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目覚めた人魚
しおりを挟む(………真っ暗………誰もいない……ここは何処?…)
(…確か、魚達と遊んでて……………そうよ!水に流されたんだわ)
(苦しくて…息が続かなくて……え、私、死んでしまったの?…………嘘………嘘よね………ねぇ、誰か、誰かいないの?)
(………目を開けなくちゃ……誰か!誰か……助けて!ここから出して!!)
――――バッ………
「……っ…!?………」
薄暗い一室。見た事の無い置物。充満する酸素。
被せられてる柔らかい厚手の布と、恐る恐る布から手を出せば肌触りの良い別な布がまとわりつく自分の腕。
目覚めたアルメリアの視界に入ってきた光景は、自分が生きて来た場所とあまりにも掛け離れた世界だった。
(…ここは何処?……森じゃない……水が無い……)
自分に被せられた布を前に折り曲げ、ゆっくりと体を起こすと辺りを見回す。
下半身を見れば尾から人の脚へと変わっていた。
(そっか…地上に上がったから…)
どの位寝ていたのか、体内が少し乾燥している気がする。
起きたばかりで上手く動かない体を、無理矢理動かし片足を絨毯に下ろす。
普段は使う事が少ない脚。重心をかける事が難しい。
今まで踏んだ事の無い毛の感触が足裏をくすぐる。
寝かせられて居た寝台に乗せていた右手を浮かせ離して、横のサイドテーブルに触れてみた。
左手は寝台に乗せた継。
森の木とは違うスベスベした木の手触り。
――――カタン…………ギィー……
「…!…」
サイドテーブルを撫でていると、アルメリアが居る場所から左側の壁伝いにある立派な木製の扉が開いた。
驚いたアルメリアはサイドテーブルから右手を放し、両手を寝台ヘ置き、咄嗟に体を硬直させる。
誰かが入ってくる。扉から目を離せない。
―――怖い。心臓の音が耳横で響くように聴こえる。
アルメリアが身構える中、薄暗い空間にランプの淡い灯りが浮かんだ。
灯りに照らされて見えたのは一人の女性。
長い髪を斜めにリボンで束ね、パッチリとした瞳の薄暗い中でも分かる可愛らしい外見。
「……あ、気が付いた?」
扉から入って来た女性は、身構えて視線を送るアルメリアに気付いて、パッと笑顔になりながら声を掛ける。
そしてランプを持った継、アルメリアに近付く。
アルメリアは焦りから上手く声が出ず、ただ瞬きを繰り返す。
「大丈夫?具合は?…貴女、結構寝ていたみたいだから」
1メートル弱まで近付いて来て女性の足が止まった。
軽快な足取りから、アルメリアは彼女が少なくとも自分と同じ種族では無い事を悟った。
女性はアルメリアの焦り等気付かないのか、その継話を続ける。
上手く声が出無い渇いた喉で、生唾を一回飲み込み、ゆっくりとアルメリアは口を開いた。
「……あの………こ…こは?」
漸く絞り出した声はかすれて、静かな空間でも聞き取り難い程小さかった。
吃驚する位、自分の声では無いよう。
もう一度、聞いた方が良いだろうか。
きっと女性には聞こえてないかもしれない。
アルメリアが慌ててもう一度言おうと口を開いた時、女性の唇が動いた。
「ここは私の家。正確には兄様の家だけど。湖の草の上に倒れていた貴女を見付けた兄様が、連れて帰って来たのよ。」
「………草の…上…」
女性の説明に、アルメリアは一部繰り返す。
どうやらアルメリアの棲む人魚の森の洞窟は、海だけではなく、湖にも繋がっている様子。
そしてアルメリアを助けたのは彼女の兄であるという事。
「…あの…ありがとうございます」
助けて貰ったという事に、アルメリアは取り敢えずお礼を言う。
「お礼なら兄様が帰って来たら言って。助けたのは兄様だし。あ、着替えさせたのは私だから安心して」
着替えさせたとはこの肌触りの良い布の事だろうと、アルメリアは自分に纏わされている布に視線を落とした。
「でも、良かった。兄様が竜で一飛びして来たから風邪も引いてないみたい。」
女性の何気無い言葉に、一瞬アルメリアは頭が真っ白になる。
―――今、彼女は何て言ったの?
―――一飛びとは?
―――ドラ…ゴン…?
回らない思考で繋げた言葉に、アルメリアは頭から血がサーっと下りていく感覚がした。
目の前が霞そう。掌には脂汗が滲み出る。
「…ドラゴ…ン…ってあの、翼がある…」
「えぇ、そうよ。ここは竜の国。分かりやすく言うと青い竜の王国だから。」
ニコニコと笑顔で話す女性の顔は、竜と聞いたアルメリアにとってそれは恐怖が増すものだった。
(………竜…の国……っ…)
ここは一刻も早く離れなければならない場所。
小さな頃から聞かされて来た言葉が脳裏に浮かぶ。
女性の言葉から、彼女とその兄は竜族及び竜使いの人々だと。
つまり自分が人魚である事は知られてはならない相手。
正体が人魚と知られたらきっと帰れない。
「ねぇ貴女、名前は?」
「え………」
焦りが増して目の前に女性が居る事を忘れたアルメリア。
女性から名前を聞かれてハッとしたが、竜の国と知った以上、名前を言うべきなのか躊躇われる。
女性が部屋へ入って来た時より、目を伏せてしまう。
「まさか、、、何処かに頭を打つけて忘れたとかでは無いわよね!?」
アルメリアの渋っている様子から、女性はアルメリアが記憶喪失なのではと勘違いしたみたいだ。
これは利用出来るかもしれない。
記憶喪失であれば態々名前を言わなくても良い。
人魚だと知られない為に偽名を使うのも悪くは無い。
―――ここは記憶喪失だと言って、それか偽名を使う?
悩みながらアルメリアは伏せた目を上げ、チラッと女性の顔色を伺った。
女性は眉を下げ眉間に寄せてどうしましょうと本気で心配している。
幾ら正体がバレてはいけない相手でも、女性の様子から嘘を吐くのは出来無い気がした。
今嘘を吐いたら、きっと良心が痛む。
「……名前…は………メリア…」
「ん?何?」
「……私の名前は…アルメリア」
名前を言うだけで、こんなにも緊張したのは人生で初めてだった。
意を決して本名を口にしたアルメリア。
アルメリアから名前を聞いた女性は、名前を聞くと笑顔に変わった。
「アルメリア!可愛い名前だわ。良かった、記憶喪失じゃないのね。」
もっと色々言われると思ったが、深く質問してくる様子も無い。
女性の明るくなった口調に何処か安心した。
「私はレナ。気軽にレナって呼んで?アルメリア。あ、それとも“さん”付けの方が良い?」
初めから呼び捨てでは失礼だったかしらとレナはランプを持たない手で、自分の頬を触りながら小首を傾げる。
レナのコロコロ変わる表情に、アルメリアは先程まで感じていた恐怖と焦りが少し和らいでいく。
「…大丈夫です。」
「そう?じゃ、アルメリアって呼ばせて。私にも敬語は不要よ。普通の話し方で良いわ」
自分の頬を触っていた手を頬から離して、人差し指を立てるレナ。アルメリアは頷く。
「アルメリア、お腹は空いている?何か食べたい物があれば下から持って来るから言って。それとも飲み物が先の方が良い?」
ずっと寝ていたアルメリアを気遣って、レナは食事を用意してくれようと提案する。
確かに緊張で忘れていたが、水流で流されてから何も口にしていない。
お腹も空いてるが、アルメリアは一刻も早く水が欲しかった。
「出来れば…お水を」
「お水?紅茶も珈琲もあるわよ?あ、南瓜スープもきっとあるわ。遠慮しないで」
好きなものをと言うレナだが、アルメリアは?が浮かぶ。
レナの言う“紅茶”“珈琲”“南瓜スープ”とは一体どんなものか。
植物の南瓜は知っているが、南瓜スープとは検討が付かない。
全て人魚の森には無いもの。遠慮しないでと言われても選びようが無かった。
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