年に一度の旦那様

五十嵐

文字の大きさ
上 下
57 / 89

57 リンデルの過去

しおりを挟む
リンデルは孤児だった。
ところがある日、リンデルを引き取り子供として育てたいという商人が孤児院にやって来た。裕福な商人で身元も確か。すぐに養子縁組はなされたのだった。
父となったその男は商人には字も算術も重要だと、孤児院では習うことがなかった様々な教育をリンデルに与えてくれた。

そして、もう一つ与えてくれたものがある。女だ。女で身を滅ぼさない為に、年頃になると遊び方を覚えろと言われたのだった。
最初は散々だった初めて。遊ぶも何もリンデルが遇らわれただけだった。落ち込むリンデルに、父は誰でも初めてはそんなものだと言い、男になったことが重要だと説いた。
そう、父にとってはリンデルが男になることが本当に重要だったのだ。この時は分からなかったが、後にリンデルはその言葉の本当の意味を嫌でも知った。


数日後、父が仕立て屋を連れてきた。大人の男になった祝いにとドレスシャツを誂える為に。首周りを測る時には、何度も首筋を触れられ擽ったい思いをしたが、仕立て屋は仕事をしているだけ。人生で初めて自分の為のシャツを誂えるにはこういうことも必要なんだとリンデルは思っただけだった。大成すれば、今後もシャツを誂える機会は増える。その為にも慣れなくてはいけないと。

仕立て屋が念入りに測ったのは首周りだけたった。後の作業は手早く終わった。そして、傍にいた父へ振り返ると小さな声で『おめでとうございます』と言ったのだった。

孤児院育ちのリンデルには一般家庭に関して知らないことがたくさんある。だからこの時も、仕立て屋が『おめでとうございます』と言ったのは、大人になったことに対してだと思っていた。職業柄、そういう機会に触れることは沢山あるのだろうと。リンデルではなく、父へ向かって言ったのには恥ずかしさが込み上げたが、世の父親とは子の成長を喜ぶものなのだと思うだけだった。

それからリンデルには薬学の家庭教師が付けられた。それも父が金に糸目を付けず有名な薬師を手配してくれたのだ。
当時のリンデルは、それが父の期待からのものに思えた。

しかし、その男は父ではなく、狡猾な商人でしかなかった。
安く商品を買い、付加価値を高めて売り飛ばすという。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。

蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。 「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」 王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。 形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。 お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。 しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。 純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

あなたとの離縁を目指します

たろ
恋愛
いろんな夫婦の離縁にまつわる話を書きました。 ちょっと切ない夫婦の恋のお話。 離縁する夫婦……しない夫婦……のお話。 明るい離縁の話に暗い離縁のお話。 短編なのでよかったら読んでみてください。

生まれ変わり令嬢は、初恋相手への心残りを晴らします(と意気込んだのはいいものの、何やら先行き不穏です!?)

夕香里
恋愛
無実の罪をあえて被り、処刑されたイザベル。目を開けると産まれたての赤子になっていた。 どうやら処刑された後、同じ国の伯爵家にテレーゼと名付けられて生まれたらしい。 (よく分からないけれど、こうなったら前世の心残りを解消しましょう!) そう思い、想い人──ユリウスの情報を集め始めると、何やら耳を疑うような噂ばかり入ってくる。 (冷酷無慈悲、血に飢えた皇帝、皇位簒だ──父帝殺害!? えっ、あの優しかったユースが……?) 記憶と真反対の噂に戸惑いながら、17歳になったテレーゼは彼に会うため皇宮の侍女に志願した。 だが、そこにいた彼は17年前と変わらない美貌を除いて過去の面影が一切無くなっていて──? 「はっ戯言を述べるのはいい加減にしろ。……臣下は狂帝だと噂するのに」 「そんなことありません。誰が何を言おうと、わたしはユリウス陛下がお優しい方だと知っています」 徐々に何者なのか疑われているのを知らぬまま、テレーゼとなったイザベルは、過去に囚われ続け、止まってしまった針を動かしていく。 これは悲恋に終わったはずの恋がもう一度、結ばれるまでの話。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。

たろ
恋愛
幼馴染のロード。 学校を卒業してロードは村から街へ。 街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。 ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。 なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。 ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。 それも女避けのための(仮)の恋人に。 そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。 ダリアは、静かに身を引く決意をして……… ★ 短編から長編に変更させていただきます。 すみません。いつものように話が長くなってしまいました。

処理中です...