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82 変わる関係
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久し振りのリトルイタリー。店々の様々な色の照明が美しさを演出している。恭祐が送る毎日とは違う優しい光の色が溢れた街。
ニューヨークにいた頃も、そして今回も、何かを忘れないようにこの光を見に来ている気がする。けれど肝心な何かの正体を恭祐は知ろうとは思わない。知らないほうが良いことが、世の中には溢れかえっているのだから。
恭祐はかおるに腕を差し出し、遠慮がちな手が添えられたことを確認すると優しい光へ向かって歩きだした。かおるはこの光の中の住人になれる存在、ぼんやりとそんなことを考えながら。
目的の店もまた優しい光を放ちながら、外観を変えることなくそこにあった。まるで時間が止まったように。多くの店が変わろうと、ただそこに、そのままであり続けているようだった。
変わらない。それがどれだけ難しいかを恭祐は良く知っている。多くのことを知り、世の中のことを理解してしまえばしまう程、人は自分を守る為に変わろうとする。そうしなければ、飲み込まれてしまうことがあるからだ。
恭祐と奏絵の関係は、仲が良かった頃があったと想像出来ない程変わってしまった。変えたのは恭祐。最初は弟である大地を受け入れる自分の心を守る為だったことは覚えている。しかし、変わって行く関係は不思議と知らぬうちに加速が加わっていった。
そして、最終的に切り捨てた。
昔からある店も、オーナーが変わり味が変わると客は来なくなることが多い。簡単に切り捨てられるのだ。客は自分の好みへと乗り換える。恭祐は古くから続くこの店はどうだろうかと思いながら、扉を開けかおるを中へ促した。
中に入ると、席はほとんどうまっている。恭祐はかおるの腰に手をまわし、たまたま空いていた二人用の席へ向かって歩き出した。途中、この店で何度か出くわしたことのある名前も知らない客の顔を見かけた。それは外観同様味も変わっていないということだろう。
オーダーを取りに来た給仕係も年齢は重ねたが以前からいるスタッフだった。きっと味は変わっていない。それならば、この店の料理はかおるの好みを注文するには良い料理が揃っている。恭祐は自分達の腹の量に見合う注文をし終わると、かおるに視線を向けた。
目が合ったのも束の間、かおるの視線は直様逸らされる。今までのことを思えば、それも仕方ないとは思うがあからさますぎるのも困ったものだ。大人のスマートな逸らし方すらかおるは知らないらしい。
こういう仕草を男によっては可愛いと思うのだろう。恭祐の好みではないが。
しかし、目を逸らされたままでは会話も出来ない。恭祐はまずは連絡事項として何を注文したのか伝えることにした。
「前菜は適当に盛り合わせてもらった。勿論、貝類を含めて。プリモ・ピアット、あっ、一皿目はキノコ類のパスタ、二皿目は肉料理にした。もしも嫌いなものや苦手なものがあったら手はつけなくていい。ついでに教えてもらえれば、次からはオーダーしない」
「分かりました。ありがとうございます」
恭祐がかおるの好きなものを考えて注文していることを分かっているだろうか。そして、『次』があることを伝えていることも。
かおるには理解してもらわなくてはいけない、恭祐のものになったことを。
返事が必要な内容で会話を締め括れば、かおるは目を合わせ言葉を返した。しかし、その動作、口調がまるで仕事の時のようなのは今はまだ仕方がないのだろう。
今までの五年もの時間が長過ぎたせいか、捕まえているというのに籠に閉じ込めるまでは長く掛かりそうだと恭祐は思った。
恭祐が女性と共に食事へ出掛けるというのはいつもこういう感じなのだろうかとかおるは考えていた。
タクシーの扉は日本のように自動で開かなかったので、恭祐が開けて中へ入るよう促してくれたのはわかる。けれど、レストランに入るときも扉を開けてくれた上に、席に向かう際には腰に手を添え向かう方向へ促してくれたのには驚いた。メニューを見て悩んでいれば任せて欲しいと言い全てやってくれる。
今までの恭祐とは全く違う恭祐がかおるの目の前にいるようだ。
注文内容を教えてくれた時だってそうだ。今までとは正反対の恭祐だった。社内では、かおるが恭祐の様子を窺う立場。それが、先程は恭祐がかおるの様子を気に掛けてくれていた。恐らく注文した内容で問題がないか表情から探ろうとしたのだろう。かおるがプリモ・ピアットという言葉が分からなかったことに気付いたのも注意深く見ていたということだ。
でも、恭祐は気付いていない。かおるが言った好きな食べ物は、実は恭祐の好みだと。だから、注文内容に問題などあるはずがない。恭祐が好きなものを食べる姿を見ることが、かおるにとって何よりなのだから。
何年も恋していた恭祐のものになる、それはなんて幸せなことなんだろう。会話のやり取りをして、正面で表情を見る。更には、恭祐からも表情を気にしてもらえる。他の人には当然のことのように思えるコミュニケーションの取り方。それがかおるには堪らなく嬉しい。一つ一つが喜びで、それが連なり幸せになって行くのだろう。
しかし、この幸せを享受するのは危険との隣り合わせ。一つ一つの喜びが切れた時に幸せはどうなってしまうのか。一度好い目を見てしまえば、以前に戻ることを人は恐れる。そして、世の中には永遠なんてない。
元に戻る瞬間を迎えない為にはどうすればいいのだろうかとかおるは考えた。
ニューヨークにいた頃も、そして今回も、何かを忘れないようにこの光を見に来ている気がする。けれど肝心な何かの正体を恭祐は知ろうとは思わない。知らないほうが良いことが、世の中には溢れかえっているのだから。
恭祐はかおるに腕を差し出し、遠慮がちな手が添えられたことを確認すると優しい光へ向かって歩きだした。かおるはこの光の中の住人になれる存在、ぼんやりとそんなことを考えながら。
目的の店もまた優しい光を放ちながら、外観を変えることなくそこにあった。まるで時間が止まったように。多くの店が変わろうと、ただそこに、そのままであり続けているようだった。
変わらない。それがどれだけ難しいかを恭祐は良く知っている。多くのことを知り、世の中のことを理解してしまえばしまう程、人は自分を守る為に変わろうとする。そうしなければ、飲み込まれてしまうことがあるからだ。
恭祐と奏絵の関係は、仲が良かった頃があったと想像出来ない程変わってしまった。変えたのは恭祐。最初は弟である大地を受け入れる自分の心を守る為だったことは覚えている。しかし、変わって行く関係は不思議と知らぬうちに加速が加わっていった。
そして、最終的に切り捨てた。
昔からある店も、オーナーが変わり味が変わると客は来なくなることが多い。簡単に切り捨てられるのだ。客は自分の好みへと乗り換える。恭祐は古くから続くこの店はどうだろうかと思いながら、扉を開けかおるを中へ促した。
中に入ると、席はほとんどうまっている。恭祐はかおるの腰に手をまわし、たまたま空いていた二人用の席へ向かって歩き出した。途中、この店で何度か出くわしたことのある名前も知らない客の顔を見かけた。それは外観同様味も変わっていないということだろう。
オーダーを取りに来た給仕係も年齢は重ねたが以前からいるスタッフだった。きっと味は変わっていない。それならば、この店の料理はかおるの好みを注文するには良い料理が揃っている。恭祐は自分達の腹の量に見合う注文をし終わると、かおるに視線を向けた。
目が合ったのも束の間、かおるの視線は直様逸らされる。今までのことを思えば、それも仕方ないとは思うがあからさますぎるのも困ったものだ。大人のスマートな逸らし方すらかおるは知らないらしい。
こういう仕草を男によっては可愛いと思うのだろう。恭祐の好みではないが。
しかし、目を逸らされたままでは会話も出来ない。恭祐はまずは連絡事項として何を注文したのか伝えることにした。
「前菜は適当に盛り合わせてもらった。勿論、貝類を含めて。プリモ・ピアット、あっ、一皿目はキノコ類のパスタ、二皿目は肉料理にした。もしも嫌いなものや苦手なものがあったら手はつけなくていい。ついでに教えてもらえれば、次からはオーダーしない」
「分かりました。ありがとうございます」
恭祐がかおるの好きなものを考えて注文していることを分かっているだろうか。そして、『次』があることを伝えていることも。
かおるには理解してもらわなくてはいけない、恭祐のものになったことを。
返事が必要な内容で会話を締め括れば、かおるは目を合わせ言葉を返した。しかし、その動作、口調がまるで仕事の時のようなのは今はまだ仕方がないのだろう。
今までの五年もの時間が長過ぎたせいか、捕まえているというのに籠に閉じ込めるまでは長く掛かりそうだと恭祐は思った。
恭祐が女性と共に食事へ出掛けるというのはいつもこういう感じなのだろうかとかおるは考えていた。
タクシーの扉は日本のように自動で開かなかったので、恭祐が開けて中へ入るよう促してくれたのはわかる。けれど、レストランに入るときも扉を開けてくれた上に、席に向かう際には腰に手を添え向かう方向へ促してくれたのには驚いた。メニューを見て悩んでいれば任せて欲しいと言い全てやってくれる。
今までの恭祐とは全く違う恭祐がかおるの目の前にいるようだ。
注文内容を教えてくれた時だってそうだ。今までとは正反対の恭祐だった。社内では、かおるが恭祐の様子を窺う立場。それが、先程は恭祐がかおるの様子を気に掛けてくれていた。恐らく注文した内容で問題がないか表情から探ろうとしたのだろう。かおるがプリモ・ピアットという言葉が分からなかったことに気付いたのも注意深く見ていたということだ。
でも、恭祐は気付いていない。かおるが言った好きな食べ物は、実は恭祐の好みだと。だから、注文内容に問題などあるはずがない。恭祐が好きなものを食べる姿を見ることが、かおるにとって何よりなのだから。
何年も恋していた恭祐のものになる、それはなんて幸せなことなんだろう。会話のやり取りをして、正面で表情を見る。更には、恭祐からも表情を気にしてもらえる。他の人には当然のことのように思えるコミュニケーションの取り方。それがかおるには堪らなく嬉しい。一つ一つが喜びで、それが連なり幸せになって行くのだろう。
しかし、この幸せを享受するのは危険との隣り合わせ。一つ一つの喜びが切れた時に幸せはどうなってしまうのか。一度好い目を見てしまえば、以前に戻ることを人は恐れる。そして、世の中には永遠なんてない。
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