにクリスを見つめた。



『でも、いずれにしてもみんなが無事でよかったよ』

 クリスは照れ隠しするようにそう言って視線を外すと、アクアを撫でた。



『それと、これを』

 そう言ってエランドラが差し出したのは、ルーベラピスのついた短剣だった。グレンが海底洞窟の地面に突き刺したまま、置きっぱなしにしてきてしまったのだった。



『取って来てくれたの?』

 エランドラは笑顔でうなずき返した。クリスは礼を言って受け取ると、それを腰に差した。

『そしたら、これからセテオスに戻るんだよね?』

 クリスが顔を上げると、皆が笑顔でうなずいた。



『その前にこっちの民にも顔を見せてやってくれんか。英雄をひと目見たいとそこいら中から集まって、ずっと待ってるんだ』

 窓の外を指差し、ガイオンが言った。



 ひょっとして、さっきからずっと騒がしいと思っていたのはそれだろうか?

 窓の方へ視線を向けて、クリスは耳をそばだてた。



 ガイオンが窓辺に歩み寄ると、天井まである大きな窓がすっと自動的に開いた。それと同時に、人々の大合唱が流れ込んできた。



「クーリース!クーリース!」



 皆がクリスの名前を呼んでいる。響き渡る声からして、相当な数の人が集まっている様子だった。

 地上では聞いたこともないような音色の楽器も演奏され、陽気な音楽が流れていた。



 半円に広がったバルコニーに歩み出ると、ガイオンが振り返って手招きをした。ガイオンの姿を目にして、人々の興奮が更に高まった。

『いいじゃん。あいさつしてあげなよ』



 戸惑うクリスの腕を組んで、クレアが引っ張った。引っ張られていくクリスの元へベベが飛んでいって、頭の上に載った。

 クリスが救いを求めるように紗奈に視線を向けると、紗奈は苦笑しながら手を振った。



 広場は、予想以上に大勢の人で埋め尽くされていた。水路や空にも数多くの船が集まり、その上からも沢山の人が大声で叫びながら手を振っている。



 クリスが顔を出すと、あちこちから花火も上がった。

 クレアと一緒にアクアを掲げ、クリスは照れくさそうに小さく手を振り返した。




────第二章 クリスタルエレメント 完────



 第二章もお読みくださり、ありがとうございます!

 次回より「第三章 悪魔の儀式」に突入します。

 タイトル通りこれまでと少し趣が変わるかもしれませんが、新たな仲間も増えてさらなる冒険へと旅立ちます。

 是非、引き続きお楽しみください♪




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