年に一度の旦那様

五十嵐

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57 リンデルの過去

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リンデルは孤児だった。
ところがある日、リンデルを引き取り子供として育てたいという商人が孤児院にやって来た。裕福な商人で身元も確か。すぐに養子縁組はなされたのだった。
父となったその男は商人には字も算術も重要だと、孤児院では習うことがなかった様々な教育をリンデルに与えてくれた。

そして、もう一つ与えてくれたものがある。女だ。女で身を滅ぼさない為に、年頃になると遊び方を覚えろと言われたのだった。
最初は散々だった初めて。遊ぶも何もリンデルが遇らわれただけだった。落ち込むリンデルに、父は誰でも初めてはそんなものだと言い、男になったことが重要だと説いた。
そう、父にとってはリンデルが男になることが本当に重要だったのだ。この時は分からなかったが、後にリンデルはその言葉の本当の意味を嫌でも知った。


数日後、父が仕立て屋を連れてきた。大人の男になった祝いにとドレスシャツを誂える為に。首周りを測る時には、何度も首筋を触れられ擽ったい思いをしたが、仕立て屋は仕事をしているだけ。人生で初めて自分の為のシャツを誂えるにはこういうことも必要なんだとリンデルは思っただけだった。大成すれば、今後もシャツを誂える機会は増える。その為にも慣れなくてはいけないと。

仕立て屋が念入りに測ったのは首周りだけたった。後の作業は手早く終わった。そして、傍にいた父へ振り返ると小さな声で『おめでとうございます』と言ったのだった。

孤児院育ちのリンデルには一般家庭に関して知らないことがたくさんある。だからこの時も、仕立て屋が『おめでとうございます』と言ったのは、大人になったことに対してだと思っていた。職業柄、そういう機会に触れることは沢山あるのだろうと。リンデルではなく、父へ向かって言ったのには恥ずかしさが込み上げたが、世の父親とは子の成長を喜ぶものなのだと思うだけだった。

それからリンデルには薬学の家庭教師が付けられた。それも父が金に糸目を付けず有名な薬師を手配してくれたのだ。
当時のリンデルは、それが父の期待からのものに思えた。

しかし、その男は父ではなく、狡猾な商人でしかなかった。
安く商品を買い、付加価値を高めて売り飛ばすという。
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*ご訪問ありがとうございました*

長い間更新しませんで…申し訳ございませんでした。感想をいただいていたのに、漸く気付き心を入れ替えようと思ったところです。
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