年に一度の旦那様

五十嵐

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29 大人になった瞬間

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ロイは子供から大人になった瞬間がいつだったかを覚えている。それは体の成長を示す事象が起きた日ではなく、考えを変えた日のこと。

驕った考えで、自分が策を企てれば何でも出来ると思っていたロイは子供でしかなかった。子供だから周囲と自分を比べたし、仕事の成果を認められれば心の中で喜びを感じた。

しかし、それは子供が故。侯爵家とアリエルという狭い世界しか知らないロイならばそのままだっただろう。周囲に居る人より自分が優れていればいいし、侯爵の機嫌を上手く取れていればアリエルに危害を加えられる心配もない。

諜報活動で外には出ていたが、全ては侯爵家に関わる場所ばかり。本当の意味での広い世界など知らなかったのだ。それなのに、アリエルをこの狭い世界から連れ出し逃げられるとまで信じていた。なんて浅慮だったのか。

レイチェルと名乗り合った時、ロイは自分の無力さを痛切に感じた。勉強が出来ても、諜報活動に優れていても、それだけなのだ。貴族でも金持ちでもないロイには、得たものを効果的に使う術などなかった。身分社会の末端にいるロイには、誰かの配下となり生きて行く以外の道など数えるくらいしかない。
美しい翡翠の瞳に名を尋ねられたあの時が、ロイが大人になった瞬間だった。無力な自分を知り、考えや生き方を変えなくてはいけないと思ったあの瞬間が。

そして神が大人になったことにお祝いを与えてくれた。アリエルから離されて、誰からも誕生日すら祝ってもらえないロイに神が情けを掛けたのだろう。
侯爵がレイチェルに白羽の矢を立てたのだ。レイチェルが手の届かないところへ嫁がされどんな生活を送るか知らずにいるよりは、ましな現実だった。大人になったロイが美しい翡翠の瞳が翳ることないよう策を巡らせられる距離なのだから。

策を執行するには金が必要な時もある。
子供だったロイは労働対価を得ることで満足していたが、今は違う。頭の使い所を変え、投資で密かに蓄えている金もある。何より、特別な能力を持つ他者との繋がりも出来た。


先ずは直ぐに実現出来るレイチェルの望みの為、ノアと話をしなくてはいけないとロイは立ち上がった。
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