クリスの物語

daichoro

文字の大きさ
上 下
110 / 227
第二章 クリスタルエレメント

第58話 クリスタルエレメント”アクア”

しおりを挟む
 クリスの目の前に突如現れた空間は、天井がどこまでも上に伸びた広い真四角の部屋だった。

 壁四面に通路への入り口があり、部屋の中央には金色に光る台座があった。

 台座の上には、黒く丸い石が置かれている。バレーボールほどの大きさのその石は、光の加減によって青く光った。



 向かいの通路からやってきたグレンが、その石を見るや否や「おお!」と感嘆の声を上げた。

 左手の通路からはボラルクが、右手の通路からはダルミアが兵士とともに入ってきた。グレンは回り込んでクリスの隣に立った。



『これが水のクリスタルエレメント、アクア・・・』

 ゴクリと唾を飲み込んだグレンは、血走った目でその黒い石を見つめた。



『これがクリスタルエレメント・・・』

 そう呟いたボラルクが、何かに取り憑かれたようにふらふらと台座に近づいていった。手を伸ばして石に触れようとするボラルクに、グレンが怒鳴った。



『いけません!』

 ビクッと体を震わせて、ボラルクはとっさにその手を引っ込めた。振り返ったボラルクに、グレンは首を振った。



『水の超竜アラルゴンの生命エネルギーを封じ込めたクリスタルエレメントです。選ばれし者でない者が、封印が解かれる前に不用意に触れてはいけません』

 ボラルクは『すみません』と謝って、首をすくめながらクリスのうしろに回り込んだ。



『それではクリスさん、お願いしてもよろしいですか?』

 クリスタルエレメントを見据えたまま、首だけ回してグレンが要請した。

『ええと、何をしたらいいんですか?』

『封印を解いていただきたいのです』



 興奮しきったグレンは、待ちきれない様子でそう言った。しかし、そうは言われても何をしたらいいのかクリスには分からなかった。

 マーティスから教えてもらったのは、ルーベラピス発動のカンターメルだけだ。封印を解く方法を教わったわけではない。



 ぎらついた目でグレンに睨めつけられてクリスが戸惑っていると、不意に聞き覚えのあるダミ声が響いた。

『それが水のクリスタルエレメントか』

 その場にいる全員がうしろを振り返った。



 クリスのやってきた通路から、多数の兵士を引き連れて入ってくる大柄な男がいた。ガイオンだった。



『ガイオン陛下・・・』

 ガイオンの姿を目にしたグレンは、驚きを隠せない様子で口を開けたまましばらく固まっていた。

 他の通路からもぞろぞろと兵隊がやってきた。その中には、オエノボスの姿もある。部屋の壁一面が、アトライオスの兵隊に埋め尽くされた。



『なぜ・・・?』

 自問するように、グレンがつぶやいた。

『なぜここが分かったかって?』

 ガイオンがにやりと笑った。



『ラムナス!』

 ガイオンが叫ぶと、グレンと行動を共にしていたひとりの兵士がガイオンの元に駆け寄った。兵士はガイオンの隣に立つと、回れ右をして振り返った。



『まさかお前が』

 信じられないという表情で、グレンはその兵士を見つめた。

 ラムナスと呼ばれた兵士は、表情を崩すことなく正面を向いたまま微動だにしなかった。



『ついにこの時がきたぜー!』

 ガイオンとグレンが睨みあう中、突然オエノボスが叫び声を上げて走り出した。そして台座の上に載ったアクアを掴むと、頭上に掲げた。



『これで、俺様が海の頂点に君臨することができる・・・』

 高らかに叫んだオエノボスだったが、みるみる内にその体が溶けていった。

『あれ・・・?』という声を最後に、オエノボスの姿は完全に消滅して、クリスタルエレメントが地面に転がった。



『馬鹿野郎が。欲を出しやがって』

 転がったクリスタルエレメントを見つめて、ガイオンが舌打ちをした。それから、再び顔を上げてグレンを睨みつけた。



『アルメイオンはどうした?』

 ガイオンのその言葉を聞き、クリスは不審に思った。アルメイオンは、ガイオンに呼ばれて帰ったとグレンは言っていた。



 グレンに対する疑念が、クリスの中で再び湧き起こった。そしてグレンに疑いの眼差しを向けたときだった。

 突然胸倉を掴まれ、力ずくで引っ張られた。抵抗する間もなく、クリスはグレンの腕の中で首を絞められていた。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

捨てられた第四王女は母国には戻らない

風見ゆうみ
恋愛
フラル王国には一人の王子と四人の王女がいた。第四王女は王家にとって災厄か幸運のどちらかだと古くから伝えられていた。 災厄とみなされた第四王女のミーリルは、七歳の時に国境近くの森の中で置き去りにされてしまう。 何とか隣国にたどり着き、警備兵によって保護されたミーリルは、彼女の境遇を気の毒に思ったジャルヌ辺境伯家に、ミリルとして迎え入れられる。 そんな中、ミーリルを捨てた王家には不幸なことばかり起こるようになる。ミーリルが幸運をもたらす娘だったと気づいた王家は、秘密裏にミーリルを捜し始めるが見つけることはできなかった。 それから八年後、フラル王国の第三王女がジャルヌ辺境伯家の嫡男のリディアスに、ミーリルの婚約者である公爵令息が第三王女に恋をする。 リディアスに大事にされているミーリルを憎く思った第三王女は、実の妹とは知らずにミーリルに接触しようとするのだが……。

倒したモンスターをカード化!~二重取りスキルで報酬倍増! デミゴッドが行く異世界旅~

乃神レンガ
ファンタジー
 謎の白い空間で、神から異世界に送られることになった主人公。  二重取りの神授スキルを与えられ、その効果により追加でカード召喚術の神授スキルを手に入れる。  更にキャラクターメイキングのポイントも、二重取りによって他の人よりも倍手に入れることができた。  それにより主人公は、本来ポイント不足で選択できないデミゴッドの種族を選び、ジンという名前で異世界へと降り立つ。  異世界でジンは倒したモンスターをカード化して、最強の軍団を作ることを目標に、世界を放浪し始めた。  しかし次第に世界のルールを知り、争いへと巻き込まれていく。  国境門が数カ月に一度ランダムに他国と繋がる世界で、ジンは様々な選択を迫られるのであった。  果たしてジンの行きつく先は魔王か神か、それとも別の何かであろうか。  現在毎日更新中。  ※この作品は『カクヨム』『ノベルアップ+』にも投稿されています。

美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する

くみたろう
ファンタジー
いつもと変わらない日常が一変するのをただの会社員である芽依はその身をもって知った。 世界が違った、価値観が違った、常識が違った、何もかもが違った。 意味がわからなかったが悲観はしなかった。 花嫁だと言われ、その甘い香りが人外者を狂わすと言われても、芽依の周りは優しさに包まれている。 そばに居るのは巨大な蟻で、いつも優しく格好良く守ってくれる。 奴隷となった大好きな二人は本心から芽依を愛して側にいてくれる。 麗しい領主やその周りの人外者達も、話を聞いてくれる。 周りは酷く残酷な世界だけれども、芽依はたまにセクハラをして齧りつきながら穏やかに心を育み生きていく。 それはこの美しく清廉で、残酷でいておぞましい御伽噺の世界の中でも慈しみ育む人外者達や異世界の人間が芽依を育て守ってくれる。 お互いの常識や考えを擦り合わせ歩み寄り、等価交換を基盤とした世界の中で、優しさを育てて自分の居場所作りに励む。 全ては幸せな気持ちで大好きなお酒を飲む為であり、素敵な酒のつまみを開発する日々を送るためだ。

【完結】転生したら侯爵令嬢だった~メイベル・ラッシュはかたじけない~

おてんば松尾
恋愛
侯爵令嬢のメイベル・ラッシュは、跡継ぎとして幼少期から厳しい教育を受けて育てられた。 婚約者のレイン・ウィスパーは伯爵家の次男騎士科にいる同級生だ。見目麗しく、学業の成績も良いことから、メイベルの婚約者となる。 しかし、妹のサーシャとレインは互いに愛し合っているようだった。 二人が会っているところを何度もメイベルは見かけていた。 彼は婚約者として自分を大切にしてくれているが、それ以上に妹との仲が良い。 恋人同士のように振舞う彼らとの関係にメイベルは悩まされていた。 ある日、メイベルは窓から落ちる事故に遭い、自分の中の過去の記憶がよみがえった。 それは、この世界ではない別の世界に生きていた時の記憶だった。

異世界でゆるゆる生活を満喫す 

葉月ゆな
ファンタジー
辺境伯家の三男坊。数か月前の高熱で前世は日本人だったこと、社会人でブラック企業に勤めていたことを思い出す。どうして亡くなったのかは記憶にない。ただもう前世のように働いて働いて夢も希望もなかった日々は送らない。 もふもふと魔法の世界で楽しく生きる、この生活を絶対死守するのだと誓っている。 家族に助けられ、面倒ごとは優秀な他人に任せる主人公。でも頼られるといやとはいえない。 ざまぁや成り上がりはなく、思いつくままに好きに行動する日常生活ゆるゆるファンタジーライフのご都合主義です。

司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。  ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。

女神のクシャミで死んじゃって、異世界で新しい人生を☆

ちゅうたむ
ファンタジー
ゲームの発売日。ゲームを買いに行く前に、コンビニのATMにお金をおろしに行ってたら コンビニ強盗に 人質にされ。 その時、何処からか可愛らしいクシャミが聞こえたと思ったら…… 小説家になろう様・ノベルバ様でも連載中です。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

処理中です...