年に一度の旦那様

五十嵐

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59 食欲減退

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「リンデル、これは?」
「はい、それも有用な薬草ですよ、お嬢様。」
「もう、リンデルまで。レイチェルでいいわよ、わたしのことは。特にあなたとわたしはね。」
「だからですよ。お嬢様でも烏滸がましい。もし、わたし達が祖国で生まれていたらあなたは姫様と呼ばれるべき方でしたから。」
「あら、ラススノルト以外ではわたし達は違う人間で生まれていたわよ。」


レイチェルの母、ベテルリナにも同じ血が流れていたことを知ったのは彼女が亡くなってから。しかもその時、ベテルリナを死に追いやったのはリンデルの呪術と知った。
加法であろうと減法であろうと、呪術が強力な毒薬のように瞬時に誰かを死に至らしめることは出来ない。ただ呪術の使い方次第では痕跡を残すことなく行うことが出来る。時間は掛かるが。

アーミテージ子爵はそれを良く知っていた。だから呪術が掛けられた薬草を売る商会を営み財を成したのだ。
表向きは薬草を売る他店と変わり無いが、裏では特別な顧客に高額な薬草と『方法』を売っていた。



「アル、この子の為に食欲が減退する薬を作って。」
「食欲減退ですか、クレアお嬢様?」
「ええ、そうよ。痩せたいけれど、食欲が抑えられないらしくて。ね、アリッサ?」
クレアにアリッサと呼ばれている、縁戚の男爵令嬢の姿を見てアルという偽名のリンデルは不思議に思った。痩せる必要などないように見えるからだ。

「あなたには分からないでしょうけど、わたくし達は細くなければならないの。すぐに作ってちょうだい。」

ラススノルトを含め近隣の国では奴隷制度はない。しかし、事実上リンデルはアーミテージ子爵家では奴隷も同然だった。調薬室に閉じ込められ、足は鎖で繋がれていたのだ。月日と共にその鎖の重みは増すように感じられる不思議なものだった。

決して優しさからではないが、鎖を外される日もあった。と言っても奴隷から家畜になるだけ。血を残す為に繁殖を強要されたのだった。逆らえば死なない程度に鞭打たれる。リンデルの人間としての尊厳はそこには無かった。
それに子爵から要求される呪術はいつもとんでもないものばかり。良心など持たない方が心を保つことが出来ると気付いてからは、その言葉の存在も忘れた。

だからなのか、クレアから要求された呪術は可愛らしいものに思えた。
もう失ったしまったと思われた良心も全く痛まない呪術。リンデルは食欲が衰退するよう唱えながら薬草を煎じたのだった。

しかし、その薬草をアレッサが自分に使うことはなかった。
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*ご訪問ありがとうございました*

長い間更新しませんで…申し訳ございませんでした。感想をいただいていたのに、漸く気付き心を入れ替えようと思ったところです。
感想 4

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