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79 選んだ道
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如何にもという場所で昼食には遅いデリカテッセンで調達した軽食を取り、一息吐くとかおるは次の目的地へ向けまた歩きだした。
距離と時間が次第に恭祐へと近づいていく。
少し歩いたところで、かおるは将来ビッグネームになるやもしれない芸術家達が絵を売っている一角に目が留まった。絵画には全く造詣などないが、どれも青空の下とても美しく見える。すると、目が合った売主に手招きされてしまった。
首を軽く左右に振ってそのまま立ち去るなんて仕草はかおるには出来ないことを見透かされたのだろうか。売主は早口で何か言っているようだ。どうせ、逃げられないなら一層のこと絵をお土産にしたらいいのではないかとかおるは思った。見える金額は巨匠にはまだ遠そうなのも丁度いい。何十年かしたら化けましたになるかどうか、未来への話の提供にもなる。
未来。
恭祐は孕ませると言っていたが、その可能性は近い未来にすぐ分かる。かおるの生理周期はそんなに乱れない。出張の終わり前後には妊娠などしていないとすぐ判明するだろう。とは言え、世の中に絶対はない。妊娠する確率が高い時以外、全く妊娠しないかどうかなんて分からない。生理不順なんて言葉があるくらい女性の体はデリケートに出来ている。
自分の体を知っているが故に妊娠を否定しておきながら、何があるか分からないと考える自分にかおるはおかしくなってしまった。結局のところどちらを望んでいるのだろうか。
分かるのは恭祐が計画とは違う筋書きに入るのを嫌うこと。妊娠していないとなれば、計画通り事を進めないかおるを恭祐はあとどれくらい傍に置いてくれるのだろうか。
そもそも、この関係は恭祐の一時の気まぐれかもしれない。出張が終われば、元に戻るのだろうか。
けれど元に戻らないことがいくつかある。
恭祐を知ってしまったかおるの体はきっと、樹を受け入れられない。
意識して思い出さないようにしていたであろう樹の存在。
樹といる時には意識して思い出さないようにしていたのに思い出してしまう恭祐の存在。
なんて滑稽なんだろう。
樹といると恭祐との違いに、そこにいない恭祐の存在を強く感じずにはいられなかった。かおるはそれを自分に対する態度の違いから棒磁石のS極とN極だと思うようにしていた。樹といる時に対極にいる恭祐が何度も感じられたからだ。ところが、どうしてか恭祐といても対極にある筈の樹の存在が感じられなかった。助けてくれるであろう樹の存在が。かおるが思い込もうとしていた棒磁石の存在など端から無かったのだ。
樹は好意を示してくれた。対して、恭祐は所有を主張しただけ。
客観的に見るのなら、かおるは気持ちの軌道修正をしなくてはいけないだろう。でも、人の気持ちは理屈ではどうにも出来ない。
答えは分かっている。進みたいのも茨の道ならば、向かう為にも棘を抜け出さなくてはいけないことを。その棘も元はと言えば、かおるの逃げと甘えが作り上げたものだ。
絵は捨てない限り残る。誰かが気持ちを込めて描いた絵を簡単に捨てられる人はいないだろう。
だったら、これを樹に選ぶことは出来ない。
かおるは五枚の絵を違う画家達から購入した。四枚のA4サイズくらいの絵は、渡す人物のことを思いながら選んだ。残りの一枚はとても抽象的な作品でかおるの心の中を映すようだった。見る度に受ける印象が変わるような絵。かおるの気持ちが玉虫色だからそう見えるのだろうか。でも、それが固まった印象になるよう心を決めなくてはいけない。
幸か不幸か出張中は恭祐と向き合える。自分のものならば大切にすると言った恭祐と。
残念ながらかおるに恭祐の心の深層部を探ることは不可能だろう。でも、多少は知れるかもしれない。そしてかおるをただの部下ではなく、一人の女性として知ってもらうことも可能に思える。
今日は土曜、会社は休みだ。七時からの食事はプライベートな時間。それはかおるが部下ではない、恭祐にとって私的な時間を共有する立場であることを意味している。
先に待ち構えていることは重いが、再び歩き出したかおるの足取りは軽かった。
距離と時間が次第に恭祐へと近づいていく。
少し歩いたところで、かおるは将来ビッグネームになるやもしれない芸術家達が絵を売っている一角に目が留まった。絵画には全く造詣などないが、どれも青空の下とても美しく見える。すると、目が合った売主に手招きされてしまった。
首を軽く左右に振ってそのまま立ち去るなんて仕草はかおるには出来ないことを見透かされたのだろうか。売主は早口で何か言っているようだ。どうせ、逃げられないなら一層のこと絵をお土産にしたらいいのではないかとかおるは思った。見える金額は巨匠にはまだ遠そうなのも丁度いい。何十年かしたら化けましたになるかどうか、未来への話の提供にもなる。
未来。
恭祐は孕ませると言っていたが、その可能性は近い未来にすぐ分かる。かおるの生理周期はそんなに乱れない。出張の終わり前後には妊娠などしていないとすぐ判明するだろう。とは言え、世の中に絶対はない。妊娠する確率が高い時以外、全く妊娠しないかどうかなんて分からない。生理不順なんて言葉があるくらい女性の体はデリケートに出来ている。
自分の体を知っているが故に妊娠を否定しておきながら、何があるか分からないと考える自分にかおるはおかしくなってしまった。結局のところどちらを望んでいるのだろうか。
分かるのは恭祐が計画とは違う筋書きに入るのを嫌うこと。妊娠していないとなれば、計画通り事を進めないかおるを恭祐はあとどれくらい傍に置いてくれるのだろうか。
そもそも、この関係は恭祐の一時の気まぐれかもしれない。出張が終われば、元に戻るのだろうか。
けれど元に戻らないことがいくつかある。
恭祐を知ってしまったかおるの体はきっと、樹を受け入れられない。
意識して思い出さないようにしていたであろう樹の存在。
樹といる時には意識して思い出さないようにしていたのに思い出してしまう恭祐の存在。
なんて滑稽なんだろう。
樹といると恭祐との違いに、そこにいない恭祐の存在を強く感じずにはいられなかった。かおるはそれを自分に対する態度の違いから棒磁石のS極とN極だと思うようにしていた。樹といる時に対極にいる恭祐が何度も感じられたからだ。ところが、どうしてか恭祐といても対極にある筈の樹の存在が感じられなかった。助けてくれるであろう樹の存在が。かおるが思い込もうとしていた棒磁石の存在など端から無かったのだ。
樹は好意を示してくれた。対して、恭祐は所有を主張しただけ。
客観的に見るのなら、かおるは気持ちの軌道修正をしなくてはいけないだろう。でも、人の気持ちは理屈ではどうにも出来ない。
答えは分かっている。進みたいのも茨の道ならば、向かう為にも棘を抜け出さなくてはいけないことを。その棘も元はと言えば、かおるの逃げと甘えが作り上げたものだ。
絵は捨てない限り残る。誰かが気持ちを込めて描いた絵を簡単に捨てられる人はいないだろう。
だったら、これを樹に選ぶことは出来ない。
かおるは五枚の絵を違う画家達から購入した。四枚のA4サイズくらいの絵は、渡す人物のことを思いながら選んだ。残りの一枚はとても抽象的な作品でかおるの心の中を映すようだった。見る度に受ける印象が変わるような絵。かおるの気持ちが玉虫色だからそう見えるのだろうか。でも、それが固まった印象になるよう心を決めなくてはいけない。
幸か不幸か出張中は恭祐と向き合える。自分のものならば大切にすると言った恭祐と。
残念ながらかおるに恭祐の心の深層部を探ることは不可能だろう。でも、多少は知れるかもしれない。そしてかおるをただの部下ではなく、一人の女性として知ってもらうことも可能に思える。
今日は土曜、会社は休みだ。七時からの食事はプライベートな時間。それはかおるが部下ではない、恭祐にとって私的な時間を共有する立場であることを意味している。
先に待ち構えていることは重いが、再び歩き出したかおるの足取りは軽かった。
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