クリスの物語

daichoro

文字の大きさ
上 下
113 / 227
第二章 クリスタルエレメント

第61話 試練

しおりを挟む
 薄暗い水の中でクリスは目を開けた。

 息ができるのは、ピューラのおかげだろう。しかしそこには重苦しい雰囲気が漂い、息苦しく感じられた。



 クリスはその場で回転して、360度見回した。しかし、濁った水の中で何も見当たらなかった。クレアの姿もない。

『クレアー!』



 クリスは思念で何度も呼びかけた。しかし、自分の声が頭の中でやまびこのように反響するだけだった。

 次第に息苦しさが増していった。耳鳴りもし始め、頭や胸が圧迫された。手足もしびれ、力がどんどん抜けていく。



 もしかしたら、ピューラの効果が切れてしまったのかもしれない。恐怖心が湧き起こり、パニックに陥りそうになった。すると、どこからか名前を呼ぶ声がした。



『クリス』

 声のする方を向くと、そこにはベベがいた。それも今のベベではなく、生まれ変わる前の初代のベベだ。



『あれ?ベベ?なんでベベがこんなところにいるの?』

『会いたかったよ、クリス』

 ベベが尻尾を振って、その場で飛び回った。

『ベベがいるってことは、もしかしてここは死後の世界?あれ、でもベベは生まれ変わったはずじゃない?』



 ベベのもとへ駆け寄っていくと、今度はまた別のところから名前を呼ばれた。振り向くと、そこには母親が立っていた。



「え?なんでおかあさんがいるの?」

「何やってるの、クリス!変な夢ばっかり見ていないで、早く帰ってきなさい」



 母親に叱られ、クリスは首を傾げた。一体どういうことだろうか?これまで起きたことは、全部また夢だったとでもいうのだろうか?



 そんなことを考えていると、今度はまた別のところから名前を呼ばれた。振り向くと、今度は紗奈の姿があった。



「クリス。もういいよ。もう帰ろう。さっきソレーテさんが言っていたけど、地球が滅びるなんてことは本当はないんだって。だから、何も責任を感じるようなことはないって。だから帰ろう?」

 紗奈がそう言って、手を差し出した。



「そうだよ。早く帰って来いよ。もう、中学が始まるぜ」

 いつの間にか紗奈の隣には、学生服を着たタケシがいた。

「そうだよ。帰って来いよ。チャリでまた探検しにいく約束だろう?」

 ヨウヘイや、その他学校のクラスメイトがぞろぞろと目の前に現れた。担任の佐藤先生までもがいた。



「クリスくん。君はもう中学生ですよ?いつまでもそんな妄想をして遊んでいる場合じゃありません。あなたが世界を救うなんて、そんなわけがないでしょう。いい加減、目を覚ましなさい」

 先生の言葉に、クラスの皆がうなずいた。



 そうか。やっぱりぼくは長い夢を見ていたのか。たしかにそうだ。ぼくなんかに世界や人類を救う使命があるだなんて、おこがましいにも程がある。

 クリスが納得して顔を上げると、ベベと母親も再び現れて皆が笑顔で迎えた。



 皆の待つ方へ向かっていくと、「ダメー!」という叫び声が響いた。振り返ると、クレアがいた。



「クリス!惑わされちゃダメだよ!そっちへ行ってはダメ!あなたは幻影を見せられているのよ!わかるでしょう?誘惑に流されてはダメ!疑念を持ってはダメ!お願いだから戻ってきて!」

 そう叫ぶクレアは、顔や体が傷だらけだった。



「またあいつかよ!惑わされちゃダメーだってよ」

 ナオトが指を差して笑った。すると、クラスの皆が笑った。

「あいつこそ、おかしいだろ。背中に羽も生えてるし。妖精っていうか、妖怪だよな」

 タケシがそう言って歩み寄ってくると、クリスの肩に腕を回した。



「あんなのほっといて、さっさと行こうぜ」

 クリスはまたクレアの方を振り返った。



「ダメだよクリス!」

 傷だらけの手で涙を拭いながら、クレアが叫んだ。

「やっぱり、ぼくちょっと行ってくる」

 タケシの腕を振りほどいて、クリスは引き返した。



「おい、なんだよクリス!またハブられてーのかよ!」

 タケシの言葉に、クリスは立ち止まった。いじめられていた時の記憶が、胸の奥底からよみがえってきた。言いようもない恐怖心に、足がすくんだ。



 そんなクリスを、クレアが悲しそうに見つめていた。体の傷は更に増え、ボロボロになっていた。



 クリスは恐怖心を断ち切るように、左右に頭を振った。そしてタケシたちの方を振り返ることなく、クレアの元へ向かって走り出した。

 たとえこれが夢だったとしても、この世界での責任を果たさないといけない。放っておくことなんてぼくにはできない。夢だったら、すべてが終わってから目覚めればいいんだ。



 皆から罵声が浴びせられる中、クリスは黙って走り続けた。すると、ギュウウウウンッとまた掃除機で吸われるように、クリスはその場から引っ張り上げられた。




 アクアから抜け出て、クリスは再び元の世界に戻っていた。そこへクレアが飛んできた。アクアの中の幻影に現れたときのように、クレアは傷だらけだった。

『どうしたの?大丈夫?』

 クリスが声をかけるや否や、アラルゴンの攻撃がふたりを襲った。クレアがクリスを抱きかかえ、寸でのところでその攻撃をかわした。ふたりは地面に転がった。



『クリスよくやったね』

 クレアが微笑みかけた。

『精神面ではもう乗り越えたから。あとは、あのドラゴンの幻影を打ち砕くだけだよ』

 方向転換してこっちへ向かってくるアラルゴンに視線を向けて、クレアが言った。



『右腕を突き上げて』

 尻餅をついたまま、クリスは言われた通り右腕をアラルゴンに向けて突き上げた。クレアがそこに左腕を添えて、腕にはめたミラコルンのドラゴンの頭部同士をくっつけた。

『一緒に唱えて!』



「オンドーヴァルナーシム!」

「オンドーヴァルナーシム!」



 クレアに続いてカンターメルを唱えた次の瞬間、ミラコルンから強い光が放たれた。その光はふたりを包み込むと、みるみる内に大きくなって部屋いっぱいに広がった。

 そして、光の波動がまるで昇り龍のように、襲いかかってくるアラルゴンを飲み込んだ。光に飲み込まれたアラルゴンは、一瞬にして塵と化した。



 光の龍は天井もすべて突き破り、天高くどこまでも昇っていった。その光景を目にしながら、クリスの意識は遠のいていった。



『クリスのパワーって、すさまじいね・・・』

 遠のいていく意識の中、クレアの声がかすかに聞こえた。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。

倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。 でも、ヒロイン(転生者)がひどい!   彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉ シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり! 私は私の望むままに生きます!! 本編+番外編3作で、40000文字くらいです。 ⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。 ⚠『終』の次のページからは、番外&後日談となります。興味がなければブラバしてください。

こじらせ中年の深夜の異世界転生飯テロ探訪記

陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
ファンタジー
※コミカライズ進行中。 なんか気が付いたら目の前に神様がいた。 異世界に転生させる相手を間違えたらしい。 元の世界に戻れないと謝罪を受けたが、 代わりにどんなものでも手に入るスキルと、 どんな食材かを理解するスキルと、 まだ見ぬレシピを知るスキルの、 3つの力を付与された。 うまい飯さえ食えればそれでいい。 なんか世界の危機らしいが、俺には関係ない。 今日も楽しくぼっち飯。 ──の筈が、飯にありつこうとする奴らが集まってきて、なんだか騒がしい。 やかましい。 食わせてやるから、黙って俺の飯を食え。 貰った体が、どうやら勇者様に与える筈のものだったことが分かってきたが、俺には戦う能力なんてないし、そのつもりもない。 前世同様、野菜を育てて、たまに狩猟をして、釣りを楽しんでのんびり暮らす。 最近は精霊の子株を我が子として、親バカ育児奮闘中。 更新頻度……深夜に突然うまいものが食いたくなったら。

主人公は高みの見物していたい

ポリ 外丸
ファンタジー
高等魔術学園に入学した主人公の新田伸。彼は大人しく高校生活を送りたいのに、友人たちが問題を持ち込んでくる。嫌々ながら巻き込まれつつ、彼は徹底的に目立たないようにやり過ごそうとする。例え相手が高校最強と呼ばれる人間だろうと、やり過ごす自信が彼にはあった。何故なら、彼こそが世界最強の魔術使いなのだから……。最強の魔術使いの高校生が、平穏な学園生活のために実力を隠しながら、迫り来る問題を解決していく物語。 ※主人公はできる限り本気を出さず、ずっと実力を誤魔化し続けます ※小説家になろう、ノベルアップ+、ノベルバ、カクヨムにも投稿しています。

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

ダンジョンが出現して世界が変わっても、俺は準備万端で世界を生き抜く

ごま塩風味
ファンタジー
人間不信になり。 人里離れた温泉旅館を買い取り。 宝くじで当たったお金でスローライフを送るつもりがダンジョンを見付けてしまう、しかし主人公はしらなかった。 世界中にダンジョンが出現して要る事を、そして近いうちに世界がモンスターで溢れる事を、しかし主人公は知ってしまった。 だが主人公はボッチで誰にも告げず。 主人公は一人でサバイバルをしようと決意する中、人と出会い。 宝くじのお金を使い着々と準備をしていく。 主人公は生き残れるのか。 主人公は誰も助け無いのか。世界がモンスターで溢れる世界はどうなるのか。 タイトルを変更しました

『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯
ファンタジー
 VRMMO『無題』をプレイしていた雪乃の前に表示された謎の選択肢、『この世界から出る』か『魔王になる』。  魔王を拒否して『この世界から出る』を選択した雪乃は、魔物である樹人の姿で異世界へと放り出されてしまう。  人間に見つかれば討伐されてしまう状況でありながら、薬草コンプリートを目指して旅に出る雪乃。  自由気ままなマンドラゴラ達や規格外なおっさん魔法使いに助けられ、振り回されながら、小さな樹人は魔王化を回避して薬草を集めることができるのか?!    天然樹人少女と暴走魔法使いが巻き起こす、ほのぼの珍道中の物語。 ※なろうさんにも掲載しています。

勇者の野郎と元婚約者、あいつら全員ぶっ潰す

さとう
ファンタジー
大陸最大の王国である『ファーレン王国』 そこに住む少年ライトは、幼馴染のリリカとセエレと共に、元騎士であるライトの父に剣の稽古を付けてもらっていた。 ライトとリリカはお互いを意識し婚約の約束をする。セエレはライトの愛妾になると宣言。 愛妾を持つには騎士にならなくてはいけないため、ライトは死に物狂いで騎士に生るべく奮闘する。 そして16歳になり、誰もが持つ《ギフト》と呼ばれる特殊能力を授かるため、3人は王国の大聖堂へ向かい、リリカは《鬼太刀》、セエレは《雷切》という『五大祝福剣』の1つを授かる。 一方、ライトが授かったのは『???』という意味不明な力。 首を捻るライトをよそに、1人の男と2人の少女が現れる。 「君たちが、オレの運命の女の子たちか」 現れたのは異世界より来た『勇者レイジ』と『勇者リン』 彼らは魔王を倒すために『五大祝福剣』のギフトを持つ少女たちを集めていた。    全てはこの世界に復活した『魔刃王』を倒すため。 5つの刃と勇者の力で『魔刃王』を倒すために、リリカたちは勇者と共に旅のに出る。 それから1年後。リリカたちは帰って来た、勇者レイジの妻として。 2人のために騎士になったライトはあっさり捨てられる。 それどころか、勇者レイジの力と権力によって身も心もボロボロにされて追放される。 ライトはあてもなく彷徨い、涙を流し、決意する。 悲しみを越えた先にあったモノは、怒りだった。 「あいつら全員……ぶっ潰す!!」

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
 初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎  って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!  何故こうなった…  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  そして死亡する原因には不可解な点が…  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

処理中です...