年に一度の旦那様

五十嵐

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13 報告書

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図書館で名前も知らないまま会話をする少女とコリンス伯爵家のレイチェルが結びついてしまった時、ロイは深い溜息をもらした。何かの間違いであって欲しいとも願った。しかし現実は現実。救いはまだ悪い現実になっていないこと。

ロイに何かを教えてくれるであろう翡翠の瞳が美しい輝きを失うことは避けなければいけない。
しかし侯爵の命令を遂行しなくてはアリエルの身が危なくなる。ロイは策を考えながらも、それぞれの家の現在を調べ始めたのだった。

家の情勢に関する結果は大同小異。流石は侯爵だと思わざるを得なかった。あとは、どの家が都合良く陥れやすいのかで順位が決まるだけだ。しかしもう一つの要素には明確な違いがあった。それは、ロイにとってはあって欲しくない違いだった。

「調査報告書です」
侯爵の考えを誘導するような報告書は作れない。侯爵がロイの意図を少しでも感じとれば危険を招くからだ。そこで、ロイはそれぞれの家の調査内容はそのままを記し、娘達の出来に関しては教育と家での方針というスコア方式で客観的に報告することにした。決して自分の主観を入れないよう努めたのだ。そうすれば、侯爵が言っていた美しさを報告者には載せないで済む。

けれど、報告書に目を通した侯爵から開口一番その質問が飛び出したのだった。
「お前から見て、どの娘が一番美しかった?」
「申し訳ございません。わたしは女性に興味がないもので、どの令嬢も同じに見えました。こればかりはお叱りを受けようとどうにも出来ません」
「ロイ、お前、もしかして…」
「はい、お察しの通りです」
ロイはレイチェルの為に侯爵が勘違いするよう話をした。性癖を装ったのだ。

一番美しいのはレイチェル。ロイでなくても、誰だろうとそう言うだろう。
調べれば、レイチェルが満足に食事を与えられていないことなど直ぐに分かった。細い腰に、本を捲る時に気になる細い手首はそのせいだ。細すぎる、けれど儚い美しさをレイチェルは持っていた。それをロイが口にすれば、侯爵がこの場でノアの妻をレイチェルに決めかねない。避ける為、ロイは女性のことが分からない体を装ったのだ。

「女を知らないのか」
「はい」
「ふっ、それは困った。こればかりはその気にならないと、教育相手を充てがっても空振りになるからな。まあ、いい。この内三人はデビューするはずだから、わたしが直接見てみるか。ところでコリンス伯爵家の娘は教育は受けさせてもらってはいるんだな」
「はい」

報告書を客観的に見れば、レイチェルは選ばれない。与えられている家庭教師は大したことがないし、家族との繋がりも希薄。それは侯爵が望む教育のレベルに到達していないことを意味するし、実家の為に婚家に尽くすという姿勢を持たないことを表している。何より、レイチェルは侯爵が言う従順な娘ではない。報告書には書けないが、自力で図書館へ来て勉強しているくらいなのだから。

「コリンス伯爵家の娘が後妻からぞんざいに扱われているのは貴族社会では皆知っていることだが、デビューはどうするのやら。陛下の御前に出すには多少は金を掛けないと家の恥になるだけだ。嫁に出すにもマナーや見栄えは貴族にとって重要だというのに」
侯爵の言葉が重くロイにのし掛かる。レイチェルを間接的に助けようとすれば、重要なことの反対を行けばいい。しかし、それらのことはレイチェルの令嬢としての価値を貶めることに繋がってしまう。

まだ最悪にはなっていない。レイチェルの他にも候補者が四人もいる。ロイは状況を常に知りうる自分がレイチェルを助けることが出来ると信じて疑わなかった。
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