年に一度の旦那様

五十嵐

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若いツバメでないその男は、夫人に食事や贈り物などは要求しない。ましてや、肉体関係は以ての外。

ただカフェでの時間を楽しんでいる振りをして、自分が投資家であることを話すだけ。時には外国訪問記や他国の貴族間で流行っているものの話をしてみたりしながら。

夫人は次第に外国での見聞や様々な話から、男が投資判断をする力がある者だと勝手に認識する。そして、自分の自由になる金を手始めに少しだけ投資してみるのだった。

実際の投資を行なっているのはロイ。だから夫人の託した金はそれなりに増えた。そう、最初の数回はプレゼントだ。ロイからの、破滅の入り口に到達した祝いという。


「あなた凄いのね。こんなに増えるなんて。何か贈り物をさせてちょうだい。」
「要りませんよ。金はわたしではなく、投資先が増やしてくれたのですから。」
「でも…。」
「わたしはこうしてアリッサ様とたまに会って話すことで投資に良い影響をいただいていますので。」

少し考えれば、短期間で少額の金が増えるなど怪しいというのに夫人は気付かない。勿論、男の投資先はロイ。男は投資先からの指示に従うだけだ。

だから指示通り、男が夫人に向ける笑顔はどこまでも甘い。指示でなくても大切な金蔓、オプションを付けてもいいくらいだ。

「アリッサ様もそれを元手に増やしてみてはいかがですか?」
「わたしが?」
「はい。宜しければ、誠実な仲介業者を紹介しますよ。」

夫人は簡単に引っかかった。大した額ではなかったが、一度も失敗することの無かった投資経験。それが故に投資は儲かると思ってしまったのだ。
誠実な仲介業者は、自分の取り扱う商品をリスク毎にまとめ夫人に手渡した。
「ハイリスクハイリターン、ローリスクローリターンです。」

夫人はおっかなびっくりしつつも、リスクの低いものへの投資を始めた。しかし一向に増える気配はない。

「アリッサ様、それは当然ですよ。ローリスクですから、儲けも低いのです。わたしはローリスク先へはそれなりの額を投資しています。でないと、いつまでも増えませんから。」
「それもそうね。ローリスクローリターンですものね。」
 
男も誠実な仲介業者もローリスクローリターンの意味を正しく夫人に説明しなかった。

低い危険性だから資金が増える額が低いのではなく、大きな危険を負わない為に比較的安全なところへ投資することだと。低い危険性ということは、少ないけれど失う危険に直面する可能性があるとは決して言わなかった。

「素敵なイヤーカフね、サリエリ。」
「あ、これですか?実はお断りしたのですが、投資のお礼にと渡されてしまったもので。折角なので付けることにしました。」

男は誰から貰ったかは言わず、嬉しそうに微笑みながらイヤーカフをそっとなぞった。その表情と仕草は夫人に性的興奮を与えた。と同時に、妬みも。見たこともない、投資に成功し男に高価な物を贈れる人物に嫉妬したのだ。

夫人は考えた。自分も男に贈り物をし、あの表情で見つめてもらいたいと。それには金が要る。

金を作る方法は二つ。
少ししか儲けをださない投資先に長々と預け、少しずつ増やしていく。もしくは、危険が付き纏うが大きく儲けが見込める先に預けるかだ。

しかしのんびりしていたら、男が他の女との親睦を深め夫人との時間を取らなくなってしまうかもしれない。

夫人は数日後、誠実な仲介業者を呼び投資先を変更したいと伝えた。しかし、その時に予想していなかったことが起こる。減っていたのだ、原資が。

「低い危険性と申し上げた通り、危険がないわけではございません。」

当たり前の説明だというのに、夫人は聞きながら他のことを思ってしまった。どうせ危険があるのなら、ハイリスクハイリターンを取ろうと。

預けて数日後、その投資先は調子が良いようで上昇を始めた。
しかし、その数日後、投資先も夫人も転げ落ちた。
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