年に一度の旦那様

五十嵐

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レイチェルは自由を忘れたくなかった。
青空色の瞳を持つ青年はレイチェルを貴族の娘だと理解した上で、敢えて名前を聞かないでいてくれた。それはここでは二人が如何なるものにも縛られず自由でいる為の約束事だったのかもしれない。

でも、最後。そう思うと、レイチェルは自由を忘れない為に青年の名前を知りたいと思った。貴族の娘だと悟られているとしても、平民のように名前しか名乗らず自己紹介をし、相手の名前を聞いた。
これからどんなに自由から遠く離れようと、心の中で青年に呼びかけることで今のレイチェルを思い出す為に。

そしてまた神は気まぐれなことをした。
レイチェルが侯爵家へ嫁ぐという檻に入れられることが決まった時、そこにロイがいたのだ。檻に何故自由がぶら下がっているのか、不思議でしょうがなかった。
ロイはレイチェルが檻を自由に出入りする方法を考えてくれた。檻を内部から知るロイだからこそ出来ること。
そしてロイは言う、友人のレイチェルの為に、と。

図書館で会うだけだったロイ。身分の垣根を超え付き合う為にレイチェルが発した免罪符である友人という言葉。免罪符のはずが、その言葉が今度はレイチェルを縛った。

王都の侯爵邸にいた頃、つい聞いてしまったことがある。いつまで友人でいるのかと。
ロイはレイチェルの望む答えをすぐに返してはくれなかった。代わりに、レイチェルがいつまでを望むのか聞き返し確認した上で返答した。本当はロイに即答してもらいたかった、ずっと、と。しかも、友人ではなくもっと近い存在として傍にいると言って欲しかった、あの時は。
それが結婚を控えたレイチェルとロイにとってどういう関係ならば成り立つのか分からなかったが。

けれど、今のレイチェルにはよく分かる。
こうして寝台の上でロイの体温を感じるようになった今では。

レイチェルはロイに友人という立場をもう求めていない。両親の間には感じられなかった、男女が愛情で結ばれる関係を求めているのだった。

「ううっ、レイチェル、もう、止めて。もう、」
「いいのよ、ロイ。その代わり、ロイのお手伝いをしたお礼が欲しいわ。計画を変えたいの。あなた、今の計画のままだと、なんらかの形でずっとわたしに仕える気よね。あなたが寝台の上でだけは友人でいたいというなら、それでいい。でも、それ以外では友人でも使用人でもない、最も近い人になって。」

レイチェルは心を決めていた。もう随分前から。
毎朝友愛のキスをしてくれる大切なロイと共にいれるのならば、貴族でいる必要はない。
今更ながらに、ベテルリナの言っていた言葉の意味が分かる。貴族であり続けることと愛のある生活を送ることはトレードオフの関係ということだ。中には両者を得る者もいるだろうが。

料理、掃除、繕い物、レイチェルがどうして様々なことをカルセナ達から習うのかロイは理由を知っていただろうに。
知らぬ存ぜぬを通していたロイに、レイチェルは罰として唇に触れるだけのキスをした。朝の生理現象後、放心状態のロイの唇を奪うことは体格差があろうとレイチェルにも容易かった。
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*ご訪問ありがとうございました*

長い間更新しませんで…申し訳ございませんでした。感想をいただいていたのに、漸く気付き心を入れ替えようと思ったところです。
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