年に一度の旦那様

五十嵐

文字の大きさ
上 下
10 / 90

10 互いの足枷

しおりを挟む
諜報活動を始めさせるにあたり、侯爵はロイに足枷をした。
アリエルは再びグルーバー子爵家のメイドとして雇われること決められたのだ。ご丁寧に侯爵家からの推薦状を持たせて。アリエルと共に侯爵家から抜け出すことを目標として生きてきたロイにとってそれは背進以外の何ものでもない。

アリエルが子爵家で働くことを拒否すれば、ロイがどうなるのか。
侯爵家は平民であるロイが貴族であるノアや侯爵夫妻に何らかの無礼を働いたと理由を作ることなど造作無い。理由如何によっては、ロイは牢に閉じ込められるだけで済まないこともちらつかされればアリエルはあの子爵が待つ邸だろうと行かなくてはならなかった。


アリエルが働き始めると、侯爵はロイに言った。
「お前の失態は即刻母に知らされる。そうならないように、しっかり励め。」

侯爵の言葉の真意を即刻ロイは理解した。侯爵は暗にロイを脅したのだ。侯爵が失態だと見なすことをすれば、クレアにロイの存在を知らせると。そうなれば雇用主であるクレアがアリエルに何をするか分からない。いくら優秀でも、十五歳を過ぎた程度のロイにはまだ理解の及ばないことがある。侯爵がどこからを失態と見做すかだ。ボーダーラインが分からない以上、ロイは常に上出来でなければならない。

「わたしは、わたしを育てて下さったマクレナン侯爵様の為、マクレナン侯爵家の繁栄の為にここにおります。侯爵様が落胆することないよう励む所存でございます。」
心にも思っていないことをすらすらと口から紡ぐことなど、侯爵邸という狭い世界でいかに生きていくか常に天秤に掛けながら過ごすロイには造作ないことだった。

ロイは少しすると気付いた。これは非常に侯爵らしいやり方だと。ボーダーラインは端から決められてはいない。侯爵の都合の良いように、常に動く。即ちロイは侯爵が満足するラインであり喜ぶラインを踏み外すことは決して出来ないということだった。



侯爵がアリエルを子爵家へ送ったのは、何もロイへの足枷にする為だけではなかった。
まだまだ美しいアリエルを手放すのは惜しかったが、別の使い方をすることにした。

「わたしの意を汲めぬような母を持つ子はこの家では不用だ。まあ見目は良い。男娼くらいなら使いようがあるかもしれんな。この世から直様消えるのと、男女問わず媚を売って可愛がってもらうのとどちらがいいのだろうか。なあ、アリエル?」

アリエルもまた子爵家へ行くにあたり侯爵から役割を与えられた。

侯爵からの推薦状に『侍女やパーラーメイドの経験豊富』と表記があれば、子爵家でアリエルは十中八九その職務で採用されるだろう。しかし、美しいアリエルをクレアが弟である子爵の近くに置くことはないはずだ。とすれば、アリエルはクレアの傍での仕事が増えると見込める。

それを見越して、侯爵はアリエルにクレアに会いに来る全ての客を報告するようにと命じた。侯爵にはどう考えてもグルーバー子爵家の状況が良いことが不思議なのだ。新しい事業を起こし取引先が増えたとはいえ、弟自身には商才などない。とすれが、クレアに力があるということだろう。表に見えない繋がりがどこかにあるかもしれない、それが侯爵の知りたいことだった。


弟が兄である自分を陥れ、侯爵位を手にしようなどとは考えないのは分かる。しかし、クレアが何を考えているかは分からない。あんな弟の元に敢えて好条件を携えてまで嫁いだ理由が分からない以上あらゆる警戒は必要だろう。


侯爵は思う、やはりロイは良い拾いものだったと。

クレアの生家であるアーミテージ子爵家のことを調べさせれば、アリエルの為に事細かに探ってきた、侯爵の想像以上に。頭の切れるロイが、何かに備えクレアに対する切り札を持ちたいと思うのは当然のこと、だから調査結果が上出来なのはこちらも当然なのだが。そして、その切り札は侯爵にとっても良い手札になる。

更に剣も握れるロイをノアに付けておくことはとても合理的だ。ロイは失態など犯せない。アリエルから翌日の朝日を奪いたくはないだろうから。まさかとは思うが、侯爵はアーミテージ子爵家がノアを狙う可能性も頭の片隅に入れてはいる。ロイがアーミテージ子爵家を常に注視することで、もし何らかの動きを起こそうとすれば直ぐに気付きノアを守るよう動くのも計算のうちだった。
しおりを挟む
*ご訪問ありがとうございました*

長い間更新しませんで…申し訳ございませんでした。感想をいただいていたのに、漸く気付き心を入れ替えようと思ったところです。
感想 4

あなたにおすすめの小説

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。

蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。 「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」 王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。 形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。 お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。 しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。 純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!

夕香里
恋愛
王子に婚約破棄され牢屋行き。 挙句の果てには獄中死になることを思い出した悪役令嬢のアタナシアは、家族と王子のために自分の心に蓋をして身を引くことにした。 だが、アタナシアに甦った記憶と少しずつ違う部分が出始めて……? 酷い結末を迎えるくらいなら自分から身を引こうと決めたアタナシアと王子の話。 ※小説家になろうでも投稿しています

生まれ変わり令嬢は、初恋相手への心残りを晴らします(と意気込んだのはいいものの、何やら先行き不穏です!?)

夕香里
恋愛
無実の罪をあえて被り、処刑されたイザベル。目を開けると産まれたての赤子になっていた。 どうやら処刑された後、同じ国の伯爵家にテレーゼと名付けられて生まれたらしい。 (よく分からないけれど、こうなったら前世の心残りを解消しましょう!) そう思い、想い人──ユリウスの情報を集め始めると、何やら耳を疑うような噂ばかり入ってくる。 (冷酷無慈悲、血に飢えた皇帝、皇位簒だ──父帝殺害!? えっ、あの優しかったユースが……?) 記憶と真反対の噂に戸惑いながら、17歳になったテレーゼは彼に会うため皇宮の侍女に志願した。 だが、そこにいた彼は17年前と変わらない美貌を除いて過去の面影が一切無くなっていて──? 「はっ戯言を述べるのはいい加減にしろ。……臣下は狂帝だと噂するのに」 「そんなことありません。誰が何を言おうと、わたしはユリウス陛下がお優しい方だと知っています」 徐々に何者なのか疑われているのを知らぬまま、テレーゼとなったイザベルは、過去に囚われ続け、止まってしまった針を動かしていく。 これは悲恋に終わったはずの恋がもう一度、結ばれるまでの話。

記憶を無くした5年間、私は夫とは違う男に愛されていた

まつめ
恋愛
結婚式の夜に目を覚ますと、愛しい夫が泣きそうな顔をしている。何かおかしい、少年らしさが消えて、夫はいきなり大人の顔になっていた。「君は記憶を失った。私たちは結婚してから5年が経っている」それから夫に溺愛される幸せな日々を送るが、彼は私と閨をともにしない。ある晩「抱いて」とお願いすると、夫は言った「君を抱くことはできない」「どうして?私たちは愛し合っていたのでしょう?」彼は泣いて、泣いて、私を強く抱きしめながら狂おしく叫んだ。「私の愛しい人。ああ、君はもう私を愛していないんだ!」

えっ、私生まれ変わりました?

☆n
恋愛
気づいたら、生まれ変わっていたみたいです。 生まれ変わった私は、前世と同じ名前でした。周りにも前世と同じ名前の人達が何人かいるようです。 今世の私は、あの人と幸せになれますか?私が生まれた国は前世と似てるのに、精霊に獣族・エルフ族って!? *感想やコメント、誤字の指摘などありがとうございます。

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
29話で第一部完です! 第二部の更新は5月以降になるかもしれません…。 詳細は近況ボードに記載します。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

処理中です...