年に一度の旦那様

五十嵐

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14 無力

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ロイのレイチェルを助けることが出来るのは自分だという自信は簡単に打ち砕かれた。
肝心なレイチェルが図書館に来ないのだ。これでは、上手く話をして誘導することなど不可能だった。

最初は侯爵の手の内を知り、考えることもなんとなく想像がつくロイならば可能に見えていたことが霞んでいく。
ロイにはレイチェルの元を真っ当な方法で訪ねることすら出来ないのだから、図書館で会えない限り何の手立てもない。

侯爵の欲しい情報を探り、ノアの従者であるアレクと愛人の弱点を知っているロイ。
でも、それだけなのだ。侯爵家という小さな世界では優位に動けるかもしれないが、一歩外に出たら近くにいるはずのレイチェルすら助けられない。

ロイが自分の無力さに苛まれ始めてから三週間が経ったころ、レイチェルが図書館に現れた。
「久しぶり、君の言葉が気になって心配だった。事件に巻き込まれていやしないかって」
「事件ではないけれど、面倒には巻き込まれているわ」
「大丈夫?僕に何か出来ることはない?」
「あなた、優しいのね。でも、あなたに出来ることはないわ」
レイチェルの言葉にロイは更に自分の無力さが募る思いだった。

「あっ、あなたが何も出来ないと言っているのではないの。だってドレス着ないでしょ、あなたは。最近、ドレスを仕立てたり、マナーのおさらいとか色々あったのよ」
「マナー…」
「ええ、マナー。実はわたし十六歳だから今度王宮で開かれるデビュタントボールという催しに出席しなければならないの」
ロイは自分の手の届かないところで確実にレイチェルの時計の針は前に進んでいたのだと理解した。

「デビュタントボールは貴族の子女が大人になる通過儀礼みたいなもので、大人としての挨拶もダンスも出来なければ家の恥となるからその手の詰まらない勉強ばかりさせられていたの」
「君は家の為にそんなものに出席するの?」
「そうね、家の為というよりは貴族としての義務かしら。貴族階級の恩恵を受けているのだもの、それに課せられていることは果たさないと」
恩恵など殆ど受けていないことを知っている今では、ロイにはレイチェルの言葉が虚しく聞こえるだけだった。

「デビュタントボールが終わったら、日中のお茶会にも出なくてはいけないかも。今までは病弱を理由に断っていたんだけどね」
「どこか悪いの?」
「別に。都合よく生きるためのそういう設定よ」
レイチェルは何でもないように言うが、その設定がどうして作られたのかもロイは知っている。

「病弱のままいれば。ついでにその通過儀礼で失敗すればまた図書館に来れるんじゃない?」
「そうね。残念だけど病弱設定は色々都合が悪いからもう無理みたい。失敗もさせてはもらえないわ。わたしが失敗すれば、そこに関わった人達まで迷惑を被るもの。家庭教師なんか給料をもらえないどころか反対に失敗に対する損害請求をされるかも。とにかく、義務は果たすもの、逃げるものではないわ」
「そっか、じゃあ、頑張って、としか言えないね」
「ありがとう。それと、もしかしたら、もうあなたにも会えなくなるかも。ねえ、だから、最後に一つお願いを聞いて欲しいの」
「最後にしないで。勿論お願いも聞くから」
「ふふ、ありがとう。わたしはレイチェル。あなたは?あなたの名前が知りたいの。それがわたしのお願い」

目の前の少女は本当にレイチェルだった。本人がそういうのだから間違いのはずがない。
だとすると、病弱でいれないのも、図書館に来れなくなるのもコリンス伯爵家が早々に嫁に出そうとしているからだろう。

マクレナン侯爵家にとっては5分の1のレイチェル。しかし、この確率を滅すればレイチェルが結婚しなくなる訳ではないのだ。ロイが関われる確率はあくまでもノアの婚約者にしないためのものに過ぎない。

一歩外に出たロイは本当に無力だと再び思いながら、レイチェルに自分の名を告げた。役に立たない自分の名を。
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