年に一度の旦那様

五十嵐

文字の大きさ
上 下
57 / 85

57 リンデルの過去

しおりを挟む
リンデルは孤児だった。
ところがある日、リンデルを引き取り子供として育てたいという商人が孤児院にやって来た。裕福な商人で身元も確か。すぐに養子縁組はなされたのだった。
父となったその男は商人には字も算術も重要だと、孤児院では習うことがなかった様々な教育をリンデルに与えてくれた。

そして、もう一つ与えてくれたものがある。女だ。女で身を滅ぼさない為に、年頃になると遊び方を覚えろと言われたのだった。
最初は散々だった初めて。遊ぶも何もリンデルが遇らわれただけだった。落ち込むリンデルに、父は誰でも初めてはそんなものだと言い、男になったことが重要だと説いた。
そう、父にとってはリンデルが男になることが本当に重要だったのだ。この時は分からなかったが、後にリンデルはその言葉の本当の意味を嫌でも知った。


数日後、父が仕立て屋を連れてきた。大人の男になった祝いにとドレスシャツを誂える為に。首周りを測る時には、何度も首筋を触れられ擽ったい思いをしたが、仕立て屋は仕事をしているだけ。人生で初めて自分の為のシャツを誂えるにはこういうことも必要なんだとリンデルは思っただけだった。大成すれば、今後もシャツを誂える機会は増える。その為にも慣れなくてはいけないと。

仕立て屋が念入りに測ったのは首周りだけたった。後の作業は手早く終わった。そして、傍にいた父へ振り返ると小さな声で『おめでとうございます』と言ったのだった。

孤児院育ちのリンデルには一般家庭に関して知らないことがたくさんある。だからこの時も、仕立て屋が『おめでとうございます』と言ったのは、大人になったことに対してだと思っていた。職業柄、そういう機会に触れることは沢山あるのだろうと。リンデルではなく、父へ向かって言ったのには恥ずかしさが込み上げたが、世の父親とは子の成長を喜ぶものなのだと思うだけだった。

それからリンデルには薬学の家庭教師が付けられた。それも父が金に糸目を付けず有名な薬師を手配してくれたのだ。
当時のリンデルは、それが父の期待からのものに思えた。

しかし、その男は父ではなく、狡猾な商人でしかなかった。
安く商品を買い、付加価値を高めて売り飛ばすという。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。

蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。 「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」 王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。 形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。 お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。 しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。 純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

かわいそうな旦那様‥

みるみる
恋愛
侯爵令嬢リリアのもとに、公爵家の長男テオから婚約の申し込みがありました。ですが、テオはある未亡人に惚れ込んでいて、まだ若くて性的魅力のかけらもないリリアには、本当は全く異性として興味を持っていなかったのです。 そんなテオに、リリアはある提案をしました。 「‥白い結婚のまま、三年後に私と離縁して下さい。」 テオはその提案を承諾しました。 そんな二人の結婚生活は‥‥。 ※題名の「かわいそうな旦那様」については、客観的に見ていると、この旦那のどこが?となると思いますが、主人公の旦那に対する皮肉的な意味も込めて、あえてこの題名にしました。 ※小説家になろうにも投稿中 ※本編完結しましたが、補足したい話がある為番外編を少しだけ投稿しますm(_ _)m

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

あなたの一番になれないことは分かっていました

りこりー
恋愛
公爵令嬢であるヘレナは、幼馴染であり従兄妹の王太子ランベルトにずっと恋心を抱いていた。 しかし、彼女は内気であるため、自分の気持ちを伝えることはできない。 自分が妹のような存在にしか思われていないことも分かっていた。 それでも、ヘレナはランベルトの傍に居られるだけで幸せだった。この時までは――。 ある日突然、ランベルトの婚約が決まった。 それと同時に、ヘレナは第二王子であるブルーノとの婚約が決まってしまう。 ヘレナの親友であるカタリーナはずっとブルーノのことが好きだった。 ※R15は一応保険です。 ※一部暴力的表現があります。

旦那様、離婚しましょう

榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。 手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。 ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。 なので邪魔者は消えさせてもらいますね *『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ 本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......

処理中です...