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第3話 さら蛇との対峙の巻(1)
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次の日の朝、僕はいつもより少し早めに学校に登校した。
「おはようですぅ!」
教室の戸を開けると、渡辺さんが僕に挨拶してくれる。
「おはよう! て、あれ? 何で渡辺さんがいるの?」
「雪那か? 思ったより早かったな」
隆も戸の近くで立っていた。
「この子、今日からこの学校に転校して来たんだって」
戸部さんは席について、肩肘をついている。
そっか、転校してきのか、それでこの教室にいるのかぁ……。
「て、急だね!? それにこの学校のこのクラスって、ピンポイントだね!?」
何だろう、漫画に出てくるようなこの急展開っぷりは?
「そうなんです。唯は雪那様が心配で、このクラスに転校して来たですぅ」
「えぇぇーーーー!?」
「というのは冗談ですぅ」
冗談なんだ!? ちょっとドキっとしたじゃないか。
「本当は、親の仕事の都合で、ちょっとでも職場に近いところに引っ越したんですけど、唯も一緒に引っ越して、転入試験を受けて合格しました。それで今日が転校初日なんですぅ。まさか雪那様と同じクラスになれるなんて思いもしなかったですが」
「そうなんだぁ。でも、制服は前の学校のまま何だね?」
この学校の女子生徒の制服はブレザーもスカートも両方とも黒色だけど、渡辺さんが着ているのは、上は紺色の ブレザーに、下はグレー色のチェック柄のスカートだ。襟元のリボンのは色はこの学校の赤色じゃなくて、青色だ。
「そうなんです。ちょっと皆さんのとは違って目立ってしまいますね」
その服装が渡辺さんには良く似合っていて、良い意味で目立つと思う。
「でも、似合ってるよね」
「本当ですか? そう言って貰えると嬉しいです。このまま新しい制服買わないでいましょうか」
顔を赤くして、喜ぶ姿が可愛らしい。
そんなに喜ぶなんて、よっぽどその制服を気に入っていたのかな。
「お前って、自然に褒めるよな」
「そっかな、でも渡辺さんなら、制服を脱いだ姿も見てみたいな」
制服以外の服装も見てみたいな。
「雪那、お前、心の声と実際の声が逆だぞ」
隆が冷ややかな眼で僕に注意する。そっかぁ逆だったかぁ……、って、ええええーーー!?
「藤原、あんた、そんなこと思ってるの? 最低ね」
戸部さんは隆よりも何倍も冷たい眼で僕を睨みつけ、拳を堅く握っている。その拳をどうするつもりですか? 僕には下ろさないことを祈ります。
「え!? ちょっと、待ってよ。心の声と間違えただけだよ」
「その発言は肯定になるぞ。その弁解で良いのか?」
隆がさらに追い打ちをかける。こういうときだけそんなに深刻な顔をするのやめてよ。
いつものバカっぽい笑って流してくれたらいいじゃないか。
それは、確かに渡辺さんの裸を見たいけど……、じゃなかった。
そうだ、肝心の渡辺さんは?
渡辺さんの顔を向ける。
「雪那様が 、お望みとあれば……」
俯きかげんの顔を真っ赤にして、制服のボタンを外しに手を掛けている。
「ストップ!! ストップだよ!! 何脱ごうとしてるのさ」
「雪那様が私の裸を見たいと言ったので」
「そこまでは言ってないって! 制服を脱いで、ブラウス姿が見たいって言ったんだよ」
我ながら、ナイスな言い訳だ!
「そうだったのですか?」
「そ、そうだよ!」
「私一人、舞い上がっていたみたいですぅ」
渡辺さんが恥ずかしそうに微笑む。か、可愛い……。
(雪那、勿体ないことしたな)
(うるさい、仕方無いだろ)
(それと、ブラウス姿が見たいって、それもアウトに近いぞ)
隆のアイコンタクトが何を言わんとしているかわかり、僕もアイコンタクトで返事をする。
入学して三ヶ月ぐらいだけど、中学からツルんでいた隆とはいつもの間にかこんな芸当が出来るようになっていた。意外と便利なワザだ。
「渡辺、あんた藤原が死ねって言ったら、死ぬわけ?」
戸部さんが急に変なことを言い出す。何を言ってるんだろうか。いくらお人好しの渡辺さんでも、そこまではしないだろう。
「はい、お望みとあらば命も差し出します」
ほら、渡辺さんでもそこまでは……、えええ!?
「何、言ってるんだよ! そんなことしなくてもいいから! 人に言われたら死ぬって、えええ!?」
「雪那、落ち着けって」
「落ち着けって言われても、僕は落ち着いているよ! 全然落ちち着いてているよ」
「いや、落ち着いてないからな」
「雪那様だか らですよ。他の人に言われても、私の命はあげませんよ」
エッヘンとばかりに発育の良い胸を張って答える。
いや、全然誇らしくとも何ともないから。僕、からかわれてるのかな。
「殊勝なことね。藤原、私はあげないからね」
いや、わかってるって、わざわざ君は何を言ってるんだろうか。
「雪那、俺もお前にはあげないからな」
ポッとしなくていい!! おえっ! わからん、隆は本当に何を言ってるんだろうか。
うん、からかわれてるな、僕。
徐々に教室にもクラスメイトが入り、朝のホームルームが始まった。
転校生の紹介が終わると、クラス担任の永野先生が昨日の出来事について話し始めた。
マンナカモールで無差別テロが起き、負傷者が出たけど、 死者はゼロ。物騒なことが市内で起きているから気を付けましょう。そんな内容だった。
どうやら、協団の力でその場にいた人全ての記憶を書き換えたようだ。
事件の真相を知っているのは僕達を含めた協団の人達だけだろう。
一般人が妖怪の存在を知らないのは、こうやって隠蔽されているからだと初めて知った。一度踏み込んでしまうと知らない方が良かったのかもしれないと少しだけ心が揺らいでしまった。
朝のホームルーム、一時間目の授業が終わり、次は二時間目の授業、美術だ。
三年生の教室のある南校舎、二年生の教室のある中校舎、そして、一年生の教室がある北校舎と、この学校には、合計三つの校舎がある。美術室はその内の中校舎にある。
僕と隆、戸部さん、渡辺さん の四人で中校舎に向かって歩く。
二階の渡り廊下で、茶色く染めた髪をオールバックにし、耳にはピアスを付けた男子生徒がこっちに向かって歩いてくる。昨日隆とぶつかって因縁をつけてきた変なヤツだ。
「お前か、新しく入ったってやつは?」
僕の前で止まると、いきなり話しかけてきた。
「そうだけど、君は?」
「お前と違って二級だ。何でお前なんかが二級の戸部といるんだ。それに昨日協団で聞いたが、渡辺は特別級だろ? 《八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)》の使用者って話じゃねえか。お前らなんかと一緒にいて人達じゃねぇぞ」
「はい?」
何を言っているんだろうか、この人は。そもそも級って?
「私達がいたいからいるのよ。あんたには関係ないでしょ」
戸部さんがうっとうしそうにばっさりと切る。
「関係はあるだろ。俺は二級だぞ」
「それがどうしたのよ。クラスメイトと一緒に行動するのに級も何も関係ないでしょ」
「おいおい、秋山、何だ、級の自慢か?」
どうやら茶髪ピアス男は秋山というらしい。
「四級は黙っていろ。俺は戸部と話しているんだ」
秋山が隆を相手にはしないで戸部に向き直る。
「戸部、こんなやつらとつるんでいると、お前も落ちこぼれの一員になるぞ」
「落ちこぼれ? いいわよ、別に。あんた何かと話しているよりはよっぽどマシよ」
「マシって!? 僕ってそんなに落ちこぼれてるの!? 隆はともかく」
「待て、雪那。マシってことはだ、一応褒め言葉の筈だ。落ちこぼれは雪那だけだが」
隆が説明してくれる。そうか、マシは褒め言葉なのか。落ちこぼれの隆の言うことだから信用は出来ないけど、ここは素直に受け取っておこう。
「戸部さん、マシって言ってくれてありがとう!」
「雪那様! ここは、ありがとうっていうところじゃないですぅ!」
なっ、そうだったのか。また隆に騙されるところだった。
「別に騙したつもりはなかったんだが、お前が予想以上にバカ過ぎただけだ」
「バ、バカじゃないからね。少し信じやすいだけだからね」
隆に言い返している間に、秋山が渡辺さんに近寄る。
「落ちこぼれどころかバカだな。戸部、渡辺、お前らはこんなバカなヤツらとつるむべきじゃない。俺と一緒にいろ。そうすれば危険に遇うことも、こいつらに毒されることもない 」
秋山とかいう見た目チャラ男、何ずけずけと渡辺さんを口説いているんだ! 僕でさえも口説いたことないのに。ここは一発ガツンと、言ってやらねば! 隆の口から。
「あなたに何が分かるんですか!? 私は雪那様達と一緒にいますぅ」
先に渡辺さんに言われてしまった。
「こんなヤツらといてもメリットなんかないぞ」
「損得でしか考えれないあなたとは違いますぅ! そもそもあなたなんかといてもメリットなんかありません!」
「そうか。後悔しても知らんぞ」
「んな、雑魚発言はいいから、どっか消えてくれるか? 二級に上がり立ての秋山君」
「ふんっ、言われなくても次の授業に向かう途中だ」
隆が苛つき気味に促し、秋山は僕達が来た方向に通り過ぎていった。
「何だったの、あれ」
秋山が遠くへ離れてから、僕は説明を求めた。いきなり突っかかってきたり、本当に意味が分からない人だと思う。
「あいつは秋山つって。この間協団で二級に上がったもんだから調子に乗ってんだろ」
「そういうこと。私と同じ急に上がったもんだから、余計に私や隆に絡んでくるのよ」
「そうだったんですかぁ。雪那様を貶すから、嫌な人なのは間違いないですぅ」
その基準、僕のことを貶す人は嫌な人って。何か危険な判断基準のような気がする。いや、まぁ、またからかわれてるのかな。
「ところで、級って?」
さっき疑問に思ったことを尋ねてみた。
「そっか、まだ言ってなかったわね」
「簡単に言うと強さの基準みたいなものだな」
隆が説明を続ける。
「入団したての新人は四級。次に三級、二級と上がっていき、一級が一番強いヤツだ」
戸部さんが隆の説明の補足をする。
「それで、特別級っていうのがあって、それはその一級よりも上。っていうか別格よ。私達が使うような『贋神器』じゃなくて本物の『神器』の使用者を特別級っていうの。その差は余りにもあり過ぎて特別な存在なの。だから特別級よ」
「そんなに『神器』って凄いんだ」
僕の素朴な感想に戸部さんが頷く。
「ええ。『神器』そのもの自体数が少ないけど、その力は絶大よ。で、まさにその使用者っていうのが渡辺よ」
渡辺さんに顔を向けると、とうの本人は首を横に振る。
「そんな大したものじゃないですよ。それに私は『神器』を使えないですし」
「そうなの? 『神器持ち』の中でも稀少な『神器』、《八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)》の使用者って聞いているけど」
戸部さんが渡辺さんに尋ねる。
「使用者で間違いは無いですけど、使えないから、戦力外なんです。期待させといてごめんなさい」
渡辺さんが俯き加減にそう謝る。
「いや、謝らなくていいわよ。ただ、折角の『神器持ち』なのに残念だねっと思って。何か理由があるのよね? 使用者なのに使えないって。無理には言わなくていいから」
戸部さんが推測を言う。
「ありがとう。その通りなんです。実は今朝起きたら色んなことを思い出したんですぅ。それで気付いたんですが、他の過去の使用者とは違って、私は使えない理由があるんです。あの、これ以上 は言わなくてもいいですかぁ?」
「そっかー。良いわよ、それだけで十分よ」
「『神器持ち』とは言っても本当は戦力外と思っていいんだな。まぁ既に戦力外はいるし、一人増えたと思えば良いだけなんだけど」
隆が納得したような顔で発言する。
「ちょっと、待った! 誰が戦力外だよ!」
これでも僕には武器があるんだ。『贋神器』という刀が。
「わかってんじゃねぇか。雪那、お前だよ」
「いやいや、ちょっと待って、隆よりは強いと思うよ、たぶん」
こう見えても少しは、ほんの少しは筋トレしてるし、刀の扱い方は熟知してるし。主に漫画を読んで。
「はいはい、そりゃ良かった。次に妖怪に出くわしたら、雪那が前衛な」
「ごめん、ちょっと虚勢を張りました」
背に腹は変えられないっていうのかな。僕には、渡辺さんの前で格好つけることよりも命が大事なようだ。
そんなこんなで、移動しながら喋っていると、目的の美術室に着いた。
午前中の授業が終わり、昼休みになった。
「雪那、飯だ飯!」
「どこ行く? 屋上?」
「雪那様は屋上に行くんですか? 唯も一緒に食べます!」
渡辺さんがとことこと走ってきて僕らの前でそんなことを言ってくれた。
「渡辺さんも僕達と一緒に屋上に来る?」
渡辺さんから言ってくれるなんてありがたい。可愛い子と食べるなんて、夢のようだ。
「もちろんですぅ!」
「戸部、お前も来るか?」
隆が誘うと、戸部さんも渋々な顔をしながら頷く。
「仕方無いわね。私も行ってあげるわ」
「そんな嫌なら、無理して来なくても大丈夫だよ。友達とお昼食べる約束したんなら悪いしね」
「行くっていってるでしょ!」
イラっとした表情に急に変わる。
僕、何か気の触ること言った!?
「お前の存在にイラついてんじゃないか?」
隆が僕に助言をする。
「そうか、僕の存在が……、ってそんなワケないじゃないか!」
「なぁ、戸部?」
「私に振らないでくれる」
「えぇぇ!? 本当に僕の存在にイラついてる……」
落ち込んだ気持ちで渡辺さんと屋上に向かう。後ろで隆が何か言ってるけど、今の僕にはその声は届かない。
「戸部、お前も素直になれよ」
「はぁ? 何言ってんのよ」
「とぼけんなよ、雪那のこと好きなんだろ?」
「な、何言って んのよ! 私があんなバカを好きになるわけないじゃない!」
「そうか? なら良いけど。このまま後悔はすんなよ」
「後悔なんてしてないわよ! 全く、何を言ってるのかわからないっつぅの」
屋上に着くと、僕達以外の他には誰もいないみたいだ。
この学校は、屋上に出るのは禁止されているけど、そもそも屋上に出て食事しようと思う生徒がいないから禁止する意味もなかった。禁止されようが僕達にはお構い無しだけどね。
屋上はやっぱり空気が気持ちいい、そんな気持ちにさせる。晴れ渡った空には雲一つ無い。
「雪那、なに馬鹿面下げてんだ」
こいつがいなければ、もっと開放感があったに違いない。隆の発言に思わず睨んでしまう。
「今度は何睨んでんだよ」
「ううん、屋上はやっぱり気持ちいいなって思って」
「睨みながら言われてもな、顔と言葉がちぐはぐだぞ」
「気のせいだよ……」
「そ、そうか」
僕と隆は少し高めの縁に背中を預ける形で座る。ちょっと危ないけどこの格好が楽だ。
戸部さんと渡辺さんは僕達に向き合う形で座る。渡辺さんはハンカチを敷いて座った。その上品なしぐさは、育ちの良さが窺える。一方戸部さんはあぐらをかく形で座る。育ちが悪そうだ。いや、悪いのは頭か。
「ちょっと何見てんの!? あっ! もしかして私のパンツ!?」
慌てた様子でスカートの裾を下に引っ張る。
「ううん、育ち……、頭が悪そうだなと思って」
思ってたことを口にしてしまい、しまったと思ったのもつかの間 、僕の目の前に黒い影が迫った。その影を肉眼で捉えることが今の僕には出来なかった。僕に分かることは一つ。走馬燈さえも置き去りにする拳がこの世には存在する。ただそれだけであった。その後、僕の姿を見た者はいなかった――――完。
「完……。じゃねぇよ! 起きろ! 雪那! 起きろ!」
頬を叩く音が聞こえる。意識が段々と戻ってくる。
「おはよう」
隆に挨拶をして、違和感を感じる頬に手を当ててみた。どうやら僕の頬はハムスターみたいに膨れているようだ。
「何があったの?」
そう隆に話しかけるけど、隆は首を横に振る。あれ、腫れているのは隆の叩いた方とは逆の方だ。
「渡辺さん?」
渡辺さんも首を横に振る。おかしいな、頬の端から赤い液体が少 し垂れている。どうやら口が切れているのかもしれない。
「戸部さん?」
「あんたに頭悪そうって言われるなんて思わなかったわ」
戸部さんの手から血が滴り落ちている。
「戸部さん!? 大丈夫!? 怪我してるけど!?」
「うん、大丈夫よ!」
(返り血だから)
戸部さんは明るく答えた。何だろう、小声で物騒な言葉が聞こえたけど気のせいだろうか。
「雪那様、雪那様は大丈夫ですかぁ?」
渡辺さんが本当に心配そうな顔で僕の顔を覗き込む。
「うん、大丈夫だよ。 頬が熱いけど、うん、大丈夫」
「よ、良かったですぅ」
「雪那、お前不死身だな」
不死身? 隆は急に何を言ってるんだろうか……。
「おっ? 珍しいな、今日は弁当なのか」
弁当箱を取り出すと、話題を変えるかのように隆が話しかけてくる。
「普段は違うんですか? 雪那様はいつも何を食べてらっしゃるんですか?」
「いつもは食堂だよ」
「雪那、食堂は食べ物じゃないからな」
「し、知ってるよ!」
「雪那様、食堂は食べれ……」
「知ってるって」
二人が弄ってくるので、戸部さんに助けを求めようと、顔を向ける。
戸部さんの風呂敷から何か豪華な重箱が取り出される。
風呂敷って、それに重箱、どんな料理が入っているんだろうか?
「すげぇ弁当箱だな」
隆が感想を漏らす。確かに、凄い。
「そんなことないわよ。普通よ。普通」
そう言って重箱の蓋を開けると、中からは霜降りの牛肉、いくら、うに、伊勢エビが姿を現す。
「どこ が普通なんだい!」
どこのお嬢様なんだ、戸部さんは!!
重箱の二段目にはご飯が入っていた。二段目は普通だった。金粉がかかっている以外は。
「戸部、お前どこの金持ちだ?」
隆が僕の気持ちを代弁した質問をする。明らかに僕らの知る普通の弁当では無い。
「普通の家よ。別に金持ちって程じゃないわよ」
「戸部さん。僕は君のこと、勘違いしてたよ」
「え? 何よ急に?」
「君の口の悪さや、荒っぽさはてっきり君の性格かと思ってた、本当はそういう環境で育ってしまったから仕方なかったんだね」
「どういうこと?」
僕に聞き返してくる。やはりみなまで言わなければわからないか。オブラートに包みたかったけど仕方無い。はっきり言ってあげよう。
「マフィ アか極道の家なんだね」
僕は宇宙を彷徨っていた。
地球は青いって聞いたことがあるけど。
何だ、本当は赤いじゃないか。
僕の目の前は真っ赤だ。
そして、この真っ赤な世界には、重力が存在することに気がついた。
「宇宙は無重力じゃないのか! そんな馬鹿な!」
「雪那、この地球も宇宙の一つだ。重力があろうがなかろうがどれも宇宙には変わり無い」
隆がそんな言葉をかけてきた。
「そうだね、忘れていたよ。大切なことを」
「雪那様、その前に血を拭いて下さい! お顔が大変なことになっていますぅ!」
渡辺さんからハンカチを受け取り、顔に当てると、僕の鼻には二本のロケットが設置され、今にもこの地から飛び立たんとばかりにブースターから は火が吹き出ている。
「ロケットはいいですから、先に箸を抜いて下さい!」
僕の頭の中を見られているのか、渡辺さんが心配そうに声を張り上げる。
「あんた達バカ?」
僕にこんな仕打ちをしたであろう当の本人はとどめの言葉を投げかける。
僕の応急処置も終わり、食事が再開する。と言ってもまだ始まってもいないのだけど。
隆はいつも通り、冷凍食品の敷き詰められた、ごく一般家庭の弁当だ。唯一唐揚げだけは冷凍食品らしからぬ出来映えだ。
渡辺さんもごく一般家庭の弁当だ。いや、弁当箱だ。
中には芋類の煮物、たこさんウィンナーに卵焼きが入っている。と、思われる。全て真っ黒で確証は無いが。
決して黒炭では無い。何か黒い液体でコーティングされて いる。
「この、黒いのは何かな?」
「チョコレートですぅ」
この子の半分は糖分で出来ているらしい。
「雪那様はどんなお弁当ですかぁ?」
どうやら常識人は男性陣だけみたいだ。
「隆と同じで普通の弁当だよ」
しょうがない。非常識な女性陣に僕が弁当のお手本見せてあげよう。
みんなに見えるようにして僕も弁当の箱を開ける。
そこには灰色のご飯があった。
「どこが俺と一緒で普通だ? 渡辺より酷いぞ」
「唯のは酷くないですぅ。雪那様の残飯と一緒にしないでください」
「これが残飯? 野良猫も食べないわよ。ザリガニなら辛うじて食べれるかどうかってとこじゃないの?」
酷い言われようだ。言い訳させて欲しい。
「違うんだよ! ちゃんとごは んとおかずは分けてたんだけど。通学するときに走ったから、そのときに混ざっちゃったんだよ!」
「ちなみにおかずは何だ?」
「かにみそ」
僕の大好物だ。
「バカだろ?」
「バカですぅ」
「バカね」
え、何でみんなそんなごみを見るような目で見るの? 弁当じゃなくて僕を。
「美味しいんだけどな、かにみそ」
「単品で食べればな。ったく、かにみそとご飯だけって凄い弁当だな」
「そうかなぁ」
「そんな食事ですと栄養が偏りますぅ」
渡辺さんにだけは言われたくない言葉だ。
「唯、そこは問題じゃないから。それにあんたが言うの?」
さすが戸部さん。僕達が言えないことをズバズバ言ってくれる。
「唯の食事、やっぱりカロリーが少しだけ高めでしょう か。あれ? さっき唯って、下の名前で呼んでくれたですかぁ?」
渡辺さんが聞き返す。
「うんそうよ。いつまでも名字で呼ぶのもつまんないし、折角だから唯って呼ぶわね、いい?」
「いいですぅ! 呼んで下さいですぅ!」
頭を上下にコクコクと振って、嬉しそうな顔を戸部さんに向ける。
「戸部さんのことは何て呼べばいいですかぁ?」
「優子でいいわ」
「わかりましたぁ! 優子さん!」
「さんは要らないわよ」
「はい! 優子さん!」
「もういいわよ、さん付けで」
諦めたかのように戸部さんが折れる。下の名前で呼ぶだけなのに二人とも嬉しそうだ。何か微笑ましいな。
「雪那」
男に下の名前で呼ばれても全然嬉しくない。なぜだろうか、不快でしかない。
「お前も、渡辺も料理下手だよな」
「普段料理しないし、自分で作ったから仕方無いじゃないか」
「俺も自分で作ったぞ。と言っても殆ど冷凍食品で、ちゃんと作ったのは唐揚げぐらいだが」
「坂田君の手作りなんだぁ。すごいですぅ」
「坂田の癖にやるわね」
見るからに美味しそうな唐揚げだ。自分で作ってくるなんて本当に凄い、隆にしてはやるじゃん。
「唯も雪那様に作ってきます」
「えっ?」
何かおかしな言葉が聞こえた気がする。
「雪那様! 明日はお弁当は不要です! 唯が作ってきますからぁ」
戸部さんが急に宣言した。何でだろう? 嬉しい展開なのに、嫌だと思うのは何でだろうか。恐らく、チョコまみれの不思議な弁当を食べる展開が想像出来るからだろ うか。
「そ、そう? ウレ、シいな……」
「顔が引きつってるぞ」
「わ、私も作って来ようかな? 折角だし」
お? これは嬉しい。戸部さんのお弁当ならウェルカムだ。贅沢過ぎるけど、あんな豪華なお弁当が食べられるなんて。
「いいの? けっこうお金かかるんじゃないの? それに手間だって」
「いいわよ。一人分作るのも、二人分作るのも変わらないし。お母さんと違ってそこまで上手くは無いけど……」
いつもと違って、少し自信無さそうに声が窄んでいく。こんな戸部さんは何だか新鮮だ。
「いいよ! それでも! ぜひ、お願いします!」
「そ、そう? 仕方無いわね。そこまで言うなら作ってきてあげるわよ」
今度は晴れやかな顔に変わり、自信満々に引き受 けてくれた。
「雪那様? 唯のときよりも嬉しそうです……」
一方、渡辺さんは少し悲しそうな表情をしている。どうしたんだろう。
「気のせいだよ、気のせい」
「折角だから明日は四人で弁当をシェアしようぜ」
隆が提案をする。うん、それなら色んな弁当が食べれて楽しそうだ。渡辺さんの弁当は隆に多めに取り分ければいいし、良いアイディアだ。
「お! いいねぇ!」
「いいわねぇ。決まりね」
「楽しみですぅ」
早く明日が来ないかな。遠足前の小学生の気持ちに戻った気がする。
弁当を食べ終わり、雑談をしていると、そろそろ昼休みが終わる時間になる。
僕はトイレに寄ってから教室に戻ることにした。
「トイレ行ってくから、先に戻って ていいよ」
「言われなくても待つつもりねぇから」
「私も行っておきたいから、唯は先に戻ってて」
「そんな、それくらい待ちますよぉ」
渡辺さんは良い人だなぁ。それに比べて隆は。
「待ってなくていいわよ。落ち着かないから先に行ってて」
「そうですか、わかりましたぁ」
渡辺さんは頷くと、隆と一緒に教室に向かっていった。
さて僕も男子トイレに行くか。
「藤原、あんた唯から何か聞いてない? 変な夢を見たとか?」
戸部さんに呼び止められた。
急に何を言い出すんだろうか?
「いや、聞いてないよ。夢がどうかしたの?」
何で戸部さんが渡辺さんの夢を聞いてくるんだろうか?
「そう、聞いてないならいいわ」
何だろう? 戸部さんはそのま ま女子トイレに入っていった。
僕もトイレを終えて教室に入る。
戸部さんはもう教室に戻っていた。
だけど、渡辺さんと隆の姿が見当たらない。
「あれ? 隆は? 先に教室に戻った筈なんだけどな」
「さぁ。どっかほっつき歩いてるんじゃないの? 唯もまだ戻って来てないわ」
「そっかぁ。もうすぐ五時限目が始まるのにな」
「二人でどっかに行ってるとかかなぁ。子供じゃないんだからその内戻ってくるわよ」
「隆はどうでもいいけどさ、渡辺さんは転校初日にいきなり遅刻なんて、イメージ悪くならないかな」
「あんた、唯の心配はするのね?」
「そ、そうかな。そんなことないよ。それに渡辺さんだけってわけじゃないけど」
僕の心を見透かしているんじゃないだ ろうか。だって渡辺さん、可愛いんだもん。
「私の心配もしてくれる?」
「え? 何か相談ごとでもあるの? あるんだったら全然言ってよ」
「ごめん、何でもない」
「そう?」
(あんたって誰にでも優しいんだね、私なんかにも優しくしてくれるなんて……)
戸部さんが小さな声でぼそぼそっと呟いた。
上手く聞き取れなかったな。
「ごめん、何て言ったの?」
「な、何でもないわよ」
急に少し顔を赤らめて、突き放すように言われてしまった。僕、何かまずいこと言ったかな。
「そっか、ごめんごめん。何か言ったのかなと思って」
(私の方こそごめん……)
また、ぼそりと聞こえた気がするけど。小さいな声で聞き取れなかった。また怒らすわけにもいかないし。 聞き返すのはやめとこう。
教師が入ってくると同時にチャイムが鳴り、授業が始まった。
あっという間に授業が終わり、戸部さんに話しかける。
「隆達何かあったのかな?」
結局、隆と渡辺さんは授業中に戻って来なかった。学校の中とはいえ、何か事件に巻き込まれていなければいいけど。
「さぁ、わからないわ。坂田が戻って来ないのはいいとして、唯も戻って来ないのは何かあるかもしれないわね」
戸部さんがそう言うと教室を出て行った。探すあてがあるのかもしれない。
僕もこうしてはいられない。
「戸部さん、僕は隆の行きそうなとこ探すよ!」
教室を出て、戸部さんの背中に声をかける。
「わかったわ。私は唯の行きそうなところを探すわ」
振り返って僕に言うと 、僕の反対側に踵を返し、去って行った。
僕も戸部さんとは逆側に向かう。
さて、隆が行きそうなところとは言ってみたものの、どこに行けばいるだろうか。
中庭、グラウンド。バカは高いところが好きっていうし、屋上かな。いや、でもな、隆のことだから、……そうか! 女子更衣室か!
僕は急いで女子更衣室に向かって走り出した。
「藤原! 廊下走って、どこに向かっているんだ? 次の授業始まるぞ」
クラスメイトの一人が僕に声をかける。
「ごめん! それどころじゃないんだ!!」
隆が捕まってしまう前に止めなければいけない! 隆を止められるのは、友人である、僕の役目だ! 授業よりも大事なことだ! だから止めてくれるな。
決して、授業をサボり たいわけじゃない。……決して。
僕は急いで、女子更衣室の前にやってきた。
隆……、早まるなよ……。
女子更衣室に電気が付いていないことを確認して、引き戸に手をかける。
(いくら隆を止める為とはいえ、僕まで捕まるわけにはいかないからね)
「隆!!」
勢いよく女子更衣室の戸を開けた。
戸を開けると、ほんのり甘い香りが僕の鼻腔をくすぐる。
そんな香りと一緒に目に入ってきたのは隆では無かった。
「……? セツ? 何であんたがここに……いるの?」
そこには、ほっそりした足に、身長が低く、発育途中の胸の膨らみ、切れ長の目をした女の子がいた。顔はお人形さんみたいに整っていて、幼い顔とキリッとした目つきが見事に調和している。間違い無 く美少女と言う言葉に相応しい外見だ。丁度着替え終えて出るところだろうか、手には体育館シューズの入った袋を持っている。
今着ているのは体操服、長袖のジャージにハーフパンツの格好だ。残念ながらハーフパンツだ。何が残念かは言うまいが。
「彩花(あやか)か、ちょっとね。隆を探しに」
この子とは、中学生の頃同じ学校だった。クラスも三年間同じで、何回か喋ったことがあるけど、残念ながら殆んど喋る機会が無かったけど、ひょんなことから下の名前で呼んでいた。名前は佐々木 彩花(ささき あやか)、あの頃は彩花ちゃん、って呼んでたな。途中でちゃん付けするのが恥ずかしくなり、下の名前で呼び捨てにしてたっけ。
セツ、僕の中学の頃の渾名だ。久しぶりに懐かしい渾名で呼ばれて、つい彩花って呼んでしまった。
「……そう。女子更衣室に、……坂田君を探しにねぇ」
ぽつりぽつりと喋り、どうしても暗い印象を受けてしまうのが残念だ。明るくしていれば間違い無くモテそうなのに。お人形さんのイメージがさらにしっくりきてしまう。
「うん、ここにはいないみたいだね」
彩花からは赤いオーラみたいなものが見えるのは気のせいだろうか。
命の危険を感じて僕は後ろずさる。もちろん怪しまれないようにゆっくりと。
「……そう。……女子更衣室にね、……何 しに来てるの」
静かにそう告げると、僕の脛を思いっきり蹴飛ばしてきた。
「ち、違うんだ。隆がここに来ていないかと思って」
鋭い痛みが走る脛を両手でさすりながら、涙目で弁明する。
「……あなた達、……普段どんなことしているの」
淡々と話す彩花は、まるで変態を、否、汚物を見るような目で僕を見る。
「普段、女子更衣室に入ったりしてないからね! 断じて違うからね!」
必死に訴える。こんなことで変な噂でも立てられてしまったら、次の日からどんな顔して登校すればいいんだ。
「……それでも、……学校には来るのね」
「なっ!! 僕の心が読めるのか!?」
「……あなたが、……分かり易過ぎるだけ」
そんな馬鹿な。僕はこれでもポーカーフェイス だと自負しているんだけど。
「……それで、……坂田君がどうしたの?」
そうだ、隆を探してたんだった。こんなところで油を売っている場合じゃない。いや、脛を蹴られている場合じゃない。
「さっきの授業の前から隆と渡辺さんが教室に戻ってこないんだよ」
「……渡辺さん?」
彩花が首を傾げる。
「そっか、彩花はまだ知らないよね。昨日僕のクラスに転校してきた子なんだ」
「……そう。……女の子?」
「うん、女の子だよ」
僕の返事を聞いたとたん、彩花から再び赤いオーラが出てるのは気のせいだろうか……。今度はさっきよりもはっきりと見える。
「……その子を探しに、……こんなところまで探しに来るなんて。……よっぽど仲が良いのね」
彩花が勘違いを している。渡辺さんが女子更衣室にいるところに入るなんて、そんな……考えただけで、おっと鼻血が。
「……そう。……鼻血を出すようなことをする仲なんだ」
「ちがっ! って、さっきから僕の心読んでいるよね? な、何でわかるの?」
「……それじゃあ、……その子とは関係は無いのね?」
僕の疑問を無視して、彩花は質問を続ける。
「そうだよ、彩花が考えているようなやましいことは無いって」
「……そう。……別にあなたがどうしようと私には関係無いけど」
どうやら誤解は解けたようだ。たぶん。
「……じゃあ、……坂田君で鼻血を出すのね」
「違ーーう!!」
どうやら名探偵でも解けない程に迷宮入りしてしまったようだ。
「……冗談よ。……半分は」
殆ど無表情で話すから冗談かわかりづらい。どうやら、からかわれていただけみたいだ。わかって貰えてて良かったよ。残り半分が気になるけど。
「……それで、……その二人を探してどうするの? ……子供じゃないんだし、……余計なお節介じゃないの?」
「ちょっと気になることがあってね。それに、余計なお節介で済むなら、その方がいいからね」
普段なら、僕も別にいいんだけどね。渡辺さんと二人きりになった、羨ましい隆を半殺しにするだけで済むから、別にいいんだけど。
今はタイミングがちょっと悪い。昨日、妖怪だの、『神器』だのって、あり得ないモノを見て、しかも襲われて、で、また何かあるんじゃないかって不安になる。
主に渡辺さんが心配だ。隆もちょっとは心 配だけど。まぁ、あいつならピンチになってもどうにか上手いことやるだろうから、そこまでは心配はしていない。
かと言って、渡辺さんはどこ? って聞いてまわるのも恥ずかしい。
「……、そう。……私も見つけたら、……教えてあげる」
「そっか、ありがとう!」
一人でも多くの人が協力してくれるとありがたい。積極的で無くても、たまたま通りかかるってこともあるし。
「そうだ! 僕のMINEを教えておくね」
「……?」
「見つけたらMINEで連絡ちょうだいね」
MINEは、少し前に広まったアプリだ。チャットのような形で連絡を取り合えるし、無料で通話も出来る、便利なアプリ。メールや通話は、そのアプリに取って変わったんじゃないかってぐらいに広まっ ている。
「携帯は持ってる?」
「……ある。……MINEも知ってる」
彩花が鞄から白いスマートフォンを取り出した。MINEのお互いのIDを交換する。IDを交換しておけば、交換した相手と電話もチャットもすることが出来る。
「お、来た来た、じゃあ登録しておくね」
「う、……うん」
自分のスマートフォンの画面をまじまじと見つめて、それから少ししてから画面を操作し始めた。登録が終わったのか僕の顔を見上げる。
「……登録した」
顔を赤くしてもじもじとしながら、僕にそう告げてきた。何故か少し嬉しそうな顔に見える。いつも無表情なのにこんな顔も出来るんだと初めて知ったかもしれない。
「そういえば、彩花は何でここにいるんだい? 授業は始まってる筈だけど」
交換をし終えて、さっきから気になってた事を口にした。
「……次の授業が体育。……着替えに遅れて、……着替え終えたところに、……セツが来た」
「そっかぁ」
惜しいことをした。もう少し早く入っていれば彩花の……。いや、考えるのはよそう。少なくとも、もう一本の足にも痣を作ることになってしまう。もちろん、弁慶の泣き所と呼ばれる場所に作ることになるのは明白だ。
改めて見ると、彩花の体操服姿は少々艶めかしい。
彩花の体操服姿は中学生以来に見るけど、あの頃と違い、胸はそこそこ膨らみがあり、太股のラインに沿ったハーフパンツ姿は……。
「……何、じろじろ見てるの? もしかして変態?」
彩花は先ほどよりも顔を真っ赤にして、腕で 胸と太股を隠す。
恥ずかしがってるみたいだけど、目だけは冷たく僕を睨んでいる。
マズイ、このままでは僕が変態扱いされてしまう。
「ち、違うよ! そ、それじゃあ、行くね」
この場を一刻も早く抜け出す為に、別れを切り出す。
「そう。……さようなら」
彩花に手を振ると、体育館シューズを持ってない方の手を僕に小さく振って返してくれた。どうにか何事も無く抜け出せそうだ。
「さようなら……変態」
ええ!? 何で最後、変態を付けるの!? 勘弁して欲しい。けど、今から弁明をしていてる場合じゃない。今は渡辺さん達を探しに行かなきゃ。弁明はまた今度だ。
女子更衣室から出て、隆と渡辺さん探しを再会する。
そうだ。先生なら、何か知って いるかもしれない。
職員室は今いる二階にあり、そのまま廊下を歩いて職員室に向かった。
そこまで歩く道中で隆達はおろか、他の生徒を見かけることは無かった。授業中だから当たり前か。
職員室の戸に手をかけたとき、そのまま手が止まってしまった。
授業中……、ということはこのまま職員室に入るのはマズイ。
サボっているのがバレバレだ。サボっているつもりは無いけど、そう思われても仕方無いようなタイミングだよ。
「藤原君!」
思ってた矢先に後ろから急に声をかけられて、ビクっとなり、恐る恐る後ろを振り向いた。
「今は授業中ですよ! こんところで何をしているのですか?」
よりにもよって担任の永野先生だ。軽くパーマをあてた髪形と綺麗な肌を した女性の教師だけど、実際は四十代半ばのおばさんである。言われないと分からない程の童顔をしている。年齢を知らなければ二十代と間違えそうだ。人情味がある性格で、他のクラスの生徒からは、永野先生に担任を変えて欲しいと言われているぐらい人気の先生だ。
「隆と渡辺さんがさっきの授業の前から教室に戻ってきていないので探したんです」
ありのままのことを説明する。
「それはマズイですね。一刻も早く警察に捜索願いを出しましょう!」
とんでもないことを言い出す。
「先生、それはさすがに大げさかなと思うんですけど」
捜索願いの前に先ずは自分達で探そうよ。
「それなら、知り合いのトレジャーハンターに依頼しましょう。それかマフィアの知り合いにでも」
「いや、あの……」
もうどこから突っ込んでいいのかわからない。冗談に聞こえるけど、この人は本気だから危ない。
「先ずは僕が探しますから、それでも見つからなければ永野先生と他の先生にもお願いします」
僕の気苦労で終わればいいだけであって、あまり発展し過ぎて、話が大きくなりすぎるのも良くないと思う。もしかしたらどっかでサボっているだけかもしれないし。
「そこまで言うなら、そうですね、私達で探してみましょう」
「あ、でも先生、次の授業準備とか他にもやることがあるんじゃないですか?」
「昨日は通り魔事件があったんですよ。次はこの構内で起きないとは断言出来ないじゃないでしょう」
それはそうだけど。学校内で通り魔なんて聞いたことが無い。 それに本当は通り魔じゃなくて妖怪だし。それはさすがに無関係な先生には言えないけど。それにしても中々熱い先生だなぁ。少なくとも、ほっときなさいとか言う放置的な先生よりかは好感が持てる。
「確かにその通りですね。他にも探して見つからなければお願いしにまた来ます」
そう言って僕は職員室をあとにした。
次はどこを探そうか。先ほどの彩花の体操服姿をふと思い出し。次に探すべき場所が決まった。
体育館だな。スケベな隆のことだ、体操服姿の女子生徒を見ようと思って体育館にいるに違いない。グラウンドも候補には挙がるけど、隠れる場所も何もないし、きっとそうだ。
「おはようですぅ!」
教室の戸を開けると、渡辺さんが僕に挨拶してくれる。
「おはよう! て、あれ? 何で渡辺さんがいるの?」
「雪那か? 思ったより早かったな」
隆も戸の近くで立っていた。
「この子、今日からこの学校に転校して来たんだって」
戸部さんは席について、肩肘をついている。
そっか、転校してきのか、それでこの教室にいるのかぁ……。
「て、急だね!? それにこの学校のこのクラスって、ピンポイントだね!?」
何だろう、漫画に出てくるようなこの急展開っぷりは?
「そうなんです。唯は雪那様が心配で、このクラスに転校して来たですぅ」
「えぇぇーーーー!?」
「というのは冗談ですぅ」
冗談なんだ!? ちょっとドキっとしたじゃないか。
「本当は、親の仕事の都合で、ちょっとでも職場に近いところに引っ越したんですけど、唯も一緒に引っ越して、転入試験を受けて合格しました。それで今日が転校初日なんですぅ。まさか雪那様と同じクラスになれるなんて思いもしなかったですが」
「そうなんだぁ。でも、制服は前の学校のまま何だね?」
この学校の女子生徒の制服はブレザーもスカートも両方とも黒色だけど、渡辺さんが着ているのは、上は紺色の ブレザーに、下はグレー色のチェック柄のスカートだ。襟元のリボンのは色はこの学校の赤色じゃなくて、青色だ。
「そうなんです。ちょっと皆さんのとは違って目立ってしまいますね」
その服装が渡辺さんには良く似合っていて、良い意味で目立つと思う。
「でも、似合ってるよね」
「本当ですか? そう言って貰えると嬉しいです。このまま新しい制服買わないでいましょうか」
顔を赤くして、喜ぶ姿が可愛らしい。
そんなに喜ぶなんて、よっぽどその制服を気に入っていたのかな。
「お前って、自然に褒めるよな」
「そっかな、でも渡辺さんなら、制服を脱いだ姿も見てみたいな」
制服以外の服装も見てみたいな。
「雪那、お前、心の声と実際の声が逆だぞ」
隆が冷ややかな眼で僕に注意する。そっかぁ逆だったかぁ……、って、ええええーーー!?
「藤原、あんた、そんなこと思ってるの? 最低ね」
戸部さんは隆よりも何倍も冷たい眼で僕を睨みつけ、拳を堅く握っている。その拳をどうするつもりですか? 僕には下ろさないことを祈ります。
「え!? ちょっと、待ってよ。心の声と間違えただけだよ」
「その発言は肯定になるぞ。その弁解で良いのか?」
隆がさらに追い打ちをかける。こういうときだけそんなに深刻な顔をするのやめてよ。
いつものバカっぽい笑って流してくれたらいいじゃないか。
それは、確かに渡辺さんの裸を見たいけど……、じゃなかった。
そうだ、肝心の渡辺さんは?
渡辺さんの顔を向ける。
「雪那様が 、お望みとあれば……」
俯きかげんの顔を真っ赤にして、制服のボタンを外しに手を掛けている。
「ストップ!! ストップだよ!! 何脱ごうとしてるのさ」
「雪那様が私の裸を見たいと言ったので」
「そこまでは言ってないって! 制服を脱いで、ブラウス姿が見たいって言ったんだよ」
我ながら、ナイスな言い訳だ!
「そうだったのですか?」
「そ、そうだよ!」
「私一人、舞い上がっていたみたいですぅ」
渡辺さんが恥ずかしそうに微笑む。か、可愛い……。
(雪那、勿体ないことしたな)
(うるさい、仕方無いだろ)
(それと、ブラウス姿が見たいって、それもアウトに近いぞ)
隆のアイコンタクトが何を言わんとしているかわかり、僕もアイコンタクトで返事をする。
入学して三ヶ月ぐらいだけど、中学からツルんでいた隆とはいつもの間にかこんな芸当が出来るようになっていた。意外と便利なワザだ。
「渡辺、あんた藤原が死ねって言ったら、死ぬわけ?」
戸部さんが急に変なことを言い出す。何を言ってるんだろうか。いくらお人好しの渡辺さんでも、そこまではしないだろう。
「はい、お望みとあらば命も差し出します」
ほら、渡辺さんでもそこまでは……、えええ!?
「何、言ってるんだよ! そんなことしなくてもいいから! 人に言われたら死ぬって、えええ!?」
「雪那、落ち着けって」
「落ち着けって言われても、僕は落ち着いているよ! 全然落ちち着いてているよ」
「いや、落ち着いてないからな」
「雪那様だか らですよ。他の人に言われても、私の命はあげませんよ」
エッヘンとばかりに発育の良い胸を張って答える。
いや、全然誇らしくとも何ともないから。僕、からかわれてるのかな。
「殊勝なことね。藤原、私はあげないからね」
いや、わかってるって、わざわざ君は何を言ってるんだろうか。
「雪那、俺もお前にはあげないからな」
ポッとしなくていい!! おえっ! わからん、隆は本当に何を言ってるんだろうか。
うん、からかわれてるな、僕。
徐々に教室にもクラスメイトが入り、朝のホームルームが始まった。
転校生の紹介が終わると、クラス担任の永野先生が昨日の出来事について話し始めた。
マンナカモールで無差別テロが起き、負傷者が出たけど、 死者はゼロ。物騒なことが市内で起きているから気を付けましょう。そんな内容だった。
どうやら、協団の力でその場にいた人全ての記憶を書き換えたようだ。
事件の真相を知っているのは僕達を含めた協団の人達だけだろう。
一般人が妖怪の存在を知らないのは、こうやって隠蔽されているからだと初めて知った。一度踏み込んでしまうと知らない方が良かったのかもしれないと少しだけ心が揺らいでしまった。
朝のホームルーム、一時間目の授業が終わり、次は二時間目の授業、美術だ。
三年生の教室のある南校舎、二年生の教室のある中校舎、そして、一年生の教室がある北校舎と、この学校には、合計三つの校舎がある。美術室はその内の中校舎にある。
僕と隆、戸部さん、渡辺さん の四人で中校舎に向かって歩く。
二階の渡り廊下で、茶色く染めた髪をオールバックにし、耳にはピアスを付けた男子生徒がこっちに向かって歩いてくる。昨日隆とぶつかって因縁をつけてきた変なヤツだ。
「お前か、新しく入ったってやつは?」
僕の前で止まると、いきなり話しかけてきた。
「そうだけど、君は?」
「お前と違って二級だ。何でお前なんかが二級の戸部といるんだ。それに昨日協団で聞いたが、渡辺は特別級だろ? 《八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)》の使用者って話じゃねえか。お前らなんかと一緒にいて人達じゃねぇぞ」
「はい?」
何を言っているんだろうか、この人は。そもそも級って?
「私達がいたいからいるのよ。あんたには関係ないでしょ」
戸部さんがうっとうしそうにばっさりと切る。
「関係はあるだろ。俺は二級だぞ」
「それがどうしたのよ。クラスメイトと一緒に行動するのに級も何も関係ないでしょ」
「おいおい、秋山、何だ、級の自慢か?」
どうやら茶髪ピアス男は秋山というらしい。
「四級は黙っていろ。俺は戸部と話しているんだ」
秋山が隆を相手にはしないで戸部に向き直る。
「戸部、こんなやつらとつるんでいると、お前も落ちこぼれの一員になるぞ」
「落ちこぼれ? いいわよ、別に。あんた何かと話しているよりはよっぽどマシよ」
「マシって!? 僕ってそんなに落ちこぼれてるの!? 隆はともかく」
「待て、雪那。マシってことはだ、一応褒め言葉の筈だ。落ちこぼれは雪那だけだが」
隆が説明してくれる。そうか、マシは褒め言葉なのか。落ちこぼれの隆の言うことだから信用は出来ないけど、ここは素直に受け取っておこう。
「戸部さん、マシって言ってくれてありがとう!」
「雪那様! ここは、ありがとうっていうところじゃないですぅ!」
なっ、そうだったのか。また隆に騙されるところだった。
「別に騙したつもりはなかったんだが、お前が予想以上にバカ過ぎただけだ」
「バ、バカじゃないからね。少し信じやすいだけだからね」
隆に言い返している間に、秋山が渡辺さんに近寄る。
「落ちこぼれどころかバカだな。戸部、渡辺、お前らはこんなバカなヤツらとつるむべきじゃない。俺と一緒にいろ。そうすれば危険に遇うことも、こいつらに毒されることもない 」
秋山とかいう見た目チャラ男、何ずけずけと渡辺さんを口説いているんだ! 僕でさえも口説いたことないのに。ここは一発ガツンと、言ってやらねば! 隆の口から。
「あなたに何が分かるんですか!? 私は雪那様達と一緒にいますぅ」
先に渡辺さんに言われてしまった。
「こんなヤツらといてもメリットなんかないぞ」
「損得でしか考えれないあなたとは違いますぅ! そもそもあなたなんかといてもメリットなんかありません!」
「そうか。後悔しても知らんぞ」
「んな、雑魚発言はいいから、どっか消えてくれるか? 二級に上がり立ての秋山君」
「ふんっ、言われなくても次の授業に向かう途中だ」
隆が苛つき気味に促し、秋山は僕達が来た方向に通り過ぎていった。
「何だったの、あれ」
秋山が遠くへ離れてから、僕は説明を求めた。いきなり突っかかってきたり、本当に意味が分からない人だと思う。
「あいつは秋山つって。この間協団で二級に上がったもんだから調子に乗ってんだろ」
「そういうこと。私と同じ急に上がったもんだから、余計に私や隆に絡んでくるのよ」
「そうだったんですかぁ。雪那様を貶すから、嫌な人なのは間違いないですぅ」
その基準、僕のことを貶す人は嫌な人って。何か危険な判断基準のような気がする。いや、まぁ、またからかわれてるのかな。
「ところで、級って?」
さっき疑問に思ったことを尋ねてみた。
「そっか、まだ言ってなかったわね」
「簡単に言うと強さの基準みたいなものだな」
隆が説明を続ける。
「入団したての新人は四級。次に三級、二級と上がっていき、一級が一番強いヤツだ」
戸部さんが隆の説明の補足をする。
「それで、特別級っていうのがあって、それはその一級よりも上。っていうか別格よ。私達が使うような『贋神器』じゃなくて本物の『神器』の使用者を特別級っていうの。その差は余りにもあり過ぎて特別な存在なの。だから特別級よ」
「そんなに『神器』って凄いんだ」
僕の素朴な感想に戸部さんが頷く。
「ええ。『神器』そのもの自体数が少ないけど、その力は絶大よ。で、まさにその使用者っていうのが渡辺よ」
渡辺さんに顔を向けると、とうの本人は首を横に振る。
「そんな大したものじゃないですよ。それに私は『神器』を使えないですし」
「そうなの? 『神器持ち』の中でも稀少な『神器』、《八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)》の使用者って聞いているけど」
戸部さんが渡辺さんに尋ねる。
「使用者で間違いは無いですけど、使えないから、戦力外なんです。期待させといてごめんなさい」
渡辺さんが俯き加減にそう謝る。
「いや、謝らなくていいわよ。ただ、折角の『神器持ち』なのに残念だねっと思って。何か理由があるのよね? 使用者なのに使えないって。無理には言わなくていいから」
戸部さんが推測を言う。
「ありがとう。その通りなんです。実は今朝起きたら色んなことを思い出したんですぅ。それで気付いたんですが、他の過去の使用者とは違って、私は使えない理由があるんです。あの、これ以上 は言わなくてもいいですかぁ?」
「そっかー。良いわよ、それだけで十分よ」
「『神器持ち』とは言っても本当は戦力外と思っていいんだな。まぁ既に戦力外はいるし、一人増えたと思えば良いだけなんだけど」
隆が納得したような顔で発言する。
「ちょっと、待った! 誰が戦力外だよ!」
これでも僕には武器があるんだ。『贋神器』という刀が。
「わかってんじゃねぇか。雪那、お前だよ」
「いやいや、ちょっと待って、隆よりは強いと思うよ、たぶん」
こう見えても少しは、ほんの少しは筋トレしてるし、刀の扱い方は熟知してるし。主に漫画を読んで。
「はいはい、そりゃ良かった。次に妖怪に出くわしたら、雪那が前衛な」
「ごめん、ちょっと虚勢を張りました」
背に腹は変えられないっていうのかな。僕には、渡辺さんの前で格好つけることよりも命が大事なようだ。
そんなこんなで、移動しながら喋っていると、目的の美術室に着いた。
午前中の授業が終わり、昼休みになった。
「雪那、飯だ飯!」
「どこ行く? 屋上?」
「雪那様は屋上に行くんですか? 唯も一緒に食べます!」
渡辺さんがとことこと走ってきて僕らの前でそんなことを言ってくれた。
「渡辺さんも僕達と一緒に屋上に来る?」
渡辺さんから言ってくれるなんてありがたい。可愛い子と食べるなんて、夢のようだ。
「もちろんですぅ!」
「戸部、お前も来るか?」
隆が誘うと、戸部さんも渋々な顔をしながら頷く。
「仕方無いわね。私も行ってあげるわ」
「そんな嫌なら、無理して来なくても大丈夫だよ。友達とお昼食べる約束したんなら悪いしね」
「行くっていってるでしょ!」
イラっとした表情に急に変わる。
僕、何か気の触ること言った!?
「お前の存在にイラついてんじゃないか?」
隆が僕に助言をする。
「そうか、僕の存在が……、ってそんなワケないじゃないか!」
「なぁ、戸部?」
「私に振らないでくれる」
「えぇぇ!? 本当に僕の存在にイラついてる……」
落ち込んだ気持ちで渡辺さんと屋上に向かう。後ろで隆が何か言ってるけど、今の僕にはその声は届かない。
「戸部、お前も素直になれよ」
「はぁ? 何言ってんのよ」
「とぼけんなよ、雪那のこと好きなんだろ?」
「な、何言って んのよ! 私があんなバカを好きになるわけないじゃない!」
「そうか? なら良いけど。このまま後悔はすんなよ」
「後悔なんてしてないわよ! 全く、何を言ってるのかわからないっつぅの」
屋上に着くと、僕達以外の他には誰もいないみたいだ。
この学校は、屋上に出るのは禁止されているけど、そもそも屋上に出て食事しようと思う生徒がいないから禁止する意味もなかった。禁止されようが僕達にはお構い無しだけどね。
屋上はやっぱり空気が気持ちいい、そんな気持ちにさせる。晴れ渡った空には雲一つ無い。
「雪那、なに馬鹿面下げてんだ」
こいつがいなければ、もっと開放感があったに違いない。隆の発言に思わず睨んでしまう。
「今度は何睨んでんだよ」
「ううん、屋上はやっぱり気持ちいいなって思って」
「睨みながら言われてもな、顔と言葉がちぐはぐだぞ」
「気のせいだよ……」
「そ、そうか」
僕と隆は少し高めの縁に背中を預ける形で座る。ちょっと危ないけどこの格好が楽だ。
戸部さんと渡辺さんは僕達に向き合う形で座る。渡辺さんはハンカチを敷いて座った。その上品なしぐさは、育ちの良さが窺える。一方戸部さんはあぐらをかく形で座る。育ちが悪そうだ。いや、悪いのは頭か。
「ちょっと何見てんの!? あっ! もしかして私のパンツ!?」
慌てた様子でスカートの裾を下に引っ張る。
「ううん、育ち……、頭が悪そうだなと思って」
思ってたことを口にしてしまい、しまったと思ったのもつかの間 、僕の目の前に黒い影が迫った。その影を肉眼で捉えることが今の僕には出来なかった。僕に分かることは一つ。走馬燈さえも置き去りにする拳がこの世には存在する。ただそれだけであった。その後、僕の姿を見た者はいなかった――――完。
「完……。じゃねぇよ! 起きろ! 雪那! 起きろ!」
頬を叩く音が聞こえる。意識が段々と戻ってくる。
「おはよう」
隆に挨拶をして、違和感を感じる頬に手を当ててみた。どうやら僕の頬はハムスターみたいに膨れているようだ。
「何があったの?」
そう隆に話しかけるけど、隆は首を横に振る。あれ、腫れているのは隆の叩いた方とは逆の方だ。
「渡辺さん?」
渡辺さんも首を横に振る。おかしいな、頬の端から赤い液体が少 し垂れている。どうやら口が切れているのかもしれない。
「戸部さん?」
「あんたに頭悪そうって言われるなんて思わなかったわ」
戸部さんの手から血が滴り落ちている。
「戸部さん!? 大丈夫!? 怪我してるけど!?」
「うん、大丈夫よ!」
(返り血だから)
戸部さんは明るく答えた。何だろう、小声で物騒な言葉が聞こえたけど気のせいだろうか。
「雪那様、雪那様は大丈夫ですかぁ?」
渡辺さんが本当に心配そうな顔で僕の顔を覗き込む。
「うん、大丈夫だよ。 頬が熱いけど、うん、大丈夫」
「よ、良かったですぅ」
「雪那、お前不死身だな」
不死身? 隆は急に何を言ってるんだろうか……。
「おっ? 珍しいな、今日は弁当なのか」
弁当箱を取り出すと、話題を変えるかのように隆が話しかけてくる。
「普段は違うんですか? 雪那様はいつも何を食べてらっしゃるんですか?」
「いつもは食堂だよ」
「雪那、食堂は食べ物じゃないからな」
「し、知ってるよ!」
「雪那様、食堂は食べれ……」
「知ってるって」
二人が弄ってくるので、戸部さんに助けを求めようと、顔を向ける。
戸部さんの風呂敷から何か豪華な重箱が取り出される。
風呂敷って、それに重箱、どんな料理が入っているんだろうか?
「すげぇ弁当箱だな」
隆が感想を漏らす。確かに、凄い。
「そんなことないわよ。普通よ。普通」
そう言って重箱の蓋を開けると、中からは霜降りの牛肉、いくら、うに、伊勢エビが姿を現す。
「どこ が普通なんだい!」
どこのお嬢様なんだ、戸部さんは!!
重箱の二段目にはご飯が入っていた。二段目は普通だった。金粉がかかっている以外は。
「戸部、お前どこの金持ちだ?」
隆が僕の気持ちを代弁した質問をする。明らかに僕らの知る普通の弁当では無い。
「普通の家よ。別に金持ちって程じゃないわよ」
「戸部さん。僕は君のこと、勘違いしてたよ」
「え? 何よ急に?」
「君の口の悪さや、荒っぽさはてっきり君の性格かと思ってた、本当はそういう環境で育ってしまったから仕方なかったんだね」
「どういうこと?」
僕に聞き返してくる。やはりみなまで言わなければわからないか。オブラートに包みたかったけど仕方無い。はっきり言ってあげよう。
「マフィ アか極道の家なんだね」
僕は宇宙を彷徨っていた。
地球は青いって聞いたことがあるけど。
何だ、本当は赤いじゃないか。
僕の目の前は真っ赤だ。
そして、この真っ赤な世界には、重力が存在することに気がついた。
「宇宙は無重力じゃないのか! そんな馬鹿な!」
「雪那、この地球も宇宙の一つだ。重力があろうがなかろうがどれも宇宙には変わり無い」
隆がそんな言葉をかけてきた。
「そうだね、忘れていたよ。大切なことを」
「雪那様、その前に血を拭いて下さい! お顔が大変なことになっていますぅ!」
渡辺さんからハンカチを受け取り、顔に当てると、僕の鼻には二本のロケットが設置され、今にもこの地から飛び立たんとばかりにブースターから は火が吹き出ている。
「ロケットはいいですから、先に箸を抜いて下さい!」
僕の頭の中を見られているのか、渡辺さんが心配そうに声を張り上げる。
「あんた達バカ?」
僕にこんな仕打ちをしたであろう当の本人はとどめの言葉を投げかける。
僕の応急処置も終わり、食事が再開する。と言ってもまだ始まってもいないのだけど。
隆はいつも通り、冷凍食品の敷き詰められた、ごく一般家庭の弁当だ。唯一唐揚げだけは冷凍食品らしからぬ出来映えだ。
渡辺さんもごく一般家庭の弁当だ。いや、弁当箱だ。
中には芋類の煮物、たこさんウィンナーに卵焼きが入っている。と、思われる。全て真っ黒で確証は無いが。
決して黒炭では無い。何か黒い液体でコーティングされて いる。
「この、黒いのは何かな?」
「チョコレートですぅ」
この子の半分は糖分で出来ているらしい。
「雪那様はどんなお弁当ですかぁ?」
どうやら常識人は男性陣だけみたいだ。
「隆と同じで普通の弁当だよ」
しょうがない。非常識な女性陣に僕が弁当のお手本見せてあげよう。
みんなに見えるようにして僕も弁当の箱を開ける。
そこには灰色のご飯があった。
「どこが俺と一緒で普通だ? 渡辺より酷いぞ」
「唯のは酷くないですぅ。雪那様の残飯と一緒にしないでください」
「これが残飯? 野良猫も食べないわよ。ザリガニなら辛うじて食べれるかどうかってとこじゃないの?」
酷い言われようだ。言い訳させて欲しい。
「違うんだよ! ちゃんとごは んとおかずは分けてたんだけど。通学するときに走ったから、そのときに混ざっちゃったんだよ!」
「ちなみにおかずは何だ?」
「かにみそ」
僕の大好物だ。
「バカだろ?」
「バカですぅ」
「バカね」
え、何でみんなそんなごみを見るような目で見るの? 弁当じゃなくて僕を。
「美味しいんだけどな、かにみそ」
「単品で食べればな。ったく、かにみそとご飯だけって凄い弁当だな」
「そうかなぁ」
「そんな食事ですと栄養が偏りますぅ」
渡辺さんにだけは言われたくない言葉だ。
「唯、そこは問題じゃないから。それにあんたが言うの?」
さすが戸部さん。僕達が言えないことをズバズバ言ってくれる。
「唯の食事、やっぱりカロリーが少しだけ高めでしょう か。あれ? さっき唯って、下の名前で呼んでくれたですかぁ?」
渡辺さんが聞き返す。
「うんそうよ。いつまでも名字で呼ぶのもつまんないし、折角だから唯って呼ぶわね、いい?」
「いいですぅ! 呼んで下さいですぅ!」
頭を上下にコクコクと振って、嬉しそうな顔を戸部さんに向ける。
「戸部さんのことは何て呼べばいいですかぁ?」
「優子でいいわ」
「わかりましたぁ! 優子さん!」
「さんは要らないわよ」
「はい! 優子さん!」
「もういいわよ、さん付けで」
諦めたかのように戸部さんが折れる。下の名前で呼ぶだけなのに二人とも嬉しそうだ。何か微笑ましいな。
「雪那」
男に下の名前で呼ばれても全然嬉しくない。なぜだろうか、不快でしかない。
「お前も、渡辺も料理下手だよな」
「普段料理しないし、自分で作ったから仕方無いじゃないか」
「俺も自分で作ったぞ。と言っても殆ど冷凍食品で、ちゃんと作ったのは唐揚げぐらいだが」
「坂田君の手作りなんだぁ。すごいですぅ」
「坂田の癖にやるわね」
見るからに美味しそうな唐揚げだ。自分で作ってくるなんて本当に凄い、隆にしてはやるじゃん。
「唯も雪那様に作ってきます」
「えっ?」
何かおかしな言葉が聞こえた気がする。
「雪那様! 明日はお弁当は不要です! 唯が作ってきますからぁ」
戸部さんが急に宣言した。何でだろう? 嬉しい展開なのに、嫌だと思うのは何でだろうか。恐らく、チョコまみれの不思議な弁当を食べる展開が想像出来るからだろ うか。
「そ、そう? ウレ、シいな……」
「顔が引きつってるぞ」
「わ、私も作って来ようかな? 折角だし」
お? これは嬉しい。戸部さんのお弁当ならウェルカムだ。贅沢過ぎるけど、あんな豪華なお弁当が食べられるなんて。
「いいの? けっこうお金かかるんじゃないの? それに手間だって」
「いいわよ。一人分作るのも、二人分作るのも変わらないし。お母さんと違ってそこまで上手くは無いけど……」
いつもと違って、少し自信無さそうに声が窄んでいく。こんな戸部さんは何だか新鮮だ。
「いいよ! それでも! ぜひ、お願いします!」
「そ、そう? 仕方無いわね。そこまで言うなら作ってきてあげるわよ」
今度は晴れやかな顔に変わり、自信満々に引き受 けてくれた。
「雪那様? 唯のときよりも嬉しそうです……」
一方、渡辺さんは少し悲しそうな表情をしている。どうしたんだろう。
「気のせいだよ、気のせい」
「折角だから明日は四人で弁当をシェアしようぜ」
隆が提案をする。うん、それなら色んな弁当が食べれて楽しそうだ。渡辺さんの弁当は隆に多めに取り分ければいいし、良いアイディアだ。
「お! いいねぇ!」
「いいわねぇ。決まりね」
「楽しみですぅ」
早く明日が来ないかな。遠足前の小学生の気持ちに戻った気がする。
弁当を食べ終わり、雑談をしていると、そろそろ昼休みが終わる時間になる。
僕はトイレに寄ってから教室に戻ることにした。
「トイレ行ってくから、先に戻って ていいよ」
「言われなくても待つつもりねぇから」
「私も行っておきたいから、唯は先に戻ってて」
「そんな、それくらい待ちますよぉ」
渡辺さんは良い人だなぁ。それに比べて隆は。
「待ってなくていいわよ。落ち着かないから先に行ってて」
「そうですか、わかりましたぁ」
渡辺さんは頷くと、隆と一緒に教室に向かっていった。
さて僕も男子トイレに行くか。
「藤原、あんた唯から何か聞いてない? 変な夢を見たとか?」
戸部さんに呼び止められた。
急に何を言い出すんだろうか?
「いや、聞いてないよ。夢がどうかしたの?」
何で戸部さんが渡辺さんの夢を聞いてくるんだろうか?
「そう、聞いてないならいいわ」
何だろう? 戸部さんはそのま ま女子トイレに入っていった。
僕もトイレを終えて教室に入る。
戸部さんはもう教室に戻っていた。
だけど、渡辺さんと隆の姿が見当たらない。
「あれ? 隆は? 先に教室に戻った筈なんだけどな」
「さぁ。どっかほっつき歩いてるんじゃないの? 唯もまだ戻って来てないわ」
「そっかぁ。もうすぐ五時限目が始まるのにな」
「二人でどっかに行ってるとかかなぁ。子供じゃないんだからその内戻ってくるわよ」
「隆はどうでもいいけどさ、渡辺さんは転校初日にいきなり遅刻なんて、イメージ悪くならないかな」
「あんた、唯の心配はするのね?」
「そ、そうかな。そんなことないよ。それに渡辺さんだけってわけじゃないけど」
僕の心を見透かしているんじゃないだ ろうか。だって渡辺さん、可愛いんだもん。
「私の心配もしてくれる?」
「え? 何か相談ごとでもあるの? あるんだったら全然言ってよ」
「ごめん、何でもない」
「そう?」
(あんたって誰にでも優しいんだね、私なんかにも優しくしてくれるなんて……)
戸部さんが小さな声でぼそぼそっと呟いた。
上手く聞き取れなかったな。
「ごめん、何て言ったの?」
「な、何でもないわよ」
急に少し顔を赤らめて、突き放すように言われてしまった。僕、何かまずいこと言ったかな。
「そっか、ごめんごめん。何か言ったのかなと思って」
(私の方こそごめん……)
また、ぼそりと聞こえた気がするけど。小さいな声で聞き取れなかった。また怒らすわけにもいかないし。 聞き返すのはやめとこう。
教師が入ってくると同時にチャイムが鳴り、授業が始まった。
あっという間に授業が終わり、戸部さんに話しかける。
「隆達何かあったのかな?」
結局、隆と渡辺さんは授業中に戻って来なかった。学校の中とはいえ、何か事件に巻き込まれていなければいいけど。
「さぁ、わからないわ。坂田が戻って来ないのはいいとして、唯も戻って来ないのは何かあるかもしれないわね」
戸部さんがそう言うと教室を出て行った。探すあてがあるのかもしれない。
僕もこうしてはいられない。
「戸部さん、僕は隆の行きそうなとこ探すよ!」
教室を出て、戸部さんの背中に声をかける。
「わかったわ。私は唯の行きそうなところを探すわ」
振り返って僕に言うと 、僕の反対側に踵を返し、去って行った。
僕も戸部さんとは逆側に向かう。
さて、隆が行きそうなところとは言ってみたものの、どこに行けばいるだろうか。
中庭、グラウンド。バカは高いところが好きっていうし、屋上かな。いや、でもな、隆のことだから、……そうか! 女子更衣室か!
僕は急いで女子更衣室に向かって走り出した。
「藤原! 廊下走って、どこに向かっているんだ? 次の授業始まるぞ」
クラスメイトの一人が僕に声をかける。
「ごめん! それどころじゃないんだ!!」
隆が捕まってしまう前に止めなければいけない! 隆を止められるのは、友人である、僕の役目だ! 授業よりも大事なことだ! だから止めてくれるな。
決して、授業をサボり たいわけじゃない。……決して。
僕は急いで、女子更衣室の前にやってきた。
隆……、早まるなよ……。
女子更衣室に電気が付いていないことを確認して、引き戸に手をかける。
(いくら隆を止める為とはいえ、僕まで捕まるわけにはいかないからね)
「隆!!」
勢いよく女子更衣室の戸を開けた。
戸を開けると、ほんのり甘い香りが僕の鼻腔をくすぐる。
そんな香りと一緒に目に入ってきたのは隆では無かった。
「……? セツ? 何であんたがここに……いるの?」
そこには、ほっそりした足に、身長が低く、発育途中の胸の膨らみ、切れ長の目をした女の子がいた。顔はお人形さんみたいに整っていて、幼い顔とキリッとした目つきが見事に調和している。間違い無 く美少女と言う言葉に相応しい外見だ。丁度着替え終えて出るところだろうか、手には体育館シューズの入った袋を持っている。
今着ているのは体操服、長袖のジャージにハーフパンツの格好だ。残念ながらハーフパンツだ。何が残念かは言うまいが。
「彩花(あやか)か、ちょっとね。隆を探しに」
この子とは、中学生の頃同じ学校だった。クラスも三年間同じで、何回か喋ったことがあるけど、残念ながら殆んど喋る機会が無かったけど、ひょんなことから下の名前で呼んでいた。名前は佐々木 彩花(ささき あやか)、あの頃は彩花ちゃん、って呼んでたな。途中でちゃん付けするのが恥ずかしくなり、下の名前で呼び捨てにしてたっけ。
セツ、僕の中学の頃の渾名だ。久しぶりに懐かしい渾名で呼ばれて、つい彩花って呼んでしまった。
「……そう。女子更衣室に、……坂田君を探しにねぇ」
ぽつりぽつりと喋り、どうしても暗い印象を受けてしまうのが残念だ。明るくしていれば間違い無くモテそうなのに。お人形さんのイメージがさらにしっくりきてしまう。
「うん、ここにはいないみたいだね」
彩花からは赤いオーラみたいなものが見えるのは気のせいだろうか。
命の危険を感じて僕は後ろずさる。もちろん怪しまれないようにゆっくりと。
「……そう。……女子更衣室にね、……何 しに来てるの」
静かにそう告げると、僕の脛を思いっきり蹴飛ばしてきた。
「ち、違うんだ。隆がここに来ていないかと思って」
鋭い痛みが走る脛を両手でさすりながら、涙目で弁明する。
「……あなた達、……普段どんなことしているの」
淡々と話す彩花は、まるで変態を、否、汚物を見るような目で僕を見る。
「普段、女子更衣室に入ったりしてないからね! 断じて違うからね!」
必死に訴える。こんなことで変な噂でも立てられてしまったら、次の日からどんな顔して登校すればいいんだ。
「……それでも、……学校には来るのね」
「なっ!! 僕の心が読めるのか!?」
「……あなたが、……分かり易過ぎるだけ」
そんな馬鹿な。僕はこれでもポーカーフェイス だと自負しているんだけど。
「……それで、……坂田君がどうしたの?」
そうだ、隆を探してたんだった。こんなところで油を売っている場合じゃない。いや、脛を蹴られている場合じゃない。
「さっきの授業の前から隆と渡辺さんが教室に戻ってこないんだよ」
「……渡辺さん?」
彩花が首を傾げる。
「そっか、彩花はまだ知らないよね。昨日僕のクラスに転校してきた子なんだ」
「……そう。……女の子?」
「うん、女の子だよ」
僕の返事を聞いたとたん、彩花から再び赤いオーラが出てるのは気のせいだろうか……。今度はさっきよりもはっきりと見える。
「……その子を探しに、……こんなところまで探しに来るなんて。……よっぽど仲が良いのね」
彩花が勘違いを している。渡辺さんが女子更衣室にいるところに入るなんて、そんな……考えただけで、おっと鼻血が。
「……そう。……鼻血を出すようなことをする仲なんだ」
「ちがっ! って、さっきから僕の心読んでいるよね? な、何でわかるの?」
「……それじゃあ、……その子とは関係は無いのね?」
僕の疑問を無視して、彩花は質問を続ける。
「そうだよ、彩花が考えているようなやましいことは無いって」
「……そう。……別にあなたがどうしようと私には関係無いけど」
どうやら誤解は解けたようだ。たぶん。
「……じゃあ、……坂田君で鼻血を出すのね」
「違ーーう!!」
どうやら名探偵でも解けない程に迷宮入りしてしまったようだ。
「……冗談よ。……半分は」
殆ど無表情で話すから冗談かわかりづらい。どうやら、からかわれていただけみたいだ。わかって貰えてて良かったよ。残り半分が気になるけど。
「……それで、……その二人を探してどうするの? ……子供じゃないんだし、……余計なお節介じゃないの?」
「ちょっと気になることがあってね。それに、余計なお節介で済むなら、その方がいいからね」
普段なら、僕も別にいいんだけどね。渡辺さんと二人きりになった、羨ましい隆を半殺しにするだけで済むから、別にいいんだけど。
今はタイミングがちょっと悪い。昨日、妖怪だの、『神器』だのって、あり得ないモノを見て、しかも襲われて、で、また何かあるんじゃないかって不安になる。
主に渡辺さんが心配だ。隆もちょっとは心 配だけど。まぁ、あいつならピンチになってもどうにか上手いことやるだろうから、そこまでは心配はしていない。
かと言って、渡辺さんはどこ? って聞いてまわるのも恥ずかしい。
「……、そう。……私も見つけたら、……教えてあげる」
「そっか、ありがとう!」
一人でも多くの人が協力してくれるとありがたい。積極的で無くても、たまたま通りかかるってこともあるし。
「そうだ! 僕のMINEを教えておくね」
「……?」
「見つけたらMINEで連絡ちょうだいね」
MINEは、少し前に広まったアプリだ。チャットのような形で連絡を取り合えるし、無料で通話も出来る、便利なアプリ。メールや通話は、そのアプリに取って変わったんじゃないかってぐらいに広まっ ている。
「携帯は持ってる?」
「……ある。……MINEも知ってる」
彩花が鞄から白いスマートフォンを取り出した。MINEのお互いのIDを交換する。IDを交換しておけば、交換した相手と電話もチャットもすることが出来る。
「お、来た来た、じゃあ登録しておくね」
「う、……うん」
自分のスマートフォンの画面をまじまじと見つめて、それから少ししてから画面を操作し始めた。登録が終わったのか僕の顔を見上げる。
「……登録した」
顔を赤くしてもじもじとしながら、僕にそう告げてきた。何故か少し嬉しそうな顔に見える。いつも無表情なのにこんな顔も出来るんだと初めて知ったかもしれない。
「そういえば、彩花は何でここにいるんだい? 授業は始まってる筈だけど」
交換をし終えて、さっきから気になってた事を口にした。
「……次の授業が体育。……着替えに遅れて、……着替え終えたところに、……セツが来た」
「そっかぁ」
惜しいことをした。もう少し早く入っていれば彩花の……。いや、考えるのはよそう。少なくとも、もう一本の足にも痣を作ることになってしまう。もちろん、弁慶の泣き所と呼ばれる場所に作ることになるのは明白だ。
改めて見ると、彩花の体操服姿は少々艶めかしい。
彩花の体操服姿は中学生以来に見るけど、あの頃と違い、胸はそこそこ膨らみがあり、太股のラインに沿ったハーフパンツ姿は……。
「……何、じろじろ見てるの? もしかして変態?」
彩花は先ほどよりも顔を真っ赤にして、腕で 胸と太股を隠す。
恥ずかしがってるみたいだけど、目だけは冷たく僕を睨んでいる。
マズイ、このままでは僕が変態扱いされてしまう。
「ち、違うよ! そ、それじゃあ、行くね」
この場を一刻も早く抜け出す為に、別れを切り出す。
「そう。……さようなら」
彩花に手を振ると、体育館シューズを持ってない方の手を僕に小さく振って返してくれた。どうにか何事も無く抜け出せそうだ。
「さようなら……変態」
ええ!? 何で最後、変態を付けるの!? 勘弁して欲しい。けど、今から弁明をしていてる場合じゃない。今は渡辺さん達を探しに行かなきゃ。弁明はまた今度だ。
女子更衣室から出て、隆と渡辺さん探しを再会する。
そうだ。先生なら、何か知って いるかもしれない。
職員室は今いる二階にあり、そのまま廊下を歩いて職員室に向かった。
そこまで歩く道中で隆達はおろか、他の生徒を見かけることは無かった。授業中だから当たり前か。
職員室の戸に手をかけたとき、そのまま手が止まってしまった。
授業中……、ということはこのまま職員室に入るのはマズイ。
サボっているのがバレバレだ。サボっているつもりは無いけど、そう思われても仕方無いようなタイミングだよ。
「藤原君!」
思ってた矢先に後ろから急に声をかけられて、ビクっとなり、恐る恐る後ろを振り向いた。
「今は授業中ですよ! こんところで何をしているのですか?」
よりにもよって担任の永野先生だ。軽くパーマをあてた髪形と綺麗な肌を した女性の教師だけど、実際は四十代半ばのおばさんである。言われないと分からない程の童顔をしている。年齢を知らなければ二十代と間違えそうだ。人情味がある性格で、他のクラスの生徒からは、永野先生に担任を変えて欲しいと言われているぐらい人気の先生だ。
「隆と渡辺さんがさっきの授業の前から教室に戻ってきていないので探したんです」
ありのままのことを説明する。
「それはマズイですね。一刻も早く警察に捜索願いを出しましょう!」
とんでもないことを言い出す。
「先生、それはさすがに大げさかなと思うんですけど」
捜索願いの前に先ずは自分達で探そうよ。
「それなら、知り合いのトレジャーハンターに依頼しましょう。それかマフィアの知り合いにでも」
「いや、あの……」
もうどこから突っ込んでいいのかわからない。冗談に聞こえるけど、この人は本気だから危ない。
「先ずは僕が探しますから、それでも見つからなければ永野先生と他の先生にもお願いします」
僕の気苦労で終わればいいだけであって、あまり発展し過ぎて、話が大きくなりすぎるのも良くないと思う。もしかしたらどっかでサボっているだけかもしれないし。
「そこまで言うなら、そうですね、私達で探してみましょう」
「あ、でも先生、次の授業準備とか他にもやることがあるんじゃないですか?」
「昨日は通り魔事件があったんですよ。次はこの構内で起きないとは断言出来ないじゃないでしょう」
それはそうだけど。学校内で通り魔なんて聞いたことが無い。 それに本当は通り魔じゃなくて妖怪だし。それはさすがに無関係な先生には言えないけど。それにしても中々熱い先生だなぁ。少なくとも、ほっときなさいとか言う放置的な先生よりかは好感が持てる。
「確かにその通りですね。他にも探して見つからなければお願いしにまた来ます」
そう言って僕は職員室をあとにした。
次はどこを探そうか。先ほどの彩花の体操服姿をふと思い出し。次に探すべき場所が決まった。
体育館だな。スケベな隆のことだ、体操服姿の女子生徒を見ようと思って体育館にいるに違いない。グラウンドも候補には挙がるけど、隠れる場所も何もないし、きっとそうだ。
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