どうかあなたが

五十嵐

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58 ドレス選び

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「かおる、ここに座って。」
かおるを腰かけさせると、恭祐もその隣に座り、かおるの腰を再び引き寄せた。せっかく抑えた心の動きを恭祐は簡単に崩されてしまう。

「若林さん、あの、もう、」
「忘れたのか、名前で呼べと言ったことを。足元がぐらついているからだろうが、この店に入ったときから出来ていない。」
「…申し訳ございませんでした。」
「次はない。それはかおるが一番良く知っているだろう。」

次はない。一体ここでの次は何を意味するのだろうか。もちろんそれを聞くことが出来ないことも分かりきっている。
簡単に言えば、もう間違えることがあってはいけないのだ。いや、それ以上のパフォーマンスをしなくては。

「恭祐さん。」
かおるはそう言うと片手を恭祐の膝に置いた。
店員から見たらとても仲良く見えるように。そうしなくてはいけない理由など考えることなく。

そこへ先ほどの店員が何着かドレスを持ってにこやかに現れた。
勿論、全ての会話は恭祐とのみなされる。会話は弾み、時折笑いがあるほどだ。
そして、最後に店員がかおるに微笑み、言葉を発した。
「Please come with me, Madam.」
「試着して来い。」

店員と恭祐が選んだドレスは全部で5着。店員は1着、1着、丁寧に試着室前に吊るし、何かを説明してくれていた。
説明は良く分からなかったが、どれも確かにセクシーという言葉が似合いそうなデザインだ。つまり、かおるが自ら選ぶことはないデザインだった。
更に、彼女はかおるの胸をじっと見てから、ドレスと一緒にビスチェを手渡した。
渡されたところで、どうやってつければいいのか分からないかおるは、簡単な単語で店員にどうやって身につけるのかを質問した。
すると、店員もジェスチャーを交えて返事をする。どうやらつけるのを手伝ってくれると言っているようだ。

ビスチェは体型をきれいに整えてくれるものだと思っていたが、ことのほか胸を強調するものだとかおるは思った。店員が見繕ってくれたのは、胸を押し上げるだけではなく中央へ寄せるようになっている。左右の乳房が中央で触れ合うのは当然な上に、生地は乳首のちょっと上までしかない。

その上から着るドレスもなかなかきわどい。当然谷間は見え、胸元がスースーする。
頃合いを見計らい、店員が小部屋から出てくるように声を掛けた。そして、照明にきれいに当たる鏡の前まで導いた。

驚いたのは店員のその後の行動。恭祐を呼んだのだ。
かおるの背筋には、恐怖が名前を偽り緊張という感覚になりすましたものが駆け巡った。
『呼ばなくていい、呼んで欲しくない。』言えるものなら、言ってしまいたい。
けれどもこれは恭祐に恥をかかせない為の服選び。だとしたら、今夜行く店のグレードも何も知らないかおるが選べるはずもない。

当然、恭祐に上から下まで値踏みをされるように見られてしまう。時にはデコルテを触れられたり、背中のラインをなぞられたり。
かおるは再び体が熱くなる感覚を覚えた。
更に追い打ちをかけたのが、4枚目と5枚目のドレス。

最初の3枚は背中が大きく開いているとは言え、ビスチェがまだあった。しかし、残りの2枚にいたっては、カップは付いているが首の後ろで胸を覆っている布を結びあげるスタイルと、そのまま背中でクロスするものだった。
しかも両方ともハイウエストなので、胸が強調される。
こんな姿を見られるだけでも緊張するのに、恭祐はそれぞれのデザインを確認するようにかおるに触れた。最初の3枚のときにはなかった、ヒップラインの確認、バストの位置の確認という目的で。

「若林さん、わたし、こんな大胆なドレス、着れません。」
「かおるが着れなくても、俺のパートナーを務めるかおるは着るんだ。それと、次はないと言ったはずだが。」
「申し訳ございません。あっ、」
大胆に開いたスリットから入ってきた恭祐の手は、かおるの尻を軽く叩いた。

「今までは、言葉でだけ注意をしてきたが、それで通じなければ、仕方ないな、体で覚えるしか。次からは体に厳しく躾ける、覚えておけ。」
「…はい、恭祐さん。」

恭祐はかおるにドレスを2枚、少し大きめのクラッチバッグに靴、更にはドレス用の下着を用意してくれた。
「この後は、社に戻らなくていい。ここを予約してあるから、髪をセットしてもらうように。服はエメラルドグリーンの方を着ろ。以上だ。」
「あ、」
「分かったのか。」
「はい。」

言っていることは勿論分かる。けれど恭祐の指定したドレスは5枚の中で最も胸元が心もとないものだった。
恭祐がいなくなると、かおるに店員が話しかけてきた。彼はジェントルだし、ルックスもいいし、本当にゴージャスよね、と言っている。

彼女がそう思うのは当然だろう。一体いくら使ったかは分からないが、店員達の目があるところでは常に、まるでかおるを溺愛している彼氏のように振る舞ったのだから。

店員はかおるにヘアーサロンまでの道を説明すると、小さな包みを差し出した。Small gift for youと言って。あの下着もいいけど、ホットな夜にはこっちね、とも付けたし。
最低限な英語しか使えないかおるにも、彼女が何を意味して、中身が何かはすぐに分かった。中身は男女が熱い夜を過ごすのに、一役買ってくれる下着。
かおるは小さな声でThank youと言い、店をあとにした。
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