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10 互いの足枷
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諜報活動を始めさせるにあたり、侯爵はロイに足枷をした。
アリエルは再びグルーバー子爵家のメイドとして雇われること決められたのだ。ご丁寧に侯爵家からの推薦状を持たせて。アリエルと共に侯爵家から抜け出すことを目標として生きてきたロイにとってそれは背進以外の何ものでもない。
アリエルが子爵家で働くことを拒否すれば、ロイがどうなるのか。
侯爵家は平民であるロイが貴族であるノアや侯爵夫妻に何らかの無礼を働いたと理由を作ることなど造作無い。理由如何によっては、ロイは牢に閉じ込められるだけで済まないこともちらつかされればアリエルはあの子爵が待つ邸だろうと行かなくてはならなかった。
アリエルが働き始めると、侯爵はロイに言った。
「お前の失態は即刻母に知らされる。そうならないように、しっかり励め。」
侯爵の言葉の真意を即刻ロイは理解した。侯爵は暗にロイを脅したのだ。侯爵が失態だと見なすことをすれば、クレアにロイの存在を知らせると。そうなれば雇用主であるクレアがアリエルに何をするか分からない。いくら優秀でも、十五歳を過ぎた程度のロイにはまだ理解の及ばないことがある。侯爵がどこからを失態と見做すかだ。ボーダーラインが分からない以上、ロイは常に上出来でなければならない。
「わたしは、わたしを育てて下さったマクレナン侯爵様の為、マクレナン侯爵家の繁栄の為にここにおります。侯爵様が落胆することないよう励む所存でございます。」
心にも思っていないことをすらすらと口から紡ぐことなど、侯爵邸という狭い世界でいかに生きていくか常に天秤に掛けながら過ごすロイには造作ないことだった。
ロイは少しすると気付いた。これは非常に侯爵らしいやり方だと。ボーダーラインは端から決められてはいない。侯爵の都合の良いように、常に動く。即ちロイは侯爵が満足するラインであり喜ぶラインを踏み外すことは決して出来ないということだった。
侯爵がアリエルを子爵家へ送ったのは、何もロイへの足枷にする為だけではなかった。
まだまだ美しいアリエルを手放すのは惜しかったが、別の使い方をすることにした。
「わたしの意を汲めぬような母を持つ子はこの家では不用だ。まあ見目は良い。男娼くらいなら使いようがあるかもしれんな。この世から直様消えるのと、男女問わず媚を売って可愛がってもらうのとどちらがいいのだろうか。なあ、アリエル?」
アリエルもまた子爵家へ行くにあたり侯爵から役割を与えられた。
侯爵からの推薦状に『侍女やパーラーメイドの経験豊富』と表記があれば、子爵家でアリエルは十中八九その職務で採用されるだろう。しかし、美しいアリエルをクレアが弟である子爵の近くに置くことはないはずだ。とすれば、アリエルはクレアの傍での仕事が増えると見込める。
それを見越して、侯爵はアリエルにクレアに会いに来る全ての客を報告するようにと命じた。侯爵にはどう考えてもグルーバー子爵家の状況が良いことが不思議なのだ。新しい事業を起こし取引先が増えたとはいえ、弟自身には商才などない。とすれが、クレアに力があるということだろう。表に見えない繋がりがどこかにあるかもしれない、それが侯爵の知りたいことだった。
弟が兄である自分を陥れ、侯爵位を手にしようなどとは考えないのは分かる。しかし、クレアが何を考えているかは分からない。あんな弟の元に敢えて好条件を携えてまで嫁いだ理由が分からない以上あらゆる警戒は必要だろう。
侯爵は思う、やはりロイは良い拾いものだったと。
クレアの生家であるアーミテージ子爵家のことを調べさせれば、アリエルの為に事細かに探ってきた、侯爵の想像以上に。頭の切れるロイが、何かに備えクレアに対する切り札を持ちたいと思うのは当然のこと、だから調査結果が上出来なのはこちらも当然なのだが。そして、その切り札は侯爵にとっても良い手札になる。
更に剣も握れるロイをノアに付けておくことはとても合理的だ。ロイは失態など犯せない。アリエルから翌日の朝日を奪いたくはないだろうから。まさかとは思うが、侯爵はアーミテージ子爵家がノアを狙う可能性も頭の片隅に入れてはいる。ロイがアーミテージ子爵家を常に注視することで、もし何らかの動きを起こそうとすれば直ぐに気付きノアを守るよう動くのも計算のうちだった。
アリエルは再びグルーバー子爵家のメイドとして雇われること決められたのだ。ご丁寧に侯爵家からの推薦状を持たせて。アリエルと共に侯爵家から抜け出すことを目標として生きてきたロイにとってそれは背進以外の何ものでもない。
アリエルが子爵家で働くことを拒否すれば、ロイがどうなるのか。
侯爵家は平民であるロイが貴族であるノアや侯爵夫妻に何らかの無礼を働いたと理由を作ることなど造作無い。理由如何によっては、ロイは牢に閉じ込められるだけで済まないこともちらつかされればアリエルはあの子爵が待つ邸だろうと行かなくてはならなかった。
アリエルが働き始めると、侯爵はロイに言った。
「お前の失態は即刻母に知らされる。そうならないように、しっかり励め。」
侯爵の言葉の真意を即刻ロイは理解した。侯爵は暗にロイを脅したのだ。侯爵が失態だと見なすことをすれば、クレアにロイの存在を知らせると。そうなれば雇用主であるクレアがアリエルに何をするか分からない。いくら優秀でも、十五歳を過ぎた程度のロイにはまだ理解の及ばないことがある。侯爵がどこからを失態と見做すかだ。ボーダーラインが分からない以上、ロイは常に上出来でなければならない。
「わたしは、わたしを育てて下さったマクレナン侯爵様の為、マクレナン侯爵家の繁栄の為にここにおります。侯爵様が落胆することないよう励む所存でございます。」
心にも思っていないことをすらすらと口から紡ぐことなど、侯爵邸という狭い世界でいかに生きていくか常に天秤に掛けながら過ごすロイには造作ないことだった。
ロイは少しすると気付いた。これは非常に侯爵らしいやり方だと。ボーダーラインは端から決められてはいない。侯爵の都合の良いように、常に動く。即ちロイは侯爵が満足するラインであり喜ぶラインを踏み外すことは決して出来ないということだった。
侯爵がアリエルを子爵家へ送ったのは、何もロイへの足枷にする為だけではなかった。
まだまだ美しいアリエルを手放すのは惜しかったが、別の使い方をすることにした。
「わたしの意を汲めぬような母を持つ子はこの家では不用だ。まあ見目は良い。男娼くらいなら使いようがあるかもしれんな。この世から直様消えるのと、男女問わず媚を売って可愛がってもらうのとどちらがいいのだろうか。なあ、アリエル?」
アリエルもまた子爵家へ行くにあたり侯爵から役割を与えられた。
侯爵からの推薦状に『侍女やパーラーメイドの経験豊富』と表記があれば、子爵家でアリエルは十中八九その職務で採用されるだろう。しかし、美しいアリエルをクレアが弟である子爵の近くに置くことはないはずだ。とすれば、アリエルはクレアの傍での仕事が増えると見込める。
それを見越して、侯爵はアリエルにクレアに会いに来る全ての客を報告するようにと命じた。侯爵にはどう考えてもグルーバー子爵家の状況が良いことが不思議なのだ。新しい事業を起こし取引先が増えたとはいえ、弟自身には商才などない。とすれが、クレアに力があるということだろう。表に見えない繋がりがどこかにあるかもしれない、それが侯爵の知りたいことだった。
弟が兄である自分を陥れ、侯爵位を手にしようなどとは考えないのは分かる。しかし、クレアが何を考えているかは分からない。あんな弟の元に敢えて好条件を携えてまで嫁いだ理由が分からない以上あらゆる警戒は必要だろう。
侯爵は思う、やはりロイは良い拾いものだったと。
クレアの生家であるアーミテージ子爵家のことを調べさせれば、アリエルの為に事細かに探ってきた、侯爵の想像以上に。頭の切れるロイが、何かに備えクレアに対する切り札を持ちたいと思うのは当然のこと、だから調査結果が上出来なのはこちらも当然なのだが。そして、その切り札は侯爵にとっても良い手札になる。
更に剣も握れるロイをノアに付けておくことはとても合理的だ。ロイは失態など犯せない。アリエルから翌日の朝日を奪いたくはないだろうから。まさかとは思うが、侯爵はアーミテージ子爵家がノアを狙う可能性も頭の片隅に入れてはいる。ロイがアーミテージ子爵家を常に注視することで、もし何らかの動きを起こそうとすれば直ぐに気付きノアを守るよう動くのも計算のうちだった。
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*ご訪問ありがとうございました*
長い間更新しませんで…申し訳ございませんでした。感想をいただいていたのに、漸く気付き心を入れ替えようと思ったところです。
長い間更新しませんで…申し訳ございませんでした。感想をいただいていたのに、漸く気付き心を入れ替えようと思ったところです。
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